10話「手」
二年前。
まだ“YOU died”ではなく、ただの 優大 だった頃。
神界高校の入学式。
春の匂いと、慣れない制服の生地の硬さと、胸の奥が少しだけ浮き立つ感覚。
「やっと来たな、神界高校……!」
「ゲーム部あるらしいぞ優大!今日見に行こうぜ!」
肩を叩いてきたのは 大我。
優大にとって、もっとも信じられる存在だった。
後ろには、中学からのゲーム仲間の三人。
いつも夜中までゲームをしていた戦友のような友人たち。
──あの頃は、皆が“仲間”だと本気で思ってた。
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入学から一か月。
クラスの空気は、知らないうちに優大を中心に変わっていった。
「お前、昨日もゲームしてたの?俺らの誘い断っといて?」
「は?キモ……趣味合わねぇし。」
最初は冗談のような言葉だった。
だが、気づけばそれは“嘲り”に変わっていた。
優大は縋るように、中学からの三人に声をかけた。
「なぁ……助けてくれよ。
俺、何かしたか……?」
三人は顔を見合わせ——
目をそらし、別のグループの方へ歩いていった。
「……悪ぃ優大。
俺ら、もう……関わんねぇ方がいいって。」
心臓を握られるような感覚。
耳の奥が熱くなる。
声が出なかった。
ただ一人、隣に残ってくれたのは大我だけだった。
「……行こうぜ、優大。
俺はどこにも行かねぇから。」
その言葉だけが、唯一の救いだった。
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だが、大我も一人では優大を守りきれなかった。
「おい大我。お前もあいつと仲良くしてっと同類って思われんぞ?」
「関係ねぇよ。優大は俺の友達だ。」
「ふーん……じゃ、二人まとめて“クラスの底”ってことで。」
それは宣告のように響いた。
その日から、大我にも陰湿な嫌がらせが始まった。
優大はそのたびに叫んだ。
「ごめん……ごめん大我……俺のせいで……」
大我は笑って首を振った。
「何がだよ?
親友の一人も守れねぇで、男が立つか。」
……でも、その笑顔の裏で、ときどき眉が震えているのを優大は知っていた。
「助けられない」
「守れない」
その悔しさが、二人の間に重く沈殿していった。
そして——
優大は、学校へ行けなくなった。
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家に引きこもり、布団の中で何度も泣き疲れた夜。
唯一の逃げ場は、オンラインで遊ぶ FPSゲーム だった。
ヘッドセット越しの音だけが、世界と繋がる線。
1人で敵をなぎ倒し続ける。
優大は、徐々に、願うようになっていった。
《こんな風に……あいつらを殺せたらいいのにな……》
それは、冗談ではなかった。
優大の瞳から光が一つずつ消えてゆく音がした。
《分かってるよ……そんな事出来るわけ無い...俺の居場所は...ここしか無い。》
ヘッドセット越しにも伝わる優大の嗚咽。
家に引きこもり一人でやるFPSが優大の心をぎりぎりのところで繋ぎ止めていた。
……ほんの少しの間だけ。
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ある日、優大は見た。
FPS画面の中で、銃が“視界の外から”生成される。
それは、ゲームのバグのようでもあり——夢のようでもあった。
次の瞬間、頭の奥が焼けるような熱。
心臓が一瞬止まり、再び動いた。
——祝福《FPS》が目覚めた瞬間だった。
優大は震えた。
「……これで……俺は……復讐できる。」
大我にだけは言えなかった。
そして優大は、神界高校へ向かった。
学校を焼き払うために。
楽しかった思い出を壊す為に。
——あの日、俺はもう“優大”じゃなかった。
⸻
校舎裏で返り血を浴びた優大を、誰よりも早く見つけたのは大我だった。
「優大……やめろ!!」
振り向いた優大の目には、温度がなかった。
「向かう方向がちげえぞ大我。
そのまま逃げとけよ。見て見ぬふりって奴だ、こいつらお得意のな。」
優大は足元に転がった元友人を見ながら言った。
震える声で、大我は叫んだ。
「俺は……ずっとお前の味方だ!!
だから……もうやめてくれ!!」
「じゃあ……俺を止めてみろよ。」
その瞬間、大我の身体にも蒼い光が走った。
優大が動揺する。
「……大我、お前もこの力を……?」
大我は拳を構えた。
「俺は……お前を今度こそ守るために、この力が目覚めたんだ!!だから……優大!!俺が止める!!」
「.....どけよ。」
それは親友の優しさだった。
だが今の優大にはその言葉は響かない。
「どけ…..…どけよ.....大我!!!」
「優大!!!」
乾いた空に一発の銃声が響く。
「ウッ.........」
大我は、顔を歪めながらも一歩だけ優大に近づいた。
「……優大.....頼む....もう一度だけ.....信じて.....くれ。」
「……馬鹿かお前.....なんで突っ込んで.....」
「また....皆んなで.....」
大我がまた一歩進み優大に手を伸ばす。
優大の手が震えた。
「違う....本当に....本当に当てるつもりじゃなくて....俺はあいつらに....!お前じゃない!」
大我は、優しい声で微笑んだ。
「……分かってるよ...だから....信じて.......俺の手を.......」
そのまま、大我は倒れた。
手は、優大の肩に届かないまま。
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その日を境に、優大の名前は消えた。
代わりに生まれたのが——
YOU died だった。




