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第八十一話 対話

ーー魔族殲滅軍 総帥・執務室


重厚な扉を押し開けると、

部屋の中は異様なほど静まり返っていた。


窓の外から差し込む月光が、

床に敷かれた赤い絨毯を淡く照らしている。


その中央――

黒檀の椅子に背筋を伸ばして座る、一人の男。


威圧感も、焦りもない。

まるで最初から“この瞬間”を待っていたかのように、

男は静かにライトを見据えていた。


「……あんたが、総帥か?」


ライトの問いに、男は薄く笑みを浮かべて立ち上がる。


「いかにも。

私が――魔族殲滅軍総帥です」


ゆっくりと歩み出しながら、男は続けた。


「君が……喋る魔族。

――いや、“ライト君”でしたね?」


驚きも、戸惑いもない。

その声音は、最初からすべてを知っていたかのように落ち着いている。


「すぐに斬りかかってくるかと思っていましたが……

意外と冷静なんですね」


「俺は……戦いに来たんじゃねえ」


ライトは視線を逸らさず、言い切った。


「話をしに来た」


「ほう……」


総帥はわずかに目を細める。


「奇遇ですね。

実は私も――あなたと一度、話してみたいと思っていました」


ライトは深く息を吸い、迷いを断ち切るように言葉を放つ。


「俺は、人間と魔族の共存を掲げる

――人魔革命団の一員だ」


そして、はっきりと告げた。


「単刀直入に言う。

魔族殲滅軍を、解体してくれ」


その言葉に、

総帥の眉がほんの一瞬だけ動いた。


だが、すぐに表情を整え、淡々と答える。


「……出会って早々、ずいぶん大胆な要求ですね」


静かに席を立つ総帥。


「残念ですが――

その願いは、到底聞き入れられません」


ライトは一歩、前へ踏み出した。

声を震わせることなく、まっすぐに言葉を紡ぐ。


「今、人間と魔族の関係に……変化が起きてる。

魔族の体制が大きく変わったからだ」


拳を握りしめ、続ける。


「これまでは、憎み合って、殺し合うしかなかった。

でも……これからは違う。人間に歩み寄ろうとしてる魔族たちがいるんだ」


顔を上げ、総帥を見据える。


「理解し合って、関係を築いて……

共に生きる道を探し始めてる。

これからは――共存の時代なんだ!」


室内に響いたライトの言葉に、

総帥はわずかに口角を上げた。


「人間と魔族の、“共存”ですか……」


静かな笑み。


「魔族に家族や友人を殺された人間が、

そんな言葉で納得するとでも?」


嘲りはない。

そこにあったのは、冷え切った確信だった。


しかし、ライトは怯まない。

さらに一歩、踏み出す。


「……それは魔族側だって同じなんだ!」


声に力がこもる。


「互いに奪い、奪われてきた。

それをやり返してたら、被害は増え続けるだけだ!」


拳を胸に当て、叫ぶ。


「だからこそ――今、止めなきゃならない!

この憎しみの連鎖を、ここで終わらせるんだ!」


その言葉を聞き、

総帥の瞳がわずかに細くなる。


「憎しみは、決して消えませんよ。

相手を滅ぼすか、自分が滅ぶか――

そのどちらかになるまで」


淡々と、言い切る。


その言葉に、ライトの肩が一瞬だけ震えた。

だが、すぐに歯を食いしばり、瞳に光を宿す。


「……そんなことはない!」


声を張り上げる。


「憎しみを乗り越えて、前に進んでる奴らがいる!

