9話 1-4 ディア・マーティ
お待たせしました。
「姫様〜? どこですか〜?」
時は草木も眠る、深い宵。
が、そんな事は関係なしとばかりに、テンションマックスの子供がいた。
「……行ったかな?」
とてつもなく広い庭園の一角、茂みからそ──っと顔を覗かせるのは、八歳くらいの少女。
白銀とも白金ともとれる絹の様に細く、まっすぐな髪と、血よりも紅く煌めく瞳、雪のように白い肌に、幼女特有のふっくらとした丸みを残しつつも、ほっそりとした華奢な体つき────動かなければ、よく出来た人形としか思えない程に、整った容姿だ。
「……ここに居ましたか」
「ぅわきゃあっ!?」
突然、すぐ真上から声をかけられ、素っ頓狂な悲鳴をあげ驚く少女────ロザリー。
「まったく……ちゃんと授業を受けないと、バラメス様に怒られますよ? と言うより、私が叱られます…………」
酷く疲れた様に溜め息をつくメイドに対し、ロザリーは苦笑いで舌を出す──所詮テヘペロをしながら言う。
「ごめんね、ディア……私、座学がほんとぉにニガテで……だから離して、ね?」
「ダメですよ!まったく──そしに苦手って言っておきながら、地下書庫の意味不明な難しい本を、かたっぱしから読み漁ってるじゃないですか」
「いや~、ないようは大丈夫なんだけど、人から教わる──しばられるのがイヤで…………」
「はいはい、バラメス様の所に戻りますよ~」
「や~ん、ディアのイケず~」
首根っこを掴まれ──は流石にしないが、しっかり抱き締められながら運送されていくロザリー。
(おかしいな、最初はもっとこう……可愛気があったのにな)
と思いながら、つい数ヶ月前の事を思い出す────。
その日は、黄昏時(吸血鬼で言う、早朝)から運が悪かった。
悪夢を視たせいか、お気に入りのクマさんを握り潰している状態で目が覚め、
寝ぼけていたせいか階段から転げ落ち、
朝食(午後7:00くらい)のスープに、完食まであと数口の所で虫が入っているのに気付き、
バラメスには嗤われ、憤り──要はプンスカして食堂を出ようとして、何も無い所で躓き転び、
──フッと笑われ、ガチ泣きし…………とにかく黄昏時からついていなかった。
──だからだろうか、余りに不憫に見えたからなのか、ヴラキアースが「今日は人間の街に行ってみるか?」と言い出したのは…………。
生まれて初めての外出に大はしゃぎし、バラメスに身支度を整えてもらい、いざ出発。
……そしてウキウキとしながらも、ゆったりと馬車に揺られ(高速)、しばらく行ったところで、事は起きた。
「おらぁ、大人しくしろやぁ!!」
「女、子供は出来るだけ傷付けるなぁ。男は鉱山に送るからぁ、抵抗する奴以外は殺さねえようにな!」
(────あぁ、やっぱり今日はついていない)
吸血鬼の驚異的な身体能力──特に聴力をこれほど恨めしく思った事はない。
……周囲は既に(人間にとっては)暗く、助けは入らないだろう。
襲われているのは行商団の馬車か…………。
「ほんと、むしずが走る……」
なぜ、同じ種族で醜くも争うのか……理解出来ず顔を顰めていると、馬を走らせていたバラメスが声をかけてきた。
『如何なさいましょう? 主様』
「ふむそうだな──あいや、少し待て」
何かを言いかけたヴラキアースはふと口を閉ざし、ロザリーに視線をやった。
──お前は、どうしたい?
