ぐらんだにあそびにきました
遥か、何世代もの昔。
一柱の神が空からこの地に御光臨された。
木の実や草木を食み、獣に怯えるだけの我らに、火と知恵を与えてくれた。
城壁を築く術を、鉄を鍛える術を与えてくれた。
ただ寄り集まって恐怖に震えるだけだった我らを、救ってくれた。
神は我らの中から一人を選び、力を与えてくれた。
人ならざる力を振るうその者を王として、我らは国を作った。
獣に怯えることはなくなった。
飢えに苦しむことはなくなった。
寒さに震えることもなくなった。
屈強な身体を持っていた一つの家族に、神は剣を扱う術を与えた。
力のない人が、獣に勝つ術。
逆らう者を従わせるための術。
剣術という名のその術は、鍛えることでより強い力とすることが出来た。
家族は人にして、人と同じ力しか持たずして、一人でたくさんの人を従わせることが出来るようになった。
たくさんの人でしか倒せなかった獣を、たった一人で倒すことが出来るようになった。
その家族は他の家族にも剣術を教えた。
人を守り、王を守り、国を守るためだ。
いつしか剣術を使うもの達は兵士と呼ばれるようになった。
兵士はただ戦うものとして、神と王の命令に従い戦った。
人々を導くものを補佐する。
身を挺して命を捨てて、己が身体を城壁として戦う。
それが兵士の使命になった。
最初に剣術を与えられた家族は、剣術を磨き子に伝えていった。
家族は兵士をまとめる者になっていた。
ただ使え、ただ命を投げうつ。
時に守るべき国の民に剣を向けることもあった。
そのことに疑問は無かった。
神と王がそうしろと言うのならば、そうすることが兵士の使命だからだ。
一人を殺すことで百人が救えるならば、そうしろと神はいう。
兵士はそれをただ粛々とこなせばいい。
剣術を最初に与えられた家族に、私は生まれた。
生まれたときから剣術を教えられ、神と王に従えと教えられて育った。
神と王の命令を疑問に思うことは無かった。
正しいと思うとか、それが民のためだからと思うからではない。
神に生かされ王に導かれる命を、ただその意に沿て使うのが兵士だからだ。
疑問に思う必要も考える必要も無い。
自分の身を城壁として神と王と国を守る。
それが私の使命、だった。
剣術を与えてくれた天空神様は、邪神だったのだという。
今まで邪神だと教えられてきた赤い神が本当の神様だったのだと。
天空神様は王と国と民を諸共なぎ払おうとなされたが、赤い神と王と、とある集落の長がそれを止めた。
そして、天空神様は死んだ。
神が殺された日、私は国には居なかった。
新たな鉱山を探す調査隊を護衛していたからだ。
異変に気付き国に戻ったときには、全ては終わっていた。
我らを獣と変わらぬ生活からすくい上げ、国を作ることを教えてくれた神は、この世から跡形も無く消え去っていた。
磔に成っていた筈の赤い神と、見知らぬ集落の長。
我知らず剣を抜いていた私を止めたのは、喜びに沸く民の歓声だった。
呆然とする私に、すぐに王からの命令が届いた。
破壊された町を修復しろ。
はじめてみる晴れやかな表情で命令する王。
兵士は神と王の命令に、ただ粛々と従えばいい。
今まで身体に叩き込んできた習性か、命令が出たとたんに冷静さを取り戻せた。
それまで通り、王の命令を聞いていればいい。
神が死んでも変わらない。
いわれた通り命令の通り。
王と赤い神は、よく国を治めている。
国が落ち着けば、それだけ兵士である私の仕事は減っていく。
どうでもいい、余計なことを考えてしまう時間が増えていく。
天空神様が赤い神に殺されたとき、自分がその場にいれば。
自分はどうしていただろう。
どうもこうも無い。
赤い神に、モンジャの長に剣を向けていただろう。
王の杭があれば赤い神が封じられることは分かった。
ならばなんとでもしよう。
モンジャの長も、神通力さえどうにかしてしまえば体術と槍術は取るに足らない。
ならばどうとでもしよう。
兵士として城壁として。
剣術と城壁を与えてくれた神のコマとして戦っていた。
戦いたかった。
邪神だった、民のために滅ぼさねばならなかった。
ならば好きに滅ぼせばいい。
大儀があるなら掲げればいい。
私にはそんなことは関係ない。
ただ、神と、王と、国のために。
神に与えられた剣術を持って戦いたかった。
それで殺されたならそれでいい。
いや、そうして殺されたかった。
天空神様と共にその命令の元に死ぬべきだった。
生まれてはじめての感情が渦巻くのを感じる。
