第七十七話 ライトの居場所
ーー人魔革命団・拠点
龍鈴とリュウガ、そしてライトが揃っていた。
重苦しい沈黙が、室内を満たしている。
その空気を破ったのは、ライトだった。
「……俺は、魔族殲滅軍――その代表である総帥に直接会ってくる」
龍鈴は一瞬だけ目を伏せ、やがて静かに頷いた。
「……やはり、そう仰ると思っていました」
「人間退治か」
低く笑い、リュウガが肩を鳴らす。
「なら、俺も手を貸すぞ?」
だがライトは、首を横に振った。
その視線は揺るがず、真っ直ぐにリュウガを捉えている。
「話をしに行くんだ。倒しに行くわけじゃねえ」
淡々とした口調の奥に、確かな覚悟が滲んでいた。
「それに……ニャルカたち、魔族過激派が動く可能性もある。
だからリュウガには――拠点を守ってほしい」
「……つまり、また一人で行くのですね」
龍鈴の言葉に、ライトは小さく息を吐いた。
「一人じゃねぇさ。人間の中にも……ちゃんと仲間はいる」
そう言って、ゆっくりと視線を上げる。
その眼差しには、もう迷いはなかった。
「総帥は、龍鈴の力を悪用して――人間を化け物に変えちまってる。そのせいで、ユージはあんな姿にまでなった……
総帥に直接――魔族は敵じゃねぇって、はっきり伝えるんだ」
その言葉に、龍鈴の表情が曇る。
翡翠の瞳に、拭いきれない不安の影が落ちた。
「危険です。
そんな急いで行かなくとも……」
「放っておけば、またここへ攻め込んでくる。
そうなる前に話し合いで解決するんだ」
ライトは、きっぱりと言い切る。
「そ、そうですよね……」
龍鈴は小さく頷き、その場で俯いた。
背筋を伸ばしていたはずの姿から、いつもの凛々しさがすっと抜け落ちていく。
「……俺は、見張りに行く」
場の空気を察したのか、リュウガがそう告げると、
それ以上言葉を残さず、気配を断って拠点を後にした。
――静寂。
二人きりになった空間で、
ライトは龍鈴の落ち着かない様子に気づく。
指先がわずかに揺れ、視線が定まらない。
「……どうしたんだ、龍鈴?」
「……」
視線を逸らす龍鈴。
「何か、気になることでもあるのか?」
ライトが一歩近づき、そっと顔を覗き込む。
しばらく沈黙。
やがて龍鈴は、唇を小さく震わせ、絞り出すように言葉を落とした。
「……ユージさんたちと、一緒に行ってしまったら……
もう、ライトが帰ってこないような気がして……」
弱々しい声。
その瞳には、薄く涙が滲んでいた。
「今さら、何言ってんだよ。
俺は人魔革命団の一員だ。どこにも行きやしねぇ」
だが――
龍鈴は、それでも首を横に振ったまま、視線を落とす。
「……でも人魔革命団に、ライトを巻き込んだのは……私です。
本当は……ユージさんたちと一緒にいる方が……
ライトにとって、幸せなんじゃないかって……」
震える声とともに、
堪えきれなくなった涙が、頬を静かに伝った。
ライトは、ゆっくりと歩み寄り、そっと龍鈴の肩に手を置いた。
「……バカ言うなよ」
低く、けれど迷いのない声。
そして、はっきりと言い切る。
「俺の一番は――龍鈴の隣にいることだ」
龍鈴は、はっとして顔を上げる。
その瞳に宿る揺らぎを、ライトは真っ直ぐ受け止めた。
「ユージも、アヤも、グレンダもみんな大事な仲間だ。
でもな……俺が帰ってくる場所は、龍鈴の隣なんだ」
「……ライ……ト……」
掠れた声。
言葉にならない嗚咽とともに、大粒の涙が頬を伝い落ちる。
ライトは何も言わず、
その小さな身体を、そっと抱き寄せた。
「安心しろ。俺は必ず帰ってくる。
だから……待っててくれ、龍鈴」
龍鈴は小さく頷き、
震える手で、恐る恐るライトの背に腕を回す。
「……ごめんなさい。
ライトの前だと……どうしても、弱い私が出てしまって……」
「龍鈴……」
静かに名を呼び、
ライトは優しく言った。
