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そみんだってお祭り騒ぎです?

『いえー!! のんでますかー? のんでるんですかーもー! お祭りなのにお酒を飲まないなんて天罰が下りますよー! 天罰くだしちゃいますよー!』

快調に酔っ払いながら、赤い神様は使徒であるエトワールに絡んでいた。

いつもクールなエトワール先輩のことだからウザがっている、の、かと思いきや。

『ほら、ここを見てみてくれ。 これ、絶対私に笑いかけてると思うんだよ。 だが妻はただの反射だといっていてな? 嫉妬だとおもわないか? 私に笑いかけたからうらやましいんだ』

こちらも絶賛酔っ払い中だったので問題ない様子だった。


グランディア大祭一日目の夜。

無事開会出来た祝賀と、青と白の神様の歓迎会をかねた酒宴が催されていた。

ストレス軽減という名目で一人飲みをすることなら時たま有った赤い神様だが、飲み仲間がいるのは久しぶりだ。

テンションもウザい方向にうなぎ上っている。

赤い神様がそんな様子で、二柱の神様もさぞ迷惑だろう。

『私だってっ! 私だって必死に患者さんたちを現実世界に戻してあげようってっ! いろいろ試してきたんですっ! 動物セラピーはもちろん、植物などを育てるようなことまでいろいろ考えてですねっ!』

迷惑がっているだろうと思われていた白い神様は、ロベリアに絡みまくっていた。

自分の区画でずっと張り詰めていたものが、他所に来て緩んだのだろう。

根が生真面目なロベリアが正座で聞き入っているせいもあってか、グダ巻きは最高潮だ。

一方の青い神様はといえば。

『・・・』

壁に向かって体育すわりをしていた。

手には、一升瓶が握り締められている。

最初のほうこそ『おっけぇーい! ジャンジャン呑んでのーんでのんでのんで盛り上がっていきまっしょーいっ!』などとハイテンションだ


ったのだが、段々と勢いが落ちていった。

酔う毎に端へ端へと移動していき、ついには今の状態だ。

酒の使用前使用後が逆な気がしなくも無い。

唯一この状況をなだめてくれそうなヤクシャはと言えば。

『へー! じゃあ、やっぱりリアルでもスポーツマンなんだー!』

『スポーツマンって言うか、ただ体を動かすのが好きなだけなんですけどねー』

完全に合コンモードがオンになったモフコに捕まっていた。

いつもの毛玉から、肉食系精霊へと化したモフコの攻撃は強烈なようだ。


こうして、祭り初日の、神々の夜は更けていく。

多くの素民たちと同じように、それは穏やかでにぎやかで、実に楽しげだった。




「水は高温で熱せられ気体になるとき、その体積が数百倍になる訳です。 沸いたお湯から吹き出る湯気の勢いが強いのはご存知のとおりで。 それを凝縮、一点に集中すれば、かなりの運動量を得る事が出来るんです」

普段はボーっとしている目を鋭く細め、これまた普段からは考えられない滑らかな口調でよどみなく長台詞を言い切る。

同じ顔をした別人では無いかと疑わしいが、それはれっきとしたソミタ本人だった。

「だけど、その力を溜めて置いて一気に解き放つときには弁を使ったんでしょう? 常時安定してそれを得たいとなると、構造が肝心になるよね」

そんなソミタと語り合っているのは、ナズだ。

二人とも手には酒の入ったカップが握られていて、すっかり出来上がっている。

彼らが今話題にしているのは、ソミタが依然作った蒸気式の銛飛ばし機を、ほかの事に利用できないかということだった。

以前ネスト用に風車の絵図面を書いているときに、ナズの頭には様々な現実世界で使われている機器がうっすらと蘇っていた。

その一つに、蒸気機関があった。

風車の構造と、白い湯気。

何かに利用できないかと考えていたところに、たまたまソミタの銛飛ばし機を見かけたわけだ。

「私の専門や専ら一瞬のエネルギーを得ることのみが課題ですから、それに関してはまだほとんど未知の領域ですね。 試してみようかと考えたことも有りましたが、如何せん食指が向きません」

