アンバー、剣士に挑む1
「アンバー、悪かった」
「も、もう一回だ!」
琥珀色……すなわち茶髪の男が、起き上がった。
その男の名はアンバー。
彼は、琥珀の如く透き通った剣を持つ騎士にして。
剣士の友人である。
先の騎士対抗戦で、剣士らしい戦いかたをしたのをきっかけに、友人からライバルへとランクアップした剣士。
アンバーは是非とも剣士と対戦したかったらしく、公式トーナメントが終わってからというもの、スカイアドベンチャーの家に押しかけていた。
36回目の襲撃が行われた昨日、スカイアドベンチャーは決めた。
そんなに言うなら、対戦させてやろう。
本気の剣士と。
そのために、魔法使いと斧戦士は夜通し魔法を作り、今日は眠たそうにあくびをしている。
アサシンと舟長も、剣士との練習に付き合わされ、かなり疲れた顔をしている。
そして、当の本人はというと、薄く笑っていた。
優し気で、乗り気でない、いつもの表情はない。
知り合いが見ても、いったいどれぐらいが剣士と分かるか。
オリハルコン製に視線を落として、アンバーを待つその姿は、もはや騎士ではない。
狂気を秘めた、剣戦士。
果たして、アンバーは立ち向かえるのか。
「よう。アンバー」
「え? セスなのか? それにしては少し……」
案の定、集合場所に来たはいいが、セス・ブレイカーを認識できなかったアンバー。
剣士は優しく声をかけてやる。
なのに、アンバーの表情はすぐれない。
声も、どこか怯えているようにさえ聞こえる。
腰に下げた琥珀の剣を触って、はっとする。
何を恐れているんだ、相手はセスだぞ。
アンバーは気を引き締めて、剣士の前に立った。
「アンバー・ブラオンは、セス・ブレイカーに対戦を申し込む!」
「いいぜ。こちらの準備は既に整っている。いつでも来い」
「……このままでいいぜ! 俺は余分に装備とか持ってないし」
「なるほど。魔法使い、スペルを頼む」
異様なほど静かな剣士の様子は変だったが、アンバーは無視した。
アンバーのステータスはバランス型の騎士タイプ。
どんな状況でも、ある程度対応ができるようにしている。
それに、剣士の戦いぶりはトーナメント中によく見た。
堅い防御力で攻撃するシールドバッシュ。
スピードで翻弄する、選剣というスキル。
物魔カウンターと回復魔法の組み合わせで戦う、騎士らしいバトル。
どれにも対応できるように、シミュレーションした。
コピーマンことブラッドにも協力を得た。
もう、アンバーがやれることはなにもない、はずだ。
「行くよー。サモンアゲイン、おひとり様バージョン!」
スペルメイカーの魔法使いが、オリジナルの魔法を放つ。
アンバーに詳細な魔法の知識はないが、確か、それは回復技だった気がする。
全体のHP・SPを全回復とかいう、とんでも効果の。
対戦の前なのに、全回復?
不思議に思う、アンバーの前で、剣士は魔法を受ける。
剣士の身体に青いオーラが灯った。
右上には、50.00の文字。
アンバーには分からなかっただろうが、これは制限時間だ。
50秒の間、この魔法の効果は続くらしい。
「それ、選剣のときも……」
「まあ、あれは偶然というか、オレの気の持ちようというか」
「はあ?」
「ま、時間がないし、早速行くぜ」
選剣のときと違って、オーラは剣士に張り付いている。
スライムみたいだ、とアンバーが思ったのも束の間。
アンバーは吹っ飛ばされていた。
剣士に攻撃されたのだ、と気が付けたのは僥倖か、否か。
「さすがに騎士だな。一発じゃ削れないか」
「ぐぅ、う、嘘だろ!」
もう一度言うが、アンバーはバランス型の騎士だ。
剣士のような、アホみたいな防御力を持っている訳じゃない。
それでも生き残れたのは、単に装備が良かったのと、運だった。
少ないけれど振っていた回避率が、アンバーの命を救ったのだ。
「琥珀の剣よ、我に力を!」
「いいぜ、少しなら待ってやる」
「……だったら! 秘めし力を、エレクトロン!」
エレクトロンは、琥珀の剣が持つ固有スキルだ。
武器としてはレア物に当たる琥珀の剣は、特別な事情があってアンバーのもとにある。
捨て子だったアンバーが唯一、持っていた記憶がこの剣だった。
剣は、哀れに思った地域の騎士団が将来の約束とともに手渡したもの。
アンバーは琥珀の剣が相棒だと思っていたし、その威力をいつも疑わなかった。
なのに。
剣士は軽く身体を傾けただけで、避けてしまった。
「なんだ。必中じゃないのか」
「な。なんだよ、それ!」
わめくようにアンバーは回避姿勢をとる。
ワンブロックで離れれば、剣の攻撃範囲から外れる!
「甘い奴め。さっき自分がどうなったか忘れたのか?」
「忘れっぽくて悪かったな!」
「ああ、そうか。武器を忘れていないことも忘れる奴だったな、おまえは」
急にいつもの調子に戻ったものだから、アンバーは拍子抜けした。
それがいけなかったのだろう。
完全にワンテンポ遅れたアンバーは、あえなく剣士に斬り殺された。
魔法使いの蘇生魔法によって、再び命を得たアンバーは、剣士に食ってかかっていた。
「もう一回チャンスをくれ!」
「ええー、あれ疲れるからなあ」
「訳も分からんうちに殺されて、納得できるか!」
「普通は、一度死んだら終わりだぜ? 納得しろよ」
すっかり普段の口調に戻った剣士は、アンバーを諭す。
アンバーが少し鼻白む。
「あれは、本当に死んだのか」
「そうだぜ。外に出れば、気絶なんて生易しいものはない」
「……学園とは違うって訳だ」
「あそこはマジで優しい世界を体現してるからな。なんでか知らねーけど」
ここは、アンバーにとってのアウェイであり、学園にとってのアウェイでもある。
学園を包み込む、気絶のバリアシステムはアンバーを守らない。
スカイアドベンチャーは既に冒険者として成功している。
その状態で、学園にさらなる学びを求めたのだから。
アンバーはひらめいた。
「そうか。セスはもう実戦での経験があるから、ああいうことが――」
「あ、それとこれは違うぞ」
「なんでだよ!」
せっかく思いついたのが、全否定で悲しいアンバーである。
「はは、前世での記憶ってところかな」
「いや、ますます訳分からんし」
「仕方ねーな。再戦、受けてやるよ」
「はあ、訳分からんことが増えた……え、いいの?」
唐突に希望がかなったので、子どもみたいな反応をしてしまうアンバー。
アンバーの頬が赤くなるが、誰も見ていなかったのでセーフだろう。
「今度は入念に準備しろよ」
「言われなくても!」




