第十二話「決定的な亀裂」
勇者パーティ「光の剣」は、負傷したセラを抱え、命からがらダンジョンから撤退した。彼らの姿は、かつての栄光など微塵も感じさせないほど、惨めなものだった。
数日後、彼らは体勢を立て直し、再び魔王軍幹部が待ち受けるダンジョンの最深部へと到達した。
「今度こそ、決着をつけてやる……!」
レオは自らを鼓舞するように叫び、聖剣を構える。その前には、牛のような頭を持つ屈強な魔族、幹部の一人ミノタウロスが立ちはだかっていた。
「来たか、勇者一行よ。だが、貴様らの進撃もここまでだ!」
ミノタウロスが巨大な戦斧を振りかざし、戦闘の火蓋が切られた。
「食らええええ!【ブレイブ・スラッシュ】!」
レオが必殺の剣技を叩き込む。しかし。
ガキンッ!
甲高い金属音と共に、聖剣はミノタウロスの戦斧に弾かれた。それだけではない。レオが手元を見ると、神々から与えられたはずの聖剣の刃が、無惨にもこぼれていた。
「なっ……聖剣が、刃こぼれだと!?」
レオは信じられないといった表情で声を荒らげる。
刃こぼれした箇所から、黒い火花のようなものが散る。
その瞬間、レオの脳内に『……力が……もっと力を……』という、耳鳴りのような幻聴が響いた。
寒気を覚えるような感覚。
だが、今のレオにはそれが自身の心の声なのか、剣の声なのか判別がつかなかった。
彼らは気づいていなかった。アッシュがパーティにいた頃、彼は毎日のように【万物鑑定】で彼らの武具の状態をチェックし、目に見えないほどの微細な傷や金属疲労を見つけては、最適な手入れを施していたことを。
その細やかなメンテナンスがなくなった今、彼らの伝説級の武具は、本来の性能を発揮できずにいたのだ。
「チャンスだ!」
動揺するレオの隙を突き、ミノタウロスが突進してくる。
「カイル!魔法で止めろ!」
「わ、わかっている!いでよ紅蓮の業火!【エクスプロージョン】!」
賢者カイルが、彼の最大火力である爆裂魔法を放つ。しかし、その巨大な火球は、ミノタウロスに直撃するも、大したダメージを与えられずに霧散した。
「な、なぜ効かない!?」
「愚か者め!我が体には、炎を無効化する加護が宿っておるわ!」
ミノタウロスが嘲笑う。
これもまた、アッシュがいれば防げた悲劇だった。彼がいれば、敵の属性耐性を瞬時に鑑定し、「カイルさん、そいつに炎は効きません!氷系の魔法で!」と的確な指示を出していたはずだ。
弱点がわからない。頼みの聖剣は刃こぼれ。最大魔法は相性最悪。
戦況は、もはや絶望的だった。
「くっ……撤退だ!全員、退くぞ!」
レオが屈辱に顔を歪ませながら叫ぶ。パーティは再び背を向け、命からがら逃げ出すしかなかった。
アジトに戻った彼らを待っていたのは、重苦しい沈黙と、互いへの不信感だった。
最初に口火を切ったのは、レオだった。
「カイル!なぜお前の魔法は効かなかった!貴様、手を抜いたのか!?」
「なっ……!人のせいにするな!そもそも、お前の聖剣が役に立たなかったのが原因だろう!」
「なんですって!?」
「お二人とも、おやめください!」
仲裁に入ろうとするセラだったが、彼女の足はまだ完治しておらず、足手まといになっているという負い目から、強く出ることができない。
この惨敗で、レオは責任を仲間に押し付け、カイルはプライドを傷つけられ反発し、セラはただ怯えるだけだった。
唯一、冷静だったソフィアは、その光景を静かに見つめていた。
彼女はもう、確信していた。
このパーティが弱くなったのではない。アッシュ・スチュワートという、たった一人の鑑定士を失っただけで、Sランクパーティなど、この程度のものだったのだ、と。
かつて仲間を信じ、共に戦った絆は、もはやどこにもない。決定的な亀裂は、修復不可能なほど深く、彼らの間に刻み込まれてしまった。
「光の剣」の崩壊は、もはや時間の問題だった。




