序章
アステリア。
そう呼ばれている水の都があった。
元々は、アヴァランチ大陸からの川の流れに乗ってくる土砂、そして、海の波と風の力によってできた湿地帯である。
ダイヤの形をしたこの土地は、小さな運河で細かく分けられており、都市の真ん中を全長五キロに及ぶS字形の大運河グラン・ジガルデが北東から南西へ、市街を二つに分けながら湾曲して流れているのが特徴的だ。
それと直接関係しているかは定かではないが、この都市には昔から「海賊」が多く出入りしている。船旅の疲れを癒す者、武具や食料の調達をする者、金品の強奪を企む者など、彼らは多種多様の理由を持って、ここアステリアを訪れるのだ。
しかし、十年前まではどこもかしこも騒がしい無法地帯であったこの場所も、今は特定の場所を除いては随分と落ち着いてきている。そうなった要因として挙げられるのが、「ギルド」の存在である。
海賊に制圧されていたアステリアを奪還するために、《天上からの使者》と呼ばれるギルドが結成されたのが、そもそもの始まりだ。構成メンバーは、元帝国騎士団員や剣の三帝国統一大会の出場者など精鋭揃いであり、中には【魔剣シリーズ】の使い手――魔剣師もいた。
彼らはその圧倒的な力で、僅か十日足らずでアステリア奪還を成功させてみせたのだ。その際、《天上からの使者》のリーダーを務めていたシド・スターリッヒは、世界に向かって声高らかにこう告げた。
――アステリアは、自由かつ秩序ある都市に生まれ変わる!
それからというもの、理不尽で不条理な世の中に別れを告げた人間たちが、夢を求めてアステリアに集まってくるようになった。《天上からの使者》を中心に、「ギルド」の数は日に日に増えていき、あっという間にアステリアの中心地区・ビストレアは「海賊の縄張り」から「ギルドの堪り場」に生まれ変わったのだ。
そして現在、星の数ほどあるギルドの中で、《天上からの使者》と並んで絶大な権力を握っているのが次の四つ。
傭兵ギルド《血染めの狂戦士団》。
商業ギルド《陽だまりの楽園》。
トレジャーギルド《ルージュ・ザ・マリー》。
海賊狩りギルド《青海の番人》。
世に言う五大ギルドの存在は紛争の抑止力になっており、今日に至るまでアステリアでは激しい争い事は起こっていない。
とは言え、小競り合いが全くないかと言われればそうでもない。
特にアステリアの東に位置するヴァランガ地区や北に位置するジャンパオロ地区では未だに海賊たちがのさばっており、そこに住む住民は常日頃から多大な迷惑を被っているのである。そのためここら辺の地区では、海賊狩りギルドが重宝されるわけだが、《青海の番人》は指定する報酬が割高ということもあって、裕福ではないヴァランガ地区の住民にとっては、中々依頼することができないのが実情だ。
そんな彼らのためにか、格安の成功報酬で「海賊狩り」を行っている少年少女がいた。
男の名はジン・クライフト。女の名はエマ・ブランカ。
どう見ても十六、七にしか見えない彼らではあるが、受けた依頼は必ず完遂していることからも、その実力は折り紙付きである。
そして今や、彼らはヴァランガ地区の絶対的な守護者となっており、今日も今日とて、海賊たちを狩るために暗い街中に繰り出すのである――。