束の間のガールズトーク
りずりーる様からアンサーSSを頂きました!
白い神様マジ白い神様
言葉に特に意味はありません
カルーア湖にある赤い神の神殿の両側に、水上に浮かぶ蒼い神と白い女神の仮神殿、通称白と青の神殿が建設されていた。
その青の仮設神殿にたった一人招かれたモンジャ集落の素民メグが、神殿内のリビング内の石机の前に座り、上に気を取られていた。先ほどから空中を右往左往している飛行物体は
「あの、あおいかみさまぁ!」
『うん、なーに? メグって近くで見ると超かわぃーよね!』
浮かんだままメグに甘いココアのような温かい飲み物をサービスしつつ、蒼い神は本ねか社交辞令か分からない褒め方をしてくる。メグは何故か右に左に浮遊する蒼雲を右に左に視線で追いかけるのに必死だ。
「と、止まって話してくださいっ!」
この部屋にはまだ数人は生徒が入れそうなのに……とメグは不満である。蒼雲の二人きりというのは、完全に個別指導状態だ。メグは赤い神と二人きりでも特に緊張はしないのだが、青い神と二人きりだと警戒してしまう。何より、ゆったりと動作の遅い赤い神や白い女神と比べて動きがせわしなく、リアクションも激しく声も大きいのでびくびくしてしまう。
『ちょっとー、青いかみさまー、折角お昼寝してたのにそんな激しく動いたら頭から落ちちゃうよー』
『ってか何で俺の頭の上で寝るかな~精霊ちゃんは!』
しかも更にカオスなことに、モフコが蒼雲の頭の上に載って漫才をやっているので、気になって余計に落ち着かない。
『だってー神様の頭の上ってあったかいんだもんー!』
『白ちゃんとこに載せてもらってよ~』
『けちー。だって白りんの髪、綺麗にセットしてるんだもん、乱したら悪いじゃん~。青いの赤いのは寝癖ついてるから乗りやすいの』
アクの強いというか、個性の強いコンビである。絶対にお笑いコンビを組んではいけない、ボケxボケのコンビである。
『じゃあもー、とにかく話をすすめよう。これ見てっ。メグはこれ全部勉強していくからね!』
分厚い直方体の何かを、石机の上に置かれた。蒼雲は天井から蝙蝠のように逆さまに浮かんでいる。モフコはその短髪にモフ毛を絡ませてしがみついていた。どうして普通に席に座って話ができないんだろう……メグは呆れる。
『きゃ、落ちるったら落ちるー!』
にしても器用なかみさまと精霊さまだなとメグは思いながら、メグは机の上に置かれたものを手に取る。
「なんでしょうかこれ」
メグは与えられたものを両手で握り、近づけたり遠ざけたりするが、それは角度によって透明になったりする。きらきらと表紙が青色に輝いてナチュラルな色彩に慣れたメグには眩しすぎた。ページをめくる。
『メグにしか見えない本だよ。表紙の字を読んでごらん』
「あ、あの」
メグは本を置き、片手を挙げて質問をしてみた。かみさまたちに意見となると気がひけるものだが、どうしても聞かないと困る。
「このお勉強、私だけなんですか?」
『えーっと、あー思い出した。時間があれば赤いのも聴きにくるって言ってたな。今はグランダの祝福に行ってるみたいだけど、先にはじめといて構わないっしょ』
「ロイとか、あにさまとか、ネストやグランダ、集落のみんなには教えてもらえないんですか」
しーんと、静まり返る青い神殿のリビング。
「ロイとかは一緒についてこれると思います。私なんかより、ずっと頭いいし」
謙遜しても、ああそうですかと見逃してもらえそうにはない。
『いいかいメグ、俺は頭がいいヤツに教えたいわけじゃないんだ。メグに教えたいから教えるんだよ』
「どうして私なんですか?」
メグが遂に拗ねて下を向いてしまった。確かに話が少し強引だったかな、と反省する蒼雲。
『ロイは神聖文字を読めないだろうし、この本も見えねっしょ。勉強はその教科書を使ってやろうと思ってるから、ロイの為にいちいち翻訳するのも、ね。だからどうしてもってならメグがロイに教えてあげな、この世界の言葉に翻訳して、実際にやってみせてあげてさ。さ、ページ開いて』
慌てて教科書を開いて、筆記用具を葉っぱのメモ用紙の上にセットする。
モフコが心配そうにぴょんと飛び降りて、メグの手元で白い毛を膨らませて、くりんと小首をかしげるようなしぐさをした。
『メグー、可哀想だから私が翻訳してあげよっかー?』
『言ってる傍から~! 翻訳なんてしてたら読めるようにならんからだめだめ!』
モフコの提案は敢え無く却下。
