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喜怒哀楽をテーマにして
ひとつずつ、ストーリーを書いていきたいと思います。
それぞれの感情の意味を私なりに解釈し
男女を題材にして表現しました。
ひとつ目は、「哀」 悲しみです。
もしも君のその悲しみを
僕が貰い受けることができたとしたら
君の美しい心を守れるのに
今にも壊れてしまいそうな君を
笑顔にすることができるのに
1.
「ま、ママぁ……」
「……」
今日もまた、一人の犠牲者が出てしまった。
原因不明の病原菌が増え、たいした治療技術もないこの国は、壊滅の危機に陥っているといっても相違ない。毎日、毎日、一人、また一人と消えていく。私の目の前で泣いている男の子は、たった今、母親を亡くした。身寄りは、もういない。
「……行こう、けい君」
「ママは?ねえ、ママはどうするの?」
「大人の人たちに任せよう。ね?」
そういって私は無理やり男の子を家の外へ連れ出した。死の意味が少しずつだがわかりだす年齢だ、あまり重い空気の中にいさせるのはよくないだろう。それにこの病気は、死んだ人間から生きている人間にも、感染する。
周りの大人たち――男の子の近所の人たちは、私のしようとしたことがわかったのか「頼んだよ、えみちゃん」と静かに見送った。その悲しい視線を遮るように、私は強くドアを閉めた。
私は男の子の手を引いてどんどん歩く。男の子が若干駆け足になっているが、気にせずに歩いた。その様子に周りの人たちが声をかけようとしてくれているが、そんなすきも与えない。冬の冷たい空気が二人の肌を凍てつかせようと突き刺さってくるが、歯を食いしばって耐える。私は、ただただ歩き続けた。
人気がない開けた場所についたとき、私はようやく足を止めた。ここはこの小さな町で唯一誇れる、通称夕日の丘と呼ばれる場所だ。その先は土地が低く、夕日の沈む様子がとても映える。美しい場所だ。今は夕日もほとんど沈み、辺りは薄暗くなっている。
「えみちゃん、どうしたの?」
男の子が首をかしげてきいてくる。そんな様子が、妙に腹立たしく思えた。
「けい君のお母さん、亡くなったの」
「ママはおうちにいるよ」
「違うの。死んじゃったってことなの。わかる?」
「じゃあ、もうママに会えないの?」
「そうだよ」
男の子は黙りこくった。次第に目が潤みはじめる。それでも声をあげて泣かない。あの母親は、男は人前で泣くもんじゃないよと、夫の口癖を息子にもうるさく言い聞かせていた。よくできた子だ。そんな様子を見ていたら、かつての自分を思い出した。よけいに腹が立つ。
「悲しいときは、泣いていいの!我慢しな、くても……」
私まで涙が出てきてしまった。情けない。嗚咽をもらさないよう、唇を強くかみしめる。
背後に視線を感じたのは、そんな時だった。
「……けい」
男の子が顔を上げる。私もその視線を追う。直後、身体が凍り付いた。
男が一人、いつのまにか私の後ろに立っていた。黒いロングコートを羽織り、黒い帽子とマフラーで顔がほとんど見えず、わずかに覗く鋭い瞳が二人を見据えている。私は恐怖で、声も出ない。
「けい、僕の目を見て」
マフラーの下から発せられた声は、ティーンエイジャーといったような若い男の声だった。あからさまな敵意もない。悪意もない。私は肩の力を抜いた。その男はゆっくりと目深にかぶっていた帽子をとる。私はつられてその男の目を見る。そしてまた、固まってしまった。
男の目は、真っ赤に染まっていた。充血しているわけではない。まるで宝石のような、澄んだ真紅の瞳。しかし私が固まった理由はそれだけではない。
どこか、懐かしい。
「けい、今は悲しいかもしれない。けど、その悲しみにとらわれることはない。この悲しみが消えないとしても、けいは幸せになれるはずだ」
男は優しく語り掛ける。真紅の瞳が光を反射したかのようにきらきらと輝く。男の子はいつのまにか、涙目ではなくなっていた。
「……もう、大丈夫だろう?」
「うん」
男の子はにかっと笑った。いつもの笑顔だ。まるで魔法のような――。
私の心を、デジャヴが襲う。