コインランドリー
~女side~
コインランドリーに行って一台もあいてなかったのは久しぶりだ。月曜日の昼過ぎ。平日でも午前中は意外と混んでるが午後は空いてることが多い。なのに今日は一台もあいてない。
「あー…。」
中で回っている誰かの洗濯物を眺めながらつい声が出てしまった。
誤算だった。土日は天気が悪かったから今日洗いに来てる人が多かったのだろう。その事が頭からすっぽり抜けていた。暫くすればどれかあくだろう…と近くの椅子に腰掛ける。スマホを取りだしてゲーム画面を開いて時間をつぶす。
暫くすると…
ピーピー
っと音が鳴った。一台終わったようだ。
これで使えるだろうと思い、ゲーム画面を消して立ち上がろうとしたがそのままピタリと動きを止めた。その洗濯物の主がいない。つまり、稼働は終わっているが中にはまだ入っているのだ。
こういう場合、主が現れるのを待つか、取り出してしまうか悩む。私はできれば前者だ。他の人のを触るのは嫌…というより申し訳なくなる。
少し遅れてしまうことくらいあるだろう。私も時間潰しで寄った店でついつい長居してしまい、ハッと気づいて慌てて取りに戻ったことがあった。きっとこの主もそうだろう。
止まった機械の中でホカホカしながら主の迎えを待ってる洗濯物と一緒に待つことにした。
それから10分程経過しただろうか。主は一向に来ない。隣の機械がそろそろ終わりに近づいている。
仕方ない…隣のがあいたらそこを使おう。
そう考えて再び待つ体制に戻った。
ピーピー
隣のも終わったようだ。顔を上げて周りを見るが、コインランドリーには私一人。またも主不在の洗濯物がホカホカしながら待ちぼうけを食らっている。
「はぁ…。」
ついため息が出てしまった。
私は重い腰を上げ最初に鳴った機械に向かう。
扉を開くと洗濯物が嬉しそうにこっちを見て、主でないことに気づいてガッカリしたような気がした。
「悪いね…君の主はどこに行ったんだろうね。」
誰もいないことを理由に洗濯物に話しかける私は変人だ。だが仕方ない。それくらい待ちぼうけを食らっているのだこの子達は。
中身を取り出そうと手を伸ばしかけて扉を閉めた。そして隣の機械に移動して扉を開けた。この洗濯物にもガッカリされたが、それ以上に私もガッカリした顔をした。両方とも男性ものだ。しかも靴下や下着まで入ってる。他の人はどうかは分からないが、女の私では触りにくい。そもそもこういう場面で取り出すのに抵抗がある上に、よりによってハードルの高い男性の下着。
私の中の取り出しやすいランキングはこうだ。取り出しやすいものから、タオル類、布団類、女性の服類、男性の服類、女性の下着入り服類、男性の下着入り服類だ。
そう…つまり…今現在私はランク最下位のものに当たってしまったのだ。他に稼働してるのは2台。この2台はあと30分近く終わらない。そして私が今まで待った時間は30分。もう無理だ。待ちたくない。
私は意を決して最初に終わった方に移動して再び扉を開けた。主が現れない洗濯物もしょんぼり冷たくなってしまっているだろう。
すると一人の男性が入ってきた。そして機械の中に手を入れたり引っ込めたりしている私を視界に入れて一瞬止まった。私はそんな男性に期待の眼差しを向けた。
来た!主だ!
そして男性がこっちに向かってくるのを期待していると、その男性はスっとさっきまで私が座っていた隣の椅子に座った。
あれ?まさか…主じゃ…ない?
よく見るとその男性の手には洗濯物らしき物が入ったバッグを持っている。男性は新しい客だったのだ。
私はガックリと肩を落とした。そして再び扉の中に目を向け、気合いを入れるために息を大きく吸って吐いた。
よし!出すぞ!もう20分は戻ってきてないんだ!仕方ない!
