05 キス
「「ジンにぃ~」」
リビングのソファに寝転んでいたジンは、「お、上がったか」と起き上がる。
「二人とも、気持ちよかったか?」
「「うん!」」
ジンの胸に飛び込んでいくエイミーとクリスタ。ぽかぽかの体温。ほのかに香る石鹸の匂い。しっとり湿った艶やかな髪。お風呂上りということもあってか、八歳ながら妙に女の魅力を醸し出している二人である。とは言え、自分の半分位の年齢の女子に対して、もとい家族に対して、何か変な感情を抱くことなどあるはずもなく、
「よかったな~二人とも。よしよし」
頭を撫でられたエイミーとクリスタは、「んん」と甘えた声を出してジンにしがみつく。
「やれやれ……」
ジンが小さくため息をついていると、今度はぞろぞろと四人、リビングの奥から顔を出してきた。
「あっ、こら、エイミー! クリスタ! ジンはこれからお風呂に入らなくちゃいけないんだから、離してあげなさい!」
こちらに気付くや否や、薄ピンクのネグリジェを身に纏ったエマが、強めの口調で諭した。
隣では、リオン、シンク、アリスが「またか」といった感じでクスクス笑っている。
「……エマねぇのイジワル」
「そうだよ。うらやましいならエマねぇもだきつけばいいじゃん」
口を尖らせながら放ったクリスタの言葉に、エマが激しく動揺を示す。
「なっ、なっ、何を言っているの!? そんなことできるわけないじゃない!」
熟したトマトのように頬を真っ赤に染めるエマ。どう見ても図星である。
「こら、二人とも。あんまり年上をからかうもんじゃないぞ」
見兼ねたジンがエマに助け舟を出した。すると、隣から「ブーブー」と不満の声が上がる。
「ジンにぃ、なんでいっつもエマねぇのみかたするの?」
「あたしたちより、エマねぇのほうがたいせつなの?」
八歳の女の子たちから切なげに見詰められ、ジンは困ったように頬を掻く。
「えっと、みんな大切だよ。みんな、俺の大事な家族だ。誰が一番とかないよ」
苦し紛れにそう言うと、エイミーとクリスタが微笑みながらジンの頬に唇を近づけ、
「「だいすき、ジンにぃ♪」」
チュッ、と。
可愛らしいキスをした。
「あっ、アリスもチューする~」
「じゃあ、おれもー」
「なら、ぼくも」
アリス、リオン、シンクもそれに続く。
いつの間にか、ジンを取り囲むようにして子供たちが集まっていた。
「エマ、お前もこっち来いよ」
ジンに手招きで呼ばれ、遠目に見ていたエマが「ええっ!?」と素っ頓狂な声を上げる。
「あっ、もしかしてエマねぇ、ジンにぃにキスするのがはずかしいの?」
小悪魔フェイスを浮かべているエイミー。実に愉快そうである。
「そ、そんなことないわよ、別に!」
ムキになっているのか、語気が少し荒い。
「み、みてなさい! 私だってそれくらい!」
エマは意気揚々(いきようよう)とジンに近づいていき、そして彼の隣に腰を下ろした。
しかし、最初の威勢は何処へやら。ジンと目が合った途端、急にモジモジし始めて、キスするそぶりはこれっぽっちも見せない。
「……エマ、嫌なら別に無理する必要はないんだぞ?」
何だか辛そうにしているエマを見て、ジンはそう言葉をかけずにはいられなかった。だが、それが余計な気遣いであることは言うまでもない。
「ちっ、違うの! ジンが嫌とかそういうことじゃなくて……」
余計に俯いてしまったエマ。思った通り、ジンの親切は裏目に出ていた。
――しゃあねぇな。
このままでは埒が明かないと感じたジンは、可及的速やかに対処することにした。
チュッ。
自らがエマの頬にキスをする。これがジンの取った対処法だった。
「……これで問題ないだろ?」
子供たちに確認を込めた問いかけをすると、男の子組からは「ヒューヒュー」といった声、女の子組からは「い~な~い~な~」といった声が上がる。
こいつらいつからこんなにマセガキになったんだよ……と思いつつ、ジンは今しがたキスをした相手に向き直る。
「ごめんな――って、どうしたエマ!?」
ジンが驚くのも無理はない。彼の大きな黒目には、顔から蒸気を出して目をグルグル回しているエマの姿が映っていたのだから。
「ジンが私にキス……私、もうダメ……」
「お、おい、エマ!」
「「「「「エマねぇ!!」」」」」
皆の必死の呼びかけも虚しく、彼女の意識は暗転した。