第6話『暁の闇』
明けぬ夜はないのだと……
止まない雨はないのだと……
何度も、心で繰り返し
お天道様を、待っていた。
ふた山程越えた所にある街が、はる江の奉公先だった。
子供の足では、この距離がとてもとても長く感じ、最果ての地まで来たかの様に、はる江は感じた。
着いてすぐに、旦那様と奥様にあいさつをする事になった。
豪華な屋敷の玄関は、見た事がない位立派な造りだった。
はる江の家がすっぽり入ってしまう位の玄関を上がると、これまたピカピカに磨き上げられた床、上等そうな障子がズラリと並んでいた。
一体、何部屋あるのだろう?気を抜くと、迷子になってしまいそうな家だ。
そんな事を思いながら、旦那様達の待つ部屋へ足を進めた。
私をここまで連れて来てくれた、村の村長さんが先に障子越しにあいさつをした。
『大変、遅くなりますた。娘を連れて来ますた。』
村長さんが、方言訛りの言葉でそう言うと、中から奥様らしい人が答えた。
『入り。』
私は、心臓がバクンと鳴った。
(失礼のない様に、失礼のない様に……)
と心の中で何度もくり返した。
『し、失礼します。』
そう言って、障子をゆっくり開けた。
『中にお入り。』
『は、はい。』
はる江は、ささっと中へ入って行った。
村長さんは、ペコリとお辞儀をすると障子を静かにしめて、行ってしまった。
『は、はる江といいます。年は……』
あいさつをしようと必死の私の声を遮る様に、奥様の声が飛んできた。
『そんな事は、聞いていますから早速仕事の説明をさせて貰えるかしら。』
私は、手をつき頭を深く下げて
『す、すみません。よろしくお願いします。』
突然の、予想出来なかった展開にそれだけを言うので、はる江は精一杯だった。
しかし、そんなはる江をよそに奥様は、さっさと話しを続けた。
『多少、聞いてはいると思うけどあなたには、先月産まれた私の坊やの面倒を日中は見る事。朝は、朝げの準備の手伝い。私が仕事が上がった夕方からは、店の方ずけなどをして貰います。もちろん、日中も坊やの面倒を見ながら、洗濯や掃除はしていただきますので…分かりましたか。』
いっぺんに沢山の事を言われて、正直頭の中はゴチャゴチャになってしまったが、聞き返す事など許さない。と言う雰囲気の奥様を前に
『は、はい。』と返事をするしかなかった。
奥様は、勝ち気な感じのとても美しい人だった。
はる江は老婆の言う事を必死で、覚えた。一部始終話し終えると、老婆は最後に念を押すようにはる江に言った。
『あんたは、自分の命に変えてでも坊ちゃんをお守りするんだよ。この子の命と、あんたの命とでは天と地程の差があるんだからね。まあ、他の事が多少出来なくても目を瞑るが、坊ちゃんの事だけは何かあったら許しはしないからね。』
私は背筋がゾッとした。しかし、ここで役立たずの面を付けられたら、家に帰されてしまう。
私は必死に首を縦に上下させた。
『じゃぁ、今日はもう夕時だから坊ちゃんの面倒は明日から始めるとして、今から炊事場に行って夕飯の手伝いをしておいで。』
きつい物腰で、老婆はそう言うと坊ちゃんの方を向いた。
私は、失礼します。と頭を下げて炊事場へと向かった。
とても豪華な広い家には、暖かさがまるでなかった。
人も家も、とても冷たく感じる……
貧しくても笑顔が堪えなかった、故郷を思い浮かべると、はる江の目から涙が零れた。
きっと、きっとみんなの所に帰るから……
『暁の闇』
月のない明け方。陰暦で14日ごろまでの明け方。また,そのときの暗さ。