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ソミオとソミタとあとエド

カルーア湖のほとりには、とても良い石材が沢山転がっていた。

良いと言うのは勿論、銛の材料としてと言う意味だ。

もう狩りに行く人間が自分達とヤスだけになっても、弟はやっぱり石の銛を作っていた。

狩り人口が激減した為に、誰も兄弟に「もう石の銛なんて使わない方がいいんじゃない?」と言ってくれないのだ。

唯一の良心であるヤスも、自分が作ったものを信頼してくれる兄弟、主に弟の気持ちを無碍にも出来ず何もいえないで居た。

とは言え、比較的常識のある兄の方は徐々に石の銛を使わなくなってきている。

折れにくく貫通力のあるロイ作成の鉄銛さえあれば、狩りには十分なのだ。

それでも弟は、只管に石の銛を使い続けていた。

腕力に物を言わせて銛をぶん投げるという狩りスタイルの彼にとっては、石の銛はもっとも使いやすい武器なのだ。




「お前も好きだなぁ、石の銛」

「おお。 てつのもりおもい。 なげるのたいへん」

「鉄だろうが石だろうが三軒離れた家の壁に風穴開けるお前が良く言うわ」


弟は恐ろしく腕力が強かった。

力だけなら集落でもロイに次ぐ力持ちなのだが、如何せん頭が伴っていないので一切目立っていなかった。

狩りのときに弟を見ているヤスならそれに気がつきそうなものだが、ほかに比べる相手が少ないだけに「まあ、こんなもんかな」と思っているのだ。


「しかしあれだなぁ。 俺らも武術とか言うの、覚えた方がいいのかなぁ」

「ぶじゅつ。 って、なんだ?」

「ロイさんが言ってただろ。 グランダの集落・・・じゃなくて国には、人間と戦う為の技術があるんだって」

「けんかのわざかー」

「ちげぇーよ。 ん? いや、まあ、なんというか。 集落でやる喧嘩と違って、相手を殺すための技術だな」

「けがさせるの、よくない。 ころすの、もっとよくない」

「そうだよなぁ。 でも、ロイさんはそうしなくちゃイケナイかもしれないと思ってるんだよなぁ」


ロイの防衛意識の強さに、兄はなんとなく気がついていた。

赤い神様が居なくなった時辺りからだろうか。

彼の集落を守ろうという思いは、目に見えて強くなっている。

周りの皆はそれをいいことだと思っているようだが、兄だけはそんなロイに危機感を覚えていた。

一つことにとらわれすぎると、ろくな事にならない。

それが例え、どんなことであっても。

そう。

石の銛とエドに異様なまでの執念を見せる弟のように。

ロイもいつか“皆を守る”と言う目的のために、大切なものを見失うんじゃないか。

理由こそアレではあったが、ロイの抱える問題点に素民の中で唯一気がついているっぽい兄だった。


「なー、にーちゃん」

「あんだね弟よ。 この流だとまたなんか銛作ったのか?」

「ちがう。 つよいケモノのにおいがする」

「ん? エドか?」

「ちがう。 もっとべつのやつ。 あと、ひとのにおいもする。 きっとおそわれてる」

「それって助けないといけないんじゃないのか?」

「おお。 いそがないとくわれるな」

「落ち着いて言うことか! 助けに行くぞ! どっちだ!」

「おお。 こっちだ」


弟は作っていた大量の石の銛を縄で束ねて担ぎ上げると、凄まじい勢いで走り始めた。

表情一つ変えず突っ走っていく弟に、兄は血相を変えて追いかける。

弟は年々アホになっていく代わりなのかなんなのか、異様に身体能力が高いのだ。

下手をしたら、一瞬で見失いかねない。

必死で追いかける兄だが、弟はグングンと速度を上げていく。

とても二十本以上の銛を抱えているとは思えない。

兄もかなり身体能力は高いのだが、弟のそれは常人のそれをはるかに上回っていた。

頭の方と反比例していると思えば間違いないだろう。

弟はグングン加速していき、畑地帯を駆け抜ける。

森に差し掛かったところで、兄も弟の言うケモノの存在を確認できた。

モンジャ、グランダ地方特有の毛のないつるっつるのケモノ。

仁王立ちした熊の様な外見のそれは、体長3メートルを優に越えている。

