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「明武ホテルの殺人、あるいは修学旅行の最後で最悪な夜」

作者: 可奈良津

 


 1



 今日は修学旅行最終日。全行程が終わって、あとはホテル内での自由行動を残すだけ。

「いいかお前ら。最終日だからって羽目を外し過ぎるなよ。家に帰ってまた登校するまでが修学旅行だからな」

 明武ホテル七階の食堂。夕食のあとの学年ミーティングで担任の横山が言った。

 いやいやそんなセリフ今まで生きてきて聞いたことないけど、と私は思った。

「センセー、それを言うなら家に帰るまでが修学旅行じゃないんですかー?」

 お調子者の男子がそう言うと、まわりのみんなからドッと笑いがおこった。

「はっはっは。まあ冗談はさておき、就寝時間までには部屋に戻るんだぞ。では解散!」

 その言葉でみんなが動きじめた。

「かなっち、一緒に行動しよう」

 ミーティングが終わると数少ない私の友達、白峰優子が声をかけてきた。かなっちというのは、良津香菜つまり私のあだ名だ。

「いいよ。あ、お財布部屋に忘れてきちゃった。先に下行ってて」

 私たちが泊まっている、ここ明武ホテルは七階建て。

 七階には食堂――私たちが今いるこの場所があって、六階から三階までが客室。

 一階がロビーになっていて、二階がおみやげ屋さんだ。私と優子が所属している班は六○三号室に泊まっている。

 私たちの通う私立徳山高校は各学年三クラスずつしかない。

 昔はもっとクラスがあったらしいのだが、少子化の影響なんだそうだ。

 だからこのホテルの中でも、うちの学校が貸し切っているのは六階だけだ。

「いいよ、同じ部屋なんだし私も一緒に行くよ」

 というわけで二人で部屋まで戻り、私は財布をとった。

 エレベーターで下に降りようと思ったけど、こういうときに限ってホテルに二つしかないエレベーターは両方ともなかなか六階に来ない。

「しょうがない。食後のいい運動になるし、階段で行こう」

 優子がそう言うので、二人でおしゃべりしながら階段を使って二階まで降りることにした。

 四階にさしかかったときだった。

「あっ! 教授! 平坂教授!!」

 客室の方から、叫び声が聞こえた。

 その声にただならぬ気配を感じ取った私たちは声のする客室のほうに急いで走った。



 2



 声がする部屋まで行って、ドアを勢いよく開けた。

「どうしたんですか!?」

 私たちが聞くと、その人は興奮した顔で私たちに向かって言った。

「警察と救急車を呼んでくれ! 教授が倒れてる!」

 私たちは慌てて携帯電話を取りだし、110番と119番をコールした。

 まもなくパトカーと救急車が駆けつけ、テレビで見るようなKEEP OUTと書かれた黄色いテープが引かれ、あたりは一時騒然となった。

「君たちは俗に言う『第一発見者』というやつだから一応話を聞かせてもらうよ」

 制服を着た警察官にそう言われた私たちはしばらくそこで待っていた。

 しばらくすると、刑事ドラマに出てきそうな茶色いコートを着た中年のおじさんと黒いスーツを着た若い人がやってきて、私たちに自己紹介をした。

「こちらは鴻野警部です。僕は三羽。君たちは第一発見者だよね?」

 黒いスーツを着たほうの人がそう言った。彼は三羽刑事というらしい。

「いえ、私たちよりも先にあの男の人が来てました。私たちはあの人の叫び声を聞いて走ってきたんです」

 優子が答えながら、さっきの若い男の人を指差した。

「君が第一発見者なのかね? 名前は?」

 今度は茶色いコートを着た、鴻野警部のほうが話しかけた。

「明武大学四年、日浦智隆です。平坂教授のゼミに入っています」

「なるほど」

 警部はメモを取りながら話を聞いていた。

「ではみなさん、もう少し詳しく話を聞きたいのですが、ここでは少々狭いので、このホテルの一階のロビーのほうに移動をお願いします」

 そう言われて、私と優子、そして日浦さんは三羽刑事につれられてホテルのロビーに行った。 

「せっかくの修学旅行最後の夜なのに、こんなことに巻き込まれちゃうなんて……」

 ロビーで座っていると、優子がそう呟いた。

 しばらくして、鴻野警部がやってきた。するとホテルの支配人のような人が来て、警部にこう伝えた。

「言われた通り、お客様にはそれぞれの部屋にお戻りいただき、部屋に鍵をかけて外に出ないようにと伝えてました。万が一の場合に備えて、各階には一人ずつ警察官の方に見張りもしてもらっています」