中に手を伸ばしかけると後ろから声をかけられた。
「あの…。」
「は、はいぃ!」
びっくりして声が裏返りそうになった。振り向くとそこにはさっき入ってきた男性が立っていた。
「取りに来てないんですか?そこの。あとこの隣のも。」
私の目の前の機械と隣の機械を指さしながら聞いてきた。
「あ…そうみたいです。20分近く来ないのでもう出してしまおうかと…。」
なぜか私が悪いことでもしてるかのような気分になってきた。
男性は隣の扉を開けて中身を見つめ、そして私の方の中身も見て言った。
「俺が出しますよ両方。」
私はようやく機械の中でグルグル回り出した私の洗濯物を見つめた。そして横目でチラッと隣で自分のを入れている男性を盗み見た。
歳は30くらいだろうか。ジーンズパンツにスニーカー、Tシャツにパーカーを羽織っている。キャップを被っているが髪は黒の短髪だろう。襟足から見えるのがそれっぽい。
男性が機械を稼働させたのを見計らって、私は声をかけた。
「ありがとうございました。とても助かりました。」
そう言うと男性はキョトンとした後、苦笑いしながら言った。
「女性が男ものを触るのは抵抗ありますよね。逆に俺は女性ものは触れません。あなたも男に出されたら嫌でしょう?」
「私はタオル類しか持ってこないのでいいですけど、服とかは嫌ですね…。というより申し訳なくなってしまいます。出す方も出される方も気持ちのいいものではないでしょうから。」
そう答えると男性は笑って言った。
「確かに。俺も終わる前に来て待ってるタチなんで出されたことはないですけど出すことはあります。その時のなんか悪いことしてるみたいなソワソワ感。あれなんでしょうね。」
私は、ふふっと笑ってしまった。私もさっきまで同じ気持ちでソワソワしていたからだ。
「それじゃあ俺は時間つぶしに散歩でもしてきます。ちゃんと終わる頃には戻りますよ。」
「私も忘れないように来ます。」
まるで何かを一緒に成し遂げたような一体感の中、私と男性は別れた。
戻る前に色々用事を済ませるためにあっちこっちを回る。銀行、ドラッグストア、スーパー。平日特有の人の少なさを利用したスムーズな動きだ。そして時計を確認して足早にコインランドリーに向かう。
中に入って残り時間を確認すると3の文字が表示されている。残り3分。完璧だ。一人完璧にこなした自分を褒めたたえているとコインランドリーに人が入ってきた。
「あ…。流石ですね。もう戻ってきてる。」
さっきの男性だ。
「残り3分です。あなたのは…4分ですね。」
そう告げると男性は腕を組んで悩む素振りをしながら
「うーん。ちょっと早かったか。」
と冗談っぽく言った。
二人で並んで椅子に座り終わるのを待つ。特に話すこともないからスマホを取りだしてゲーム画面を開く。
「ゲームですか?」
男性が話しかけてきて、画面と男性の顔を交互に見る。
「時間つぶしにはちょうどいいです。」
そう言うと男性もスマホを取り出したが、すぐにしまってしまった。
「俺はゲーム苦手であまりやらないんです。」
っとバツの悪そうな顔で言ってきた。
「そうなんですか…。」
特にそれについて何か思うこともなく相槌のつもりで言ったが、男性は驚いたような顔で見てきた。
「え?なんですか?」
私もその反応に驚いてしまい、尋ねると、
「いや…。なんで苦手なのか…とか、今どきゲームやらないなんて…とか言われるかなと思っていたのでびっくりしたというか…。」
と言った。
私は男性の言ってることが分からなかった。言葉が理解できないのではなく、なぜそんなことを思ったのかが分からなかった。
「ゲームはやりたい人がやればいいと思います。別に流行ってるから…とかそういうのは関係ないかな?っと…。」
そう答えると男性は一瞬固まって破顔した。
「確かにそうですね。今までそんなこと言う人いなかったのでついあなたにも言われると思ってました。すみません。」
こちらこそ偉そうなこと言ってすみません、と言おうとしたら、
ピーピー
っと言う音が響き渡った。
その音でようやく気づいたが、私と男性の機械以外は稼働していなかった。私たちが時間をつぶしてる間にみんな取りに来たらしい。男性が取り出してくれた2人分の待ちぼうけ君達もいなかった。
