第八話 乗っ取られた村
ユージが「少し用事がある」と言って姿を消してから、
ライトとノイスは改めて――ユージのありがたみを痛感していた。
依頼の選定、宿の手配、報酬の管理。
全部、ユージがやってくれていたのだ。
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「ユージ、どこに行っちゃったんだろう?」
ノイスがしょんぼりと杖を磨きながら呟く。
「もしかして僕らが頼りないから……見捨てられちゃったのかなぁ」
「ユージなら問題ない。すぐ戻ってくるさ」
ライトは腕立て伏せをしながら、軽く言い放つ。
「え? ライト、ユージがどこ行ったか知ってるの?」
「いや、なんもわかんねぇ。でも――必ず戻ってくるってことはわかる」
「そうかもしんないけど、ちょっと心配だよぉ……」
ライトは日課の筋トレを続け、ノイスは杖を磨きながら、
二人とも心のどこかで“ユージがいない寂しさ”を感じていた。
「よし! 身体も温まったし、二人で依頼でも受けよーぜ!」
「ふうえ!? ユージがいなくても大丈夫?」
「ユージには何か事情があるんだろ。考えたってしょうがねぇ! 少しでも報酬稼いで、帰ってきた時に驚かせてやろうぜ!」
「ほんとライトはいつも前向きだよね……羨ましいよ。簡単なやつにしようね?ね!」
念を押すノイス。
二人はいつもの集会所へ向かった。
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その日、集会所は少しざわついていた。
「どなたか、依頼を受けてくださる方はいらっしゃいませんか!」
声を張り上げる一人の少女。年はまだ十三、四くらいか。
しかし――
「お嬢ちゃん、依頼ってのはな、報酬を持って受付を通さないとだめなんだぜ?」
「お願いです。話だけでも聞いてください! 村が大変なんです!」
「話聞くのは俺らの仕事じゃねぇんだ。先に受付済ませてくれ」
冷たくあしらわれる少女。
どうやら受付をせずに、直接冒険者に頼み込んでいるようだ。
「私の村、レンチ村が……オーク型に襲われたんです! 早くしないと、みんなが――!」
少女は耐え切れず、膝をついて泣き出した。
「……レンチ村、だと? あの辺は結構距離もあるぞ。嬢ちゃん一人で来たのか?」
「……それは……その」
「依頼の為に遥々カタドラまで来たってのに、報酬も持ってきてない。なんか怪しいな」
「これは、詐欺かもしれねぇぜ」
「こんな子一人に来させるなんて、裏があるに決まってる」
「通報するか?」
――ざわざわ……ざわざわ……
周囲の空気が冷たくなる。少女の顔は絶望に染まっていた。
――そのとき。
「その依頼――俺たちが受ける!」
静寂を裂くように、ライトの声が響いた。
「……え?」
驚く少女。
「あはは、やっぱりね……」ノイスが苦笑いする。
「オーク型の討伐かぁ。ちと遠いみたいだけど、いい腕試しになるぜ!」
「まだ何もお伝えしてないのに……」
「急いでんだろ? 話は道中で聞く。行こうぜ!」
ライトは少女の手を取って外へ出た。
「俺はライト。それでこっちはノイス! お前は?」
「ヨーコと言います……依頼を受けていただけるんですか?」
「ああ、いいぜ。 任せな!」
即答するライト。
「もう……困ってる子見たらすぐ首突っ込むんだから! でもヨーコちゃんがこんなに困ってるのにみんなもひどいなぁ、もう!」
「しょうがないですよ。私が悪いんですから……集会所を通さない冒険者の依頼は基本的には禁止されてますし」
「禁止だか何だか知らねぇが、オーク型と戦えるなら、俺は何でもいい!」
「……本当に、ありがとうございます」
深々と頭を下げながら、ヨーコの目には涙が浮かんでいた。
ノイスが小声で言う。
「ねえ、ライト。勢いで受けちゃったけど……僕たち二人で大丈夫かな」
「うーん。ユージは俺らが街にいなかったら寂しくて泣いちまうかな」
「そーじゃなくて! ユージの作戦や指示があるからいつもどうにかなってたのに! ユージがいないと僕は心配だよ」
「俺らは普段からユージに頼りすぎてる。ここらで二人でもやれるとこ見せねぇとな!」
「まぁ……依頼受けちゃったし、今更断れないもんな」
呟くノイス。
「どうかしましたか?」
ヨーコが覗き込む。
「ううん! なんでもないよ! とりあえず状況を聞かせてくれるかな?」とノイスが前に出る。
「レンチ村はご存じですか?」
「いや、知らん!」
「ごめんね。僕ら、こっち来たばっかだから」
「そうでしたか。レンチ村は畜産を生業にしている村です。魔素量を調節したイノシシ型魔族を食用として飼育しているんです」
「えっ、じゃあカタドラで食べた肉串って……!」
「カタドラにも出荷しているので、もしかしたらそうかもしれません」
「そうか! あれはうまかったぞ!」
「でも、魔族を“魔素量”で調整って……そんなことができるもんなの?」
「私も詳しくは知りません。ただ、レンチ村は土地の魔素量が少なく、元々凶暴な魔族が出にくいんです。その特性を利用して、家畜化に成功したとか」
