表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/87

第八十六話 崩壊ゆく街

希望の光を灯すはずのその手は、

今はただ――暗く、重かった。

ライトは力なくその場で膝をつく。


――ズズゥン……。


崩れた壁の向こうから、重い足音が響く。

ひとつではない。

執務室の奥から、黒い影がいくつも押し寄せてきていた。


腐臭と、濁った魔力の残滓。

喉の奥を焼くような、息苦しい空気が満ちていく。


「……ここまで、来やがったか……」


ライトは低く呟く。


立ち上がろうとするが、脚に力が入らない。

膝が震え、身体は言うことを聞かなかった。


迫り来る魔導生物の赤い瞳が、獲物を見つけたように鈍く光る。

裂けた口元からは、涎と黒煙が垂れ落ちていた。


「……俺は……

何のために……ここまで来たんだよ……」


床を見つめたまま、言葉を吐き出す。


「総帥を説得して……

龍鈴の目指す平和を……広めに来たってのに……」


迫り来る足音は、止まらない。


ライトは、うつむいたまま呟いた。


「総帥を止めたつもりで……

俺は、街に恐怖と憎しみをばら撒いただけじゃねぇか……」


その瞳から、かつて宿っていた光は消えていた。

自分自身への絶望が、胸の奥を静かに蝕んでいく。


希望の象徴だったはずの“光”は――

もう、胸の奥に沈み切っていた。


「……ここで終わりか……

龍鈴……ごめん……」


その瞬間――


「――グウォオオオォッ!!」


魔導生物の咆哮が、空気を引き裂く。

黒く歪んだ巨体が踏み込み、鋭い腕がライトへと振り下ろされた。


――ガギィィンッ!!


金属を砕くような衝撃音が轟く。


次の瞬間、

襲ってきた魔導生物の身体が、まるで紙屑のように弾き飛ばされ――

壁へと叩きつけられた。


瓦礫が崩れ、黒煙が舞う。


そこには、焼き焦げた甲冑に巨大な斧を肩に担ぎ、仁王立ちする影があった。


「……こんなとこで諦めんな、バカ野郎!!」


怒鳴り声が、夜明け前の空気を震わせる。


光の粉塵が晴れる中、姿を現したのは――グレンダだった。


「おい!!

なにボサッとしてやがる!!」


斧を構え、他の魔導生物たちを睨みながら言い放つ。


「こいつら倒して、街に降りるぞ!」


だが――


ライトは動かない。

いや、動けなかった。

「……もう、無理だ……」


掠れた声が、瓦礫の間に落ちる。


「……総帥との戦いで、力を使い切っちまった。

もう……身体が、動かねえ。

こうなっちまったのも俺のせいなのにな……」


ライトの喉が、ひくりと震える。


「話し合って、平和的に終わらせるつもりが……

結局、力でぶつかるしかなかった。

“共存”なんて……やっぱり、ただの理想だったのかもしれねぇ……」


声は次第に細くなり、

最後は、涙に滲んで途切れた。


「総帥だって……悲しみを抱えながら、

自分なりに世界を平和へ導こうとしてたんだ。

やり方は、間違ってたかもしれねぇけど……

本来、協力できたはずなんだ」


魔導生物の攻撃を斧で防ぐグレンダ。

 

「そうか……総帥も総帥なりに平和を夢みていたんだな。

それでもアリスたちにしたことは許せねえけど、なっ!」


そのまま魔導生物を斧で叩き潰す。


「……グレンダ、街を見てみろよ……

平和にするどころか……憎しみを生み出してる……。

俺がしたことはこの街を壊滅させた……それだけなんだ」


グレンダは最後の一体を吹き飛ばし、ライトに向き直る。


「……ライト。

お前のやってきたことはな、無駄なんかじゃねぇよ。

外をよく見てみろ!」


ライトは、頑なに顔を上げない。


グレンダの声が、強くなる。


「いいから、見ろって言ってんだ」


「……見たくなんか、ねぇよ……」


ライトは襟を掴まれ、身体が乱暴に引き上げられる。


「――しっかりしやがれ!!」


「なっ――!」


抵抗する間もなく、

グレンダは半ば力任せにライトの身体を引きずり、

崩れ落ちた壁の方へと向けた。


「自分の目で――しっかり確認しろ!!」


怒鳴り声と同時に、

無理やり顎を掴まれ、顔を上げさせられる。


ライトの視界に――

夜明けの光に晒された、崩壊した街が飛び込んできた。


燃え盛る家屋。

瓦礫に覆われた通り。

悲鳴を上げながら逃げ惑う人々。


そこには、目を逸らしたくなるほどの“現実”が、容赦なく広がっていた。


「……!