『今日は最初だから総論。骨格について話をするよ』
「骨からですか!」
『骨からやらないでどこからやるの?』
『毛根の大切さとか?』
毛をふさふさと揺らしてみせる毛玉精霊モフコは、完璧に授業妨害モードである。
『もう精霊ちゃんは外でスカルプでもしてればいいんじゃないかな』
普段は不真面目キャラで通している蒼雲だが、それに輪をかけて不真面目キャラなモフコにはお手上げの状態だった。
そんなこんなで15分後。
『んで、骨格というものには外骨格と内骨格があるんだけど、人間は内骨格を持ってて』
「あおいかみさま……。あの、やっぱり神聖文字が難しくて少ししか読めません」
”見えない教科書”の上にいじけて垂れるメグ。覚えなければという気概はあれど、読めないものはどうしようもないのだ。モンジャの言語に慣れたメグには、日本語は外国語のように見える。
『ほらーメグがやる気なくしたー。青いのの鬼ー悪魔ー神様のくせにチャラいしー!』
と、メグの背後に隠れながら好き放題になじるモフコ。先ほどから必死に授業妨害をしているが、蒼雲は気にしない方向でいくことにしたようだ。
『まだ思い出せてないかー。まー読めなくても絵を見ながら覚えればいいよ』
返事の代わりにぐう、とメグのお腹が鳴る。
腹時計が12時を告げ、きらきらした瞳で蒼雲を見つめるメグ。ダメ押しのように再び鳴くお腹。青い神はついに折れて、
『メシにすっか』
「しますっ!!」
『昼からはみっちりやるから覚悟してなっ!』
青の神殿を出て、赤の神殿外の中庭にある、石机と椅子のセットにちょこんと腰を下ろす。メグはいそいそとカラフルなポシェットに入れたお弁当をテーブルの上に広げた。
一人で食べるお弁当だが、外で食べるとおいしいものだ。さあいただきますと食べようとしたところで、白椋とコハクが中庭に顔を出した。剣術を教える為にグランダに行っていたのだが、昼休憩で神殿に戻ってきたところ、メグを発見したようだった。
『こんにちはメグ。いい天気ですね、少しご一緒しても』
メグは勿論ですと席を勧めつつ葉っぱに巻いたおにぎりを白椋とコハクに一つずつ差し出して
「めがみさまも、お昼食べますか? コハクちゃんもおなかすいたでしょ」
『わたしは気にしないで、食事はコハクのぶんはあります』
「神殿の前でグランダのお弁当買いました」
コハクが嬉しそうに両手でお弁当のバスケットを持っていた。
なかなか美味しそうなにおいが立ち込めている。一柱と二人は、晴天のもと野外ランチと洒落こんだ。白椋の前には何も置かれていないが、コハクはあまり気にしていない。
『メグのお弁当は何ですか?』
白椋がメグの弁当を確認すると、いかにも栄養バランスのとれた食事だった。
「今日のお弁当はプチプチのおにぎりと、まるの肉をシャキッパで包んだものと、チテの卵と、果物。朝ごはんとお弁当を作って、いつもは昼は仕事をしながら外で食べるんです、畑の野菜とか、果物とか」
はむはむ、とおいしそうにおにぎりを頬張るメグ。勉強で脳を使って、少し疲れてしまったのだ。
コハクはサンドイッチのような包みを広げ、白身魚のサンドイッチのようなものにかぶりついている。それを保護者のように眺めながら白椋は
『メグは蒼雲神から医学を学んでいるようですが、どうですか調子は』
「んー。あおいかみさま、いつもはふざけていらっしゃいますけど、お勉強には厳しいのです」
『ふふ、それは赤井神が神々の中でもことさら甘いというか優しすぎるのですよ。蒼雲神は決して厳しくはありませんよ』
ぽろりと、ぷちぷちのおにぎりのかけらがメグの口からこぼれ落ちる。
ほんのり赤面して口を尖らせる。
「そ、そ、そうなんでしょうか。かみさまでも性格が違うんですね」
『ふふ。そのようですね、慌てて食べるからお弁当のつぶが頬についていますよ』
「めがみさまは、指先ひとつで敵の大軍を滅多斬りにしたこともございましたものね! あのときの女神さまはとってもすごくて」
『これコハク、余計な事を言わなくていいの』
「えっ? ……ふぁーぃ」
コハクはサンドイッチもどきをかじることに専念することにしたようだ。女神の武勇伝をメグに披露したつもりが、たしなめられて不本意そうな表情を浮かべながら。白椋から対面の席でまじまじと見つめられているので、暫くして話題に窮したメグが思い切って
「こんなことをお聞きすると失礼かもしれませんが。めがみさまって、他のかみさまのことどう思っていらっしゃるんですか?」