私。

そう、ソミタの一人称は「私」になっていた。

いつもは丸まっている背はピンと伸ばされ、いつもの落ち着きの無い挙動はなりを潜めている。

普段の彼を知るものが見たら、悪魔にでも取り付かれたんじゃないかと思うだろう。

だが幸いなことに、ほかのみんなは炎を囲んで踊ったり旨い物を喰ったりすることに夢中になっていた。

不幸中の幸いである。

「ああ、分かる気がする。 自分の研究課題に合わない物って、やるきにもならないよね」

「ただ、以前に試した連射式銛投擲装置の機構が役に立つかもしれません。 細い金属管から蒸気を蓄える窯に水を送る事が出来るようにしたものなのですが。 一度銛を発射して圧力が下がったら、発射口の弁をあけたままの状態で注水、水が必要量に達したら、両方の弁を閉めて内圧をあげるというものなのですが。 そのときに作った逆流防止用の装置を上手く改造できれば、水を入れて置く容器に圧力を逆流させることなく、一定して水を供給できるかもしれません。 そうすれば・・・」

「常に安定した気体の圧力を風車状の道具に当てて、歯車などを回す力が得られるかもしれない! 風や水の流れよりもずっと便利に使えるかもしれないっ!」

「ええ。 ちなみにその構造ですが・・・アレは口で説明するよりも、実物を見せたほうが早いでしょうね。 明日の朝、現物をお見せします」

口ではこういっているソミタだったが、この約束が守られることはなかった。

当人が完全に忘れてしまったからだ。

普段でさえ三歩歩いたら大体の物事を忘れるソミタである。

酒が入った状態で約束を覚えていられるはずがなかったのだ。




ネストの城では、恒例の会議が繰り広げられていた。

そう。おっぱい会議である。

大きいほうがいい。

いや、小さいおっぱいには夢が詰まっている。

グランディア大祭で各国のおっぱいを拝んだ彼らのテンションは、まさに青天井だった。

最終的には全員が手に手に酒の入った杯を掲げ、「おっぱい! おっぱい!」と大合唱。

集まった議員たちは、よく分からない友好を確かめ合った。


男たちがなぞの祭に熱狂する中、女性陣は暖を取りながら編み物の真っ最中だった。

蒔きも貴重なネストでは、一つの部屋に集まって家内作業をすることは決して珍しくない。

話題はもちろん、グランディア大祭に集まっていた他国の男性についてだ。

「やっぱりのグランダの男は凛々しくていいわぁー!」

「研ぎ澄まされた感じがしていいわよねー! 最近弛んでるウチ(ネスト)の男達とは違うわ!」

「あらっ! モンジャのだって負けて無いわよっ!」

「あの引き締まった筋肉っ! たまらないわぁー!」

きゃっきゃと盛り上がる女性陣。

既婚者は眼福目的で見学程度だろうが、年頃の娘達は結婚相手を探すのに必死だ。

各国から人が集まるグランティア大祭で結婚相手を見つけたがっているのは、なにもキララだけではない。

「そういえば、ミシカ様は気になる方はいたんですか?」

「ロイさんなんかどうです? 村の長だし、何より頭がいいですよ!」

「へ?!」

突然声をかけられ、それまでぼうっとしていたミシカは体を飛び上がらせた。

ぜんぜん話を聞いていなかったらしく、わたわたと無意味に手足を動かしている。

「ご、ごめんなさいっ! えっと、ふ、ふっ!」

「ふ?」

「腹筋の話でしたっけ?!」

ちなみに、ミシカがこのとき口にしたのは、腹筋運動のことだった。

最近ネストはずいぶん暮らしが楽になったことに加え、食糧事情も改善されてきている。

