第十三話「鑑定スキルで始めるスローライフ」
王女アナスタシアとの約束を交わしたアッシュだったが、彼がまず取り組んだのは、王国を揺るがすような大それたことではなかった。彼は、自分の大切な居場所である「リンドウの町」を、もっと豊かで住みやすい場所にするために、その能力を使い始めた。
アナスタシアは正体を明かした後、表向きはギルド受付嬢を続けながらも、身分を隠したまま、王家が持つ権限でアッシュを「リンドウの町」の領主代行に任命した。
領主代行となったアッシュが最初に向かったのは、町の周囲に広がる痩せた土地だった。長年、作物が育たない不毛の地として、誰もが見捨てていた場所だ。
「なんでこんな土地、作物が育たないんだろうな?」
ミーファが首を傾げる。
アッシュは黙って地面に手を触れ、【万物鑑定】を発動させた。
【対象】リンドウ東地区の土壌
【状態】呪いの汚染(軽度)
【情報】
▶地中深くに埋まっている『呪いの魔石』の影響で、土壌の生命力が失われている。
▶魔石は、古代の魔術師が土地を封印するために埋めたもの。
【解決策】
▶地下五メートルにある『呪いの魔石』を掘り起こし、破壊することで土壌は浄化される。
▶魔石の正確な位置:この地点から北東へ十二メートル。
「原因がわかった。みんな、手伝ってくれ」
アッシュは鑑定で示した場所を掘るよう、仲間たちに指示した。半信半疑ながらも、ルナとミーファ、そして穴掘りが得意なシロが協力して地面を掘り進めていくと、アッシュが言った通りの深さから、黒く禍々しいオーラを放つ拳大の魔石が見つかった。
「うわっ、なんだか気色悪い石だな!」
ミーファが顔をしかめる。
「これが原因だ。ミーファ、そいつを叩き割ってくれ」
「おう、任せとけ!」
ミーファが戦斧を振り下ろすと、魔石は甲高い悲鳴のような音を立てて砕け散った。すると、今まで淀んでいたその場の空気が、すっと澄み渡っていくのがわかった。
数日後、浄化された土地は、まるで奇跡のように緑豊かな大地へと生まれ変わった。作物はすくすくと育ち、町の人々は「アッシュ様は奇跡を起こした!」と大喜びした。
アッシュの改革はそれだけでは終わらない。
彼は次に、誰も見向きもしなかった雑木林を鑑定した。
【名称】名もなき雑木
【等級】ノーマル
【隠された情報】
▶特定の時期に、特殊な肥料を与えることで変異する性質を持つ。
【変異条件】
▶『朝霧の雫』と『火トカゲの鱗の粉末』を混ぜた肥料を、春先の三日月の夜に根元へ与える。
【変異後の姿】
▶【名称:甘露の木】となり、蜜のように甘く、極上の味わいを持つ『甘露の実』を実らせる。その実は、王侯貴族がこぞって求めるほどの高級品となる。
「……これもいけるな」
アッシュは早速、条件通りに肥料を作って木々に与えた。すると、数週間後、雑木林はたわわに輝く果実を実らせる果樹園へと姿を変えた。
収穫された『甘露の実』は、町の新たな特産品として売り出され、リンドウの町に莫大な富をもたらした。
鑑定スキルを使った領地経営。それは、戦闘とは全く違う、穏やかで、しかし確実な形で人々の生活を豊かにしていく営みだった。
アッシュは、町の子供たちが甘露の実を頬張って笑っている姿を見て、心の底から満たされるのを感じていた。
「戦うだけが、誰かを救う方法じゃないんだな」
追放された鑑定士が始めたスローライフは、彼自身に新しい生きる喜びを教え、そして、辺境の町を大陸でも有数の豊かな楽園へと変えていくのだった。