「俺の前じゃ、無理に気を張らなくていいんだ」
「……こんな私は……嫌じゃ、ありませんか?」
不安を押し隠すような問いかけに、
ライトはふっと微笑み、首を横に振る。
「嫌なわけあるか」
少し照れたように、けれど真っ直ぐに続ける。
「みんなの前で堂々としてる龍鈴もいいけど、
こうして少し弱気になる龍鈴も……可愛くて、好きだ」
「……ライト……」
「……龍鈴」
言葉はそれ以上、必要なかった。
抱き合った二人は、互いの温もりを確かめ合うように身を寄せ、
静かに――ゆっくりと、時が流れていく。
やがて、龍鈴が小さく息を吸い、胸元で囁いた。
「……私も、ライトのことが好きです。
だから――必ず、私のところへ戻ってきてください」
その言葉を、ライトは逃さず受け止める。
「ああ……約束する」
龍鈴は小さく微笑み、ライトの胸にそっと額を寄せた。
彼の鼓動が、確かに生きている証のように、優しく響いている。
龍鈴の温もりと、ライトの力強い言葉。
それは互いの心に深く刻まれ――
離れても、決して消えることはなかった。
⸻
ーー翌朝・人魔革命団 拠点前
夜明けの空に、淡い光が滲んでいた。
冷たい風が草を揺らし、戦の匂いを薄く運んでくる。
拠点の広場には、出発の支度を整えたライトと、見送りに集まった仲間たちの姿があった。
龍鈴が、周囲を見渡しながら静かに口を開く。
「……皆さんの傷も、だいぶ癒えたようですね」
「ああ。きっとこれは――
人魔革命団にとっての、転機になる」
ライトの言葉に、龍鈴は小さく息を吐いた。
「……無理はしないでくださいね、ライト」
「ああ、わかってるって」
「はい……どうか、ご無事で」
その瞳には、昨夜交わした約束の余韻が、まだ微かに宿っていた。
ライトは優しく微笑み、龍鈴の肩にそっと手を置く。
「拠点と龍鈴のことは、頼んだぞ。――リュウガ」
「誰にものを言っている。安心して行け。
必ず、ケリをつけてこい」
「……おう。終わらせるんだ。全部」
朝日が昇り、金色の光が荒野を染めていく。
その光に照らされながら、ライトは魔族殲滅軍の一行に加わり、静かに歩き出した。
それぞれの覚悟を胸に――
彼らは、ゲトラムの地。
魔族殲滅軍本拠地へと向かう。
ーー道中・ゲトラムへ続く街道
風に砂が舞い、昇りはじめた陽が荒野を金色に染めていく。
先頭を歩くライトの背に、ユージ、グレンダ、アヤ、そして魔族殲滅軍の兵たちが続いていた。
しばらく無言の行軍が続いた後、ユージが静かに口を開く。
「……そういえば、アリスは今回は同行していないんだな」
ユージは右足を影で包み込み、痛みを誤魔化すように歩を進めている。
「……ああ。俺も気になってた。アリスだけ見当たらねぇ」
ライトは周囲を見渡しながら答えた。
「それがさ……あたしらにもわかんねぇんだ」
グレンダが肩をすくめる。
「研究施設で魔導生物を見たのを最後に、姿を見てねぇな」
「そうなの……」
アヤが小さく頷く。
「軍にも確認したけど、“休暇の申請が出ている”ってだけだったわ。
……何もなければいいけど」
再び、静かな沈黙。
風が砂をさらい、足音だけが街道に響く。
やがてユージが、前を見据えたまま問いかけた。
「……なあ、ライト。本当に、総帥とやり合うつもりなんだな」
「ああ」
ライトは迷いなく答える。
「共存を掲げる俺たちと、殲滅を掲げる総帥――理念は真逆だ。でも――
……できれば、話し合いで終わらせたい」
「けど、あの総帥のことだ」
グレンダが斧を軽く回す。
「説得なんて通じねぇ。力でわからせるしかねぇな」
その表情には、はっきりとした決意が浮かんでいた。
「……俺も手伝いたいが、この足じゃ足手まといだな」
ユージが自嘲気味に言う。
影で無理に支えるその姿に、アヤが眉を寄せる。
「もう、ユージは怪我人なんだから!