信じられないことに二本足で歩いているそいつは、どうやら獲物を追いかけているようだった。

追いかけられている獲物は、悲痛な叫びを上げて半泣きになりながら逃げ回っていた。

ちなみにその追いかけられている獲物は、大きな荷物を背負った少年だったりする。


ケモノは巨体に見合って足は遅いらしく、必死に走る少年との距離をなかなか詰めることが出来ないようだった。

半泣きから泣きじゃくりに進化した少年は、文字通り必死な様子で走っている。

「たすけてー! たすけてー!!」

泣き叫ぶ少年を見て、兄の表情が険しくなる。

様子から見て、もうかなりへばってきているようだ。

このままでは捕まって食われるのは時間の問題だろう。

「おお。 でっかいケモノだなー。 エドよりでっかいなー」

弟にとっては、人が襲われていることよりも目の前のケモノのほうが大切らしい。

膝の力が抜けてガクッとすっころびそうに成りながらも何とか体勢を立て直し、兄は腰に背中に刺していた鉄の銛を引き抜いた。

「言ってる場合か! 良いから銛撃て!」

「おお」

兄に促され、弟は背負っていた銛の束を地面に転がす。

少年は丁度兄弟の方に向かって走ってきてはいるが、それでもまだかなり距離がある。

普通の人間が普通に銛を投げたところで、届く距離ではない。

弟は転がした束から四本銛を拾い上げると、片手で束ねて持ったまま石突きに足の甲を引っ掛けた。

そのまま脚を後ろへ大きく振りかぶり、銛を支えていた手を離す。

それと同時に、振り上げた脚を思い切り蹴りだした。

蹴り上げられた銛は上空高く打ち出され、放物線を描いて落下していく。


自分達の方に向かって飛んでくる銛に先に気がついたのは、逃げている少年だった。

「ふぇ?!」

驚きの声を上げる少年の頭上を通り過ぎた銛は、まるで吸い込まれるように後ろのケモノに殺到する。

四本全ての銛が、ケモノの身体に突き立つ。

だが、余程皮膚が硬いのか、切っ先が僅かに食いこだけで銛の勢いは止まってしまった。

とは言え、ケモノは突然飛来した銛に驚いたのだろう。

しりもちをつくようにその場に崩れ落ち、腹部に刺さった銛を払いのけるように暴れ始めた。

「ぼさっとしてないでほら、逃げないと危ないぞ」

暴れるケモノを見て呆気にとられていた少年は、突然背中からかけられた声にびくりと身体を跳ね上げた。

慌てて振り返る少年の目に飛び込んできたのは、鉄製の銛を持った青年、兄だった。

弟が銛を放つのを確認もせずに駆け出していたのだ。

「ふぇ?! あの、いやええっと!」

混乱した様子でわたわたと手を動かす少年を見て苦笑すると、兄はがしがしとその頭を撫でる。

「いいから落ち着け。 あぶないから、下がってるんだぞ」

そういって少年を自分の後ろに押し下げると、兄は腰を落として銛を構えた。

ケモノから目を離さないまま僅かに顔を横に向けると、声を張る。

「立ち上がったら思いっきり銛打ち込んでやれ! かたいみたいだから、結構力入れないと刺さらないぞ!」

「おお。 おもいっきりだな。 おれそのケモノくう」

新たな声のほうを少年が振り向くと、今度は大量の銛を小脇に抱えた少年が立っていた。

言動からも察することが出来るだろう、兄弟の弟の方だ。

「そこにいると、モリにあたるぞ。 どかないとあぶない」

自分とほぼ年恰好の変わらない少年を、弟は銛で突っついて後ろに下がらせる。

「アホ。 人に銛向けるなって言ってるだろう。 危ないだろうが」

兄に言われて、弟はぐにっと眉間に皺を寄せた。

いつものぼへっとした顔を少年に向けると、何事か納得したようにコクコクと頷く。

「おお。そうだった。 ごめん」

「あ、いえいえ」

深々と頭を下げあう少年と弟。

そうこうしている間に、ケモノは銛を振り払い起き上がってくる。

「ひぃぃぃ?!」

それを見て悲鳴を上げる少年だが、兄弟のほうは僅かに眉をひそめる程度だ。

弟が小脇に抱えていた銛を落とし、兄が銛を構えて走り始める。

ケモノは両前足を振り上げて吼えると、鋭い爪を兄に向かって横なぎに振るう。