私は立ち上がってスマホをポケットに入れながら、ホカホカの我が子達を迎えに行った。扉を開けて取り出しながら袋に詰めていると隣のも、ピーピーっと鳴った。
二人とも黙って洗濯物をしまっている。
よく考えたらこの人とはたまたま会っただけで別に話すこともない。どんな仕事でどんな生活でどんなものが好きなのかも知らない。苦手なものは知っているが…。だが所詮は他人。きっと次会ってもお互い忘れているだろう。
男性も同じことを考えているのか話しかけては来ない。黙々と取り出して詰めていくだけだ。
私は詰め終わり肩にかけて男性に声をかけた。
「では。お先に失礼します。」
不思議な挨拶かなとは思ったが特に言葉が思いつかなかった。
「あ、どうも。」
男性も軽く返事をしただけだった。
私はそのままコインランドリーを出た。
2週間後。私はまたコインランドリーに来ている。月曜日のお昼過ぎ。いつもと同じ時間。昨日までは天気が良かったから今日は空いている。ガラガラのコインランドリーはどの機械を使おうか選び放題だ。
私は2週間前と同じところを選んで洗濯物を中に放り投げていく。お金を入れて稼働したのを確認すると、用事を済ませる為に外に出た。
約1時間後。コインランドリーに戻ってくると私の2つ隣のが稼働していた。残り時間は数分差。誰かあの後来たのだろう。
私は椅子に座ってスマホゲームをやりだした。暇つぶしにはもってこいだ。
暫くすると終わりの音が鳴り、顔を上げると私のが終わっていた。立ち上がってホカホカの我が子達を迎えに行く。扉を開けて中の物を取り出して袋に詰め込んでいると誰かが入ってきた。そして2つ隣の機械の前に来た。
「また会いましたね。」
突然声をかけられて顔を上げる。
「あっ…。あの時の…。」
きっと間抜け面だろう。一瞬自分に話しかけられたことにも気づかないくらいだったのだ。そこには2週間前の男性がいた。あの時と同じような格好をしていたからわかった。
「どうも。月曜休みなんですか?」
私は取り出して詰め込む作業をしながら答えた。
「はい。なので一気に洗濯物片付けたくて。タオルなんかは溜めちゃうんです。」
ピーピー
男性のが終わりの合図を告げた。男性は扉を開いて同じように取り出し作業をしながら話し出した。
「俺も月曜休みなんですよ。だからよくここには世話になってます。洗濯面倒くさくて…。」
男性の洗濯物はワイシャツが多い。確かに形状記憶のあるワイシャツなら乾燥機でもシワシワにならないし縮んだりもしない。溜めて一気に洗う方が断然楽だろう。
「ですよね。」
何の変哲もない相槌で答える。
作業を終えた私は荷物を肩にかけて男性に声をかけた。
「では。お先に失礼します。」
「あ、どうも。」
男性も前と同じ返し。
私はそのままコインランドリーを後にした。
ここ最近は天気が良くてコインランドリーに行かなくなった。溜めたタオル類も乾いてしまうから楽だ。大変ありがたい。
私はスーパーに行くために外に出た。
月曜日の昼過ぎ。季節は春から夏に変わっている。まだ猛暑と呼ばれるほどの暑さではないにしろ最高気温は30度予報だ。しかも昼過ぎのこの時間は特に暑さが厳しい。
私はスーパーへの道のりを歩きながら後悔している。もっと早くに行くべきだった。もしくは夕方にすれば良かったと。
一旦この暑さから逃れたくて涼しいところに入ろうとコインランドリーの中を覗く。誰もいなければ中で少し涼もうと思った…のだが残念。人がいる。私は諦めてスーパーに直行した。
スーパーに入ると涼しい空気に包まれて安堵のため息が出る。カートとカゴを持って食材をどんどん入れていく。持ちきれなくなると帰り道でへばるので、悩んだ末にカゴに入れなかった物は数知れない。だがこれだけは外せない。アイスだ。アイスだけは忘れず最後にカゴに入れてレジに向かう。
レジを済ませて荷物を詰め込み、外に出ると呆然としてしまった。
まさかそんな…
外はさっきまでの天気はどこに行ったのかと思うほど雨が降っている。土砂降りだ。スマホで確認すると雨雲レーダーは真っ赤ではないにしろ結構な雨量の色に塗りつぶされている。スーパーの出入口は屋根があるからここで小降りになるのを待つことにした。
重い荷物を両手で持って突っ立って雨を眺めている。するとだんだん雨音が弱まっていくのに気づいて見つめていると雨は小降りになってきた。
よし!今だ!