『え?』
女神の、ぽよっとした形のよい柔らかな唇が、不意を打たれたようにまるくすぼまった。
「その……えっと。かみさまとめがみさまで、お互い気が合うなーとか、お付き合いしたいなーとかその……」
詳しく述べているうちに恥ずかしくなったか、語尾は非常に小さくごにょごにょとなった。
『ああ、なんだ恋愛の話ですか』
ぎこちなく応えた白椋は、久しぶりに恋愛という言葉を口にしたかのようだった。コハクも真剣に耳を傾けているが、食べる手を止めて白い巫女服の裾を固く握っている。女神様があの二柱に惚れてしまったらどうしようと、思わず力が入ってしまうのだ。ダメではない、ダメではないのだが……。
コハクはコハクで、めがみさまに悪い虫がついては大変だと思う、なにしろめがみさまはコハクと一緒に、エルド帝国に帰還してもらわないと困るのだから。しかしめがみさまの恋仲となる相手が素民ではなく神々なら、めがみさまの幸せのために仕方がないとも思わなくもない。コハクにとって白椋はかつては崇拝の対象であり、親しく接してもらえるようになってからはさらに慈母のような存在へと変わり、年の離れた姉のように慕っていた。
「めがみさま、おきれいですから。どうなのかなーと思って」
社交辞令などではなく白い女神は、ほれぼれするほど女性らしい美を備えた完璧な存在だとメグは憧れる。ネスト民は何なら赤い神より白の女神に熱をあげているし、赤い神もときどき白の女神をじっと見つめていることがある、そんな気がする。蒼雲神もかわいいと褒め千切るし、メグも全面的に同意する。
女神様のお胸は何て大きくて柔らかそうで、腰はあんなに細くくびれて腕も形がよく細いし……と、ついつい視線がそこにいっては、失礼だからと視線を外す。美しすぎる女神様。彼女と見比べると私は何て貧相な娘なんだろう……と、がっくりと肩を落とすのだった。
すると白い女神は目を細めて
『それはありませんよ。赤井神も蒼雲神もわたしもお互いに、そういうことには興味がありませんからね』
そういえば、ネストの素民たちからのラブコールを受け、白椋は言い寄る素民たちを受け流しながらも、好意を超えた対象として見られて大変そうだとメグは思っていたが、女神はあまり嬉しそうには見えず、そもそも素民の男性に興味を示すこともなかったなと思い返す。
「そうなんですか!?」
『わたしと蒼雲神はそれぞれの世界にいずれ戻らなければなりませんし、そもそも神々は恋などしないのですよ』
少しほっとしたような笑顔でお互いに頷くメグとコハクであった。しかし、メグは少し考えて
「かみさまは誰かを好きになったりすることもなんですか」
『ええ、そういうものですよ』
「そ、そうですよね!」
メグは取り繕っていたが、分かりやすく非常にがっかりと肩がおちていた。
白椋神はメグの女心を察し、急にけなげに思えて
『ですが……赤井神は人間に近い考えをお持ちなので、内心はどのようにお考えかわかりませんね』
そう言うと、メグは下を向いてほんのりと頬を赤らめていた。顔が熱くなったのを隠そうと、そっぽをむいてお弁当の具を食べつくすことに集中するのだった。
「めがみさまは、あかいかみさまの心の中を読めるんですよね? でしたら、今、かみさまが何をお考えなのか訊いてもよろしいです……?」
『訊くのは構いませんが、答えは口が裂けても言えませんよ』
女神は営業用の笑顔でうふふ、と思わせぶりに笑うのだった。
『ただひとつ言えるのは、グランディアをとても楽しみにしておられることです』
「私も楽しみです!」
メグもにっこりとほほ笑む。コハクもつられて、三人でにこにこと笑顔の応酬をしながらよい姿勢でテーブルを囲んでいると
『なにこんなとこでガールズトークしてんの。昼飯食べたなら午後の勉強はじめるよん』
「あう~、もうですか。もっとめがみさまとお話が」
『医の道は高く遠くけわしいのだよチミ、雑談は後! 俺と語り合おうぜ、主に医学について!』
蒼雲に羽交い絞めにされて連れていかれたメグを見送りながら
『言えませんよ。互いに好きあっている、だなんてね』
白椋が楽しそうに小さく囁いたので、それを間近で聴いていたコハクは目を丸くするのだった。さっき、神様は恋をしないって仰ってたじゃないですか。と内心ツッコミまくりながら。
『おや、何か聞こえましたか?』
ぶんぶんと首を左右に振るコハクと共に昼休憩を終え、
白椋神は再びモンジャに向かうのであった。