第九話 脅威
そのまま村へ直進するライト。
「待ってください!」
ヨーコが慌てて腕を掴む。
「無闇に突っ込むのは危険です。目立たない道から回って、状況を確認しましょう。いい場所があります」
三人は身を屈め、木陰を伝いながら丘の上へ。そこから村を見下ろした。
「う、うそでしょ……」ノイスが息を呑む。
「……」ヨーコは言葉を失い、震えていた。
ライトも、剣を抜いたまま呟く。
「こいつは……」
レンチ村は――オーク型の群れで溢れていた。
家屋は崩れ、畜舎の柵は破壊され、人の気配はほとんどない。
「村の人たちは……逃げられたんですかね?」
「そんな……こんなことって……」
ヨーコの瞳が揺れる。重苦しい空気が流れた。
――ガンガンガン!
「もういい加減にしてくれ!」
だが、遠くから、誰かの怒鳴り声。
「声がするぞ!」ライトが顔を上げる。
「飼育小屋の方だわ!」
「おい、待て!」制止の声も聞かず、ヨーコは駆け出した。
「ちょっと! 危ないよ!」
「しゃーねぇ、追うぞ!」ライトとノイスもすぐ後を追った。
⸻
飼育小屋の中――そこには、檻に閉じ込められた村人たちの姿があった。
「村の人たちが飼育小屋の中に!まるで立場が逆転している……」
「お父さん!!」
「ヨーコ! 何故戻った!こっちに来るな!!」
しかし遅かった。
横手から現れたオーク型が、ヨーコを掴み上げる。
「言わんこっちゃねぇ!」
ライトがロングソードを振るい、オーク型へ斬りかかる。
オーク型の腕を剣が捉えた。
「ブッフブゴォ!」
オーク型は咆哮し、ヨーコを放り出した。
「仕留め損なったか!」
「援護するよ!――《ファイヤーボール》!」
ノイスの放った火弾がオーク型の背を直撃。背中が燃え上がるが、オーク型は地面に転がって炎を消した。
「器用な奴だ!」
「二人とも、頑張ってぇ!!」
ヨーコの叫びと同時に――
ッドクン!
ライトとノイスの鼓動が一気に跳ね上がった。
「……力が湧き出てきたぜ」
「これが……ヨーコちゃんのスキル、《応援》……!」
オーク型がライトに拳を振り下ろす。
「ひょいっ!」
ライトは軽くかわし、逆にその懐へ滑り込んだ。
「体が軽い……!? いけるっ!」
剣を回転させるように振り抜く。
「ブファアアアッ!」
オークは大きくよろける。
「さっきの反応、炎が効きそうだね。断ち斬れ!業火の刃――《ファイヤーソード》!」
ノイスの詠唱と共に、火焔の刃がオーク型を貫き、燃え上がる。
「ナイスだぜ。ノイス!」ライトが息を吐く。
「いつもより魔法の威力も強いし、詠唱も速い……これが《応援》の効果なのかな」
ヨーコは檻の前に駆け寄る。
「お父さん……! 生きてて良かった……!」
「ヨーコ……何故戻ってきた!」
「みんなを見捨ててなんていられないよ!」
「まったく……うちの娘は……」
ヨーコの父が力なく笑う。
「大丈夫だよ! 二人はカタドラでも有名な冒険者さんだよ! こう見えてとっても強いんだから! それより何があったの? なんでみんな閉じ込められてるの?」
父は沈痛な面持ちで語り始めた。
「……あのオーク型は、この村を襲いに来たわけではなかったんだ」
「……え?」
「奴らは……私たちが飼育していた“イノシシ型”の魔族なんだ」
「なっ……!?」ノイスが息を呑む。
「急に現れたと思っていたが、村人の一人が見ていたんだ。イノシシ型が……姿を変え、オーク型になっていくところを」
「そんな……まさか……」
「家畜のイノシシ型がいないだろう? 逃げた奴もいるが、オーク型に変異したせいだ」
「そんなこと、ありえるのか?」ライトが眉をひそめる。
「……今まで魔族が変異するなんて聞いた事がない! 反抗した者は殺されたて、あいつらに……喰われた……」
「そ、そんな……」
ヨーコはその場で膝をつく。
「きっとここに閉じ込めたのもいずれあいつらに喰われるからだろう……君たちはヨーコを連れて逃げてくれ……」
「俺たちは依頼されて来たんだ。オーク型全部ぶっ飛ばすまで帰らねえぞ」
「一体や二体じゃないぞ! 無理だ……」
ヨーコは鍵を探したが、錠前そのものが変形していた。
「うそっ!開けられない……! 逃げるならみんなも一緒に……」
「開けない方がいいぞ……もう奴らに気付かれた!」
ライトが外を見て舌打ちする。
――オーク型が次々と飼育小屋に集まってくる。
「ひぇっ、数も多い!! 二人でどうにかできるかなぁ!」
ッドクン!