 三羽刑事が近づいてきて、私たちに言った。

「君たちの学校の先生にも事情を説明してきたから安心してくれ」

 すると今度は、全員を見渡しながら警部が話し始めた。

「さて、みなさん。被害者は平坂誠一さん四十五才――明武大学の教授です。彼はこのホテルの自分の部屋で首を絞められ殺害されていました」

 明武大学はかなり有名な大学で、平坂教授という人も私は何度かテレビで見たことがあった。

 日浦さんは言葉を失っていた。

「さて、我々もまだこの事件のことを正確に把握できていません。ついては事件の早期解決のため、あなたがたから事情を詳しく聞かせていただきたい。協力していただけますな?」

 警部の言葉には有無を言わせない力強さがあった。

「では第二、第三の発見者である君たちからも話を聞かせてもらいましょう」

 警部はメモを用意しながら言った。

「私たちは私立徳山高校の三年生です。私は良津香菜。こっちは白峰優子。今日は修学旅行でこのホテルに泊まっています。夕食後は自由時間だったので、優子と一緒にお土産屋さんに行こうと階段を降りていたら叫び声が聞こえて、それで慌てて駆けつけたんです」

 私は緊張しながらそう答えた。

「なるほど。ということは君たちは平坂教授や日浦君には面識がないんだね?」

 警部は念を押すように尋ねてきた。

「はい、私たちはただ通りすがっただけです」

 今度は優子が答えた。

 警部は素早くペンを走らせ私たちが言ったことをメモした。

「それで、君はなぜ教授の部屋に行ったんだい?」

 今度は日浦さんに尋ねる警部。

「夕食の後、教授から電話がかかってきたんです。出ようとしたんですが、すぐに切れてしまって。何回もかけ直しても教授が電話に出なかったので、いやな予感がして……」

「なるほど。どうやら君の悪い予感というのは当たってしまったようだね」

 そのとき、制服を着た警官が若い女性と四十才くらいの男性を連れてきた。

「警部、こちらの女性は平坂教授のゼミの学生で、明武大学三年の高塔麗奈さん。こちらの男性は平塚教授と同じ明武大学教授の土井治郎氏です。

 警官は簡単に二人を紹介し、警部に敬礼して戻っていった。

「では、あなたがたからも話を聞かせてもらいましょうか。まずは高塔さん、あなたは事件があった時間帯つまり午後七時半ごろ、何をしていましたか」

「私は夕食を食べ終わった後、眠かったので部屋に戻って寝ていました」

「それを証明できる人はいますか」

 警部が鋭く切り返した。

「いません。同じ部屋の友人は買い物に出かけていて、私が起きるまで帰ってきませんでしたから」

 高塔さんはしばらく黙りこんだ後、青ざめた顔でそう答えた。

「なるほど。では次に土井さん、あなたにも同じ質問をします」

「私は一人で自分の部屋で書類を整理していた。だが、証明できる人間は誰もいない。私は一人部屋だし、今回は一人でこのホテルに泊まっていたからね」

 土井教授は機嫌の悪そうな声でそう答えた。

「一人で? 平坂教授や他の学生と一緒に宿泊していたわけではないんですか?」

 警部が怪訝そうな顔で聞き返した。

「ああそうだ。私は平坂がこのホテルに泊まっていたことなんて知らなかった。警官が私の部屋に来て、初めて知ったんだ」

 さっきよりもイライラしながら土井教授は答えた。どうやら土井教授は短気な人のようだ。

「なるほど、分かりました」

 警部がメモを取り終わると、いつのまにかいなくなっていた三羽刑事が戻ってきて警部にヒソヒソと耳打ちをした。

 目の前で耳打ちをされるのはあんまりいい気分じゃない。

 特に自分が殺人事件に巻き込まれてたりすると。

「土井さん、あなたはさっき嘘をつきましたね?」

 警部は獲物を狩るライオンのように鋭い目で土井教授を見ながら言った。

「なんだって!」

 土井教授は立ち上がって叫んだ。

「あなたは平坂教授がこのホテルに泊まっていたことなんて知らなかったと言いました。しかし、事件が起きた時刻の一時間前にあなたが平坂教授と廊下で口論しているのをこのホテルのスタッフが目撃しています」

