はじめての蒸気銛(石)
人の好みは千差万別。
何がスキで何がキライかは、人によってまったく違う。
十人十色と言う言葉があるように、たくさん人が居れば沢山の好みがあるものだ。
モンジャの集落に、非常に奇特な少女が居た。
何が奇特なのかと言えば、ほかでもない。
あの兄弟の兄に惚れているのだ。
モンジャ集落、と言うか、この世界において顔の良し悪しは惚れる惚れないにはあまり関係なかった。
何せ皆イケメンなのだ。
右を向いても左を向いても皆イケメン。
ブサメンはおろか、フツメンすら存在しない。
皆がみんな美形なのだ。
そんなわけで、もてるもてないにかかわってくる要素は大体三つ。
性格、生活力、そして好み。
性格はいいものの、時代遅れの狩猟生活を送っている上に、取り立てて目立ったところもない兄。
そんな彼を好きになるというのは、モンジャの集落ではかなり特殊事だと言って間違いないだろう。
実際、少女が好きな人を告白しあうと言うガールズトークで兄が好きだと勇気を振り絞って宣言したときも、周りの反応は実に微妙だった。
「・・・ソミオさん、かぁ・・・」
「まあ、確かに悪い人じゃないけど・・・」
「なんか弟くんといっしょで・・・ねぇ?」
常に一緒に居る仲良し兄弟なのがアダになっているのだろう。
比較的まともな思考回路を持っている兄も、弟と同じアホだと思われていたのだ。
暇があればいつも兄を眺めているその少女も弟のことを良く知っているだけに、強く否定できないのが悲しいところだった。
数年前のことに成る。
まだ幼かった少女は、両親と共に荒野を彷徨っていた。
何故そうしていたのか、どうしてそこに居たのか分からない。
ただ、不安で不安で仕方がなかったことだけは良く覚えている。
父と母と、そして弟。
家族4人で身を寄せ合いながら歩いていたのを見つけてくれたのが、あの兄弟だったのだ。
そのとき既に狩人になっていた彼らは、大きなエモノを解体している真っ最中だった。
心臓を引きずり出して生のままかぶり付いている弟の姿に、自分達も食われるんじゃないかと恐怖におののいたのは今でも夢に見る恐ろしい思い出だ。
怯えてガタガタ震えている4人に、兄弟はとりあえず腹が減っているだろうと自分達が食べるモノを分けてくれた。
それまで不安で、怖くて仕方がなかったのに出なかった涙が、食べ物を口に入れるととめどなく溢れて来たのを覚えている。
困ったような顔で頭を撫でてくれた兄の手は、どうしてあんなに暖かかったのだろう。
集落で暮らすようになってからも、兄弟はことある毎に少女の家族を気にかけてくれた。
父をヤスに引き合わせてくれたり、牧畜用のケモノを生け捕りにしてきてくれたり。
周りに馴染めるか不安だった少女に早く友達が出来るようにと、一緒に遊んでくれたりもした。
他の人たちは色々言うけれど、自分だけは、ソミオの良い所を沢山知っている。
そんな思いが、少女にはあった。
そう思ってしまえば、もう止まらない。
恋する少女は、暴走するエドの群れよりも強いのだ。
父の仕事である牧畜のお手伝いと、母の仕事である蚕の世話の手伝いを終えると、少女はいつものようにソミオを眺めるためにカルーア湖の辺にやってきた。
本当は声をかけて隣に座ったりしたいのだが、その勇気がどうしてもでない。
仕方なく、こうして毎日草むらの陰に隠れて見守っているのだ。
以前は野生の勘が鋭い弟に発見されそうになったものだが、最近では気配を消す方法を体得したのでそういうことも殆どなくなっていた。
カルーア湖に釣り糸を垂れる兄を見つめながら、膝を抱えて草むらに身を潜める。
今日は早朝の狩りで少し朝が早かったせいだろう。
兄は眠たそうに眼を擦り、あくびをしている。
ぼうっとした顔で湖面を眺めている様子も、優しげでかっこいい。
その横では、弟がいつものようにすごい勢いで石の銛を作っている。
最近グランダから来たエドという名前の少年も一緒だ。
何か通じ合うものがあるらしい弟と少年は、最近良く一緒に行動していた。
最近では少年がグランダから持ってくる金属を使って、巨大な石の銛を作ってはなにやら実験しているようだ。
兄があくびを噛み殺すと、弟と少年はお互い頷き会って立ち上がる。
「なー、兄ちゃん」
「あんだね弟よ」
思わず悲鳴を上げそうになるのを、少女は必死になって耐えた。
二人のこの会話の流は、ものすごく危険なことを少女は良く知っているのだ。
