第二十話「絆の力」
「やめなさい、レオ!」
凛とした声が、狂気に満ちた玉座の間に響き渡った。
暴走するレオの前に立ちはだかったのは、かつての仲間、剣聖ソフィアだった。彼女は剣を構えず、無防備なまま、レオをまっすぐに見つめている。
「どけ、ソフィア!俺の邪魔をするなぁっ!」
黒いオーラをまとったレオが、ソフィアに聖剣を振りかざす。
しかし、ソフィアは一歩も引かなかった。彼女は悲しげに、しかし強く叫んだ。
「目を覚まして、レオ!あなたが欲しかったのは、そんな偽りの力じゃないでしょう!?あなたが本当に守りたかったものは何なの!?」
ソフィアの魂からの叫び。それは、聖剣の呪いに飲み込まれかけていたレオの心に、かろうじて残っていた最後の理性を揺り動かした。
「俺が……守りたかった、もの……?」
レオの動きが、一瞬だけ止まる。彼の脳裏に、勇者として召喚されたばかりの頃の、純粋な記憶が蘇る。人々を救いたい、仲間を守りたい。そんな、当たり前で、しかし輝かしい願いが。
「ぐ……う……ああ……っ」
レオの中で、聖剣の呪いと、彼自身の心が激しくせめぎ合う。
その隙を、アッシュは見逃さなかった。
「今だ!みんな、力を貸してくれ!」
アッシュは【万物鑑定】の究極の形、『万物鑑定・極』を発動させた。彼の瞳が、世界の理そのものを映し出すかのような、深い蒼色に輝く。
脳内に、聖剣の呪いを完全に浄化するための、最後の情報が流れ込んできた。
【聖剣の呪い・完全浄化法】
▶聖剣は、所有者の孤独と絶望を糧に魂を喰らう。
▶浄化には、それと対極の力、すなわち『他者を信じ、守ろうとする強い絆の力』が必要となる。
▶特定の個人の犠牲は不要。仲間、民衆、そして所有者自身の『善なる願い』を束ね、聖剣に注ぎ込むことで、呪いは光へと昇華される。
「犠牲はいらない……絆の力だ!」
アッシュは叫んだ。
「ルナ、ミーファ、ソフィアさん!みんなの『仲間を信じる心』を、俺に集めてくれ!」
「はい、アッシュ様!」
「おうさ!」
「ええ!」
三人の仲間たちが、アッシュに手をかざす。温かい光が、彼女たちからアッシュへと流れ込んでいく。
「セラさん!あなたも!」
アッシュは、呆然と立ち尽くす聖女セラに声をかける。
「あなたには、レオを救いたいという気持ちがあるはずだ!その祈りを、力に変えてください!」
「わ、私……?」
セラは戸惑いながらも、レオを見つめ、祈りを捧げ始めた。彼女からも、純粋な祈りの光が放たれる。
さらに、玉座の間の外にいた王国騎士団や、王都で祈る民衆たち。彼らの「英雄に感謝し、平和を願う心」もまた、見えない光の糸となってアッシュのもとへと集まり始めた。
そして、アッシュは暴走しながらも苦しむレオに叫んだ。
「レオ!お前もだ!お前の最後の願いは何だ!こんな力に溺れることじゃないだろ!仲間を守りたいんだろうが!」
「……仲間を……守る……」
レオの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「……そうだ……俺は……セラを……ソフィアを……みんなを……守りたかったんだ……!」
レオ自身の、最後の善なる願い。それが、ひときわ強い光となって聖剣から放たれた。
アッシュは、集めたすべての光をその両手に束ね、巨大な光の奔流として、レオが持つ聖剣へと解き放った。
「これで、終わりだああああっ!」
絆の光が、聖剣の呪いを飲み込んでいく。黒いオーラは浄化され、まばゆいばかりの純白の輝きに変わっていく。
その光は、暴走するレオだけでなく、玉座に座る魔王の体をも包み込んだ。
「ああ……光が……温かい……」
魔王の体から、漆黒の鎧が剥がれ落ちていく。そこに現れたのは、安らかな表情を浮かべた、一人の青年の魂だった。
「……ありがとう……。これで、やっと私も……解放される……」
先代勇者の魂は、アッシュに感謝の言葉を残すと、満足げに微笑みながら、光の中へと消えていった。