 警部はピシャリと言い放った。

「……確かに私は平坂と廊下で言い争った。だが、殺してはいない!」

 土井教授は興奮ぎみに叫んだ。

「それから、平坂教授の部屋にはこんなものがありました」

 三羽刑事はそう言って、ビニール袋に入ったスマートフォンを取り出した。

「このスマートフォンの上には被害者――つまり平坂教授の指が置かれていました。つまり平坂教授は最後の力を振り絞って何かを伝えようとしたんです」

「つまりその……ダイイングメッセージってことですか?」

 優子が聞いた。恐らくはそうだろうと三羽刑事は答えた。

 パソコンを持った鑑識のような人がやってきて、平坂教授のスマートフォンをパソコンとケーブルで接続した。

 その人がしばらくカタカタとキーボードを打つと、スマートフォンのロックが触ってもいないのに勝手に解除された。そして平坂教授のスマートフォンには無料通話アプリLINEの画面が映し出された。

「どうやら最後に開いていたのは日浦さんとのチャット画面のようですね」

 三羽刑事が言った。

 画面には確かに、「日浦智隆」と相手先の名前が書かれていた。

 そして確かに六時三十五分にLINE通話の発信履歴があった。けれども、私が気になったのはその十分前に送信されていた「指差しマーク」の絵文字だ。

 これはたしか〝それな〟と入力すると出てくるものだったはずだ。

「ねえ優子、あの絵文字って〝それな〟って打つと出てくるやつだよね?」

「え? ああ、確かに。でも大学の教授が学生に向かって〝それな〟なんて普通送らなくない?」

 言われてみれば確かにそうだ。けど警部は意外なことを言い始めた。

「この矢印はあなたを指しているものなんじゃないんですか、日浦さん?」

「どういうことですか?」

 日浦さんは不思議そうな顔で警部に聞いた。

「つまり平坂教授がダイイングメッセージで訴えているのは『犯人はお前だ!』という名指しなんじゃないかということですよ」

「警部さん、それは違います! これは矢印じゃなくて〝それな〟っていう記号です!」

 私は思わず大きな声を出してしまった。

「〝それな〟とはなんだね?」

 私が答えようとすると、三羽刑事が代わりに説明してくれた。

「〝それな〟というのは、最近僕ら若者が使ってるスラングで、そうだねと相手に同意することを表す言葉です」

「まあ仮にそうだとしても、被害者が数ある絵文字の中から矢印だと思って選んだかもしれんじゃないか」

 警部は反論した。

 そのとき、日浦さんは何かに気づいたような顔をした。そしてゆっくりと目を閉じ、大きく深呼吸すると再び目を開け、信じられない言葉を発した。

「僕がやりました、警部さん。僕が平坂教授を殺しました」

 この言葉に、その場にいた全員が固まった――。

「本当に君がやったのかね?」

 警部は日浦さんをじっと見つめながら、厳かな声で尋ねた。

「はい、僕がやりました」

 日浦さんはうつむきながらそう答え、言い終わると静かに顔をあげた。

「でも、あなたは平坂教授からの電話を受けていたはずだ」

 三羽刑事が少し取り乱しながら言った。

「教授を殺した後、教授のスマートフォンから自分のケータイに電話をかけ、あたかもその電話で駆けつけたかのように見せかけました」

「わかった。署まで来てもらおう。あとの話はそこで聞く。残りのみなさんは、私の部下がもう少し話を聞かせてもらいますので、そのままで。じゃあ、行こうか」

 警部は日浦さんの肩に手を置き、パトカーのほうに歩いていった。

 私は日浦さんが犯人だなんて信じられなかった。隣にいた優子も同じ気持ちのようだった。



 3



 再び事情聴取が始まった。

 三羽刑事から二度目の事情聴取を受けているとき、私は思いきって言ってみた。

「三羽刑事、日浦さんが犯人なんて私どうしても信じられません!」

 するといつもは温厚な優子も強い口調で言った。

「そうですよ! 私も納得できません!」

「……確かに僕もいまひとつ腑に落ちない感じがあったんだ。だが、君らはなんで彼が犯人じゃないとそんなに言いきれるんだ?」

「だって……だって日浦さんは私たちが現場に駆けつけたとき、『警察と救急車を呼んでくれ!』って言ったんです。もし日浦さんが犯人ならそんなこと絶対言うはずないですよ! だって平坂教授が死んでいると分かってるんだから」