殺意と言うらしいこの感情を、剣の柄を握って押さえ込む。
命令も無く何かをすることは出来ない。
命令があれば、例え死ぬことになろうと誰とでも戦うと言うのに。
今となってはもう、自分の為に死ねという天空神様の命令は得られない。
モンジャの長の首を跳ねることもできない。
跳ね飛ばされることも出来ない。
「あの、副隊長」
部屋に入って来た部下の声で、思考がさえぎられる。
無駄な考えを取り払ってくれた。感謝すべきだろう。
「何事だ?」
「その、なんというか。 城壁の外に、変な三人組が」
何か奇妙なものを見たような顔をして報告する部下。
彼の案内でその場所に行った私は、すぐに同種の表情を浮かべる羽目になった。
第5章 第1話 赤の神様と白の女神様と青の神様 の、ちょっと前ぐらい。
ネストが開放されて、交流が始まった辺り。
二人の兄弟と一人の少年が、グランダの城壁の前で焚き火を囲んでいた。
本来ならシツジ牧場の前に陣取り番をする予定だったのだが、ロイにその役目を解雇されていた。
兄弟、というか主に弟が用意した護衛アイテムがあまりにも物騒だったからである。
「あのな。 周りに長い落とし穴掘るのはまだ分かるぞ? 堀とかいって正当な防衛手段らしいし」
「おお」
「でもな。 何でその下に油を染み込ませた干草敷き詰めてるんだよ」
今朝方狩ったエド肉を食べながら、兄は低い声で呟くようにいった。
わなわな震えている拳が、何かを抑えている感をかもし出している。
兄とエドが食べているのは、エド肉を焼いて岩塩を塗ったものだ。
遠出する機会の多い兄弟は、常に携帯用に拳大の岩塩の塊を持っている。
焼いた肉にそれを直接すりつけ味をつけるのが、兄弟の流儀なのだ。
兄の隣で肉を食べているエドも、兄に習って同じように岩塩を片手にかぶり付いている。
もっとも弟の方はエド狩で興奮したようで、火に当たっている肉にそのままかぶりついているわけだが。
「えど、あなにおちる。 ひのついたもりなげこむ。 えど、まるこげになる。 モリとヒがあわさってさいきょうにみえる」
「火を付けるのもうモリである必要全然無いよな」
「そーなのかー」
頭を抱える兄に対し、弟はまったくこたえた様子が無い。
そーなのかー、といいつつ、九割九分右から左に聞き流しているだろう。
「ソミタさんはすごいです! モンジャの主食の食べれるところを取った奴を干すと、すっごくふわふわになるじゃないですか! アレを落とし穴に敷けば怪我もしませんし、火をつけるとすごい勢いで燃えるし!」
興奮気味に言うエド少年。
立ち上がって話す間も骨付きエド肉を手放さないのは、その魅惑の味わいのせいだろう。
「ぼくとソミタさんできちんと落下実験もしましたし、安全性はカンペキですよ!」
「ふかふかでおもしろかった」
エド肉に齧りつきながら、思い出すように言う二人。
そんな弟とエド少年を見ながら、兄は額に冷や汗を流す。
「でもそれうっかり火がついたら大変だろう。 周りに松明つけたモリ置いてたんだし」
冷静な兄の言葉に、弟とエド少年の表情が凍りつく。
「ひぃぃぃ?!」
「だからロイさんはあぶないっていってたのかー」
「あぶないと思ってなかったのか・・・。 まあ怪我なかくてよかったけどな。 おかげでグランダにもこれたんだし」
肉を噛み千切りながら、兄は近くにそびえ立つ城壁を見上げた。
エドをずっと狩り続けていたのは、ヤスの引退で兄弟だけになってしまった。
最近交易をするようになって需要が増えてきて、まだ若い狩りの経験が無いものがエドを求めて銛を持つことも増えていた。
昔に比べ金属器が増えた為装備こそ良くなったモンジャの狩人。
だが、装備と人数だけで狩れるほどエドは甘くない。
伊達に草原で最も恐ろしい獣と呼ばれているわけではないのだ。
そんなエドと戦うために、元狩人に教えを請うものも多い。
だが、やはり一番参考になるのは現役の声だ。
基本的に兄以外とは会話が成立しにくい弟は避けられるため、九割近くの者が兄に相談を持ちかけてくる。
律儀で面倒見がいい兄のレクチャーは、一日二日では終わらない。
当然のように2~3回狩りの同行し、コレなら大丈夫だろうと判断してから自分の狩りに戻るのだ。
そのため最近は、兄弟だけで狩りに行くことがめっきり減り、兄の自由が利く時間がすっかりなくなってしまっていた。
シツジ牧場の見張りを解雇されて出来た今の時間は、久しぶりのまったくのフリーな時間だったのだ。
