第八十二話 本当の目的
ーー魔族殲滅軍・総帥執務室
睨み合う二人。
張り詰めた空気を切り裂くように――先に動いたのはライトだった。
「――最初から全力で行かせてもらうぞ!
《光の剣》!《光の翼》!!」
眩い光が弾け、背から広がる《光の翼》が室内の闇を引き裂く。
床を蹴り、ライトは一気に間合いを詰め、そのまま光剣を振り下ろした。
「――っ!」
鋭い衝突音。
だが、その一撃は――
「ふんっ」
椅子の肘掛けに立てかけてあった細身の剣を、
総帥は瞬時に抜き、片手で受け止めていた。
剣と剣が噛み合い、火花が散る。
「なっ……!?
片手で止めた……!?」
総帥は薄く笑い、静かに呟く。
「これは、スキルで強化された剣ですからね……
《鬼火》!」
次の瞬間、淡い紫の炎が螺旋を描くように広がった。
それはただ漂う炎ではない――意思を宿したかのように揺らめいている。
「なんだ!その魔法はっ!」
ライトは反射的に距離を取り、《光の翼》で急上昇する。
しかし――
紫炎は軌跡を描き、正確にその後を追った。
逃げ道を読むように。
まるで――ライトの動きを理解しているかのように。
「なっ……追ってくるだと!?」
「《鬼火》は――
あなたを燃やし尽くすまで、追い続けますよ」
淡々と告げる総帥。
「《光の盾》!」
左手に《光の盾》を展開し、迫る紫炎を正面から受け止める。
眩い光と紫の炎が衝突し、激しく相殺し合った。
「……っ!」
衝撃が腕に走る。
「中々に良いですね……この技は。
――実戦で披露するのは、初めてですが」
余裕を含んだ声。
「初めて……? 何を言ってやがる!」
その瞬間――
総帥は一切の予備動作なく踏み込み、宙へと跳躍した。
だが、それは“跳んだ”という動きではない。
重力を拒むように、ふわりと――空中で止まった。
距離が、一気に詰まる。
「……《空中浮遊》だと?」
「ふはははは。どうしました?
――固まっていますよ」
上段から、鋭く振り下ろされる一閃。
――ガキンッ!!
反射的に《光の盾》でライトはその剣撃を受け止めた。
激しい火花と光が弾け、その衝撃で身体ごと床へと叩き落とされる。
――ダンッ!!
着地の衝撃が石床を震わせ、
足元には細かな亀裂が蜘蛛の巣のように走った。
「あんた……いったい何個スキルを使えるんだ!
本当に、ただの人間なのか?」
息を荒げて叫ぶライトに、
総帥は静かに――まるで当然のことを告げるように笑った。
「あなたと違い、私は正真正銘の――“ただの人間”ですよ」
その声音は冷たく、微塵の揺らぎもなかった。
「……っく、得体が知れな過ぎる!」
ライトは舌打ちし、即座に後方へ跳び退く。
間合いを取り、次の動きに備える――が。
すでに総帥の唇は、淡々と次の詠唱を紡ぎ始めていた。
「――《鎌鼬旋》」
室内の空気が震えた。
見えない刃が生まれ、無数の風が唸りを上げる。
――ヒュッ!!
風は音もなく、ライトの身体をすり抜けた。
「……なんだっ!?風の魔法か?」
一拍遅れて、
腕、肩、脇腹――全身に細かな裂傷が一斉に走る。
血が滲み、光を汚す。
「……ぐっ!」
顔をしかめ、歯を食いしばるライト。
「全く見えなかった……
距離が離れるとこの魔法を連発される!」
即座に踏み込み、距離を詰める。
《光の剣》を構え、渾身の一撃を振り下ろした。
――ガキィン!!
鍔迫り合い。
剣と剣が噛み合い、激しい火花が散る。
「パワーなら……負けねえぞ!」
上から全体重を乗せ、押し込む。
背後で《光の翼》が大きくはためき、出力が跳ね上がる。
総帥は、わずかに眉をひそめた。
「……この力。
それに――先程の傷が、もう塞がっている」
ライトは息を弾ませながら、胸を張る。
「知ってんだろ?
俺は――人間と龍族の混血だ!」
総帥の口元に、吐き捨てるような笑みが浮かぶ。
「……魔族との混血。
考えただけで、気色が悪いですね」
「勝手に言ってろ!!