今までとは違い、お腹いっぱい食事をすることが出来るのだ。

そのおかげか、ミシカの体重は順調に増えてきている。

年頃の乙女としては、若干体型が気になる今日この頃。

しかし。

男性の話をしていた彼女達にしてみれば、「腹筋」といえば男性の体のことを指す意外考え付かない。

当然。

「へー。 ミシカ様は男の腹筋が気になるのねぇー!」

「やっぱり男らしく割れてないとダメよね! 六個ぐらいに!」

「さっすがミシカ様っ! 目の付け所が違うわぁー!」

「え? ええ?!」


この後、「ミシカ様は腹筋が割れた男が好き」といううわさが広がり、ミシカ狙いの男達はこぞって腹筋を鍛えるようになるのだった。




「はぁ・・・」

鉛よりも思いため息を吐き出し、エドは石の銛をテーブルに置いた。

正確には、食事用の小さな石の銛だ。

もっと正確に言えば、ソミタが勢いあまって作りまくった様々なサイズの石の銛の中で、流石二で実戦使えないと判断されて放置されていた


ものをエドがもらってきて食事用に使っている石の銛、だ。

武器としては中途半端でも、肉や野菜を切断したり突き刺したりするには十二分。

使い勝手が意外とよく、エドは家族ともども気に入って使っている。

エドの両親は、鉱山の事故で既に他界していた。

長男である彼は一人で、次男エレ、双子の長女と次女エミ、エファ、そして、末の妹のエソラを育てている。

自身もまだ青年とはいえないエド少年は、この歳のすこし離れた弟妹たちを養うために商人という仕事をしているのだ。


そんな彼のため息の原因は、生活の困窮。

ではない。

グランディア大祭で自国の選手が活躍出来ていないことによるものだった。

基本的に戦闘国家であるグランダ民は、争いごとがプログラムレベルで好きだ。

本当はDNAレベルで、といいたい所だが、素民は基本人工AIなので「プログラム」になるのである。

そんな争いごとが好きな民性の彼らだ。

グランディア大祭をとっても楽しみにしていた。

文字通り三国一の戦闘集団を持つグランダである。

体を動かすことに関しては、ほかの国に負けるわけにはいかない。

にもかかわらず、記念すべき初日にまったく活躍できなかったのだ。

それも、槍という武具を使う競技で。

これは由々しき事態だ。

競技に参加した選手もそうだろうが、それを楽しみにしていた国民の落胆具合といったらなかった。

表彰式の後泣き崩れるもの。

静かに自宅にこもり、ひっそりと部屋の隅で膝を抱えるもの。

中にはショックのあまり、カルーア湖で溺れかけるものまでいた。

エド一家もその例に漏れず、どんよりとした葬式のような空気に包まれているわけだ。

「「ねえ、おにいちゃん。 どうしてへいしさまたちはまけちゃったの?」」

末の妹を左右ではさみ、異口同音に言うエミとエファ。

この双子はテレパシーか何かでつながっているのかと思うほど言動がリンクしている。

寝言やしゃっくり、くしゃみのタイミングまで同じだというから、本当にに何かのバグでつながっているのかもしれない。

とはいえ、素民たちにとっては「よくにてるねー」程度の違和感なわけだが。

双子の言葉に、ずどんっと暗くなるエドとエレ。

まだ一歳弱のエソラだけがきゃっきゃと笑うなか、自身も不安そうな顔のままエレが口を開いた。

「ほら。 やっぱり体力だけなら、モンジャの人たちのほうが有るんだよ。 実際に剣を使っての戦いなら、負けはしないさ」

実際、基礎体力でモンジャの民に敵う民族はそうそういないだろう。

なにせ子供のころからの環境が違う。

