第4話『夢枕』
沢山の悲しみを知っている人は、優しい…
ただ、それの(優しさ)伝え方を知らないだけなの。
部屋を出た2人は、静かにロビーに向かう。
エレベーターのボタンを押すと、階表示の光をまといながら私達の居る5Fへと近づいてくる。
無言の2人を静寂が包み込んでくる。
『ポーンッ』
エレベーターが来た。
私は、エレベーターのドアを閉まらない様にボタンを押して、彼女を中に促した。
『ありがとう。』
彼女は、そう言うと中へ入った。
私も、続いて中へ入る。一階のボタンを押すと、エレベーターは下へと向かって行った。
私は、ふとお客様を迎えたのに、部屋で何のもてなしもしていなかった事に気が付いた。
『あの、私お茶も出さなくてすみません。』
彼女の方を向き、すまなそうに目を伏せると、彼女は優しく微笑んで
『気にしないで、こんな時間に来た私が非常識なのだから。』
『そんな事ないです。少なくとも、私は今日は何だか眠れなかったので、来て頂いて嬉しかったです。』
私がそう言うと、彼女は懐かしそうに愛おしそうに、私を見つめた。
『ポーンッ』
エレベーターが一階に着いた。
彼女を先にエレベーターから下ろし、その後に私も続いた。
彼女はロビーの半分位に来た時に、少し後ろを歩く私の方へと振り返った。
『もし、ご迷惑じゃなかったらもう少しお話し出来ないかしら…?』
突然の申し出に少し驚いたけれど、まだ夜明けまで何時間もある。
この静寂の中一人、あの部屋で起きているのも退屈だ。
私は、彼女の申し出を受ける事にした。
『はい。じゃあ、さっきお茶も出せなかったんで、コーヒーでも飲みながらそこのソファーで話しましょ。』
彼女は微笑み、頷いた。
本当に、この人は何て優しく微笑むのだろう。
私が、祖母に求めたおばあちゃん像を実体化したみたいな人だ。
私は心の中で小さく呟いた。
(もし、この人が祖母だったら私は今頃悲しみに明け暮れているのだろうか?)
豪華なロビーの少し中に入った場所にあるソファーに、私達は腰掛けた。
『あの、私コーヒー買って来ますね。』そう言うと、近くにある自販機へと向かった。
2つコーヒーを買うと、足早に彼女の元へ戻った。
『どうぞ。』
コーヒーを差し出すと
『どうもありがとう。本当に愛子ちゃんは優しいね。』
とまるで、小さな子供にでも言う様に私に言った。
私は、彼女の隣に腰掛けるとずっと疑問に思っていた事を聞いた。
『あの、祖母とはどういうご関係だったんですか?』
この上品な女性と、うちの祖母とはまるで接点がある様には思えなかった。
彼女は少し悩んだ様な口調で答えた。
『……私は、おばあさんの妹なの…』
『そう何ですか。何人か兄弟や姉妹がいるって、おばあちゃん言ってました。』
私は、彼女が祖母の妹だという事には対して驚きはなかった。確かに、似ても似つかないがこんな年老いて、しかも何年も寝たきりだった人に、他人のしかも友人何かがこんな夜中にわざわざ尋ねてくる訳がないからだ。
ハナから、親戚中の誰かではあるだろ。とは予想が付いていた、
しかし、少し腑に落ちないのは…
何で、妹だと言う事をそんなに戸惑いながら言うのだろ。…という所だ。
だけど、まあ何か事情があるのだろう。親戚同士は仲がいい人達も居れば、中々どうして気が合わない人達もいる。
そう思い、気にしない事にした。
取り留めの無い会話を幾つか交わして、買って来たコーヒーを半分程飲み終えた頃。
少しの沈黙の後、彼女が突然神妙な顔をして私に言った。
『愛子ちゃん…、もしまだ時間があるのなら、少し昔話をしてもいいかしら……?』
姉である祖母が死んで、感傷的になっているのか、何だか私は彼女がとても寂しそうに思えた。
私は、ロビーにある大きな柱時計目をやった。
まだ1時を少し過ぎたばかりだった。
私は
『はい。私も、まだ眠れないし。おばさんの話、聞きたいです。』
部屋へ帰っても、退屈だからそう言ったのか…
ただ、寂し気なこの人を一人夜の闇の中へ追い返す事がかわいそうだから、そう言ったのか…。
いつもなら、知らない人との気を使う会話何て、面倒くさいと適当を言って逃げるのに…
まあ、こんな夜だから少しらしくない事をしてしまうのかも……。
……長い夜の、悲しく切ない物語の幕が開いた……
ゆめまくら【夢枕】
夢を見ているときの枕もと。