三題噺「列車、妹、絵画教室」
その男は、東京のデザイン会社に勤めていた。
父親は美大の教授、母親はイラストレーター。
芸術に囲まれて育ち、その才能を受け継いで、今では自分もデザイナーとして活躍している。
そんな男のもとに、ある日、一本の電話がかかってきた。
内容は、母親からの、美大を目指して絵画教室に通っている妹が、踏切から線路に侵入し横になり、列車に轢かれ自殺したというものだった。
男は大層悲しがって、仕事を休み、田舎に帰ることにした。
実家に帰る列車の中で男は様々なことを思い出した。
芸術一家なだけあって、彼は幼いころから妹とよく絵を描いて遊んでいた。
男の作品は色彩に優れ、計算されたものだったが、妹の作品は、自由で、のびのびとした、明るいものだった。
男はしばしばその妹の自由な作風に、惹かれ、また、嫉妬した。
彼にはない才能が妹にはあった。
しかし、色彩や構図の勉強を熱心に行い、作った作品は、絵では受けがよくなかったが、デザインとして開花した。
そうして今は、男の作ったデザインが、企業の広告や商品で少しだが利用されるまでになった。
男が思い出にひたっていると、電車が目的地に到着した。
実家に帰ってから、通夜、葬儀とその準備に追われ、男は多忙だった。
だが、それが終わり、一息つくと、次は会社のことが彼の頭に浮かんだ。
今の彼はちょうど、仕事も任されるようになり、世間で評価されかけている大事な時期。
プレッシャーや忙しさもあって、あちこちに体の不調も出ていたが、長く休んでいるわけにはいかなかった。
懐かしい家を少し回って、両親に挨拶したら帰ろうと、男は思った。
自分の部屋で昔の作品を見た後、ふと、妹の部屋が男の目にとまった。
彼女は何を思って自殺したのだろうか。
好奇心から、男はドアを開けた。
中には彼女の最近の作品が壁にかかった部屋がある。
本棚には絵画の技法書がぎっしりと詰まっており、好きだった漫画本の一冊もない。
まさに、絵のための部屋であった。
男は部屋の妹の作品を鑑賞した。
それは、昔ののびのびとした、自由な絵とは程遠いものだった。
絵画技法が駆使されて計算されつくした構図で描かれた作品たちは、窮屈さを感じさせた。
男の作品も、センスというよりは論理に基づくものだが、ここまでの脅迫めいた絵ではない。
よほど追いつめられていたのだろう……。
両親も兄も芸術の道で仕事をしている。
自分も必ずそうなりたい、ならなくては。
そのプレッシャーが、彼女の作風を変え、死に追いやったのかもしれない。
そんな印象を、作品群から受けたのだった。
こんな部屋に居ると、こっちまで精神を病みそうだ。
もう出よう。
そう思った男だったが、机の上に閉じたままの一冊のスケッチブックを見つけた。
作品としてのものでなければ、また昔の自由な妹の絵が見れるかもしれない……。
男はそう思い、スケッチブックを開いた……。
許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない
許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない
許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない
許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない
なんでアイツばかり才能があってワタシは評価されない
アイツが親の才能をすべて奪った
すべてアイツのせいだ
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
男は両親に別れを告げ、帰りに駅前の喫煙所で2本タバコを吸い、
各駅停車を無視して、快速が来るのを待った…………。
そんな妄想をしていると、不思議と気分が落ち着いた。
踏切の警報音が鳴る。
もうすぐ電車が来る。