野を駆け回り、獣を追ったり畑を耕したり。

城砦の中に町があるグランダでは子供のころから走り回ることも少なく、ネストではそれほど体力を使えるほど豊富な食料が無い。

身体能力的な面でいえば、モンジャはかなり恵まれた場所なのだ。

しかし、それは身体能力面だけの話だ。

エレが言うように、事戦うことに関してグランダは赤い神様が納める民の中では抜きんでている。

徹底した兵への訓練。

スオウと言う象徴的な王の存在。

そして、エトワール先輩の中ニ病的発想。

それらが奇跡のように作用し合い、とても素民のAIとは思えないほど洗練された戦闘能力を有することに成功したのだ。

エトワール本人の手腕と、スオウの優秀さが生んだ結果だろう。

「モンジャとグランダが戦争したらピチュってたんだし、赤井貼り付けになってよかったんじゃね?」

と、スタップの間では専らの評判だったりする。

「「そうだよねっ! ヌーベル様方兵士様は、とってもおつよいものっ!」」

表情を華やかせるエミとエファ。

そんな様子に、エドも自然と笑顔を見せる。

「二人は本当にヌーベル様がお気に入りだね」

「「うん! とってもおつよくてかっこいいもの! 私達、あんなとのがたとけっこんするのっ!」」

「あうー」

夢見る乙女の表情で手を組むエミとエファ。

「そ、そうか・・・」

「それはたのしみだね。ははは・・・」

親代わりの兄としては比較的嬉しく無い台詞なのだろう。

顔を引きつらせながらも、何とか笑うエドとエレだった。




エドたちの話題に上っていたヌーベルは、カルーア湖の畔にいた。

神殿へと繋がる橋へと歩きながら、肩に巻いていた包帯を解く。

わざわざ包帯を巻いていたのは、肩を痛めていたからだけではない。

その下に有るものを、隠す意図も有った。

現れたのは、黒い刺青。

簡略化した剣と盾を並べた、グランダの重装歩兵部隊の紋章だ。

グランダの兵士は例え手が千切れ足がもがれようとも、その剣と盾でもって戦う。

その覚悟と誓いをこめ、己の手でその刺青を彫るのだ。

激しい痛みを耐えて消えない証を体に刻み、初めて兵士として認められる。

ヌーベルがそれを自分の体に入れたのは、六歳のときだった。

痛みで手が震え、歪にしか刻めなかった盾と剣。

それはほんの幼い子供のころから決めた覚悟を示し、部下である兵士達にとって驚きと尊敬を集める象徴でもあった。

だが。

歪であったはずのヌーベルの盾と剣が、今は完全に整えられた美しいものへと変わっていた。

まるでヌーベルそのものを示すような、几帳面に定規を当てて描かれたような図形。

刺青の上に重ねられたそれは、今ではグランダ兵士でもほとんど知るものがいない旧い作法だった。


盾と剣を持ち直す。

兵士として新たに武器を構えると言う意味をこめ、刺青を上書きする。

それは、戦へと赴く時に行う事。

仮想敵はいるものの、実際に戦争をしたことの無いグランダにおいて、そう取り決めたエトワールも忘れるほど旧い旧い決まりごとだ。

これを見られれば、恐らくキララにはヌーベルの考えが読まれていただろう。

赤い神を倒すためだけにその技を磨いて来た一族の男が、刺青を上書きするその意図が。


痛めた肩は、もう癒えた。

宝物庫から持ち出した盾は、良く手に馴染んでいる。

腕の良い職人が作った中でも特に選りすぐった数本の剣は、鞘に入り腰に下がっている。

身を守る鎧は使い慣れた物で、動き難さは一切感じない。

準備は、すべて整った。

刺青を見つめる目がわずかに細くなったのは、一体どんな感情からだろう。