「前から来たいとはお思ってたんだよなぁ。狩りがあるから長い間集落からは離れられなかったし。 しかしすごいよなぁ。コレだけの壁を人間が作ったって言うんだからなぁ」
「天空神様の言葉に従って作ったんだそうです。 ぼくはここで生まれ育ちましたから、そんなに驚きもしませんけど」
「そんなものなのかもなぁ。 ずっと見てるとなれるっていうしなぁ」
「おれたちずっとかみさまといっしょ。 だからあんまりすごいとおもわない」
「お前なんてこというんだ・・・」
顔を引きつらせる兄。
勿論、弟はそんな兄のことなどどこ吹く風だ。
「なー、にーちゃん」
「あんだね弟よ」
「モリたくさんとばすとつよいよな」
「そうだなぁ。エドの群れとかにいっぺんに沢山投げたりしたな前は。 最近じゃ俺達ぐらいしかずっと狩りしてる奴いないからなぁ。 そういうことも少なくなったけど」
「ひとりでもたくさんモリとばせるとさいきょうにみえる」
「お前その最強に見えるって言葉気に入ったのか。 まあいいや。 で、何作ったんだ今度は」
「これ!」
そういって弟が引っ張ってきたのは、全長6mはあろうかという大木を加工した物品だった。
「でっけぇぇぇ?! お前コレどこに隠してた?!」
「なせばなる。 なさねばならぬなにごとも」
「意味がわからないぞそれ。 まあいいや。 で、なんだこれは」
大きな木製の土台に車輪のようなものが取り付けてあり、その上に大木をが丸々取り付けられていた。
大木の片方の先には岩が結わえてあり、反対側をロープで引っ張られている。
現実世界で言うところの、中世時代の投石器「カタパルト」に似ているだろう。
ただ違うのは、石を載せるべきところに大きなかごのようなものが取り付けられているところだ。
「このヒモきると、いわのおもさでキがたちあがる。 そうするとカゴにはいったモリとぶ。 たくさんとばせてさいきょうにみえる。 これでヤスさんのイシのモリのつよさをせかいにしょうめいする」
「やっぱりモリか。こだわるなお前もしかし。 なんにしてもでかいなコレ。 ひとりでどうにかできるのか?」
「これはすごいんですよ! ロープを一人でも張れる巻き取るための取っ手までついてるんです! ぼく一人でもモリを飛ばせる準備が出来るんです! 動かすのは流石に無理ですけど、襲い掛かってくる獣を迎え撃つことはできます!」
興奮気味に話すエド。
その横では、弟がコクコクと首を縦に振っている。
「据え置きで使えばまあ、誰にでもあつかえるのか。 すごいなぁ。 随分掛かったろコレ作るの。 エド君もまた材料集めしてくれたんだろうし。 いつも悪いねつき合わせて」
「いえ! こんなすごいものを作るお手伝いが出来るなんて嬉しいです! それに、がんばったのはソミオさんですから!」
「おお。 おれいっぱいがんばった。 そのあいだみんないちゃいちゃしてた」
「またか。 あんまりいいふらすなよそれ」
「おれもいちゃいちゃしてた」
「そうかそうか。 ん? お前そんな相手居たのか?」
「さっそくつかってみよう」
「いや、聞けよ。 おめでたいだろうが」
さっさと新しい道具の準備に取り掛かる弟を問いただそうと、兄は慌てたように立ち上がった。
若干よろめきながら伸ばした兄の手は、なんだかもふもふしたものをもぎゅっと掴む。
「・・・もふ?」
『ちょっとまったー!!』
兄が掴んだ白いもふもふが、突然大声を張り上げた。
「うをぉ?!」
びっくりした兄は、掴んでいたもふもふを地面にたたきつける。
が、もふもふはまったくこたえた様子もなくスーパーボールようにぽゆんぽゆんはね回った。
『私が居ない間にこんな面白そうなことするなんて! もとい! あぶないことをするだなんて! きちんと私が見守ってあげなきゃいけないでしょ! そーでしょ!』
「おお。 ぎんのせいれいさまだ」
「なんだ、モフコ様ですか」
安堵したようにため息を吐く兄。
毛玉の正体は、最近赤い神様の活躍で封印から解かれた白い毛玉こと、銀の精霊モフコだったのだ。
『やぁやぁ。 赤い神様が遊んでくれないから遊びに来たよ! なにしてんの? 新しい武器?』
「ええ。 またなんか弟が作ったみたいで」
曲がりなりにも精霊様であるモフコに、極普通に対応する兄。
弟は面白そうなものを見る子供の顔だ。
エド少年はといえば、直立不動でがちがちに固まっている。
恐らくこの辺が神聖なものに対峙したときの素民の正しい反応なのだろうが、いい意味で赤い神様に毒された兄弟に神族との距離感は0だ。
『へー。 そーなんだー』
カタパルトみたいだね!
