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第八十話 優しい声

紅蓮の剣が、グレンダの胸元へと突き立てられようとする。


ライトは《三連・ウインドモンキー》の暴風に阻まれ、前へ進めない。

だが――その刃が、あと一瞬で届くという瞬間。


ふっと、炎が揺らいだ。


剣の形を保っていた紅蓮が、力を失ったように崩れ、

雲のように柔らかく、静かに散っていく。


「……なんだ、これは……?」


ライトの呟きと同時に、

漂う炎のもやが、ゆっくりと渦を巻き始めた。


淡い光が滲み、空気が震える。

炎は次第に集まり、人の輪郭を描いていく。


そして――


「……アリスちゃん。

そんなこと、しちゃ……ダメだよ」


懐かしく、優しい声。


「……え……誰……?」


アリスの声が、かすかに揺れる。


炎の中心から、柔らかな光が溢れ出し、

やがてそれは、ひとりの青年の姿を形作った。


穏やかに微笑み、涙に濡れたアリスを見つめている。


「……だって、こんなにも――泣いてるじゃないか」


「……この……声は……

ノイス……なのか……?」

ライトは瞳を大きく見開いた。

 

ライトは言葉を失いながらも、

その存在が“確かに彼だ”と、直感していた。


「……そんな……まさか……」

地に伏したまま、グレンダが震える声で呟く。


淡い光に包まれた魔法体のノイスは、

まるで夢そのもののように――

静かに、そこに立っていた。


「……あなたは、誰……?

なんで邪魔するの?」

震える声で問いかけるアリスの頬を、淡い光が照らしていた。


「あはは……びっくりしたよね。

急に出てきて、ごめんね。

でも……アリスちゃんが、こんなにも悲しい顔をしてるのを……どうしても、放っておけなくて……」


穏やかな微笑みとともに、

魔法体のノイスはそっと指先を伸ばし、アリスの頬を伝う涙を拭った。


「ああ……あたたかい……

なぜか……あなたを見ていると……

胸の奥まで、あたたかくなるの」

アリスは、戸惑いながら呟く。

 

「……ごめんね、アリスちゃん。

帰ってくるって……約束、守れなくて……」


その言葉に、ライトは息を呑んだ。


「……死んだはずのノイスが……

……会話してる……?一体どうなってるんだ」


信じられない光景に、言葉を失う。


だが――


アリスの表情が、再び歪む。


「でも……グレちゃんは……やっぱり、殺さなきゃ……」


かすれた声。


「……総帥の邪魔を、しちゃうから……」


再び炎を呼び寄せようとする、その背後から――

魔法体のノイスが、そっとアリスを抱きしめた。


「……っ……!」


驚きに息を詰めるアリス。


「約束だったからね……

“アリスちゃんを、帰ってきて抱きしめる”って」


耳元で、静かに囁く。

そして、ノイスはアリスの胸元へ、そっと手を当てた。


「……それと。

アリスちゃんを、苦しめてるのは……これ、だよね?」


淡い光の中で――

アリスの身体の奥から、黒く歪んだ塊が、ゆっくりと引き抜かれていく。


まるで、絡みついた影を剥がすように。


「……っ……は……!」


アリスの喉から、息とも悲鳴ともつかない声が漏れた。


「……これは、アリスちゃんには必要ないから……」

魔法体のノイスの掌の上で、

黒く歪んだ塊が――静かに、淡い光に包まれて燃えていく。


悲鳴もなく、煙も残さず、

それはただ“消えて”いった。


次の瞬間――

アリスの瞳に、はっきりとした光が戻る。


「……あ……ああ……」

息を詰め、震える声。


「ノイスがアリスの中の埋め込まれた魔素を取り除いた……のか?」

ライトはゆっくりと歩み寄る。


「……わ、私は……今まで、何を……」

震える声で呟きながら、アリスは自分の胸元を見下ろした。

「《祝福の刻印》を受けて……私……それで――」


その視界に、次の瞬間――

全身を焼き焦がされ、床に横たわるグレンダの姿が映り込む。


「……っ……!」

喉が詰まり、言葉が途切れた。


「……私は……なんてことを……

グレちゃん……」


アリスは胸に手を当て、

堪えきれず、さらに涙をこぼした。


その様子を見て、グレンダがかすれた声を上げた。


「はは……やっと、正気に戻ったか……?」


苦しそうに息を吐き、視線を持ち上げる。

「それに……

そこにいるのは……ノイス……なのか……?」


その問いに応えるように、淡い光の中の青年が、静かに微笑んだ。

「久しぶりだね、グレンダ」


懐かしむような、優しい声。


「アリスちゃんの中に埋め込まれていた魔素が、

彼女の“記憶”と“感情”を、書き換えていたんだ」


ノイスはそう言ってから、そっとアリスの方へ視線を向ける。

「……ノイスが……また、助けてくれたの……?」


アリスは涙に濡れたまま、必死に問いかけた。


「今まで……どこにいたの……?