ヌーベルはいつもと変わらぬ厳しい表情をつくり顔を上げると、橋へと足を踏み出した。




アガルタ27管区に、夜を照らし出す人工の光は未だたいまつ程度しかない。

暗い湖の上に作られた白い道は、月明かりを反射してくっきりと浮かび上がる。

そしてその先には、神々が住まう白亜の神殿。

どの国の建築様式とも違う奇妙で、美しい建造物。

夜闇に浮かび上がるそれへと歩を進めながら、ヌーベルは自分が妙に落ち着いていることに驚いていた。

何か奮い立つものや、怒り、恐怖を感じるものかと思っていたからだ。

感慨深いものが無いわけではない。

積もった思いを晴らせる場所だという思いも、確かにある。

しかし、心はただ、穏やかだった。

まるで、ずっと離れていた故郷に帰ってきたかのような、安心にも似た落ち着きが心を支配する。

やっと自分のあるべき場所に戻ってきた。

しなければいけないことを成し遂げられる。

橋の上を進む足取りは、想像よりもずっと軽い。

真っ白なその道上に、真っ黒な染みのようなものを見つけても。

それが、今から自分を邪魔するものだと気が付いても。

歩みはずっと、ずっと軽い。

月明かりに照らし出される白い道、その上に開いた真っ黒な穴のような何かが立ち上がる。

大きなつばつきの帽子を深くかぶり、真っ黒なマントを羽織ったそれは、ヌーベルの見知った人物だった。

自分を手伝いに来たわけではないことは、その存在に気が付いたときから分かっている。

恐らく、誰に邪魔されるよりも厄介であろうことも分かっている。

それでも、心はずっと落ち着いたままだ。

足取りは軽く、安心にも似た心地よさに包まれる。

自分の頬が緩むのにも気づかずに。

ヌーベルはまるでこれからとてもとても楽しいことが始まるといった風情で、軽やかに歩を進めた。




話は昼間、グランディア大祭の時までさかのぼる。

誘われていた剣術競技への参加を断るため、グランディア大祭へと足を運んだときのことだった。

競技で賑わう中、帰ろうとするユーパに、声をかける人物がいた。

交流訓練のときにユーパと剣を合わせた、若い兵士達の中の一人だ。

話がある、と、連れて行かれた兵士詰め所で、思わぬことを頼まれることになる。


「ヌーベル副隊長を、止めて下さい」

思いもよらぬ言葉に、ユーパは兵士の顔をまじまじと見返す。

その表情には、何か切羽詰ったような色が伺える。

「話を聞こう」

「青と白の神が、現れた頃からです。 ヌーベル副隊長が度々宝物庫を訪れるようになりました」

「宝物庫?」

「はい。厳密に言えば、封印庫、とでも言えばいいのでしょうか。天空神がこのグランダを治めていたときに作られた武具が納められている場所です」

「聞いたことがある。 キララ殿が赤い神を貼り付けにした呪具が収められているとか」

「それ以外にも、天空神が最初にグランダにもたらしたとされる剣などが収められています。 ですが、そういった物の殆どはキララ様のようなスオウの血を継ぐお方が持ってはじめて意味を成すものばかりです」

「殆どは。 ということは」

「お察しのとおり。 一つだけ、我らのような人間でも扱えるものが」

「扱える、とは?」

「人の身で、人ならざる力を発揮できる。と、言うことです」

「そんなものが・・・」

「赤い神と戦うために、天空神が作ったモノで、盾の形状をしています。 先々代のスオウ様のお力でも、貫くことはおろか表面を削ることすら敵わなかったといいます。 しかし、恐ろしいのはそれに込められた呪術です」

