04 ライバル
「「「「「「「ごちそうさまでした!」」」」」」」
満足げな声と共に、食事の時間が終わる。おかげさまで残飯ゼロ、みんな完食である。
「「さてと」」
ジンとエマ、二人は休む間もなく立ち上がる。
「俺、風呂沸かしてくるわ」
「うん、後片付けは任せて」
短い会話を交わした後、ジンがリビングの奥へと消えていく。エマが洗い物を済ませている間にジンがお風呂を沸かす。これが毎晩のルーティーンなのである。
「ういしょっと」
ジンがリビングのソファに深く腰を落とす。
「…………」
静かだ。先ほどまでの喧騒が嘘のようである。
だが、それもそのはず。現在、ジンを除く他のメンバーは、皆お風呂タイムなのだから。
耳をすませば微かに聞こえてくる、キャッキャウフフな笑い声。
毎回「何故自分だけここにいるのだろう」と虚しさを覚えるのだが、結局は「まあ、仕方がないことか」という結論に辿り着いてしまう。
それは今回も同じであり、彼は諦めたようにため息をつくと、背もたれに背中を預ける。
すると次の瞬間――
バタン、と。
ジンの右前方に見える玄関の扉が遠慮なく開かれた。
しかし、ジンは驚くこともせず悠然とそちらに顔を向ける。
「何時だと思っているんだ、ロイク」
彼の眼前には、赤髪短髪の若い男性の姿があった。引き締まった身体を、白と赤を基調とした騎士風の戦闘服に包み、赤革の剣帯に吊るされたのは、情熱に燃える剣・火剣。
彼の名は、ロイク・バーネット。僅か二十人しかいない《天上からの使者》のメンバーの一人である。
「おいおい、ライバルに向かってその言い草はないだろ」
「勝手にライバル認定するな、鬱陶しい」
「ふっ、俺に負けたのがそんなに悔しかったのか?」
「事実を捻じ曲げるな。あれは両者戦闘不能による引き分けだったろが」
実はこの二人、一年前に一度剣を交えており、その際息もつかせぬ大死闘を繰り広げた仲なのである。
「はて、そうだったか?」
とぼけるロイクに、ジンは落胆にも似たため息をつく。
「もういい、疲れる」
そう言い、ジンは顎だけで「とりあえず座れ」と合図を出す。
ロイクはそれに従い、「失礼」とジンの対面のソファに腰を落とした。
「で、ガルディオ第三階層守護者であるお前が、こんな夜更けに何しに来たんだよ?」
ジンが尤もな疑問を呈する。
アステリアの中心地区・ビストレアに聳える白亜の塔。通称、闘技塔ガルディオ。
この建物こそがアステリアの象徴であり、ギルド界の最高峰《天上からの使者》が運営する勝ち上がり式の闘技場である。
全二十階層あるガルディオの各層には、「階層守護者」と呼ばれる門番が控えている。
言わずもがな、門番とは《天上からの使者》のメンバーのことだ。
頂上に待ち受ける伝説の英雄――シド・スターリッヒを倒し、地位・名誉・賞金を手に入れるため、腕利きの猛者たちはこの難攻不落の闘技塔に挑み続けるのである。
そのガルディオに於いて、ロイクは現在、第三階層守護者を任されている。
つまりジンは、ギルドの仕事をサボって何してんだよ、と言外に仄めかしていたのだ。
「勘違いするなよ? 今日ここに来たのは歴とした仕事でだ」
足を組みながら得意げに話すロイクに、訝しむような視線を向けるジン。
「仕事? 何の話だ?」
前置きが長くなると本気で怒り出しそうな雰囲気だったので、ロイクは軽く咳払いだけして、とっとと本題に入ることにした。
「我らが頭首、シド・スターリッヒからお前宛てにと書状を預かっている。受け取れ」
懐から白い封筒を取り出し、ジンに受け渡す。
「…………」
まるで腫物に触るようにゆっくりと封を開けていくジン。そして中から書状を取り出すと、顎に手を遣りながら文字列を読み始めた。