……俺だって、その一人だ!」


総帥は、静かに首を振った。


「あなたは――“力を持つ者”だから、

そんな理想を語れるのです」


視線が、鋭くなる。


「しかし、力なき人間にとって

“共存”とは――恐怖そのものなのですよ」


「……恐怖だって?」


ライトの問いに、総帥は迷いなく頷いた。


「そうです」


静かな口調で、しかし言葉は重い。


「言葉も通じず、価値観も異なり、法も通用しない存在。

それでいて――人間を容易く殺せるほどの力を持っている」


一歩、前へ出る。

机に手をつき、視線を鋭くする。


「そんな魔族が“共存”という名の下に、すぐ隣にいる。

……それが、どれほどの恐怖かわかりますか?」


瞳が、わずかに揺れた。

長く押し殺してきた感情が、滲み出る。


「いつ、自分の――

いや、家族の命が奪われるかわからない」


声が低く、次第に荒れていく。


「朝、無事に家を出て、

夜、また帰れる保証すらない。

そんな恐怖の中で生き続けることの――」


最後は、ほとんど叫びだった。


「どこが、平和だと言うのですか!」


室内に、沈黙が落ちる。


総帥は深く息を吐き、

そして、静かに――しかし確信を込めて言い切った。


「……人間が、安心して暮らせる世界とは」


一瞬の間。


「魔族が存在しない世界だけですよ」


その言葉には、揺るぎがなかった。

長年積み重ねてきた恐怖と憎悪――

その両方を知る者だけが辿り着いた、結論だった。


「どちらかが滅びなきゃ平和にならないなんて、そんなの間違ってる!」


ライトは一歩踏み出し、声を張り上げた。


「魔族たちにも大切な仲間や家族がいる!

それを――人間の都合だけで蔑ろにしていいわけないだろ!」


総帥は、その言葉を遮ることなく聞き終え――

冷ややかな微笑みを浮かべた。


「はっきり言いましょう」


背後へ、静かに手を上げる。


「あなたたちの人魔革命団の理想は間違っています。

そして――決して、実現しません」


「……なんで、そんなことを言い切れるんだ」


総帥は一歩も引かず、淡々と続けた。


「ライト君。

あなたのような“力を持つ者”は、何が起きてもどうにかできてしまうのでしょう?」


わずかに間を置き、言葉を落とす。


「例えば――」


その瞬間、

執務室の暗がりが、ぬらりと蠢いた。


皮膜のような翼。

歪にねじれた角。

牙を剥き出した顎。


「……魔導生物……!」


ライトの眉が跳ねる。


次の瞬間、魔導生物たちが一斉に襲いかかった。


「《光の盾》!!」


眩い光の結晶が瞬時に展開し、

牙と爪、咆哮をすべて弾き返す。


数体の魔導生物が、壁に叩きつけられ、床に転がった。


総帥は、感情を動かすことなくその光景を見つめていた。


「……やはり。あなたには、全く歯が立たない」


淡々と、事実を告げる。


「ですが――

力のない人間なら、今ので確実に死んでいます」


ライトの胸が、わずかに軋んだ。


「共存とは、こういうことです」


総帥の声は冷酷だった。


「一部の“力ある者”は高みから世界を眺める。

何かあれば、力で制すればいい」


息を整え、ライトに向き直る。


「その一方で、力のない者は管理され、

守られる名目の下で従わされ、

――いざとなれば、切り捨てられる」


鋭い視線が、ライトを射抜く。


「それが、あなたたちの言う“共存”の正体です」


「違う……!そんなことは――」


ライトは、即座に否定した。


「いいえ。あなたたちは世の中を支配したいのです。

力を誇示して、言うことを聞かせて、争いを減らすと言う自己満足に浸ろうとしているだけです」


「支配なんてしない!

俺たちは、みんなで支え合って協力して生きていくんだ!」


――ドンッ!!