「何か、破壊的なものなのかね」

「逆です。 絶対の防御とでも言えばよいのでしょうか。 赤い神の攻撃をも、防ぐことが出来ると言われています。 とはいえ、私も実際


に見たことはありません。 ご存知のとおり、グランダはモンジャと戦をすることがありませんでしたから。」

「それが、今になってヌーベル殿がその盾を見に行っている。 ということか。 確かに気になるな」

「おやさしい赤い神一柱の頃と今とでは状況が違います。 焼き人とか言う連中に、新しい使徒。 特に焼き人と最近いらしたお二人の使徒


は、明らかに赤い神様とは違います。 もし今神殿に切り込めば・・・」

十中八九、命は無い。

口にするのも躊躇われたのだろう。

兵士は唇をかみ締め、沈痛な表情でうつむく。

「あるいは。 それを望んでいるのやも知れぬな」

短い付き合いしかないユーパから見ても、ヌーベルは頑なで律儀な男だった。

自分が信じたもののためならば、道端の石ころをどかすように命を投げ出す男だ。

「ほかのものがどう思っているかは知りません。 ですが、あの人はグランダに絶対に必要な人です。 何か。もし何かあの人がするような


ら。 貴方に止めて頂きたい。 自分達では何人束になったところで、足止めにもなら無いでしょうから」

その言葉を口にするのに、どれほどの覚悟がいるだろう。

兵士としてのプライドを投げ打ってでも、ヌーベルを止めなければならない。

鋭く細められた目が、悲痛な胸のうちを物語っている。

「分かった。 私なりに出来ることをしてみよう」


さっそく、その日からユーパは神殿の前で張り込むことにした。

いつもふらふらとひとつ所にとどまらないユーパである。

どこで寝泊りしようが、あまり不思議に思われないのが幸いした。

もっとも、まさか初日に目的の人物と出くわすとはユーパ自身思ってもいなかったわけだが。




片や、大きな盾と剣を携えた若き兵士。

片や、古びた帽子とマントの老剣士。

真っ暗な夜の湖に白く浮かび上がる橋の上で、二人が対峙する。

ヌーベルの後ろには、暗く厳かな城砦が。

ユーパの後ろには、眩い白い神殿が。

少しの間無言で向かい合う二人。

最初に口を開いたのは、ユーパだった。

「こんな夜更けに散歩かね?」

思わず息を吐き出し、ヌーベルは珍しくわずかに頬を緩める。

「似たような物です。 ひとつ神を斬りに行こうと思い立ったもので」

「なるほど。 それは物騒だ」

「スオウ様には隊を抜け、国を離れるむね手紙に認めてきてあります。 これで心置きなくいく事が出来ます」

晴れ晴れとした笑顔を見せるヌーベル。

その様子に、ユーパはため息を吐いた。

「口で止めても無駄だろうとは思ってはいたが。 そうか」

ユーパの両手が、剣を握る。

その瞬間、纏う雰囲気ががらりと変わった。

「はい。 成すべきことをなすだけです」

ヌーベルは微笑んだまま目を瞑り、噛み締めるようにつぶやく。

退いてくれ、とは、口にしなかった。

自分が引く気が無いように、ユーパもまた退く気も無いだろうと分かっていた。

「この老いぼれ、全力を持ってその足止めさせて頂く」

ヌーベルの表情が瞬く間に変化していく。

鋭く、険しく、冷たい、兵士の顔へと。

「お心遣い、痛み入ります」

盾を構え、剣に手をかける。

湖面に浮かび上がる白い道はこの瞬間、二人の死合いの場にとなった。




グランティ大祭が企画された当初のことだ。

グランダとネストは、一度だけ合同訓練を行っている。

二人はそのとき、試合をする事になっていた。

実質的な両国トップクラスの剣士同士の試合は、実際には実現せずに終わっていた。

モフコの乱入や赤い神の視察、なぜかグランダまで逃げてきた脱走シツジの群れを足で追いかけてきたネスト民青年の乱入、さらにそれを野


生動物と勘違いしてお得意の足を使った銛投擲術で狙撃するソミオとそれを必死に静止しようとするエド少年。

そんな闖入者たちの妨害により、うやむやになってしまったのだ。

剣を交えることは無い二人だったが、お互いの戦い方は見知っていた。

ユーパは訓練試合を、ヌーベルは日常の訓練風景を、それぞれ披露している。

一太刀、二太刀。

戦う様子を見れば、その分だけ。

手を読み、相手の攻撃を深く、的確に予測することが出来る。

この二人ならば、お互いが見ている分だけで十二分に相手の手を予測することが出来る。

どんな動きをするのか。

どんな攻撃にどんな対応をするのか。

それだけに、それだからこそ、二人は剣を抜いたまま動けずにいた。

