2
短いですが、2話目です。
実は昔書いたものを、少しずつ訂正して投稿しています。
この世界の空気が伝わるでしょうか…
浸っていただけたなら、嬉しいです。
8年前――
「お父さん、お母さん……」
静かに横たわっている二人は、ぴくりとも動かず、私の問いかけに答えることはなかった。私が10歳の誕生日を迎える前日のことだった。私の住んでいる町で、例の病原菌の最初の犠牲者だった。
周りの大人たちは、私を静かに見守っている。嗚咽をもらしている人もいる。背中に重くのしかかる空気。私は耐え切れず、家を飛び出した。
町は夕暮れに染まり、美しくたたずんでいる。私は行く当てもなく、ひたすら駆けた。鼻の奥がつんとするが、その痛みすら振り切るように走る。悲しくなんかない、悲しくなんかない――
角を曲がったとき、勢い余ってその先にいた人にぶつかってしまった。いつもなら謝るところだが、今は、そんな余裕はない。ふらつきながら、その相手を睨み付けた。
「えみ……?」
いつも遊んでいる近所の男の子だった。四六時中元気で私を笑わせてくれた友達は、今日に限って、どこか気の抜けたような表情をしていた。
「……アイル」
変な名前、と馬鹿にしていた。それでも本人は胸を張って「かっこいいだろ!」と周りに自慢していた。いつのまにか、私もそんなような気がしていた。そんな呼びなれた名前を口に出したら、こらえていたものが、目からとめどなくあふれ出し、あふれ出し、止まらない。
「えみは……悲しいの……?」
「……」
何も言葉が出せない。すべてを閉じ込めるかのように、うつむき、歯を食いしばり、こぶしを握る。彼はしばらくの間を置いて、言った。
「僕の、目、見てみて」
「……?」
ゆっくりと、顔を上げる。彼の目は、私の町と同じように、赤く染まっていた。
私の小さくぬれた手を、彼の両手が強く握りしめる。
「えみは、悲しくなっちゃだめだよ。僕が、守ってあげる」
「アイル……?」
「僕が、えみの代わりに、悲しんであげるから――」
そういって彼は去って行った。私の心は、とても軽くなっていた。涙は、いつのまにか止まっていた。
それ以来、彼の姿は見ていない。