アサシンの受難2
モードは前を向く。アラン教師の退屈な説明が続いている。
要はいくつ即死……じゃない気絶を与えられるかってことでしょ。
「マッドドールMK-13を用いて練習だ。やってない方が20中いくつ当てられたか数えてやれ」
「はーい」
練習が始まった。
内容は簡単に説明すると、気絶スキルを20回放って、いくつ実際に気絶したか調べるものだ。デスネックレスを装備しているモードは、普通の人より気絶率が高い。
それでも、20回中6回が限界だった。
「六回かあ……まだまだ精進が必要だね」
「信じられない……当たらないことだってけっして珍しくはないのに……」
「さあ、次はマルチダちゃんだよ」
「え、ええ、わたしの実力に驚くがいいですわ」
「ふふっ、期待して待ってるよ」
モードに次いでマルチダも挑戦する。先輩として負けられない戦いだった。
なんとか補助スキルも使って7回を達成することができた。
息を荒くしながらマルチダはモードに威張った。
「ど、どうです? あなたの記録を超えましたわ」
「すごーい。乱数が偏ったのかな。まあ、こういうのは時の運だからね」
「……意外とさばさばしてますのね」
「え? そう?」
自覚のないモードである。失敗したときわーわー騒ぐ舟長 バートや魔法使い チェリルを見てきたからだろうか。モード自身のリアクションは割りと薄い。
マルチダはやや拍子抜けしたようで、しばらくみっともない呆れ顔のままだった。
授業が終わる。アラン教師に頼まれて片付けをしていたモードは誰かに呼び止められた。
見たことはあるけど、話したことはない子だった。
見るからに気が強そうだが、何の用だろう。
「えーと、なに?」
「マルチダさまがお呼びよ」
「えっ」
さま? お呼び? 表現に戸惑うモードを置いて、その子は建物の影に消えていく。
そっちで待ってるってことなのかな、モードは思案した。
幸い、片付けはもう済んでいて、あとは自分の荷物を持って帰るだけだった。だから、モードは手ぶらで女の子のあとを追った。
影に入ると、まずマルチダの姿が見えた。それから彼女の背後に五人ぐらいのクラスメイト。
みんな眼力が激しい。そのなかに、さっき呼びに来た女の子もいた。
「ええっと? マルチダちゃん?」
「ええ、わたしはマルチダ・テスラ。あなたは、モード・ナイトフェイね?」
「今更自己紹介する流れでもないと思うけど。そうだよ、それはボクの名前だね」
「わたしはあなたの覚悟を見せてもらいに来たの。あなたの本気を」
「ふぅん……覚悟ねえ」
「気のない返事。だけど、引く気はさらさらないの。ごめんなさいね」
「心のこもらない謝罪ほど気に入らないものはないんだ。さっさと話を進めてくれる?」
「分かりましたわ。では単刀直入に聞きます。どうしてあなたはこの無手課に入ったのです?」
もっと過激な言葉をかけられると思っていたモードはあっけにとられた。
こんどは彼女が間抜け面をさらす番だった。
「理由はないんですの?」
どこか軽蔑した視線をよこすマルチダ。モードは慌てた。なんにも悪いことしてないのに。
「ち、違うよ。理由はある。んーと、とりあえず一つはアサシンでいるため」
「……アサシンでいるため? なるためではなく?」
「そうだよ。ボクは冒険者であり、ギルドの正式な登録者でもある。ボクはここに通わずして既にアサシンだった。学園を卒業することもアサシンであることを証明する一つの手段らしいね。だから、コンプリートしたらみんなの役に立てるんじゃないかと思った」
モードは言いたいことを整理しながらしゃべった。確かめるように。
「みんなとは誰の事です?」
「そりゃあ、スカイアドベンチャーのみんなさ。アサシンは、そんな世界中の人を満足させてあげられるジョブじゃないからね」
「随分冷たいのね」
「冷たいかなあ。学園に来るまで、ボクらの周りは冒険者だけだったんだ。その冒険者も商売敵で、わいわいやれる仲じゃない。となれば、自分の所属してるとこを中心に考えるのもおかしくないでしょ?」
「ドライな考え方ですわ」
「悪いね、これがボクなんだ」
「心のこもってない謝罪は嫌いなのでは?」
「自分がやる分には気にならないね。キミが気にしたならやめるけど?」
「いいえ。話を進めましょう」
そういってマチルダはモードに向き直る。マチルダの目はまだ揺れていなかった。
「もう一つの理由は何ですの?」