やっぱり俺のせいで……」


ライトの呼吸が、止まる。


「よく見てみろ!ライト!」

 

グレンダが指差すそこには、

混乱の中、必死に戦う仲間たちの姿があった。


「――《サンダースパロー》ッ!」


フルートの鋭い旋律と同時に、

雷撃が夜明けの澄んだ空気を切り裂いた。


直撃を受けた魔導生物は全身を痙攣させ、

断末魔も上げられぬまま地面へと叩き伏せられる。


「《対魔手裏剣・爆》!!」


――ドガァンッ!!


女忍者が放った手裏剣が雨のように降り注ぎ、

次の瞬間、連鎖する爆炎が巻き起こった。


衝撃に包まれた魔導生物たちは、

まとめて空へと吹き飛ばされ、瓦礫の中へと消えていく。


「――《影斬り》ッ!」


一人の青年の足元から、

黒い影が蛇のように這い出し、音もなく伸びた。


次の瞬間――

ひとつ、またひとつ。


影の刃が魔導生物たちを切り裂き、

断たれた身体が、次々と地へ崩れ落ちていった。

 

「……アリス……アヤ……それにユージまで……」


ライトの喉から、かすれた声が零れる。


さらに遠く――

軍勢を束ねる凛とした声が、戦場に響き渡った。


「私に続け!!

魔導生物ごときに、遅れを取るな!

――《カリスマ・ジ・オーラ》!!」


その号令と同時に、

兵たちの気配が一変する。


動きは鋭く、足取りは迷いなく――

まるで一つの意思を持ったかのように、戦線が前へと押し出された。


「任せてください、ルイ様!」


応える声とともに、

ひときわ勇ましい剣士が先頭へ躍り出る。


颯爽と駆け、迷いなく剣を振るうその背後では、

通り過ぎた場所に魔導生物が次々と静かに倒れていった。


「いいぞ、レオン!

シルヴィは市民の安全を最優先に!」


間髪入れずに飛ぶ指示。


「了解しました、ルイ様!」


大盾を構えた女戦士が、

逃げ遅れた市民の前に立ちはだかり、身を挺して守り抜く。


彼女の導きに従い、

人々は確保された避難路へと次々に走り出していった。


「……ルイーゼ……レオン……シルヴィ……」


そして――

さらに奥から、よく知る英雄の声が戦場に届いた。


「皆、無理はするな!

安全な場所まで下がれ!

逃げ遅れた者がいないか、必ず確認するんだ!」


「……エルディオまで……!」


ライトは戦場を見渡し、

響き渡る仲間たちの声と、その名前を――

ひとつひとつ、噛みしめるように胸に刻んだ。


その隣で――

グレンダは斧を肩に担ぎ、にっと口角を上げる。


「アヤとユージがな……」


視線を街へ向けたまま、

グレンダは静かに続けた。


「何が起こるかわかんねぇって、

あちこちに声をかけて回ってたみたいだ」


一拍置き、

言葉を選ぶように、付け加える。


「――“何かあったら、ライトに手を貸してほしい”ってな」


ライトの唇が、わずかに震えた。


「お前が信じた“共存”をさ……」


グレンダは、視線を逸らさず、はっきりと言い切る。


「みんなも、本気で信じてるんだよ」


その言葉が、胸の奥に落ちた瞬間――

ライトの瞳の奥で、消えかけていた光が、かすかに揺れた。


――その時。


崩れた天井の隙間から、

黒い影が弧を描いて飛び込んでくる。


――バァンッ!!


突風が巻き起こり、

瓦礫の破片が宙を舞った。


「くそっ!魔導生物か!?」

グレンダが斧を構える。

 

「いや、違う!……リュウガだ!

あいつは人魔革命団の仲間だ!」


瓦礫の上に着地したリュウガは、

不敵に笑い、《闇の剣》をのぞかせる。


「龍鈴様が“嫌な予感がする”って聞かなくてな。

仕方なく様子を見に来たら――この有様だ」


その眼差しは、迷いなく――

炎と悲鳴に包まれた街を見据えていた。


「……なるほどな」


短く息を吐く。


「あの、暴れてる化物を片付けりゃいいんだな?」


言い終わるより早く、

彼は背の翼を大きく広げた。


黒い残光を引き裂くように――

リュウガは一気に、夜明けの街へと降下していく。


――ドンッ!!


