山の怪
辺りには木漏れ日が差している。シュワシュワとセミが鳴く中でも涼しさを覚えるほど、人気のない山道にいた。広すぎるほどの「路肩」に公用車を停め、小用を足す。山間の地域にはコンビニすらない。外勤で訪れた場合「路肩」は休憩場所としてうってつけなのだった。
いつも小用に立つ場所、の目線より少し下に、見慣れないマユがある。それはザルのように目が粗く中が丸見えだ。今は中身が無い。半年前は木の実のようなサナギが入っていた。驚くのはその耐久力。初めて目にしてから半年ものあいだサナギを守り抜いたのだ。無事に羽化した成虫はそれを食い破り飛び立って行った、自然の驚異だ。
自然は牙も剝く。私の住むアパートの周辺は山と呼べるものは無い田園地帯。そんな場所にでもついにクマの目撃情報があった、川沿いの田圃を走り去ったとの事。驚くべきことである。河川敷の監視カメラにクマらしきものが映っていた、との噂は聞いたことがある。一笑に付したものだが、とうとう笑い話では済まなくなってしまった。
不思議なことにこの山間でクマの目撃情報はない。何年か前に居たようだが最近は見られない。代わりにシカやイノシシはいるようだ。縄張りということかもしれない。それでも公用車のエンジンはかけておく。いつでも発進できるように。
‐‐‐クマは茂みからこちらを見ている。クマ被害を見聞きする度そう思う。ヒトの生活圏に近づくようになった理由はいろいろ言われている。農村の過疎化、異常気象による餌不足、あるいは餌付け。何らかの理由で近づくようになったクマは、獲物を観察するようにヒトを見ていたのだ。危険度、習慣性、行動パターン、個体差。襲われた人々は不意打ちによるものが多い。それはまさしく「狩り」そのものではないか・・・
一際狭い車一台分ほどの山道を進んでいた。眼下に沢が流れている。何年かまえ大雨で崩れた道路はようやく復旧したばかりだ。
山道は狭い上に見通しが悪い。ゆっくり進んでいると、頭上の茂みが激しく揺れた、次の瞬間、カモシカが降ってきた。階段でも降りるように山道から沢を飛び降り、そのままトウモロコシ畑へと姿を消した。
全く危ないところだ。あのカモシカといい、タヌキやネコといい、なぜ車が通り過ぎるのを待てないのか。いつも直前になって目の前を横切ろうとする。おかげで路上でよくタヌキやネコの轢死体をみかけるわけだ。カモシカがもう少しノンビリ屋だったなら、公用車に衝突しただろう。タヌキやネコとはモノが違う。ボンネットが凹むとか、フロントガラスにヒビが入るとかならまだいい。ハンドルを取られ沢に落ちたかもしれない。背筋を冷たいものが走った。
昼。「路肩」に公用車を停める。スイカの食べ残しが散らばっていた。それはキレイに包丁で切られたものではなく、物凄い力でバラバラに食い荒らされた、そういう感じだった。危機が迫っているのかもしれない。車から降りる。辺りに立ち込める甘酸っぱい匂い、それとバラバラにされた真っ赤な残骸。異様としかいいようのない雰囲気だ。こんな中、独りズボンのジッパーを下げる。私もまた雰囲気に呑まれてしまったのか。
最初は気のせいだと思った。「ゴオ、ゴオ」何かの唸り声のような音。しかし二度目に聞こえた時、私の行動は早かった。本当の危機に陥った時、ヒトは声を発しない。ジッパーを上げ、ドアを開け、シートベルトもせずに公用車を発進させる。山を降りろ!人里へ!
山道を降りていくと、視界が開け、人里を見下せた。何の事件も起こりそうもない平和な農村地帯。その上空をヘリコプターが飛んでいく。何故かは分からないがこの辺の空をヘリコプターがよく飛んでいる。この山で何かが起きているというのか。
バタタ・・・。ヘリコプターの飛行音は思いのほか大きい。唸り声のような音、の正体はヘリコプターの飛行音だったろう。ではバラバラになったスイカの残骸は?「路肩」をさらに上がっていくとキャンプ場がある。キャンプ客(夏休みの)がスイカ割をして残骸を捨てて行った、平和的に解釈するならこういうところだ。幽霊の正体見たり、である。
まったく幽霊よりクマの方が恐ろしい、そういう世になってしまった。