私は一気に走り出した。雨粒が当たっているが小降りだからそれほど濡れない。家まで近いから大丈夫だろうと必死に走る。
だが2つ見落としていたことがあった。荷物の重さと私の体力の無さだ。完全に誤算だった。足の動きは鈍くなりスピードがどんどん落ちていく。そして息も絶え絶え。
私は自分の誤算を素直に受け入れて休憩をすることにした。雨がしのげて休める場所。お金もかからずに座れる所。そして選んだのは目に入ってきたコインランドリーだった。
中を覗くと人はいない。私はこれ幸いと中に入って椅子に荷物を下ろした。
「…はぁ…。疲れた…。」
独り言を呟きながら椅子に座る。心臓がドクドクと脈打っているのを感じながら息を整える。そしてスマホを取りだし雨雲レーダーを確認する。もう少しで止むようだ。私は画面をゲームに切り替えて時間を潰した。
数分後、コインランドリーに人が入ってきて終わったであろう機械の扉を開いて中身を取り出し始めた。横目で確認するとその人のTシャツも少し濡れている。
雨に降られて大変だったんだろうな…。もうすぐ止むからそしたらそれ持って帰るといいよ。せっかく乾いたのに濡れるとか最悪だもん。
心の中でその人に話しかける。
外を見るとポツポツともうすぐ止みそうな感じだ。私は視線をゲームに戻した。そしてふと嫌なことを思い出してしまった。
あっ…アイス…。
荷物の中をガサガサして見つけ出した棒のアイスはまだ硬いが少し不安の残る結露が周りに付いている。溶け始めていそうだ。もう1つ味の違うのを買ったのを思い出して探し出すと、それも同じく怪しい雰囲気だ。
突然の雨、アイスも溶けそう。その2つの出来事が私の気分を下げていった。つい小さくため息をついてしまった。
「あの…。」
突然声をかけられて
「あ!は、はいぃ!」
っと声が裏返りそうになった。そして声をかけてきた人を見て
「あ…」
と言ってしまった。
「すみません。いただいてしまって。代金は払いますので。」
「いえいえ。むしろ助かりました。」
私はコインランドリーの近くの自販機の横でアイスの袋を開けながら答えた。
声をかけてきた人はあの男性だった。そしてため息が聞こえてしまっていたらしく声をかけてくれたのだ。事情を話しているうちに雨が止んだから、外に出てさっきより気温が低くなった空気の中、日陰でアイスを二人で処理することにした。というより処理してもらっている。
「うわぁ…思ったよりべちゃべちゃだ…。」
私は滴るアイスを口に頬張った。
「原型とどめてるからまだマシですよ。」
男性もアイスを頬張った。
滴るアイスを地面にポタポタ垂らしながらさっさと処理していく。楽しいアイスではなく作業のようなアイスになってしまったが、溶けきってしまうよりはマシだ。
食べ終わると私はゴミを回収して、たまたま買った除菌シートを男性に渡した。
「これで拭いてください。ベタベタですよね?すみません…。」
「あ、用意いいですね。ありがとうございます。」
男性は手を拭いた後、ポケットから財布を取り出した。
「いくらですか?」
「あ!お金はいらないです!私がお願いしたんですから!」
「でも…。」
「いやいや、気にしないでください!」
払う払わないの押し問答を繰り返し私が勝った。勝ったというのか分からないが、男性が苦笑いで諦めてくれた。
「じゃあ今度は俺が奢りますよ。」
っと言って…。
「じゃあ帰りましょうか。雨もやんだことですし。お兄さん…はどっち方面ですか?」
「あ、俺はこっちです。」
お兄さんと呼ぶべきか悩みながら聞いてみると、普通に答えてくれたのでお兄さんで合ってたようだ。
「私はあっちです。逆ですね。では。ありがとうございました。」
「こちらこそ、ご馳走様でした。」
そう言って私とお兄さんは正反対の方向へそれぞれ歩き出した。
私とお兄さんの関係は不思議だ。知り合い…にしてはアイスを食べるような仲だ。なんか違う。友達…とは言えないな…名前も知らないし。
歩き始めて暫くしてふと後ろを振り返った。お兄さんはどんどん歩いている。振り返ることなく。
「いい人だな〜」
私は呟いて家に向かって再び歩き出した。
~男side~
梅雨に入り、雨が降ったり、降らなくてもジメっとした空気の日が続いている。こういう時は洗濯物に困る。浴室乾燥機とかいう便利なものはうちにはない。乾燥機を置くスペースもない。世の人々はどうしているだろう?俺はコインランドリーくらいしか思いつかない。
月曜日の昼過ぎ。俺はいつもこの時間帯に行く。午前中は混んでいるが、この時間は比較的空いている。せっせと家族分の洗濯を処理しているママさんパパさんは午前中がピークだ。お年寄りのじいちゃんばあちゃんも午前中に用事を済ませることが多いようだ。ランチの時間ともいえるから余計人が少ない。
いつも通りコインランドリーに行くと、女性が機械の前で不思議な動きをしていた。中に手を入れたり引っ込めたり。女性がこっちを見たから慌てて視線を外し、中にある椅子に座った。男が女性を見つめてるなんて今のご時世何を言われるか分からない。変質者だと言われたらどうしようかと思ってドキドキしてしまった。
見てない振りをしながらチラッと女性を見ると、自分の洗濯物は持ったままだ。それでピンと来た。女性は機械を使いたいけど中に残ったままで、出そうかどうしようか悩んでいるのだ。確かにたまにある。全然取りに来ない人が。
俺は代わりに出してあげようか悩んだが、さっきのことが頭をよぎって声をかけずらい。すると隣のも終わっているのに中に入ったままなのが目に入った。
よし!これを口実にしよう!俺も使いたいし!