沈黙が落ちる。
カチ、カチ、と。
時計の長針が動く音だけがリビングに響く。
そうして一分くらい経った後――
「なるほど。内容は理解した」
そう告げ、ジンはロイクを見据える。大きな闇色の瞳には、迷いや動揺は疎か、驚きさえもなかった。
「……答えを聞かせてもらおうか」
今更畏まるロイクがおかしかったのか、ジンはふっと笑みを漏らす。
「俺たちはギルドなんかに興味はないし、況してや誰かの下に就くなんてのは真っ平御免だ」
書状に記されていたのは、《天上からの使者》に加盟しないかというものだった。言わば、シド・スターリッヒからのスカウトである。
「お前はそうかもしれないが、エマさんは違うかもしれないだろ」
「エマも俺と同じ意見だ。今の生活を放り投げることなど、俺たちにはありえない」
「そうは言うがな。孤児院なんてのは、生活力が身に付いたら出ていくのが普通ってもんだろ?」
「勘違いしているようだが、もう俺とエマは孤児院で養われている身ではない。ここの管理責任者として、そして保護者代理として、あの子たちを養っている身だ。だから、お前の言う曖昧な定義には決して当てはまらない」
必死に食らいついてくるロイクに対し、はっきり断言するジン。
――最早議論の余地もないか……。
そう思い至ったロイクは、やれやれといった調子でふっと笑う。
「お前らしいな。分かった。シドさんには俺からそう報告しておこう」
言うと、ロイクは重い腰を上げて立ち上がる。そのまま彼は踵を返して玄関に向かって歩いていくのだが、ふと何かを思い出したように足を止めた。
「そう言えばお前、今度ビストレア広場で開催される『覇王剣舞祭』には出場するのか?」
「は? 何だそれ」
首を傾げるジンに、ロイクは殊更丁寧に説明を開始する。
「やっぱり知らなかったか。『覇王剣舞祭』とは、二十歳以下で行われる剣の祭典。次世代を担う若者たちがアステリアナンバーワン剣士の座をかけて鎬を削る、まさに世紀の大イベントだ。主催はもちろん《天上からの使者》で、この大会で実力を認められればうちにスカウトされることも夢ではない」
「ふ~ん。そんなのがあるのか」
まるで興味を示そうとしないジン。だが、ロイクは確信していた。次に放つ言葉で、この男は間違いなく食いついてくると。
「因みに優勝賞金は三百万バイカだ」
「な、何だと!?」
勢いよくテーブルを叩き、立ち上がるジン。ロイクとしては、ジンの相変わらずの金の亡者ぶりに内心辟易としてしまうのだが、どんな理由であれ「覇王剣舞祭」に興味を持ってくれるのはありがたいことこの上なかった。と言うのも――
「言っておくけど、そう簡単に優勝できると思うなよ。大会にはこの俺も参加するんだからな」
ライバルらしく宣言してみせるロイク。完璧に決まった! と、人知れず満足していた彼であったのだが、言われた本人はどこ吹く風で……
「三百万……三百万もあったら、あいつらに好きな物なんでも買ってやれるな……」
て、聞いてないんか~い!
完全に一人の世界に入ってしまっていたジン。自分の発言が華麗にスルーされたことに言いようのない羞恥を感じたロイクは、ごほんと一つ咳払いをしてから話を強引に元に戻す。
「と言うわけだから、お前も参加してくれるよな?」
「ああ、もちろん。で、それっていつあるんだよ」
「来週の今日。場所はさっきも言った通り、ビストレア地区にあるビストレア広場だ。エントリーについては俺が全部やっておくから、お前は特に何もしなくていい。持ってくる物としては参加費の二千バイカと、自身が愛用している剣くらいだな。オッケー?」
「了解した。じゃあ、当日会場で」
「おう。楽しみにしているぜ!」
そう言い残して、ロイクは孤児院を後にした。