後ろに飛んでそれを避ける兄だが、ケモノは体躯に似合わない素早さでそれを追いかける。

兄に攻撃が集中している間に、弟は素早く銛を拾い上げ投擲の体勢に入った。

両手に持った銛を大きく振りかぶると、狙いをつけるわけでもなく無造作に放り投げる。

「とう」

気の抜けた掛け声と共に石の銛は、轟音を上げて一直線にケモノの腹部に向かって飛ぶ。

さっきは皮膚に僅かに食い込む程度だった石の銛は、今度は柄の部分までも深く肉に食い込んだ。

流石の巨体も、肉を貫く銛の威力には耐えられなかったらしい。

傷口から大量の血を噴出させ、もんどりうって倒れるケモノ。

兄はその隙を待っていたかのように、獣に襲い掛かる。

腹を押さえて転がるケモノの頭の方に回りこみ、銛を振り上げて跳躍した。

大きく銛を振りかぶりながら、ケモノの頭に狙いを定める。

的としてはそう小さくはないが、相手が動いているだけに狙いにくい。

それでも兄は一撃でしとめる自信があった。

物心つく前から銛を持ち狩りをしてきた兄にとって見れば、それは自身と言うよりも確信だろう。

そのぐらい、出来て当然なのだ。

「せいやぁあ!!」

気合の声と共に、鉄の銛を突き出す。

体重と速度を乗せた切っ先は、狙い違わずケモノの脳天を貫いた。

例えどんなケモノでも、頭を潰されればおしまいだ。

ケモノは断末魔の叫びを上げる暇もなく、全身を痙攣させて力尽きた。




モンジャ集落付近では見たこともないケモノを解体する弟をよそに、兄は少年と話をしていた。

なんでもグランダから交易の為に来たと言うこの少年は、その途中で獣に襲われたのだそうだ。

何度も何度も頭を下げる少年に、兄は苦笑を漏らす。


「本当に助かりました! バグマグに見つかったときはもう駄目だと思いました!」

「バグマグって言うのんだあれ。 この辺じゃ見ない獣だけどなぁ」

「グランダの森に居る獣です。 大型の草食動物を襲って食べるんですが。多分僕の後をついてきたんだと思います」

「なるほどなぁ。 しかし、グランダから来るなら別にカルーア湖の周り歩いてくることなんてないだろ? あかいかみさまの道通ってくればいいのに」

「ボクは商人で、モンジャには交易のために行くつもりだったんです。荷物には動物の皮なんかもあるので、神様のおうちを通るわけには・・・」

「血の穢れってやつか? あかいかみさまはそんなの気にしないと思うんだけどなぁ」

「ぐらんだのひとたち、あかいかみさまのことまだよくしらない。 だんだんなれてくる」

「ああ。そうかもなぁ」

「お二人ともすごいんですね。 バグマグを倒すなんて! お城の兵士さんたちでも苦労するのに!」

「動きがのろいからなぁ。 頑丈なのはまあ厄介だったけど」

「おお。 エドよりおそい。 おそいからモリささる。 くえる!」

「すごい・・・! モンジャは古い生活を守っているって言うのは本当だったんですね!」

「守るも何もそういう生活しか知らないんだけどなぁ。 まあいいや。集落に行くなら、案内するよ」

「有難う御座います!」

「そうだ。 俺の名前はソミオ。 あっちの獣解体してるのはソミタ。 君の名前は?」

「あ、はい。 エドと言います」

「・・・え?」

「エドって言う名前です!」

「おれ、エドくう!」

「逃げろ!」

「へ?」

「いいから早く逃げろって!」

「え、また何か獣が ぎゃぁぁぁ!!」


結局、弟の誤解を解くのには、それから半日ほど掛かった。

無事集落に着いたエド少年が持ってきた金属器などはモンジャの民に大変喜ばれた。

代わりにエド少年が手に入れたのは、カイコから作った絹の織物だ。

美しい布は、どんな場所でも需要が高い。

グランダに持ち帰れば、相当な収入を得ることが出来るだろう。

他にもあるかもしれないモンジャの特産品を探す為に、エド少年は暫く兄弟の家に厄介になることになった。

この少年がやってきたことをきっかけに、兄弟が集落の外の世界に目を向けるようになるのだが。

それはまた別の話。

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