俺は混血であることを――誇りに思ってる!!」
その宣言と同時に、
《光の剣》と《光の翼》の輝きが、さらに増す。
「ふおおおおおぉぉっ!!」
力任せに叩きつけるように剣を振るい――
――ドゴォンッ!!
衝撃が執務室を揺らし、
床が砕け、塵が舞い上がる。
総帥の身体は、床を削りながら吹き飛ばされる。
……しかし。
塵の向こうで、
総帥は薄く笑みを浮かべながら、ゆっくりと立ち上がる。
「……やはり幼稚な理想を抱く者が、
このような力を持っていてはいけませんね」
低く、断罪するような声。
「その“過ぎた力”はこの世に滅亡をもたらすでしょう」
その言葉と同時に、
総帥の肉体が異様に脈打った。
血管が浮かび上がり、皮膚の下を這うように蠢く。
全身から、紫黒いオーラが噴き出した。
「……見た目より、ずっとタフだな。あんた……」
ライトが低く吐き捨てる。
「――《鬼火》」
紫の炎が、総帥の周囲に展開される。
ゆらゆらと蠢き、意思を持つかのように漂うそれは――
熱ではなく、怨念そのものだった。
空気が歪み、肌に粘つく不快感がまとわりつく。
「私の掲げる“魔族根絶”の中には――
ライト君。混血であるあなたも、当然含まれますよ」
紫炎を纏い、総帥が一気に踏み込んだ。
「――っ!」
ライトは即座に《光の盾》を構える。
――ガキィン!!
剣を受け止めるが、紫炎がライトと総帥の周囲を這い回る。
「なっ……!?」
紫炎が、不規則な軌道を描いて、
ライトの背後へと回り込む。
――ドシュッ!!
「ぐっ……!」
背を焼かれる痛み。
歯を食いしばり、ライトは距離を取り体勢を立て直す。
「……不規則に軌道を変える、厄介な魔法だな」
総帥は満足げに口角を上げた。
「あなたのお友達に、感謝しないとですね」
「……やっぱり、これはアリスの《魔導操作》か!」
「ええ。実に優秀ですよ。
あの娘に《祝福の刻印》を施す際――その力の一部を、私も“頂きました”」
総帥は剣を構え直し、淡々と告げる。
「あんたはいったい何回、《祝福の刻印》……いや、人体実験を受けているんだ!?
どうしてあんただけ正気を保っていられる!!」
「意志の問題ですよ」
即答だった。
「自らの想いを超えた“過ぎた力”は、人を蝕む……
ですが――」
総帥の瞳が、異様な光を帯びる。
「どれほど苦痛が体を蝕もうとも
どれほど精神が引き裂かれそうになろうとも……
“成さねばならぬこと”がある私の想いは、壊れません」
「それが……魔族の殲滅か?」
「ふふふ、もうその段階ではないのですよ
私の目指している場所は……」
薄く、歪んだ笑み。
「今や、魔族の殲滅は“この世界を作り変える″ことのついででしかありません」
そして、総帥が静かに手を掲げる。
「――《氷蛇》」
伸びる冷気が空間を這い、
やがてそれは、蛇の形を成した。
氷でできた蛇が、くねくねと軌道を変えながら床を滑り、
狙い澄ましたようにライトの足元へ迫る。
「こんなものっ!」
《光の剣》を振り抜く。
――ザンッ!!
一閃。
氷蛇は真っ二つに断たれ、砕け散った。
弾けた氷片が光を反射し、床に散らばる。
「……アリスの……人のスキルを、勝手に使うなんて!」
吐き捨てるような声。
わずかに口元が歪み、
冷ややかな声が返ってくる。
「人のスキル……ですか。
私は、そもそも不公平だと思うのですよ」
静かだが、底冷えする声。
「持って生まれた“スキル”の性能ひとつで、生き方も価値も決められる……
この世界は、あまりにも歪んでいる」
「“スキル”は、その人自身の個性だ!