立ち上がって女性に声をかける。
「あの…。」
「は、はいぃ!」
女性は驚いたような返事をした。
ヤバい…びっくりさせてしまった…。出だしは最悪だ。だが、声をかけてしまったのだから仕方ない。最後までやりきらねば余計変に思われる。
「取りに来てないんですか?そこの。あとこの隣のも。」
女性の目の前の機械と隣の機械を指さしながら聞いてみる。すると女性は困ったように答えた。
「あ…そうみたいです。20分近く来ないのでもう出してしまおうかと…。」
俺は女性の隣の機械の扉を開けた。そして中には男ものであろう洗濯物。まさかと思い、女性の方の中身も見ると、それも男もの。
なるほど。これは確かに手を出しずらいな。俺がもし同じ立場で中身が女ものなら躊躇するな。
俺は女性に言った。
「俺が出しますよ両方。」
女性の方のを先に出して、女性に使うよう勧めてから隣のを出した。その間に女性は申し訳なさそうにしながら洗濯物を中に入れていく。俺も中身を出して自分のを放り込んでいく。そして稼働させると隣から声をかけられた。
「ありがとうございました。とても助かりました。」
俺はキョトンとしてしまった。てっきり、すみません、っと言われると思っていたから。取り出してる間もその言葉しか言ってこなかったからだ。俺は受け答えるために頭をフル回転して言葉を探した。
「女性が男ものを触るのは抵抗ありますよね。逆に俺は女性ものは触れません。あなたも男に出されたら嫌でしょう?」
会社の女性陣が話していたのを思い出してそう言った。
「私はタオル類しか持ってこないのでいいですけど、服とかは嫌ですね…。というより申し訳なくなってしまいます。出す方も出される方も気持ちのいいものではないでしょうから。」
女性の返しについ笑ってしまった。
申し訳ないという言葉が自分とぴったり当てはまったのだ。触られたことよりそれをさせてしまったという気持ちの方が大きい。会社の女性陣の会話からは出てこなかった言葉だ。
「確かに。俺も終わる前に来て待ってるタチなんで出されたことはないですけど出すことはあります。その時のなんか悪いことしてるみたいなソワソワ感。あれなんでしょうね。」
女性は、ふふっと笑った。
妙な一体感が生まれてしまい少しむず痒くなってしまったのを隠すために俺は冗談交じりに言った。
「それじゃあ俺は時間つぶしに散歩でもしてきます。ちゃんと終わる頃には戻りますよ。」
「私も忘れないように来ます。」
そう言って俺と女性は別れた。
終わるまで1時間ほどある。特に用事もないからいつもはコインランドリーの椅子に座って時間を潰すのだが今日はあそこにいるのが恥ずかしくて出てきてしまった。
さて…どうするか…。
雨は降っていない。だが空にはどんより重い雲が居座っている。その辺をぶらぶら歩いて時間を潰すが、大して時間は経っていなかった。買い足しでもしようかとドラッグストアに入って足りないものを頭の中で思い出す。
すると入ろうとした通路にあの女性がいた。俺は思わず身を隠すように隣の通路に逃げ込んだ。
あっぶねぇ…。鉢合わせるところだった…。
さっきの通路から足音が離れていったのを見計らって覗いてみると、そこに女性の姿はなかった。俺は安堵のため息を吐いて女性と鉢合わせないように外に出た。そしてそのまま近くのカフェに入った。
コーヒーを飲みながらボーっとしたりスマホをいじったりしていると、終わりの時間が近づいていることに気づいた。俺は一気に残りのコーヒーを飲み干してカフェを出た。
コインランドリーに着いて中に入ると、機械の前に女性がいた。ちょうど戻ってきて残り時間を確かめているようだった。
「あ…。流石ですね。もう戻ってきてる。」
さっきのドラッグストアとは違って、普通に女性に話しかけてしまった。
「残り3分です。あなたのは…4分ですね。」
女性は俺に気づくと、俺の機械のも見てくれて時間を教えてくれた。