生きていたの……?

それに……その姿は……?」


その言葉に、ノイスは一瞬だけ目を伏せる。


そして――

覚悟を決めたように、静かに口を開いた。


「アリスちゃん……」


柔らかな声で、はっきりと告げる。


「僕は……もう死んでるんだ。

この世界には、もう存在していない」


「……え……?」


アリスの瞳が大きく揺れる。


「じゃあ……あなたは……?

今、目の前にいるのは……?」


ノイスは困ったように、小さく笑った。


「僕にもよくわからないんだけど、アリスちゃんの中で意識が目覚めたんだ」


思い出したかのようにアリスは声をあげた。

「……私が魔石からノイスの魔素を自分の中に入れるように頼んだから……」

「……アリス、お前、そんなことを……」

「ごめんなさい……。

三人で施設に忍び込んで《祝福の刻印》の秘密を知った時、魔石からノイスの魔素を取り出して自分の中に入れたら、ノイスと一緒になれると思って……

総帥に自らお願いしたの……」


「……なんてバカなことを」

グレンダは震えながらもゆっくりと立ち上がり、アリスに向かってくる。

「……あ」

「正気に戻ってよかった……」

グレンダはアリスを抱きしめた。

「グレちゃん……」


「うんうん。アリスちゃんとグレンダが仲直りできてよかったよ」

魔法体のノイスが涙を拭う。


「……ノイス。ノイスなのか?

俺がわかるか?」


ライトの声に気づいたように、ノイスは振り返り、

どこか照れたように、いつもの調子で笑った。


「あはは、ライト。……随分、姿が変わったね。

なんだか……かっこよくなったね」


「……ノイス!

俺は……俺はお前に、話したいことが――!」


「ごめんね、ライト。

……僕にはあまり時間がないみたいなんだ」


「……どう言うことだ?」

ライトが聞き返す。


「原理はわからないけど、実体化できたのはアリスちゃんの中にある僕の魔素がアリスちゃんの《魔導操作》によって動いてるからだと思うんだ」


「つまりは、アリスちゃんの中にある僕の魔素が尽きれば……

消えちゃうよ、きっと。

僕の魔素を使い切っちゃうからね」

その言葉に、アリスの表情が一気に曇る。


「ノイス……やだ!行かないで……!」


縋るように、声を震わせる。


「私、ずっと……ずっと、待ってたんだよ……

もう、どこにも行かないでよ……!」


ノイスは、優しく微笑み、首を横に振った。


「ごめんね……それはできそうにないんだ。

でも、最後にアリスちゃんと話せて僕は幸せだよ」


そっと、額を寄せるように。


「だから……もう、泣かないで」


「ううぅ、……女を泣かせるなんて……」


涙ぐみながら、アリスは苦笑する。


「ノイスってば……ほんと、ひどい男なんだから……」


「ふうえ!?

時間ないのにそんなこと言う?普通!」


そのやり取りに、かすかに――

“懐かしい空気”が戻る。


だが。


「ノイス!!待ってくれ!!」


ライトは、涙でぐしゃぐしゃになりながら叫んだ。


「まだ……まだ何も、話してねぇだろ……!!

