03 小さな子供たち
二人が到着した先は、ヴァランガ地区の東端にある古い孤児院だった。
元は真っ白のはずの白壁は薄黒く汚れており年期を感じさせるが、汚らしい印象はない。おそらく、庭に咲いた多種多様な植物たちのおかげだろう。
「ただいま~」
黒い観音開きの扉を開け、エマが室内に足を踏み入れる。その後に、ジンも続く。すると、
「「「「おかえりー!」」」」
四人の小さな子供たちが、ジンたちの元にドタドタと駆け寄ってきた。まるで、親の帰宅を今か今かと待っていたかのようである。
「エマねぇ、おなかすいたー!」
「ジンにぃ、このえほんよんでー!」
「あっ、ずるい! ジンにぃ、わたしも、わたしも!」
「エマねぇ、おふろはやくー!」
何というか、色々とカオスな状況である。
しかし、こんなのは最早慣れっこなのか、エマは柔和な笑顔を浮かべながら子供たちの頭を優しく撫でる。
「はいはい、ちょっと待っててねー。急いでご飯つくるから。その後は、すぐにお風呂にするからねー」
そこで言葉を切ると、エマはジンに顔を向ける。
「悪いけど子供たちの面倒お願い」
「了解」
軽く頷くと、ジンはしゃがんで子供たちと目線を合わせる。
「じゃあ、ご飯ができるまで、みんなで絵本でも読むか」
「「「「は~い!」」」」
「よしっ、いい子たちだ」
こうして、ジンとエマの長い夜が始まった。
「それじゃあ、みんな手を合わせてー」
エマの合図で、長テーブルを囲んでいる全員が合掌する。
それを確認してから、今度はジンが「せーの」と掛け声をかけ、
「「「「「「「いただきまーす!」」」」」」」
と、弾んだ声がリビングいっぱいに響き渡った。
ウレタン塗装が施されたテーブルの上には、カレーライスと添え物のサラダが七人分。実に家庭的な食卓である。
「野菜もちゃんと食べるんだぞー。じゃないと、大きくなれないからなー」
「みんな、おかわりもあるからねー」
テーブルの端と端から年上組が呼びかける。それに対して、五人の子供たちは「はーい!」と大きな返事をして、食事に手を付ける。
「どう、おいしい?」
エマが右斜め前に座っている幼女に話しかける。
この子の名は、アリス。エマと同じ金色の髪が印象的な五歳の女の子である。先ほどまで寝ていたからか今はぴょんと寝癖がついており、その姿はとても愛らしい。
「おいちい!」
スプーンの使い方がぎこちないのも、また可愛らしい。この子の笑顔を見ていると、一日の疲れが吹っ飛んでいきそうである。
「そう、それは良かった♪」
次にエマは、顔を反対方向に向ける。
「リオンとシンクはどう? おいしい?」
声をかけられ、まずは黒いツンツン頭のリオンが答える。
「めっちゃおいしいー!」
続いて、銀髪ウルフカットのシンクが言う。
「エマねぇのごはんはせかいいちー!」
二人の感想を聞いたエマは、満面の笑みを湛えながら一言。
「二人とも、ありがとう」
純粋無垢な七歳の男の子たちも、アリスとは違った愛らしさがある。そのことを改めて実感していたエマであった。
さて、残りの子供たちはと言うと――
「ジンにぃ、アーン、して」
「はいはい」
赤髪の少女・エイミーが大きく口を開けており、ジンは慣れた手つきで食べさせてあげる。
「つぎ、あたし!」
「はいよ」
今度は中腰になり、亜麻色の髪の少女・クリスタの口内にスプーンを運ぶ。
「二人とも、うまいか?」
「「うん!」」
満面の笑みを湛えている八歳の女の子たち。この二人、常日頃からジンにべったりで、隙あらば甘えようとするのである。
そんな感じで、和気藹々とした食事が進んでいく。
これが、この孤児院の日常風景。
大人はいない。
唯一の大人であった孤児院長のラディックは、去年他界した。
残された子供たちを引き取ってもいい、と言ってきてくれた親切な住民もいたのだが、誰も行きたいとは言わなかった。
理由は簡単。みんながいるこの場所が好きだから。これに尽きるのである。
生活資金はラディックが残してくれた遺産と、ジンたちの「海賊狩り」の報酬で十分間に合っている。
贅沢はできないが、こうして毎晩食卓を囲んで「わいわい」やれるのは、どんな高級料理を食べるよりも幸せに感じる。ここの子供たちは皆一様にそう思っており、だからこそリビングにはこんなにも笑顔が溢れているのである。