俺は腕を組んで冗談ぽく言った。
「うーん。ちょっと早かったか。」
二人で並んで椅子に座り終わるのを待つ。
俺は心の中で後悔している。なぜあんなことを言ってしまったのか。普通にお礼だけ言えば良かったのに何故か口が勝手に冗談を言ってしまった。友達と馬鹿な話をしている時のような感覚のまま。女性はニコリと笑ってくれたが、どう考えても俺は変な奴だ。
かける言葉も見つからず、居心地の悪さをどう処理しようかと悩んでいると、女性はスマホを取りだしてゲーム画面を開いた。最近周りがやってるゲームだ。
「ゲームですか?」
空気を変えたくてそう投げかけると、女性は俺と画面を交互に見ながら言った。
「時間つぶしにはちょうどいいです。」
俺もスマホを取り出したがすぐにしまった。別に同じゲームをやってるわけでもないのに何故スマホを出したのか自分でもわからなかった。
不思議そうに俺を見てくる女性の視線が痛くて苦し紛れの言葉を吐いた。
「俺はゲーム苦手であまりやらないんです。」
ゲームは周りから勧められてダウンロードするが、俺は不器用なのか全然うまくできない。うまくいかなくてイライラしたり、うまい人のを見て自信がなくなって凹むこともしょっちゅうだ。だったらうまい人のを見てるだけでいい。ゲームの内容はわかるのだから。
「そうなんですか…。」
何の変哲もない相槌…聞こえ方によってはネガティブなイメージを持たせる相槌だ。だが俺はその返しに面食らった。想像していたのと違う返しだったからだ。
「え?なんですか?」
女性も俺の反応に驚いたのか、困ったように聞いてきた。
俺は女性に言い訳するわけでもなく心の内をそのまま言葉にした。
「いや…。なんで苦手なのか…とか、今どきゲームやらないなんて…とか言われるかなと思っていたのでびっくりしたというか…。」
女性は不思議そうな顔をして答えた。
「ゲームはやりたい人がやればいいと思います。別に流行ってるから…とかそういうのは関係ないかな?っと…。」
俺はつい笑ってしまった。
「確かにそうですね。今までそんなこと言う人いなかったのでついあなたにも言われると思ってました。すみません。」
確かにそうだ。やりたい奴がやればいい。無理に周りに合わせてやる必要もない。俺は何を迷っていたんだろう。ゲームやってないから変だとか周りの目を気にすることなかったのに。
俺は妙に女性の言葉がストンと落ちてきて納得してしまった。
ピーピー
女性のが終わったようだ。女性は立ち上がってスマホをポケットに入れながら、機械に向かっていった。
その時ようやく気づいたが、俺と女性の機械以外は稼働していなかった。俺たちがいない間にみんな取りに来たらしい。俺が取り出した2人分の洗濯ものもなかった。
すると俺のもピーピーっと鳴った。
二人とも黙って洗濯物をしまっている。
暫くすると、女性は詰め終わったのか肩にかけて声をかけてきた。
「では。お先に失礼します。」
「あ、どうも。」
俺がそう答えると女性はそのままコインランドリーを出ていった。
俺もその後すぐにコインランドリーを出たが女性の姿はなかった。空を見上げるとさっきまでの曇り空の隙間からこぼれ出るように光が差し込んでいた。
2週間後。俺はまたコインランドリーに来ている。月曜日のお昼過ぎ。いつもと同じ時間。先週も来たが、その時は誰もいなかったが、今日は一台稼働している。時間を見ると、回し始めたばかりのようだ。
稼働している機械の2つ隣のに洗濯物を放り投げていく。お金を入れて稼働したのを確認してカフェに向かった。
あれから時間つぶしにカフェに来るのが日課になっていた。昼飯もここで済ませれば楽だからだ。パスタやパンなどなんでもあるしそれなりのボリュームだからほどほどに満たされる。そしてコーヒー。飽きたら別の飯屋に行くのも手だなと思っている。