お互いがお互いの動きを予測し、それへの対応を見出す。

それに相手がどう反応するのか予測し、それへの対応を見つけ出す。

相手がどう出るのか。

どう対応するのか。

それが予測できるからこそ、動かない。

数センチ動かしが足から攻撃を予測し、わずかな握りの変化から防御を読み取る。

無数に繰り返される予測。

ヌーベルとユーパの頭の中で繰り広げられる攻防は、寸分たがわず同じモノだった。

いわば二人は、想像の中で戦っているのだ。

ほんのわずかな動きから繰り出されるであろう攻撃を予測し、予測されることを予測し、さらにさらにその先を読む。

幾度と無くのど笛を掻き斬り、腹を貫かれる。

見た目には立ったまま動かない二人。


そんな二人の沈黙は、まったく関係の無い第三者の手によって崩される。

神殿が建てられている島近くの水面から、突然何かが顔を出した。

「ぶっは!」

かなり長い間息を止めていたらしく、ぜーはーと何度も荒く息をするそれは、なんとモンジャの素民マルマルだった。

顔を上げた瞬間、何か違和感に気が付いたのだろう。

すぐに橋の上に立つ二人に気が付き、マルマルは声を出す。

「あれ? ユーパさんとヌーベルさん?」

方々歩き回っているマルマルは、以外に顔が広い。

二人の見知った顔に、手を振って声をかける。

「おーい!」

その声に、ユーパの意識が一瞬ヌーベルから外れた。

張り詰めた物が途切れた瞬間、変化は劇的に訪れる。

長方形の一枚板にも似た盾を前面に構えながら、ヌーベルは突撃を開始した。

突撃の勢いを乗せて思い切り盾を叩きつける、シールドチャージ。

一見荒さの目立つその攻撃だが、大型の盾を使えばこそ。

範囲が大きく、そのものの頑丈さもあるそれは、それだけで十分な打撃力を持っている。

ヌーベルとユーパの距離は、ほんのわずかだ。

初手はヌーベルがとったかと思われた。

だが、先に剣を振るったのは、後から動いたユーパだった。

上体を低く落とし、まるで地面すれすれを掠めるような姿勢で走り出す。

ヌーベルの突撃に対し、まっすぐに向かい走るユーパ。

あわや正面から激突か、と、思われた刹那。

ユーパの体が、弾かれたように九十度進路を変えた。

ヌーベルの左側に回りこむユーパのマントが、ぶわりと膨れ上がる。

マントの下に隠れていた剣を持った腕が、マントを押し上げたのだ。

左手で盾を構えたヌーベルの左側。

真正面に盾を構えた今の状態では、左側面はほぼ背中側といっていい。

左右の剣が振るわれる。

剣は地面すれすれを水平に走り、ヌーベルの足元を狙う。

まっすぐで早い一線は、それだけに突撃速度に乗っているヌーベルには避けにくい。

思い切り走っているときに、突然足元を狙われているのだ。

そうたやすく避けられるものではない。

避けられないのであれば、防ぐほか無い。

ヌーベルは前面に構えていた盾を無理やり振り下ろすと、その縁を地面へ押し付ける。

すんでのところで剣と足との間に滑り込む盾。

ユーパの手によって振るわれた白刃は、強かに盾を打ちつけるものの、傷をつけるには及ばない。

遠心力の乗った剣の一撃を、片手で、しかも不自然な体勢で受けながら、微動だにしない。

力だけではない。

何千何万という修練研磨がヌーベルの防御を培っている。

剣をはじかれたユーパだったが、その表情は一切変わらない。

盾を構えたさらに下への鋭い攻撃は、それだけで足を奪うには十二分なものだろう。

だが、ヌーベル相手ならばこの程度挨拶代わりにもならない。

地面を両足で削りながら、走った勢いを殺す。

お互いすれ違う格好になっているだけに、先に止まり、振り向いたほうが相手の後ろを取ることになる。

急な制動で方向を変えたユーパは、何とか両足で踏ん張り体を止めた。

たたらを踏まない分だけ、静止は早い。

もっとも、よほどバランス感覚に優れていなければ転んで怪我をするだけのやり方だろう。

一方のヌーベルは、地面に膝から崩れるように足を投げ出した。

脛と膝、足の甲、さらに手持ちの盾を地べたに押し付け、無理やり体を押し止める。

その間にも、互いに剣先を向け合い牽制。

お互いの距離は再び離れ、こう着状態に戻るのかに見えた。

だが、動き出した戦いは止まらない。

先に体勢を立て直したユーパは、再度体勢を低くして駆け始める。

続く!! ってかんじです

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