「なるほどな。うちの村も魔素少ねぇけど、そんな話聞いたことねぇな」
「すごいなぁ! そんな事を思い付くなんて!」
ノイスは感動していた。
「……で、そんな村にオーク型が出たのか?」
「はい。家畜の世話中に突然現れたんです。しかも、村の中心部に……あの大きさですから近付いてくれば誰かわかりそうなものですが、まるで空から降ってきたかのように」
「空から!? 飛べるのか!?」
「おそらく飛行能力はないと思いますが……誰も気づけませんでした」
「降ってきたか、湧いて出たか……どっちにしてもヤベぇな」
「最初は一体だけだったのですが、応戦しているうちに二体、三体と増えていったんです」
「分身まで出来るのか!? なんだそりゃ……!」
「そして、このままだと村は全滅すると、父と母は私を逃しました」
ノイスが息を呑む。
「……この距離を、一人で来たの?そんな軽装で……」
少しうつむいたままヨーコは話した。
「実は……内緒にしてましたが、父は“転送魔法”が使えるんです」
「て、転送魔法!? そんな高度な魔法が成功するなんて!」
「父のスキルは転送魔法の構築。長い年月をかけて、私一人分だけ飛ばせる魔法陣を作ったんです」
「す、すごい……見てみたいな、その魔法陣!」
「父もバレれば、誰かに悪用されると恐れて秘密にし、レンチ村でひっそりと暮らしていました。ですが、転送魔法を使ったことで、父は魔素をすべて使い果たしました。……ろくに抵抗出来ないでしょう」
ヨーコは唇を噛み、涙をこぼした。
ノイスが優しく励ます。
「転送魔法で来たならそんなに時間は経ってないはず……とにかく急ごう!」
「着いたところで、オーク型は強いですよ。レンチ村の人達では一体でも歯が立ちませんでした」
「まあ、任せろって。俺たちは最近、ちょっとした有名人なんだぜ?」ライトが胸を張る。
「……ゆ、有名人?」
「沼地に炎の雨を降らせた魔法使いって聞いたことねぇか?」
「沼地に炎の雨……もしかして、“沼地をも焼き尽くす、灼熱の魔炎“の事ですか?」
「なんか噂が広まっておかしな事になってない?ねえ?そんな事誰が言いふらしてるの!」
「お、おうよ。 その“なんちゃら魔炎”ってのはおそらくノイスのことだ」
「いや、全然違うよっ!いや、違くはないんだけど、それは多分僕の事で……」
ヨーコはぱっと顔を明るくする。
「こんなすごい冒険者に来ていただけるなんて……! しかし、三人組の冒険者と聞きましたが……」
「訳あって今は一人いねえんだ。 すぐ戻ってくるけどよ!」
「そうでしたか! そんな時に依頼してしまって申し訳ないです」
「全然気にしなくていいよ! むしろユージがいたら、依頼受けてないんじゃないかな……なんて」
笑って誤魔化すノイス。
「……あの、それと報酬の件なのですが……」
ヨーコが申し訳なさそうに俯く。
「その……転送で急にこちらに来たので、私、何も持っていなくて……村も今何かをお支払い出来る状況なのかもわかりません。なので、報酬は……私自身というのは……いかがでしょうか……?」
涙目になりながら上目遣いで見つめる。
「ええ!? な、な、なに言ってるの!?」
ノイスが真っ赤になって慌てる。
「すいません! 私なんかじゃ……そんな価値ないですよね? せめて前金分にもなりませんか?」
「そ、そーゆー事じゃなくて! ヨーコちゃんはすごく魅力的だと思うよ! でも、ヨーコちゃんまだ若いんだし、そんな……」
「ヨーコは何が得意なんだ?」
腕を組んで堂々と聞くライト。
「ちょっとぉ! ライト!なんて事聞いてるの! まだ得意って言える程、経験というか……。経験があるとかないとかそんなのは関係なくて、ええと……ええと……」
「私のスキルは“応援”です!」
「ふうぇ?」
「私が応援した人の基礎能力を上げられます。それに、料理も得意です!」
「よし! パーティメンバーとして採用だ!」
「よろしくお願いします!」
「あっ……そういうことね」
「ん?それ以外に何かあるか?」
首を傾げるライト。
「わわわ!知らない!何でもないよ! それより勝手に決めてユージに怒られても、僕知らないからね!」
ノイスは顔を赤くして誤魔化した。
「ところでレンチ村までは、どれくらいかかる?」
「この速度で向かえば……明日の昼前には着くと思います」
「よし! スピード上げていくぞ!」
三人はレンチ村へ急いだ。
「ちょ、ライト速いってば! はぁ、はぁ……ヨーコちゃんも体力すごいね!」
「毎日、ある意味では魔族を相手にしてますから。体力には自信あります!」
「気に入った! ヨーコの加入で、ユージも喜ぶぞ!」
――次の日の朝。
「――あそこです。あそこがレンチ村です……」
遠くに見える集落。煙も立たず、静まり返っていた。
「戦闘してる様子は……ないみたいだね」
「無事だといいのですが……」ヨーコの声が震える。
ライトは空を見上げ、短く言った。
「行けばわかるさ」
三人は風を切って、レンチ村へと駆け出した。