「なべておゆをわかすと、しろいもくもくでふたががこがこゆーよな」
「あー。 ガタガタ言うよなぁ。 なんかロイさんが言うにはエキタイがキタイにどうのこうのって」
「あれをつかって、もりをつよくするほうほうかんがえた」
「またかよ。 アレをどう使うんだ?」
「あのしろいけむり、すごいちから。 それをためれば、もっとすごいちからをだせる」
「ソミタさん、すごいんですよ! 水を熱して出た気体を溜める装置を作っただけじゃなくて、それを利用する装置まで作ったんです!」
「そんなもんどうやっ あ、またエドくんに無理いって材料集めさせたんじゃないだろうな」
「エドとエドつかまえてざいりょーてにいれた。 エドはうまい。 みずたまりのむこーのしゅうらくのやつらもすきみたいだった!」
「そうかよかったな。 すまないねエドくん」
「いえ! ぼくも色々運ぶの手伝ってもらいましたから! ソミタさんすごいんですよ! たった一人で大人十人分の荷物を抱えて走っていくんです!」
「アホだからな。 力だけはあるんだよ。 で、どんな感じなんだ?」
「これ!」
「でかっ! デカイなおい!」
「このテツのまるいのにみずはいってる。 ここをヒであぶると、しろいもくもくたくさんたまる。 アツリョクがたまったら、このカナグひねる。 いっきにしろいもくもくがふきでる。 いしのモリ、すごいいきおいでとんでく。 おれがなげるのとおなじぐらいだ」
「蒸気を使って物を動かすなんて、すごい発想ですよね! しかもそれを形にするなんて! ぼく、感動しました!」
「そうか、よかったな。 で、丸い本体に、筒が付いてんのか? ここに圧力が溜まって、ここから噴出して、銛を吹き飛ばすのか。良く出来てるなぁ」
「おお。 おれ、がんばった。 よなかにこれつくって、いっぱいためした。 そのあいだみんないちゃいちゃしてた」
「うん、それあんまり言うなよ。 皆がみんなお前みたいに力強いわけじゃないからなぁ。 こういう物があれば、比較的誰でも強力な投擲が出来るわけだ」
「みんなおなじようにつよいいしのモリなげられる。 みんないしのモリつかう。 ヤスさんかりできなくなっても、いつもおれたちのこころにいっしょにいる。
しゅうらくをまもるためのぶき、さいしょにつくったのヤスさんだ。 ロイさんもすごいけど、ヤスさんはもっとすごい。 おれがしょうめいしてやる」
「でもコレ石の銛でやる意味もう無いよな。 それで、どう使うんだ?」
「おお。 たきびをつくって、このまるいとこあぶる。 ここについてるちーさいとっきからしろいもくもくがふきだしたら、じゅんびできたあいずだ」
「内部圧力が上がりすぎるのを避けるために、ある程度もくもくを外に逃がす為の工夫なんです! コレが付いている事で長時間発射可能圧力を保てるんですよ! この構造もソミタさんが一人で作ったんです! すごすぎますよ!!」
「おお。 おれかりがおわってからがんばってつくった。 そのあいだみんないちゃいちゃしてた」
「うん、子供が増えるのはいいことなんだから、それいいふらすなよ。 で、早速見せてみろって言うとろくなこと起きないんだよな」
「だいじょうぶ。 こんかいはマトをつくった」
「マト? 刺しても大丈夫なもの用意したってことか?」
「これ!」
「はやっ! なんだそりゃ。 もふもふしたタマか?」
「ぬのでつくった。 メグのエドをおてほんにしたもふもふタマだ」
「メグのって。 ああ、あれか。 成る程なぁ」
「おお。 もふもふのエドだ。 エド。 エドかる。 おれエドくう。 エドかる」
「ひぃぃぃ?!」
「おちつけ! 冷静になれ!」
「おお。 だいじょーぶだ。 にんげんのエドはくえない。 にんげんのエドはかれない」
「何度か唱えとけ」
「時々出るんですよね、この発作」
「発作? 発作なのか? まあ、いいや。 とりあえずどんな感じなのかやってみろ」
「おお、まかせろ。 このぶぶんをひにかける。 ほんとはすこしじかんがかかるから、きょうはあらかじめねっしたものをよーいした」
「準備がいいなぁ」
「もくもくがたまると、ここからよぶんなのがでておとする。 そしたら、ここをひねる。 そーするとモリとぶ」
「的のもふもふ、置いてきました!」
「結構離れてるぞ。 届くのか?」
「まかせろ。 こうもって、こうきて、こう!」
バシュッ
シュバー!