強い弱いで人の価値が決まるわけじゃねぇ!!」
即座に、真っ向から言い返す。
「綺麗事ばかり……
だから、あなたのような人間が嫌いなのです」
低く、突き放すように。
「“持たざる者”のことを、何ひとつ考えていない。
自分が力を持っているからこそ語れる理想を、
さも正義のように掲げているだけ……」
一歩、踏み込む気配。
「一方的で、自分勝手で、自己満足な平和……
――実に、愚かしい」
吐き捨てるような声。
「あんたこそ――
人を騙し、利用し、犠牲にして、
命も心も“道具”みたいに使い潰して……
それのどこが“正義”だって言うんだ!」
感情を叩きつけるような叫び。
「……犠牲?」
総帥は、わずかに首を傾げた。
「それは違いますね。
私はただ――“選択肢”を与えただけです」
淡々と、事実を語るような口調。
「《祝福の刻印》による人体実験は、着実に進歩しています。
現在では、高確率で適応可能な“改造スキル”を、
人間に定着させられる段階に入りつつある」
感情はない。
そこにあるのは、成果を報告する研究者の声だけだった。
「……何を、言っている?」
「まだ、わかりませんか?」
静かに、しかし確信をもって続ける。
「技術が完成すれば――
誰もが、どんなスキルでも扱えるようになる」
「生まれ持った優劣は消え、すべては“平等”になる。
そして……」
一瞬、口角が上がる。
「今、人間を脅かす魔族は
近い未来、人間よりも“下位の存在”になる」
「私たちが手を汚して滅ぼす必要すらありません。
人間が進化することで、魔族は自然と淘汰される」
冷たい結論。
「カゲロウ君や、《魔導操作》の娘のような人間で
世界が満ちるのですから……」
わずかに首を傾げ、問いかける。
「……あなたも欲しいですか?
“改造スキル”を」
「そんなもん、いるかぁっ!!」
怒号とともに、光が弾ける。
《光の盾》を前面に展開し、一気に踏み込む。
「――《氷蛇》!」
床を這う冷気が形を成し、氷の蛇が跳ね上がる。
鋭い牙が、真正面から《光の盾》に噛みついた――その瞬間。
――バシュゥッ!!
《光の盾》は粉々に砕け散り、
同時に、眩い閃光が炸裂する。
ライトは《光の盾》の出力を調整し、目眩しに使用した。
「……っ!」
視界を焼かれ、総帥はライトを見失う。
「こっちだ!」
その声は――背後。
砕けた盾の光を囮に、ライトは《光の翼》で素早く回り込んでいた。
光が一直線に走る。
――ズバッ!
鋭い一閃が、総帥の背を深く斬り裂く。
「……ぐぁっ!」
血飛沫が宙を舞い、総帥の身体が前のめりに崩れる。
だが――
その口元には、うっすらとした笑みが浮かんでいた。
「……?」
違和感に、ライトが息を詰めた、その瞬間。
――ギシッ。
足元から、冷気が這い上がる。
「なんだっ……!」
視線を落とすと、
先程から砕いたはずの《氷蛇》が再び形を保ち、
ライトの足首に喰らいついていた。
鋭い氷の牙が食い込み、
そこから瞬く間に、氷が広がっていく。
「くそっ……離れねぇ……!」
足元から凍り始め、《光の翼》で飛ぼうにも足は地面から離れない。
身動きが取れないライトを見下ろし、総帥は愉悦を含んだ笑みを浮かべた。
「ふっふっふ……もう終わりです」
静かに手を掲げる。
「――《氷蛇》」
氷の蛇が大量に出現し、ライトへ向けてしゅるしゅると這い出す。
「……っ!」
逃げ場はない。
動けぬライトの身体へ、氷蛇が一斉に噛みついた。
「ぐうわあああああっ!!」
「《氷蛇》に毒はありません。
ですが――その牙は、血液すら凍らせる冷気を放つ……」
咆哮とともに、白い霜が一気に広がる。
肌は氷の膜に覆われ、関節は次々と凍りつき、
吐き出す息さえ、白く凍り落ちていった。
「完全に凍りついてしまえば……」
総帥の声は、どこまでも淡々としていて、残酷だった。
「――回復力が高かろうと簡単に砕けます。
人魔革命団の淡い夢ごと、粉々にしてあげましょう」
視界が白く滲む。血液が凍っていくような感覚に
意識が、ゆっくりと遠のきかける。
だが――
その静寂を破るように、総帥は続けた。
「あなたは“弱き者”について、何ひとつ理解していない」
低く、噛みしめるような声。
「完全に凍りつく前に……
ひとりの、弱く――愚かだった男の話をしてあげましょう」
「……なん、だと……?」
ライトは歯を食いしばり、辛うじて視線を向ける。
「“力”を持たず、抗う術もなく……
すべてを失った男の話です」
一拍の沈黙。
「弱者――レグーナ。
……それが、その男の名です」
その名を口にした瞬間、
総帥の瞳に、かすかな陰が差した。