約1時間後。コインランドリーに戻ってくると俺の2つ隣の機械から中身を取り出している人がいた。あの時の女性だ。俺は気づいてなさそうな女性に声をかける。
「また会いましたね。」
突然声をかけられて顔を上げた女性は一瞬目をぱちくりさせてから言った。
「あっ…。あの時の…。」
気づいてくれたようだ。これで忘れられてたら俺は恥ずかしい奴になるところだった。
「どうも。月曜休みなんですか?」
そのまま話を続けると女性は作業をしながら答えてくれた。
「はい。なので一気に洗濯物片付けたくて。タオルなんかは溜めちゃうんです。」
なるほど。確かにタオル類は溜まるとめんどいよな。乾きにくいし。
ピーピー
俺のが終わりの合図を告げた。俺は扉を開いて同じように取り出し作業をしながらまた話しかけた。
「俺も月曜休みなんですよ。だからよくここには世話になってます。洗濯面倒くさくて…。」
休みの日に溜めてた洗濯物を一気に乾かすのが俺のルーティン。家で干してもいいが、取り込むのを忘れてしまったり、乾きが甘くて生乾き臭がするのが嫌なのだ。だからコインランドリーにはほぼ毎週来ている。
「ですよね。」
女性の短い返事から、女性も俺の気持ちが分かっているような気がした。勝手に口角が上がるのを必死にこらえながら作業を進める。
作業を終えた女性は荷物を肩にかけて俺に声をかけてきた。
「では。お先に失礼します。」
「あ、どうも。」
女性も俺も前と同じ言葉を交わした。女性はそのままコインランドリーを出ていった。
「そっけないのに…優しいんだよなぁ…。」
独り言を呟きながら作業を終えて、俺もコインランドリーを後にした。
季節は春から夏に変わった。あれからあの女性とは合っていない。洗濯物がよく乾く気候が続いているからここには来ないだろう。俺もここに来るのは毎週ではなくなった。めんどくさいなと思った時だけだ。まぁほぼ毎週に近いのだが…。
機械に放り込んで稼働させる。そのまま椅子に座ってスマホで近くの飯屋を探す。
こうも暑いとカフェでコーヒーとはいかない。さっぱりしたものが食べたくなる。画面から店を探しているとカレー屋が目に入った。すると一気に体があの味を求めだした。なぜ夏にカレーを食べたくなるのだろう。暑い日に熱いものを食べるなんて考えられない。なのにカレーだけは別格だ。
俺は立ち上がって真っすぐその店に向かった。
求めていた味に満たされて、レジを済ませて外に出ると呆然としてしまった。
まさかそんな…
外はさっきまでの天気はどこに行ったのかと思うほど雨が降っている。土砂降りだ。店の前の狭い屋根のあるスペースでスマホを取り出して、雨雲レーダーを確認した。真っ赤ではないにしろ結構な雨量の色に塗りつぶされている。だがこの後すぐに止むようだ。それにもう小降りになってき始めている。
俺は時間を確認して、まだ雨が降っている空間に飛び込んだ。コインランドリーまで走れば5分程度だろう。それに終わりの時間が近づいている。もしかしたら待ってる人がいるかもしれない。そう思うと雨が完全に止むのを待つのは気が引けた。
途中で屋根のある場所を通りながらだからそこまで濡れなかった。Tシャツが濡れているのを感じ始めた頃、ようやくコインランドリーに着いた。中に入って機械を見ると終わっていた。だが待ってる人はいなかったようで取り出されていなかったことに安堵した。
俺は扉を開いて中身を出した。すると後ろの椅子の方からガサガサと荷物を漁る音がして人がいたことに気づいた。
びっくりしたぁ…。雨宿りかな。もうすぐ止むからゆっくりしていくといいよ。
心の中でその人に話しかける。
作業しながら外を見るとポツポツともうすぐ止みそうな感じだ。すると後ろから小さくなため息が聞こえた。バレないようにチラッと見ると、そこにはあの女性が項垂れていた。
どうしたのだろう…。
手元を見るとスーパーで買いこんだ荷物があった。
もしかして何か買い忘れた?