そう言われている様に感じ、少し、考え込む。
…………何なんだろうか、さっきから感じる、この違和感は。
この世界の至る場所で起きている、下等な人間共の、どうしようも無い戯れ、のはずなのに、ロザリーの胸が………胸の奥が疼く。
────放っておけない。そう思った。
俯きながらもどこか決意に満ちたロザリーを見て、ヴラキアースは外に声をかける。
「バラメスよ、馬車を止めたまえ」
『はい』
程なくして、音も無く停車する。そして静かに扉が開かれた。
「さて、ロザリー。お前のしたい様にやりなさい」
「……はい」
緊張のせいか、僅かに震える脚を抑え込み、深呼吸をして、言う。
「バラメス、けんを」
「はい」
横にして渡されたのは、黒曜石に似た謎の物質で作られた、全長60cm程の小振りな剣。
波紋状の模様が妖しく、艶かしく輝く漆黒の剣を受け取り、遥か遠い争いを見据える。
──空を見上げれば、力の出にくい三日月。……だが、人間相手ならばこれで十分だろう。
「じゃあ──いってきます」
「あぁ、行っておいで」
その言葉を聴くと同時に、ロザリーは駆け出した。
ビュンビュンと風切り音が鼓膜を打つ。つまり、かなりの速度。
それなりの距離があったが、あっという間に目標は目の前に。
「へっへっへ…………おっと、変な気は起こ──」
己の優勢を疑わず、醜く顔を歪めて笑う男。
(────まずは、あいつ)
すれ違いざまに、首を斬る。……あまりに鋭すぎる剣ゆえ、特別な動作をしなくても、まるで風を切るように簡単に首を跳ばしてしまう。
「──すなよっ?」
血飛沫が上がり、濃厚な血の香りが周囲を満たす。…………その瞬間、ロザリーの心はトクンッと躍った。
そのまま次、次、次…………気付けば、残る賊はあと1人。
「あひっ──何なんだよっ!?」
汚く唾を飛ばし、一目散に逃げ出す男。 その前にヒラリと降り立つ。
「んなっ! 何で、何だ、何なんだよお前?!」
「狩るもの」
短く答え、次の言葉を待たず首を撥ねる。
ぷしゅううううう
残った胴体から血が吹き出し、殲滅完了。
ほっと息を吐き出し、ふと辺りを見渡せば、なんと襲われていた行商人達も居なくなっていた!
はぁ?! と声を上げそうになったが、よくよく考えてみれば────
賊に襲われる
↓
賊がなぜか一瞬で全滅
↓
もしかしたら自分達も…
(…………うん、無理は無いかも)
若干腑に落ちない気もするが、しょうがない。馬車に戻ろう。
────そう思い歩き出して3歩……不意に後ろからパキッと音が。
「あっ」
そしてか細い声が聞こえてきた。
──ゆっくりと振り返れば、岩の陰に10代後半に見える少女が、涙目で震えながらコチラを見ていた。
「…………」
「…………」
「…………ね「ごめんなさい! 許してください! ごめんなさいごめんなさい! 何でもしますので、どうか命だけは!!」」
(これ、泣いてもいいかな?)ー
豆腐メンタルを自称するロザリーは、豆腐って何だろう?と首を傾げながら、涙を堪えた。
「……みんな、あなたのをのこして、にげたの?」
「え──あ、はい。私は獣人の奴隷として捕まっていたので……」
互いに声が震えていた。
少なくとも、獣人の少女の方に、それに気付く余裕はない様だったが……
(それにしても獣人か。確かに昔から差別の対象だものね)
「どれい……あなたたちの馬車は、行商人たちの馬車じゃないの?」
「あっええと……奴隷商の馬車です。前に働いていた所が、財政圧迫で……今、帝国に送られている途中で、山賊に襲われてしまったんです」
(なんて事なの!? 助けた方も悪だったなんて……!!)
ビクビクしながら答える少女も気にならないくらいのショックをうけ、項垂れそうになりながらも、一応冷静に考える。
……帝国の場合、色々と制限はあるが奴隷は合法だ。
犯罪奴隷を除いて必ず本人の同意が必要だし、最低限以上の人権が認められている。
(そう考えると、絶対悪て訳でもないのかな?)
そう思い少女を、一応観察してみる。
涙を溜めながら、怯えた目でこちらをうかがう少女は甘栗色の、ウェーブのかかった髪に、ゴールデン種の(これまた、ロザリーはゴールデンって何だろう?と首を傾げていた)垂れた耳、お尻からはモフモフの尻尾が……モフモフ……モフモフ……モフモ…………
「あ、あのう……何か?」
「! あっいや、なんでもない──」
(なに!? 尻尾から目が離せない!
なんなの……この、顔を埋めてスリスリしてモフモフしてクンカクンカしたい欲求はっ?!)