地面に叩きつけられた瞬間、衝撃波が放射状に広がり、

周囲を囲んでいた魔導生物たちが一斉に吹き飛ばされた。


「ま、魔族だっ!!」

「魔導生物に加えて……魔族まで来たのか!?」


悲鳴と怒号が交錯し、街に再び混乱が走る。


だが――


リュウガは、人々の前に立ちはだかるように一歩踏み出した。


迫る魔導生物へ、迷いなく踏み込み、

《闇の剣》を横一文字に振り抜く。


――ザシュッ!!


裂けた胴体が宙を舞い、黒い体液を撒き散らしながら崩れ落ちる。


「グウェグゲエエエイ!」

ゲトラムの市民に放たれた魔法を、

リュウガは翼を大きく広げて庇うように受け止めた。


――バチバチッ!!


衝撃に羽根が鳴るが、彼は一歩も退かない。


人々へ『あっちへ行け』と手を払い、進路を示すと、

再び地を蹴り、魔導生物の群れへと飛び込んでいった。


その背中を見送って――


「……あの魔族……龍型か?」

「助けて……くれた……のか?」


ざわめきの中で、誰かが呟く。


「何故、魔族が……俺たちを……」


恐怖の色は、ゆっくりと――

戸惑いへと変わり始めていた。


瓦礫の上からその光景を見つめていたライトは、

拳を強く握りしめ――そして、かすかに笑った。


「……リュウガ。

お前まで来てくれたのか……」


隣で肩を上下させながら、グレンダがニヤリと口角を上げる。


「リュウガ……?あいつが、例の黒い龍か」


「ああ」


ライトは視線を外さずに答えた。


「そして、俺の……実の兄貴だ」


「……マジかよ」


短い沈黙。


ライトは、ゆっくりと息を吸い込み――

そして、静かに目を閉じた。


胸の奥。

一度は沈み、消えかけたはずの光が――

再び、確かな熱を持って燃え上がっていく。


(――俺は、まだ終わってねぇ)


光は身体の中心から溢れ出し、

背中に眩い翼となって広がった。


手の中には、希望を宿した《光の剣》。


ライトは、前を見据えたまま言う。


「……行くぞ、グレンダ」


グレンダは斧を担ぎ直し、歯を見せて笑った。

 

「まったく……。

調子のいい奴だな!」


二人は同時に瓦礫を蹴る。


光と風を纏い、

夜明けの街へ――再び、降り立った。


光の閃光が走るたび、

魔導生物が衝撃音とともに宙を舞い、地面へと叩きつけられていく。


「――ったく、遅ぇぞ!ライト!」


地を這う影が唸りを上げ、迫り来る魔導生物の群れを一閃する。


ライトが振り向き、声を張った。


「ユージ……体は大丈夫なのか!?」


「お前……その状態でよく人に言えたな。

ボロボロじゃねえか。

この程度の相手ならなんとかなる!」


影がさらに濃く伸び、

魔導生物たちを次々と切り裂いていく。


その直後――


「ライト!

……さらに良い顔つきになったな!」


凛とした声が戦場に響く。


振り向けば、王国の部隊を率いたルイが前線へ踏み込んできていた。

朝日に照らされた銀髪が風を受け、鋭く翻る。


「ルイーゼ……!」

ライトは思わず目を見開く。


「フルーレ王国から、わざわざ来てくれたのか?」


ルイは剣を構えたまま、口元をわずかに緩めた。

「ユージが“ライトの力になってやって欲しい”と、頭を下げてきたんだ」


そして、きっぱりと言い切る。


「……そんなこと、言われずともいつでも力になるというのに!」


ライトは思わず、笑みを浮かべた。


《光の剣》を握り直し、

仲間たちの背中を視界に収める。


「……よし」


一歩、踏み出す。

限界だったはずのライトの体に眩い光が灯る。


「行くぞ!

ここからが――本番だ!!」


号令と同時に、

仲間たちがそれぞれの力を解き放つ。


街を覆っていた絶望の闇を、確かに押し返していく。


夜明けの光の中で、

戦場の空気が――はっきりと、変わり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