女性は今まで見たこともない…と言っても数回しか会った事ないのだが…今まで見たこともないくらい落ち込んでいる様子だった。俺は荷物をまとめて女性にゆっくり近づいて声をかけた。
「あの…。」
突然声をかけられて驚いたのか、女性はガバッと顔を上げて返事をした。
「あ!は、はいぃ!」
そしてそのまま俺に気づいて
「あ…」
っと言った。
雨が止み、俺と彼女は近くの自販機の横に来ている。ここは建物の日陰になっていて涼しい。さっきの雨の効果もあってか、涼しい風も感じられる。
俺は女性から棒アイスを受け取って言った。
「すみません。いただいてしまって。代金は払いますので。」
「いえいえ。むしろ助かりました。」
女性はもう一つのアイスを取り出しながら答えた。
まさか凹んでる理由がアイスだったとは思わなかった。アイスが溶けかけていて…っと絶望感を纏った女性を見てつい笑いそうになるのを堪えたくらい俺にとっては大したことじゃなかった。大したことじゃなくてよかったと思った半面、そこまでアイス一つで凹むか?とも思った。
「うわぁ…思ったよりべちゃべちゃだ…。」
女性は滴るアイスを取り出しながらそう言って口に頬張った。
「原型とどめてるからまだマシですよ。」
俺はフォローするように返事をしてアイスを頬張った。滴るアイスを地面にポタポタ垂らしながらご相伴にあずかる。カレーを食べた後だったから最高にアイスが美味い。棚から牡丹餅とはこういうことか…と思いながらアイスを体内に入れていく。
食べ終わると彼女はゴミを回収してくれて、除菌シートを渡してくれた。
「これで拭いてください。ベタベタですよね?すみません…。」
「あ、用意いいですね。ありがとうございます。」
俺はお礼を言いながら女性から受け取って手を拭いた。たまたま持っていたのか、買ったのかわからないが用意周到だ。女性というのはなんでも持っている気がする。四次元ポケットでももっているのだろうか。
俺は手を拭いた後、ポケットから財布を取り出した。
「いくらですか?」
「あ!お金はいらないです!私がお願いしたんですから!」
「でも…。」
「いやいや、気にしないでください!」
タダというわけにはいかないと思って財布を取り出したが、一向に受け取ってくれない女性に押し切られてしまった。でもなんか負けた気がして最後に言った。
「じゃあ今度は俺が奢りますよ。」
っと…。
「じゃあ帰りましょうか。雨もやんだことですし。お兄さん…はどっち方面ですか?」
女性が聞いてきたから俺は自分の家の方向を指さしながら答えた。
「あ、俺はこっちです。」
すると彼女は正反対の方向を指さしながら、
「私はあっちです。逆ですね。では。ありがとうございました。」
っというと、頭を下げてきた。
「こちらこそ、ご馳走様でした。」
俺も真似して頭を下げた。
そして俺と女性は正反対の方向へそれぞれ歩き出した。
俺と女性の関係は不思議だ。知り合いにしては遠すぎる。友達にしては近すぎる。そもそも名前も知らない。初めて会った時から俺は女性に驚かされてばかりな気がする。他の人とは違う言動をし、素っ気ないと思ったら嫌そうな顔もせずに答えてくれる。挙句の果てにはアイス一つで絶望している。
歩き始めてすぐ後ろを振り返った。女性は重そうな荷物を肩にかけながらどんどん歩いている。振り返ることなく。
「お兄さん…か…。」
俺は呟いて家に向かって再び歩き出した。
最後までお読みくださりありがとうございます。
コインランドリーという多くの人が交わる空間で、同じ曜日、同じ時間に行ったら、鉢合わせる人も同じなのかなと、ふと思い立ってそのままの勢いで書いてみました。ただの日常からこういう出会いが生まれて人の輪が広がっていくのだろうなと思いました。
日常にスパイスを…というほどでもないですが、皆さんがふとした時に思った事、感じた事ってなんでしょう?コメントで教えていただけたら嬉しいです。
感想、レビュー、評価など頂けたら励みになります。誤字脱字、読みずらいなどありましたらコメントください。日々精進です。