己の初めて明かされる変態性に戦慄しつつも、既に脳内では、いかにしてこのケモミミ──もとい娘を飼う──もとい城におく事を 父様とバラメスに認めて貰うかを考えていた。
「…………え、えっと、私はディア・マーティです。……貴女はもしかして……私を助けてくれたんですか?」
「ん? ──あ、うん。そうよ」
(今気付いたのか……)
すると、慌てた様に頭を下げるモフモフ。
「あ、ありがとうございました!」
「いえ……気にしないくていいわ」
「と、ところで……もしかして貴女様は、どこかの貴族なのでしょうか……」
ディアがそう勘違いするのも無理はない。
確に黒中心の、やたらとフリフリの着いた豪華なドレス着てるし、髪やら何なら随分手入れされいて、一見でなくとも貴族の娘に見えるのだ。
「──わたしはロザーリア・レイゼン。貴族とはちょっとちがうけど、にたようなものよ
と言った瞬間、彼女はズイっとロザリーに迫って来た。
「お願いです! 私を雇って下さい!!」
「うぇえ?」
(なんなのいきなり!?)
突然の事に驚いていると、モフモフはさらに土下座までして来た。
「どうかお願いします! 一生懸命働きますので……!」
「──ちょ、ちょっと待って! わたしのけんげんじゃ決められないから! とうさまにきょかをもらわないと……それに、もといた場所に、帰りたくないの?」
すると俯き、悲しそうな表情をするディア。
(あ、耳が落ちて可愛い…………)
「えーと、私は正式に売られたので、これでお屋敷に戻ると契約違反と言う事で、皆さんに迷惑をかけてしまうので…………」
(なんて健気な娘なのっ! これはもう飼うしかないわ!!)
…………と、ちょうどヴラキアー達の馬車がやって来た。
「お嬢様、いかがなされましたか? 主様が大変しんぱ──」
「ロザリー! 一体どうしたんだ! いつまでたっても戻って来ないから心配したぞおおおおお!!」
バゴンッッッと扉が開き、飛び出して来るヴラキアース。そのまま抱きついて来てペロペロされそうな勢いで怖い。
「と、とうさま! ストップ! とまって!! 他人のまえよ!」
「──おっ! ……っと、すまんな。取り乱した」
(ふぅ、セーフ……)
「──それで、なにかあったのかね? ロザリー」
「あ、はい。かのじょ──」
「ディ、ディア・マーティと申します!」
「ディア、こちらはわたしの父のヴラキアース・レイゼン
。とうさま、ディアは行く宛がなくて……うちで働きたいって」
「ほぅ──」
と、目を鋭くさせるヴラキアース。
「あ、え、その……貴方様の所で働かせて頂けないでしょうか」
そう言って頭を下げるディア。
「と、とうさま……わたしからも、おねがいします」
「これこれ、何もお前まで頭を下げる必要はないぞ、ロザリー」
「じゃ、じゃあ──!」
「しかし…………ディアと言ったか。汝を雇って、我輩に何の得がある?」
「そ、それは…………その、前は小さなお屋敷にメイドとして勤めていたので、家事などを──」
「一応言っておくが、我輩の所では──このバラメスが全てやっているのでな、メイドはひつ──」
「ちょっと待って下さい!!」
「ん、ん……?」
すると突然、身を乗り出すようにヴラキアースへ体を詰めるディア。
「そちらの方、バラメス様がお一人で──と言うことは、ロザーリア様の身の回りの世話もバラメス様がやっていると言う事でですか!」
「う、うむ──」
「それはいけません! まだ幼いと言っても、ロザーリア様も立派なレディなんですよ!! それを殿方がお世話するとは、一体どう言うつもりなんですか!!??」
「ふ、ふむ、汝の言うことも一理あ──」
「一理じゃなくて当たり前の事です! 気付いて下さい!!」
驚く事に、ヴラキアースがタジタジになっている。
「わ、わかった。……では汝には、ロザリー──我が娘の世話をしてもらおう。ロザリーもそれで良いな?」
「はい、とうさま」
真祖にあるまじき醜態、論破(?)されてしまったヴラキアースなのであった。
──なんて事があり、吸血鬼である事を明かして驚かれたりしながらも、彼女は着々とレイゼン家に馴染んでいき、あっという間に、ロザリーの言う“可愛気”はなくなってしまったのであった。
……どうやら、可愛気があったのは俺の妄想の中だけだったみたいだな。 なんて事を思いながら、椅子に座らされるロザリーなのであった。
トゥーシーバ王国だと、ヴラキアースの顔でバレてしまう可能性があったので、遠くの街に出かけようとしました。
ちなみに血の雨は降りましたが、動きが素早いだけあって、返り血は驚くほど付きませんでした。
雇って下さいの所、千と千尋○神隠しがなんども脳裏をかすめました(笑)
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