という言葉を、モフコはごくりと飲み込んだ。
うっかり口を滑らせたら、伊藤プロマネに毛をむしられるかもしれないのだ。
『じゃあ、早速使ってみようよ! 私が居るからあぶないことがあってもフォローできるよ!』
「いっつもエトワール様とかあの怖い神様のお仲間とか巻き込んで大変だからなぁ。 頼りになります」
ぼふぼふ暴れまわるモフコがどのぐらい頼りになるか分からないが、一応これでも精霊様なのだ。
『で、これなんて名前なの?』
「みんながいちゃいちゃしてるときにつくった、もりをとばすやつ」
普段あまり変わらない表情を若干ドヤ顔寄りにして言い放つ弟。
『よし! じゃあ、さっそくみんながいちゃいちゃしてるときにつくった、もりをとばすやつを使うんだソミタン!』
なんともいえない表情で固まっている兄をよそに、さっさと発射準備に入った。
「あとはこのヒモをひっぱればモリとんでく。 ヤスさんのイシのモリはまだげんえき」
『いけーソミタン!』
モフコの掛け声で、弟は勢い良く紐を引く。
大木は岩の重みで弾かれたように立ち上がり、その勢いでかごの中に入った数十本のモリが凄まじい速さで中に飛び出す。
「おー。 すごいなぁ」
感心した声を出す兄。
「がんばってつくったからな」
「ずいぶん高く遠くまで飛ぶもんだなぁ。 これまともに狙いつけられるのか?」
「れんしゅうすればだいたいあてられるようになる。 イワのおもさかえれば、とぶきょりもちょうせつできる」
「モフコ様はどうおもいますか? あれ? モフコ様?」
消えたモフコのすたがを探そうと視線をめぐらせる兄。
当の白毛玉は、すぐに発見することが出来た。
モリの落下予測ポイントに腕を組んで仁王立ちしていたのだ。
脚も腕もないので、イメージ的な話だが。
モフコは上空から落下してくる銛を見据えると、くわっと目を見開く。
『みえたっ! うけとめてやるっ!』
どこかで聞いたことのあるような台詞を叫ぶと、モフコは全身の毛を逆立てた。
夜間に溜めた力を解放すると、予め用意しておいた変身を発動させる。
『モフコ・デラックスー!』
声を張り上げた瞬間、ぼふんっとなぞの煙が立ち上がる。
一瞬にしてそれが晴れると、そこにはモフコとまったく同じ外見の、10mぐらいの毛玉が出現していた。
「でけぇぇぇ!!」
「けだまでっかくなったなー」
兄弟がテンで別々のリアクションを取る中、銛は凄まじい勢いでモフコに殺到する。
ぼすぼすぼす!
『あうん』
すべての銛が、モフコの身体に突き刺さる。
が、もふもふの毛がクッションになっているらしく、モフコ本体(?)は無傷な様子だ。
「無事だ! よかった! よかったのかこれ?!」
「もふもふのけでふせぎきったのかー!」
『でっかくなっちゃったテヘペロッ!』
叫ぶ兄弟に、くりっと小首らしき部位をかしげて見せるモフコ。
10m級の毛玉がそんなことをしても、怖いだけだった。
「ひっく」
モフコの出現からずっと固まっていたエド少年が奇妙な声を上げたのは、そのときだった。
「ど、どうしたエド君?」
「ひっくっ」
兄に声をかけられたエド少年はへんなしゃっくりをすると、ぶくぶくと泡を吹き、仰向けにばったりと倒れこんだ。
「エドくーん?!」
「しょうげきてきだったんだなー」
「言ってる場合か! たすけろ! しっかりしろエド君!」
「モフコもまぜてまぜてー!」
「小さくなってから来てください!?」
「・・・」
城壁の上からどたばたとあわただしく駆け回る兄弟を眺めながら、副隊長の男は凍り付いていた。
世の中にあんな奴らが居るのか、アホなんだろうか、とか、なんかそんな言葉頭の中で渦巻いている。
「あ、あの、副隊長。 あいつ等どうしますか・・・?」
遠慮がちに聞いてくる兵士に、副隊長は眉間に指を当てながら指示をたす。
「三人とも捕らえろ。 あの大きな武器は鹵獲。 銀の精霊には丁重にお帰り頂け」
「はっ!」
敬礼をして走っていく兵士の後姿を見ながら、副隊長はため息をついた。
「ネストと橋がつながり、モンジャの民も観光で来るようになり問題も出てきたというのに・・・」
ぶつぶつと呟きながら、自らも城門の方へと足を向ける副隊長。
ちなみにこの副隊長。
「顔は怖いけど面倒見はいい」と兵士達からは地味に人望が厚かったりする。
兄と同じく天然の苦労人属性であることは、言うまでもない。