大人しくしてて!」
「あははっ、立場が逆転したな」
グレンダが笑う。
「でも――それがお前ららしくて安心するぜ」
照れるユージとアヤに、周囲からもわずかに笑いがこぼれた。
やがて、アヤが真剣な表情で口を開いた。
「それと……今回の件で、私たちは魔族殲滅軍を裏切った形になる。
幹部だったユージは、特に目をつけられるかもしれない」
その言葉の先を察し、ユージがすぐに声を上げた。
「アヤ。お前は、ライトたちを手伝ってくれ。
俺なら大丈夫だ」
だが、アヤは強く首を振る。
「……ユージは、目を離したらまたどっかに行ってしまいそうで……
もう嫌なの。そばにいるのに、遠くに感じるのは……もう嫌!」
「……アヤ……」
その様子を見て、グレンダが軽く息を吐いた。
「……アヤは、ユージのそばにいてやれ。
あたしとライトで、どうにかする」
「……でも、二人だけじゃ――」
不安を滲ませるユージの言葉を遮るように、
グレンダは前を向いたまま言い切る。
「あたしたちは大丈夫だ。
お前が離れたら、ユージがまた何をしでかすかわからねぇ」
ほんの少しだけ笑い、言葉を添えた。
「だから……ちゃんと支えてやれ」
「そうだ」
ライトも頷く。
「ユージがまた変な気起こさねぇように、見張っといてくれ」
二人の言葉に、アヤは小さく頷いた。
「……お前ら、俺をなんだと思ってるんだ?」
ユージは胡乱な目で二人を睨みつける。
「天下の“カゲロウ”様だぞ?」
グレンダがニヤつきながら肘で突く。
笑いながらライトも続く。
「へへっ、なぁユージいつからその名前にしようと思ったんだ?
仮面もどこで手に入れたんだ? けっこう似合ってたけどよ」
「やめろ!」
ユージが顔を赤くする。
「あーもう! ライトのせいで俺のイメージが完全に崩れちまう……!」
思わず頭をかき、ぶっきらぼうに続けた。
「……でも、ピンチの時は呼んでくれ」
「へへっ、わかってる」
ライトは軽く笑って頷いた。
短く交わされた視線に、確かな友情が宿る。
「知ってるか、ライト?」
グレンダがニヤリとする。
「こいつら、一緒に住んでるんだぜ?」
「っな!? べ、別に言わなくていいでしょ!」
アヤが声を上げる。
「へへっ、ユージも隅に置けないな!」
ライトが笑う。
張り詰めた空気の中に、ほんの一瞬、温度が戻る。
「そ、そういうグレンダはどうなのよ!
ライトも生きてたんだし!」
その言葉に、
グレンダの動きが――ぴたりと止まった。
「……ライトは、もう……」
そこまで言いかけて、
彼女はぐっと唇を噛みしめ、視線を逸らす。
「……いや。今は、そんな話をしてる場合じゃねぇな」
そう言って、グレンダは前を向いた。
その背中は、どこか強がっていて――
それでも、隠しきれない想いが滲んでいた。
やがて――
遠くに、見慣れた黒い城壁が姿を現した。
魔族殲滅軍本拠地。
「……もうすぐだな」
ライトが低く告げる。
「突入は夜を待つ。殴り込みに行くわけじゃねぇ。
なるべく騒ぎは避ける。
今回の魔導生物の件と……共存について、総帥と話がしたいんだ」
「……そうか」
ユージは短く息を吐いた。
「俺は先に戻る。部下たちには――
“すべて俺が独断でやった”と言うように伝えている」
一拍置き、続ける。
「……ライトのことも、口止めしてある」
ライトは何も言わず、短く頷いた。
そして再び、前方の城壁を見据える。
あの場所にすべての決着が、待っている。
⸻
ーー夜・ゲトラム本拠地
月明かりが雲間から差し込み、巨大な城壁の影を淡く照らしていた。
その静寂を切り裂くように、二つの影が音もなく壁を越える。
「……ここまで来たな」
ライトが小さく呟く。
「ここから先は警備が厳しい。
見つかったらどうする? ぶっとばすか?」
グレンダが低く問いかける。
「いや、今回来たのは“戦う”ためじゃねぇ」
ライトは足を止めることなく、前を見据えたまま言った。