「そうだね、これは総合的な理由だよ。スカイアドベンチャーのパーティーメンバーが全員この学園に入ると決まったとき、一つの課だけに集中してしまうのは面白くないと思った」
「面白さで決めたの?」
「違うよ。文句は全部聞いてからにしてくれないかな。他の四人はすぐ決めちゃって、ボクはひとり取り残された。ダガーを主に使うから斥候課に入ってもよかったんだけどね」
「そうですね。わたしがあなたならそういう選択をしますわ」
「そのとき、斧戦士が言ったんだっけ……。とにかく仲間の誰かが、瞑想っていうスキルが戦士課にあるのはおかしい、って言ったんだ。そこから粗探しが始まって、いかに効率的にスキルを習得して仲間で分配するためには、直接行って確かめるのが早いって話になってね。それで、ボクは舟長とは違う無手課に通うことにしたし、斧戦士は追加で銃士課の授業にも出るようになったんだ」
「つまり、この無手課にはスキルの獲得のためだけに来たということですのね」
「キミたちはアサシンを名乗るために資格を取りに来ているんだろう? あんま変わんないよ」
挑戦的にモードが言い返す。モードの口元には笑みが浮かび始めていた。
対するマルチダは無表情。後ろの女の子たちはどうしようと囁き合っている。
次の授業までの時間が厳しくなってきたのだ。
「ねえ、マルチダ。ボクからの提案だけど、良かったらこれから二人で食堂に行かない? ちょっと早いけどお昼ご飯にしようよ」
「なにを言って……。まさか」
「ボクは次の授業休みだからいいんだけどさ。マチルダは次ある?」
「一つぐらい休んだって大したことありませんわ。いいでしょう。わたしとあなたの二人でお昼を食べることにします」
マルチダはそう言い切って後ろの女子生徒に謝罪した。
「ごめんなさい。熱くなってしまって……。もうわたしは平気ですわ。どうか授業がある人はそれを優先してください」
「だ、大丈夫です。わたしたちも次の授業を休めば……」
「なりません! 一年生の授業は基礎がほとんど。ここを固めておかないと二年生になるのは難しいですよ」
「は、はい……すみません」
「とはいえ、さきほど休むことを決断したわたしには、あなたたちを叱る権利はありません。自らの姿をもってしか語ることはできませんからね」
「……えと、じゃあ、授業出ます」
「はい、いってらっしゃい」
五人の女子生徒がその場を駆けていくのを見送って、ひとこと。
「助かりましたわ」
「どういたしまして。じゃ、食堂行こうか」
「ここでもいいんですのよ」
「ここ、地味に日陰で寒いんだよね。マルチダちゃんは大丈夫? 冷えてない?」
「……そうですわね。場所を変えましょうか」
モードから好戦的な笑みが消えた。
なにも移動するときまで対立している必要はないと考えたからだ。
マルチダからも強い苛立ちのようなものが抜けていく。
モードはほっと息をついた。さっきから彼女が親の仇でも見る目で迫ってくるのが気になっていたのだ。なにか彼女の気に障った発言があっただろうか? うーん、今度は候補があり過ぎて分からない。
「マルチダちゃ……あ、年上だから“ちゃん”はよした方がいい?」
「知っていましたのね。どちらでも構いませんわ。わたしは気にしませんから」
「あーね、仲間の情報通に聞いたらすぐ返事が来てね……」
目をそらしながら答えるモード。
こないだ魔法使いに好評だったお菓子を対価に情報を引き出したのだ。
マルチダの隠し撮り写真を渡したら、これなら知ってると言って数秒で答えてくれた。
もう、驚いていいのか、なんで知ってるのか聞くべきなのか、分からなくなってしまう。
「誰なんですの?」
「斧戦士。ここではリック・トキワと名乗っているね」
「さっきの、銃士課にも出ているという?」
「うん。あいつは魔法使いちゃんの名前さえ出せばすぐやってくれるんだよね……」
「はあ。何者なんです? その斧戦士という人物は」
「ボクには分からない。得体のしれない者を仲間にしてるのかって? その通りだよ」
「まあ。怖くありませんの?」
「慣れちゃったから。それに、魔法使いちゃん経由ならだいたいのことは通じるし」
「いろんなパーティーがありますのね……」
「うちは変わってるから。参考にはならないよ」
モードは釘を刺しておく。スカイアドベンチャーは冒険者の中では相当な変わり者だと、言われ続けてきたのだ。他学課との交流が少ない彼女にはけっしてオススメできるようなパーティーではない。モードはそのことを知っていたのだ。




