城をでた魔王が帰ってこない
お父さんはいつ帰ってくるんだろう……そんなことを少女は考えていた。『勇者を倒せると確信できるくらいに強くなるまで、修業してくる』と言い残して消えた父――魔王。そしてその娘であるリオは、城の窓から外を眺めている。
「いつになったら、強くなったと確信するんだろう?」
「なあリオ」
「勇者君か、何?」
名前を呼ばれたリオが振り向くと、大きな剣を鞘に納めた状態で持っている少年が立っていた。彼は人間で、魔王を倒すために勇者としてここにいる。
「魔王はいつ帰ってくるんだ?」
勇者は単刀直入に聞いてきた。
「アンタを絶対倒せると思えた頃」
答えに迷うはずもなく、リオは即答する。
「でも、何回かそんな手紙きたんだろ?」
勇者の言葉に、リオはため息をついた。その通りだった。『今、私は勇者より強い! だから城へ帰るぞ』という手紙が何度か送られてきた。しかし数日後、早いときにはその日のうちに「私はまだ勇者に勝てそうにない。だから修業再開だ」という内容に変わってしまう。
「うん……」
「俺がここにいるって知ったら、帰ってくるかな? 正直早く決着つけたいんだ」
「いや、知ってると思うよ。お父さん、綺麗な水晶を持ってるんだけど、それでアンタのこと見てたから」
水晶こそが魔王行方不明事件の原因だった。それで勇者の動きを監視していた魔王は、勇者の弱さを笑っていた。これなら本気をだすまでもない、と余裕を見せていた。しかし水晶に映る彼は次第に強さを増していった。それはこのままでは無理だと魔王に思わせるほどだった。
勇者が城にたどり着いたとき、すでに魔王の姿はなかった。彼は修業をしに行ったのだ。どうしようかと悩む勇者に、お父さんが帰ってくるまで城に住めばとリオが誘った。だから勇者は魔王を待ちながら城で暮らしている。
なおほとんどの手下は魔王についていったため、城には一部の者しか残っていない。
「最悪だな、それ……でも変だよな。俺を倒せると確信してたんだろ? なのに急に無理だって思い直す。どうしてだ?」
「アンタを倒せないと思ったからだろうね。お父さんって慎重で、負けず嫌いなの。だから勝てる戦いしかしたがらない。負けそうなときは、勝てる強さになるまで戦わないんだよ」
「どうして急に倒せないと思ったんだろう……ホントは強くなってなかったりしてな」
勇者は冗談っぽく笑い、リオの隣に立った。
「強くなってるはずだよ。絶対にアンタを倒す気でいるもん」
「ふうん……あ、またあの部屋借りるぞ」
「うん。また修業?」
「ああ。もうすこしで成功しそうなんだ」
「雷系の強力な魔法だったね。この前は剣の技を生み出してたし、すごいね。頑張って」
「……お前、魔王の娘だろ? いいのか? 俺なんか応援して」
勇者が呆れた顔をして問うと、リオは軽く笑った。
「いいんじゃない? まだ帰ってきてないし、帰ってきた時はアンタより強いだろうし」
勇者は首を傾げつつ、部屋をでていった。彼の後ろ姿を、リオは黙って見つめていた。
(……お父さんがいなくなってからもう三ヶ月か。その後すぐ勇者君が来たんだよね)
リオは壁にもたれかかる。
(勇者君が来る少し前、今の力では勝てないと言ってお父さんは城をでた。いつになったら帰ってくるんだろう)
リオは欠伸をし、うとうととし始めた。
しばらくして、窓の外から鳥の鳴き声が聞こえた。そして目の前に黒い小さな鳥が現れ、手を差し出すとそこに止まった。
「お疲れ様」
リオが微笑むと同時に、鳥は煙のように消え去ってしまった。その代わり手の平には、一枚の紙がのっている。
『リオ、私は強くなった! 強力な魔法を生み出したし、体力もついた。今なら勇者を倒せる!』
「なんだ、いつもとおな……あれ、続きがある」
『リオ、頼みがある。勇者に修業をさせないでくれ』
それは今までの手紙にはない内容だった。その意味を考えていると、突如激しい雷の音がした。
「な、何? 勇者君?」
リオは急いで部屋を飛び出した。廊下を走っていると、城に残る手下が慌てていた。
「ああ、また勇者だ! 魔王様が倒す気でいなければ、さっさと倒すのに!」
ぶつぶつ言っている手下の横を通りすぎ、勇者がいるであろう部屋に向かう。
「お、リオ」
「勇者君! 今の音何?」
前方から上機嫌に歩いて来る勇者に、リオは詰め寄った。
「ああ、雷を剣に纏わせる魔法がやっと成功したんだ! そして素振りをしてみただけだ。意外とすごい音しただろ?」
「うん。強そう……あ、さっきお父さんから手紙があって、アンタより強くなったから帰ってくるって」
「そうか。やっと戦えるのか。ん? 黒い鳥だ」
「あれ、また?」
リオは手を出し、黒い鳥を止まらせた。紙に変化したそれを見て、ため息をつく。
「前言撤回。やっぱり無理だから、帰るの延期だって」
「またかよ! おい、魔王はふざけてるのか? 俺、ずっと待ってるのに」
「そんなこと言われても」
リオはポケットに紙をしまった。その際に別の紙が手に触れ、それを取り出す。それはこの一つ前に受け取った手紙だった。
『リオ、私は強くなった! 強力な魔法を生み出したし、体力もついた。今なら勇者を倒せる! リオ、頼みがある。勇者に修業をさせないでくれ』
(またなかったことにするんだ)
勇者君より強くなったのは嘘だったの? リオは心の中で父に問い掛けた。
(なんでこう変わるかな。勇者君より強くなったくせに。もう、勇者君だって修業しながらお父さんを待って……)
「なあ、いつになったら魔王に会えるんだ?」
「アンタに勝てると思ったら。あ、そうそう。お父さんがね、アンタに修業してほしくないみたい」
「なんでだよ。魔王が修業するなら、俺も修業しなきゃ……負けるだろ」
(負ける……お父さんは勇者君に勝てると確信したからこそ、帰ってくると手紙を送るんだよね。でもやっぱり無理だと言ってくる。なんで? あ、もしかして……)
リオは父の考えに気づき、ため息をついた。勇者の顔を見、苦笑する。
「お父さんと戦いたいんでしょ? だったらこれ以上強くならないで」
魔王は結局帰ってきませんでしたね。いつか魔王視点も書きたいな、なんて。
オチが伝わってるといいですが……
読んでいただきありがとうございました!!