「――総帥と“話す”ためだ。できるだけ、他の連中は巻き込みたくねぇ」
「うまく避けられりゃいいけどな……」
グレンダは声を潜め、探るように続ける。
「お前は、ユージがあんな目に遭っても……
魔族殲滅軍を、憎んじゃいねぇのか?」
「……ああ」
一拍置いて、ライトは答える。
「直接話すまでは、どう考えてるかわからねえ。
怒りで突っ走ったら……また龍鈴に怒られちまうしな」
「……そうかよ」
そう口にしながらも、グレンダの胸の奥には小さな棘のような痛みが残った。
(ライトは……そんなにも、あの龍型の子を……)
視線を振り払い、グレンダは静かに息を吐く。
「なあ、ライト……」
少し間を置いてから、続けた。
「どうしてお前は、人魔革命団に入ったんだ?」
「言っただろ? ノイスの意志を継ぐって……」
ライトは迷いなく答える。
「それに、魔族の声が聞こえ始めてから――
魔族も人間と変わらない。そう感じるようになった」
「……そうか」
グレンダは短く頷いた。
「……ほんとに、それだけか?」
「……どうした? グレンダ」
しばらく沈黙が落ちる。
やがて、グレンダは胸に引っかかっていた言葉を吐き出した。
「いやな……あの龍鈴って龍型の子が、
ライトにとって“特別”なんじゃねぇかって……」
ライトは一瞬だけ目を伏せ、そしてはっきりと言った。
「ああ」
迷いはなかった。
「最初は、魔族は敵だと思ってた。
優しくしてくれた龍鈴に、俺は酷いことも言った」
一拍置き、続ける。
「でも今は……龍鈴と共にいられることを、誇りに思ってる」
そして、静かに――
「それに……俺は、龍鈴のことが好きだ」
その言葉は、真っ直ぐにグレンダの胸を貫いた。
「はは……」
乾いた笑いが零れる。
「やっぱ、そうか……。ズバッと言うんだな」
「魔族を好きになるなんて……変かな、俺は」
その問いに、グレンダは即座に答えた。
「何言ってやがんだ!」
背中を、思いきり叩く。
「その気持ちに胸張れ! 好きだと思える相手を見つけたんだろ!」
「いてて……!」
ライトは苦笑しながらも、どこか肩の力が抜けたような、晴れやかな表情を浮かべた。
「……そうか。そうだよな」
そして、迷いのない声で言う。
「ありがとな、グレンダ。
やっぱ、お前は最高の友達だぜ」
「友達……か」
グレンダは短く呟き、すぐにそれ以上を飲み込んだ。
「ああ! これからもよろしく頼むぜ!グレンダ!」
その言葉に、グレンダは小さく鼻で笑う。
「……当たり前だろ」
二人の声が、静まり返った城壁の内側に、かすかに反響した。
巡回兵の足音も、気配もない。
ただ、肌を刺すような冷たい空気だけが漂っている。
「妙だな……」
グレンダが囁く。
「まるで――“招かれてる”みてぇだ」
「……確かに、静かすぎる」
ライトが周りを見渡すも人の気配がしない。
「魔族殲滅軍が、ここまで無警戒なはずがねぇ」
グレンダは妙な違和感を感じていた。
二人は息を殺し、暗い回廊を慎重に進んだ。
――やがて、巨大な扉の前に辿り着く。
その奥にあるのは、
魔族殲滅軍総帥の執務室。
「……やっぱりおかしい」
グレンダが扉に手をかける。
「ここまで、警備の一人もいねぇ……」
ライトがグレンダの前に手を出す。
「待て!なんか聞こえないか?」
二人が耳を澄ませると、笛のような音色が聞こえる。
「……こ、この音色は……!?」
その瞬間――
低く、冷たい声が闇を裂いた。
「――《サンダーフェニックス》」
――ッピギャン!!
轟音と共に、眩い閃光が走る。
床が焼け焦げ、爆ぜる熱風が二人を包み込んだ。
「っ……ぐうっ!」
左腕を掠めた電撃に、グレンダの身体が痺れる。
二人が顔を上げた、その先。
月光に照らされ、ひとりの影が浮かび上がる。
白い制服に身を包み、金色の髪を左右で結ったツインテールの少女――
その冷え切った瞳が、二人を見下ろしていた。