 私は思わず椅子から立ち上がり、興奮しながらしゃべっていた。

「それに、まだあの『指差しマーク』の謎も解けてません」

 ようやく興奮が冷め、私は座った。

「言われてみれば確かに。……よし分かった。僕もこの事件の真相を知りたい。君たちに協力しよう。僕に手伝えることがあったら何でも言ってくれ」

 三羽刑事は決意に満ちた目をしていた。

「じゃあまず、事件現場を見せてください」

「いや、実際に入らせるわけにはいかない。まだ封鎖中だからな。だが、鑑識が撮影した写真ならある。遺体の写真以外なら見てもいいよ」

 現場の写真を優子と二人で見たけれど、特に気になるものはなかった。

 次に平坂教授の死因を聞いたけど、絞殺であること、容疑者の指紋は一切残っていないことぐらいしか情報はなかった。

 最後にもう一度、平坂教授のスマートフォンを見せてほしいと三羽刑事に頼んだ。

 やっぱり何度見ても〝それな〟の絵文字が気になる。

「平坂教授ってこういう電子機器には慣れていたんですか?」

 優子が聞いた。

「いや、ゼミの学生にさっき聞いた話だけど彼は先月までガラケーだったみたいだ。大学でもプリントはワープロで打ってたらしいし、電子機器にはあんまり強くないんじゃないかな」

 三羽刑事のその言葉を聞いて、私は何か事件解決の糸口が見つけられそうな気がした。

 それな……ソレナ……〝それな〟

「!!!!」

 私の頭の中ですべての糸が繋がった。

「三羽刑事、警部さんと日浦さんを呼び戻してください。そして、みんなをさっきのロビーにもう一度集めてください」

「なにか分かったんだな?」

 私の表情を見て、三羽刑事はニヤリと笑った。

「かなっち、犯人が分かったの?」

 優子にそう聞かれ、私はゆっくりとうなずいた。



 4



 全員が集まると、警部が言った。

「捜査は警察がやるものだ。自首している人間がいるのに高校生の意見など聞いてはおれん」

「警部、待ってください。彼女は日浦さんは絶対に犯人ではないと信じています。僕もこの事件にはなんだか腑に落ちないことが多いと考えていたんです。話だけでも聞いてやってください」

 三羽刑事のフォローもあって、私はなんとかしゃべらせてもらえることになった。

「まず、〝それな〟の絵文字が何を表すのかです。この絵文字は確かに平坂教授のダイイングメッセージでした。この絵文字は、いわば隠しコマンドのようなもので、〝それな〟と入力しないと絶対に出てきません。つまり、さっき警部が言ったように、適当に指差しの絵文字を押したわけではないということです」

 警部は驚いて鑑識の人に確かめさせたが、確かにその通りだった。

「それに、犯人を名指しするほうが、絵文字を打つよりも簡単です。さっき三羽刑事が教えてくれましたが、瀕死の人間が体を動かすにはものすごいエネルギーを使うそうです。だからそんな非効率なやり方はしないと思います」

「じゃあ、その絵文字は何を意味しているんだ?」

 警部が聞いてきた。

「これは絵文字じゃなかったんです」

 私はハッキリと言った。その場にいた全員が一斉に私のほうを向いた。

「絵文字じゃないとはどういうことだ」

 理解できないという顔で警部が尋ねた。

「正確には、間違って絵文字になってしまったんです。教授は確かに〝それな〟と打った。でも、死にそうな状況でスマホを操作するのは難しかったでしょう。だから手が震えて、最初に余計な文字を入れてしまったり変換ボタンを押して絵文字にしてしまったり、送信ボタンを押して日浦さんに送信してしまったんだと思います」

「じゃあまさか、被害者が最初に打とうとしていた文字は……」

 警部を含めた全員が私の次の言葉を固唾を飲んで待った。

「〝れな〟つまり高塔麗奈さんです。日浦さんは後輩の高塔さんをかばおうとしただけなんです。そうですよね、日浦さん?」

 私が聞くと、日浦さんは力なくうなだれた。

「つまり犯人は高塔麗奈さん、あなただと言うことですね?」

 警部が高塔さんに尋ねた。

 高塔さんは青ざめた顔でうつむいているだけで、何も言わなかった。

 しかし、次の瞬間三羽刑事が思いもよらないことを言った。

「いいえ、警部。犯人は高塔さんではありません」

「なんだと?」

 この言葉には警部だけでなく、私も驚いた。

「平坂教授は確かにもう若くはありません。しかしだからといって成人男性を女性が絞殺することなんてできませんよ、無抵抗なら話は別ですけど。現に平坂教授はすぐには亡くなっておらず、ダイイングメッセージも残しています」