総帥が机を叩いた。

重い音が執務室に響き、空気が一瞬で張り詰める。


「いい加減――その幼稚な考えは捨てなさい」


低く、しかし有無を言わせぬ声音。


「あなたほどの力があれば、魔族を根絶することも可能でしょう。

……人類のために、魔族殲滅軍に加わりなさい」


「……な、何を言ってやがる!」


即座に、ライトが噛みつく。


総帥は一切動じず、淡々と続けた。


「ライト君が我らに力を貸してくれれば、

魔族殲滅は“理想”ではなく“現実”になります」


一歩、前へ。


「人の平和とは、誰にも脅かされない世界のことです。

恐怖の種そのものを排除してこそ、真の平和が訪れる」


静かに、手を差し出す。


「――人類のため、私たちと手を組みませんか?」


ライトは肩で荒く息をしながら、

その手を睨みつけ、はっきりと言い切った。


「……断る!」


総帥は、ほんの一瞬だけ目を伏せ、

そして冷淡に言葉を返す。


「そうですか……。

やはり、力を持つと“弱き者の立場”は考えられなくなる」


その言葉に、ライトの怒りが一段深く沈んだ。


「勝手なこと言いやがって……

じゃあ、人間を人体実験の道具にして魔導生物に変えることが――

あんたの言う“正義”なのか?」


総帥は、迷いなく答える。


「《祝福の刻印》を受けて、魔導生物になった者たちは、

単に“過ぎた力を制御できなかった”だけです」


机に置いた指先を、軽く鳴らす。


「力を欲したのは、彼ら自身の意思。

そして私は――力を得る“機会”を与えただけ」


淡々と、残酷な結論を述べた。


「皆、喜んでいましたよ。

恐怖に怯えるだけの人生より、

力を持って生きる選択を――ね」


ライトの瞳が、怒りに染まり紅く滲む。


「違う……!」


低く、しかしはっきりとした声。


「あんたたちは――人の“弱さ”につけ込み、利用しているだけだ!!」


その言葉に、総帥の口元がわずかに歪む。

そこには後ろめたさではなく、誇らしさが宿っていた。


「利用している……ですか。

彼らは皆、魔族への深い憎しみを抱いた同志です」


淡々と、しかしどこか陶酔したように続ける。


「魔族をこの世から根絶する――

その崇高な目的のために、自らを捧げた」


腕を広げ、言い切る。


「そして、その崇高な意志は受け継がれていく。

積み重なった実験データはいずれ完璧な形で《祝福の刻印》を完成させるのです」


ライトの声が震え、

その問いは、刃のように突き刺さった。


「《祝福の刻印》の完成だと……?」


「ふふふ。《祝福の刻印》が完全な形で機能すれば、世界の概念が変わる。平和な世が来ます。

その新時代への踏み台と言ったところでしょうか」

 

「……そんな理屈で――

アリスも、利用したのか?」


総帥は一切視線を逸らさず、冷然と言い放つ。


「彼女自身が望んだことです。

むしろ、感謝されるべきでしょう」


一拍置き、淡々と続ける。


「ただし……彼女の場合、動機が少々不純でしたのでね。

我々に牙を剥かぬよう――少々“調整”を施しました。

それだけのことです」


ライトの拳が、ぎり、と白く軋む。


「……なんてことを……!」


怒気を孕んだ低い声が、部屋に響いた。


「アリスは……苦しんでいたんだぞ……!」


総帥は一瞬だけ眉を寄せる。

だがそれも束の間、すぐに冷徹な表情へ戻った。


口元に薄い笑みを浮かべ、静かに告げる。


「あなた方を討つのに最適だと思っていましたが……

どうやら、期待外れだったようですね」


総帥の瞳が、刃のように鋭く光った。


ニヤリ、と浮かぶ笑みは、

どこか“満足している”ようにも見えた。


ライトは深く息を吸い、

胸に渦巻く怒りを押し殺すように言葉を吐き出した。


「……話してみて、よくわかったぜ。

あんたの存在は――人間にも魔族にも、悪影響しか与えない」


総帥は、静かに首を振る。

その口調はあくまで淡々としていた。


「あなたのような存在こそが――

最も人を惑わせる」


一拍置き、冷たく言い切る。


「元より、この世界にいてはならないのですよ」


重い沈黙が、執務室を満たした。


やがて――

互いの視線が正面からぶつかり合い、

空気そのものが、ぎしりと軋む。


ライトは低く言う。


「言っとくが、あんたじゃ俺には勝てねぇ。

頼みの魔導生物も、このザマだ。

……できれば、無駄な戦闘はしたくねぇ」


総帥は、わずかに口元を歪めた。


「お優しいですね」


だが、次の瞬間――その声音は氷のように冷え切る。


「……しかし、随分と舐められたものです」


一歩、前へ。


「教えて差し上げましょう。

――あなたと私が、背負っている“重さ”の違いを」


そして次の瞬間――


閃光が走り、

執務室の空気が、爆ぜた。


こうして、

二人の戦いの火蓋は――

ついに、切って落とされた。

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