「この感じは……」体の奥底から湧き上がる力。
「……ノイス、違うよ! 私もいるから、三人だよ!! 二人とも、負けないで!」
ヨーコの《応援》で二人の鼓動は早くなる。
「へへっ、このスキル、癖になりそうだぜ!」
「応援されるのって悪い気しないね!」
「行くぞ! ――《光の剣》!!」
ライトの剣が光を放ち、オーク型を切り裂いた。
「まずは一体!」
「僕だって負けないよ! 業火の刃よ!――《ファイヤーソード》!」
炎を纏った刃が、オーク型を斬り裂き、焼き尽くす。
「やるな、ノイス!」
「ライトこそ!」
「す、すごい……これが冒険者……」
ヨーコの父は二人の強さに驚く。
「二人は特別なんだよ! もっと頑張って!!」
ッドクン!
ライトとノイスはヨーコの声でさらに力を増す。
ライトは群れを切り裂き、ノイスの魔法がその隙を焼く。
オーク型たちは次々と倒れた。
「ブゴオオオアアア!」
オーク型が、ライトに飛び掛かるも軽々と避ける。
「体が軽いっ! やらせるか!」
ライトは走り抜けながら、オーク型に斬撃を浴びせる。
「燃え盛れ!業火の大球!――《メガ・ファイヤーボール》」
ノイスの魔法が地面ごと抉る。
オーク型は二人の猛攻に逃げ出す個体まで現れた。
「へへっ……もう降参か?」
「ライト! 逃げたオークがまた村を襲うかもしれない。逃さないようにしよう!」
「おうよっ!」
二人は逃げるオーク型まで、追いつめる。
「すごい……あのオーク型が一方的にやられてる!」
そして、最後の一体が崩れ落ちると、村に静寂が戻った。
⸻
「はぁ……さすがに疲れたな」
「お疲れ、ライト。僕もうクタクタだよぉ」
二人はその場に腰を下ろした。
「二人とも!本当に強いんですね! あっという間に倒してしまうなんて……」ヨーコが駆け寄る。
「救世主様だぁ!」
「村の恩人だ!」
歓声が次々と上がる。
「っへへ……悪い気しねぇな」
「ヨーコちゃんの《応援》のおかげだよ! こんなに力が漲るなんて!」
「まったくだぜ」
ヨーコの父も涙ぐみながら頭を下げた。
「なんとお礼を言えばいいか……あなた方は、この村の救世主です!」
喜びの声が響く中、ノイスは先ほどの話が気になっていた。
「ライト……さっきのヨーコちゃんのお父さんの話。イノシシ型がオーク型に“成長”したって、なんか不自然な気がするんだ」
「そうなのか?」
「魔素を取り込んで体が大きくなったり、凶暴になるならわかる。でも、オーク型に変異するなんて、聞いた事ないよ!」
「……つまり、何かあるってことか」
「たぶんね。このままだと、また同じことが起きるかもしれない」
ノイスはオーク型を倒すも、心から喜べなかった。
⸻
その夜、村は宴となった。
「このオーク型は元イノシシ型だから、肉質も柔らかくてうまい。 これはご馳走が振る舞えそうだ!」
村人たちは倒したオーク型の肉を調理していた。
「あのオーク型だと思うと気が引けるけど、すごくいい匂い……」
ノイスは肉の焼ける匂いによだれを垂らしていた。
「うひょー! うまそうだな!」
ライトはすぐにかぶりつく。
「もぐもぐ……うん!ここの村の肉料理、最高だね!」
ノイスも続いて肉を頬張る。
「レンチ村は肉の調理に関しても一流なんです!」
ヨーコが胸を張って肉料理を提供する。
笑い声と肉の香りが夜風に溶けていく。
だが、ノイスの頭から不安は離れなかった。
「ヨーコちゃん、最初にオーク型が現れた飼育小屋ってわかる?」
「どうしたんですか?」
「オーク型に変異した原因を調べたいんだ。また同じことが起きたら大変だから」
「……わかりました。案内します」
⸻
三人は月明かりの中、静まり返った飼育小屋へ向かった。
「普段と違うところ、気づいたことあったら何でも言ってね」
「すみません……あまりピンとこないです」
「ノイスの考えすぎじゃねぇのか?」
「そうだといいけど……」
手分けして探索を進める。
「ん? この辺だけ、生えてる植物が違うぞ」ライトが指差す。
その一帯だけ、少し色味や大きさが違う植物が生えている。
「確かに……ここだけ少し違いますね」
「ちょっと掘ってみよう」
三人は土を掘り返した。
――その中から、紫色の球状の物体が現れた。
「なんだろう? ……これ」
ノイスが手に取る。微かに温かい。
「魔素の……塊? 一体なんなんだろ」
ピキンッ――!
ライトの全身の毛が逆立つ。
「な、なんだこの感覚……誰か、来る!」
ライトの中に感じたことの無い感覚。何かが近寄ってくる、そんな気がする。
「え? ライト、どうしたの? 周りをキョロキョロ見渡しちゃって……とりあえずこれ持ち帰ろうよ!すごい発見かもしれない!」
ノイスが興奮気味に物体を抱え、宿へ戻ろうとした――その瞬間。
「危ねえっ!!」
「ふぇ?」
――ズバァン!!
黒い影がノイスを吹き飛ばした。
「キャーーーーッ!!」ヨーコが悲鳴を上げる。
一瞬の出来事で理解が追いつかない。
ライトが顔を上げた先に――
尖った翼、黒い鱗、鋭い尾、圧倒的な威圧感。
黒い龍が、月光を裂いてそこに立っていた。