「じゃあ……誰が殺したんだ?」

 警部がみんなの気持ちを口に出した。

「それは土井教授がよくご存じのはずですよ」

 全員の視線が、今度は土井教授に向いた。土井教授は真っ赤な顔で、三羽刑事を睨んでいた。

「君が殺したのかね?」

 警部が尋ねると、土井教授は喋り始めた。

「私は平坂に弱味を握られていた。大学の研究費を使い込んでることがバレたんだ。そのことを黙っておくかわりに一千万円渡せと言われていた。このままだと私は死ぬまであの男にたかられ続ける。だからいつか殺そうと思っていた。そしたら偶然にも今日同じホテルに泊まってると分かったんだ。まさに天啓だと思ったよ。ホテルの廊下を歩いていたら平坂が近づいてきた。ゼミの合宿で来てると彼は言った。それからすぐ金の話になって、彼は来週までに金を用意しろなんて言ってきた。私は頭にきて怒鳴った。そのまましばらく口論した。だがそれだけじゃ収まらなかった。だから夕食のあと、ナイフを持って彼の部屋に行ったんだ。そしたら彼が床に倒れこんでいて、近くにはロープが。気がついたらあの男の首を絞めていた。我に返ると、そばにスマートフォンが落ちていて、日浦くんとのチャット画面が開いていた。日浦くんが彼のゼミに入ってることは知ってたからゼミの合宿をやっているなら必ず来てるだろうと思って電話したんだ。第一発見者は必ず疑われるからね」

「なんだって! 日浦くんに罪を被せようとしたのか! なんて卑劣なやつだ!」

 警部が叫んだ。

「なんと言われようとかまわない。それに君らだって同じ状況なら何をしてたかわからないさ」

 土井教授もとい真犯人は捨て台詞を吐いた。

「高塔さん、あなたの話も詳しく聞かせてください」

 三羽刑事が言った。

「明武大はアルバイト禁止だけど、私は隠れてアルバイトしていました。でも平坂教授に見つかってしまい、大学には黙っててやるから自分と交際しろと迫られたんです。今日も夕食のあとで教授の部屋に呼び出されていました。でも私は嫌で嫌でしょうがなかった。だからロープを持って教授の部屋に行ったんです。でも首を絞めている途中に怖くなってロープを緩めてしまいました。すると教授は座っていた椅子ごと倒れこんで、私は顔を見られてしまったんです。動揺した私はロープをそのままにして教授の部屋を去りました」

「でも、それならなんでさっき日浦さんが警部さんに連れていかれるのを黙って見ていたんですか!」

 私は思わず叫んでしまった。

「もしかしたら、捕まらずに済むかもしれないと思って……。ごめんなさい……」

 そう言うと、彼女はその場に泣き崩れた。

「最後に日浦さん、君はなぜ犯人でもないのに罪を被ったんだね?」

 警部が尋ねた。

「警部さんがダイイングメッセージの話をしたとき、僕はすぐにそれが高塔さんを表しているのだと分かりました」

 日浦さんが高塔さんのことをチラリと見て答えた。

「なぜそんなすぐに分かったんだ?」

 今度は三羽刑事が聞いた。

「LINEで送った絵文字は僕のスマホのロック画面では、元々の文字のまま表示されるんです。だから、送られてきたときには〝それな〟と表示されていました。そのあとで警部さんの話を聞いて彼女が犯人なんだと予測できました。でも彼女が捕まったらかわいそうだと思い、自分がやったと言ってしまいました。警部さん、すみません」

 こうして事件は無事に解決した。



 5



 ちょっとだけとはいえ、事件解決と犯人逮捕の手助けをした私と優子は修学旅行から帰った後、臨時の朝集会で表彰された。

 でも、事件のせいでせっかくの修学旅行最終日の夜が台無しになってしまった。

 特にお土産が買えなかったから、家族からはブーブー文句を言われた。

 おまけに表彰のあと、生活指導の怖い先生に呼び出されて反省文を書かされた。警察と救急車を呼ぶためとはいえ、校則で持ち込みが禁止されている携帯電話を使ってしまったからだ。

 事件後の数日間はクラス内で人気者みたいな扱いになったけど、高校生の噂話なんて三日もすれば話題が変わる。それに高校三年八月の私たちはこれから受験戦争に突入することになる。あの事件で探偵としての才能に目覚めた私は進路を変えた――なんてことは全く無く、普通に進学する予定だ。優子はあれ以来、警察官を目指すと言って張りきっている。

 そういえばこの前三羽刑事から連絡があって、高塔さんは殺人未遂が認められて刑が軽くなるだろうということを教えてくれた。

 日浦さんは高塔さんのもとに毎日面会に行っているらしい。土井教授のことは聞かなかったが、たぶん重罪は免れないはずだ。。

 初夏の風が教室を吹き抜ける。

 机の上のノートがパラパラとめくれる。

 放課後の教室で私はペットボトルの中に半分くらい残っていたコーラをごくごくと飲んだ。

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