話したいことが山ほど……あるんだよ……!!」


ノイスは、ライトを真っ直ぐ見つめる。


そして、優しく告げる。

「……ライト。大丈夫だよ」


穏やかな声で、はっきりと。


「ライトは、ライトの信じる道を進んで。

ライトはきっと間違ってなんかいないから……」


そして、視線をアリスへ移す。


「……それと。

アリスちゃんのこと……頼むね」


淡い光が揺らぎ、

ノイスの輪郭が、少しずつ薄れていく。


「おい!! ノイス!!」

必死の叫びが、夜に響く。

「それと……ユージにもよろしくね……あと、施設のみんなと……えとエルディオとそれと――」


「待ってくれ!待ってくれよ……!!」


だが――

返事は、もうなかった。


光は静かに消え、

そこに残ったのは、

ぼんやりとした温もりの余韻だけだった。


「……ノイスが、夢物語だって言ってた

“人間と魔族の共存”の話とか……龍族のこととか……」


ライトは胸を押さえ、その場にゆっくりとうずくまった。


「……まだ、話したいことが……

たくさん、あったんだ……」


声は震え、言葉の途中で喉が詰まる。


「……くそ……ノイス……!

言いたいことだけ言って……

勝手に……消えちまうなんて……っ」


掠れた叫びが、虚空に溶ける。

――だが、その声に応える者は、もうどこにもいなかった。


静寂の中、

残った淡い光の粒がふわりと舞い上がり――

夜の空気に、静かに溶けていった。


「……ノイス……?ノイス……どこ……?

ねえ!消えないでよ……」

周囲を見渡すアリスの瞳には、必死な焦りが宿っていた。しかし――どこにも、もう彼の姿はない。


「……あれは……夢……だったの……?」

震える手を胸に当てる。

そこには、まだほんのりと温もりが残っている気がした。


「……あれは夢なんかじゃねえ……本物のノイスだった」

静かに、しかし確かな声で告げるライト。


「……この残った暖かさは……確かにノイス……」


「魔法体で、自分にはもう時間がないってわかってるくせに……

ノイスのやつ……前と、何も変わらなかったな……」


グレンダは焼け焦げた服を押さえ、斧に体を預けながら、かすかに息を整えた。


「グレちゃん……大丈夫……じゃないよね?

私のせいで……」

涙を流しながら俯くアリス。


「気にすんな……アリス。

あたしは丈夫だから……」

胸を張って気丈に振る舞うグレンダ。

 

アリスはその場に膝をつき、床に手をついた。

そして――深く頭を下げる。

「ごめんね……グレちゃん。

私が……バカなことしたから……」


「……もういいんだ……アリス」


「……止められなかったの……。

ダメだって、わかってた……

利用されるってことも……

魔導生物になってしまうかもしれないことも……」


声は次第に掠れ、言葉の端から震えが滲み出る。

やがて、嗚咽に変わり――

ぽたり、ぽたりと零れた涙が、床に落ちて、

静寂の中に小さく、確かに響いた。


グレンダは何も言えなかった。


ただ拳を握り、唇をかみしめながら、その涙を見つめていた。


ライトは一歩前へ出て、静かに言葉を紡いだ。


「……ノイスは、また俺に言った。

――“アリスちゃんを頼む”ってな」


「……ライト……」


涙に濡れた瞳が、ゆっくりと彼を見上げる。


「だから……もう、ノイスが悲しむようなことはするな」


その声には、叱責も哀れみもなかった。

ただ――まっすぐで、揺るぎない優しさだけが宿っていた。


少しの沈黙ののち、グレンダが低く口を開いた。


「……ノイスが取り出した魔素は、

アリスを“洗脳”してた何か……ってことか?」


「……私にも、はっきりとはわからない」


アリスは胸元に手を当て、小さく首を振る。


「でも……さっきまでの私は、何の迷いもなく

“総帥を守る”ことだけを考えてた……」


言葉を探すように、声が揺れる。


「ノイスとの思い出も……大切だった気持ちも……

全部、総帥に都合よく書き換えられてた……」


その声には、

自分自身が“何をしていたのか”を思い知った恐怖と、

取り返しのつかない後悔が、滲んでいた。


「……そんなものを、アリスに埋め込むなんて……許せねぇ」


拳を強く握りしめ、

ライトの瞳には、怒りが静かに燃えていた。


「総帥に直接聞く。

何を企んでるのか……全部だ」


「……悪ぃな。あたしたちは、ここまでみてぇだ」


グレンダは斧に体を預け、

それでも倒れまいと踏ん張りながら、苦笑する。


立っているのが、もう限界だった。


「私も……もう魔素が限界みたい……」

彼女の肩が震え、体が崩れ落ちそうになる。


ライトは二人を見回し、短く息を吸った。


「いいんだ。二人とも無事でいてくれたなら、それで十分だ。……あとは俺がやる」


ライトは総帥のいる執務室へと足を進めた。

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