「おー。 本当に飛ぶなぁ」
「すごいです! コレならきっとどんなケモノにも負けませんよ!」
「かだいとしてはトリマワシのしにくさだな。 あつかえるよーになるまでにれんしゅーがひつようだ。 でも、てでなげるよりかんたん」
「あれ? なんだか赤い物体が走ってきましたけど」
『うわーい、もこもこd ぎゃー!』
「赤い神様ー!」
「なんでとびだしてきたんだろーなー」
「いいから! とにかく助けにいかないとだろうが!」
「ふぅー・・・」
「おお。 エドがきぜつした」
「ショックだったんだろうな。 だからそれはどうでも、よくないけど! 何より赤い神様だ!」
「物理結界に阻まれたかー!」
「ちげぇー! ああ、もういい! リネカ! ちょっと手伝ってくれ!」
草むらの影に隠れていた少女、リネカは、突然名前を呼ばれて跳ねるように立ち上がった。
ソミタは少し驚いた顔をしていたが、すぐにいつものむっつりとした表情に戻る。
棒立ちになっているリネカにエド少年の世話を頼むと、兄弟は慌てた様子で赤い神様のほうに走っていった。
結局、兄弟は赤い神様に怒られて、発明はうやむやになった。
製作工程を近くで見ていたエド少年だったが、あまりの衝撃で軽い記憶障害を起こし、弟の作ったものに関しての記憶がすっぽ抜けていた。
自分を守るために記憶が如何こう言う話があるそうだが、周りも忘れているので特に問題ないようだった。
なんだかんだで騒ぎが落ち着いたのは、結局夜になってからだった。
騒ぎ疲れたのか、地べたに転がって寝る弟とエド少年を横に見ながら、兄は夜のカルーア湖に糸をたらしていた。
騒ぎを起こした後、兄は決まって狩りや漁の回数を増やしていた。
集落の皆に迷惑をかけたお詫びだと言って、肉や魚を振舞う為だ。
兄は眠そうにあくびを噛み殺すと、ごしごしと眼を擦る。
リネカはそんな兄の後ろに近づいていくと、意を決して声をかけた。
「あ、あの、ソミオさん、お夜食もって来ました・・・!」
「ん? ああ、うわー。 わざわざ有難う」
にっこりと笑う兄の顔に、リネカの顔が赤く染まる。
月明かりの綺麗な晩だから、お互いの表情がはっきり見えてしまう。
メグの育てている光る花を持って来たのも、間違いだったかもしれない。
足元は明るいが、赤くなった頬まで見られてしまうかも。
幸い兄は気がつかなかったらしく、リネカから食べ物を受け取ると、美味しそうに頬張り始めた。
ほっとした表情で胸をなでおろすと、リネカは兄の座る横に腰を下ろした。
「いやぁ、昼間は本当に迷惑かけて。 ごめんな?」
「え?! いえ! そんなその、ぜぜ 全然! 平気ですっ!」
弟とエド少年を起さない様に声を殺しながら、慌てて首を振るリネカ。
「あ、あの、それよりもっ。 何で私がここに居るって、分かったんですか?」
「ん? ときどき居るの知ってたから」
兄の言葉に、リネカは目を丸くした。
「景色良いもんなぁ。ここ」
そういうと、兄はにっこりと笑ってみせた。
どうやら理由がばれていなかったらしいことに、リネカはほっと胸をなでおろした。
ふと、兄が見ている方向に目線を向ける。
集落の周りで群生する蛍光花や、湖に写る星の光。
水の中に、光る何かが潜んでいるのだろうか。
湖面にゆっくりと光が浮かんでは、ゆらゆらと沈んでいく。
「・・・きれい・・・」
「だよなぁ。 きっとここ以外にも、こういう所はあるんだろうなぁ」
少しだけ兄の表情が曇ったのに気がついたのは、恐らくいつも彼を見ているリネカだったからだろう。
目の前のものを通しで、どこか遠くを見ているような。
そのままそれを追いかけて、どこか遠くへ行ってしまいそうな、そんな表情。
「あのっ!」
「ん?」
思わず声を上げてから、リネカは何を言っていいのか分からなくて、慌ててしまった。
ぱくぱくと数回口を開け閉めしていたが、いつもと変わらない兄の表情を見ているうちに、段々と気持ちが落ち着いていくのを感じる。
「あの、もう少し、ここにいていいですか?」
「ん? ああ。 景色が良いもんなぁ。 ゆっくり、見てくと良いよ」
コクリと頷くと、リネカは嬉しそうに微笑んだ。
「にーちゃんはどんかんだから、まだしばらくだめそーだな」
「アレがいちゃいちゃなんですね・・・!」
「おお。 でもほんとうのいちゃいちゃはこんなもんじゃない。 もっとすごいことになる」
「もっとですか・・・! ソミタさんはやっぱりすごいや・・・!」