第七十六話 革命団と殲滅軍
話を聞き終えたユージは、しばらく言葉を失っていた。
何を思い、何を口にすべきなのか――思考が絡まり合い、うまく整理できない。
沈黙の末、ようやく絞り出したのは、短い一言だった。
「……少し、考える時間をくれ」
掠れたその声には、迷いと疲労が滲んでいた。
「わかった。無理に今、答えを出さなくていい」
即座に応じ、ライトは静かに頷く。
そして視線を周囲へ巡らせた。
「でも、その前にやることがある。
ユージと龍鈴、それに魔族殲滅軍の兵たちの手当だ。
人魔革命団の拠点で治療させてもいいか?」
荒野には、ユージが魔導生物として暴走した影響で倒れ込む兵士たちの姿があった。
「それは……助かるけど……」
アヤは一瞬、言葉を選ぶように視線を伏せる。
「本当に……私たちを受け入れてくれるのかしら?」
その問いに、ライトは少しだけ笑い、迷いなく頷いた。
「もちろんだ。あそこは俺の仲間の拠点だ。
手当するのに人間も魔族も関係ねぇ。それが人魔革命団だ」
短く、しかし重みのある言葉だった。
「……とはいえ、兵たちの説得も必要だぞ?」
グレンダが低く呟く。
「そうね……
事情を説明しないと。きっと、みんな混乱してる」
アヤも小さく頷き、表情を引き締めた。
その時だった。
ユージが歯を食いしばり、無理に身体を起こそうとする。
「……俺から話す。怪我人が出たのも……俺のせいだ」
だが足に力が入らず、体勢を崩しかける。
「無理しないで、ユージ!」
反射的に、アヤが駆け寄って肩を支えた。
しかしユージは、支えられたまま静かに首を横に振る。
「いいや……それだけは直接俺から話させてくれ」
息を整え、かすれた声で続けた。
「魔族殲滅軍幹部――“カゲロウ”としての、俺の仕事だ」
その言葉に、ライトは口元にわずかな微笑みを浮かべた。
「これは、魔族殲滅軍に、俺たちを知ってもらうチャンスだ……よろしく頼むぜ、“カゲロウ様”」
「……ちっ。調子狂うな」
そう言ってユージは、アヤの肩を借りて立ち上がった。
その表情に、先ほどまで宿っていた狂気の影は、もうどこにもなかった。
ユージの言葉を、魔族殲滅軍の兵士たちはまだ半信半疑で受け止めていた。
それでも――誰も反論はしない。
魔族殲滅軍と人魔革命団。
本来なら、決して交わるはずのなかった者たちが、今――同じ場所へ集結しようとしていた。
こうして一行は、
重い沈黙と、それぞれが胸に抱えた想いを引きずりながら、人魔革命団の拠点へと歩みを進めていった。
⸻
ーー人魔革命団・拠点
拠点へ戻るや否や、異変はすぐに広がった。
龍族の戦士たちは、血に染まった龍鈴とライトの姿を見て息を呑み、周囲には張り詰めた空気が走る。
その中心で、龍鈴が一歩前に出た。
痛みを押し殺した静かな声が、ざわめきを制する。
「皆さん、落ち着いてください。私たちは無事です。そして――攻めてきた彼らも、もはや敵ではありません」
一瞬、困惑が走る。
だが龍鈴は迷いなく続けた。
「戦いの中で深く傷ついた仲間です。ここで治療を受けさせてあげてください。……それが、私の願いです」
ざわめきは完全には収まらない。
その空気を引き継ぐように、ライトが一歩前に出た。
「大丈夫だ。もう手出しはしてこねぇ。話はついてる。
……これは、人魔革命団をわかってもらうための、大事な一歩なんだ」
団員たちは顔を見合わせる。
やがて、誰かが小さく頷いた。
「……お二人が、そこまで言うのなら」
龍鈴は柔らかく微笑み、すぐに指示を飛ばす。
「人間の方々は別棟へ案内してください。療養の場を整えましょう」
人魔革命団は迅速に動いた。
魔族殲滅軍の兵士たちが横になれる場所が確保され、治療の準備が進められていく。
「ここを使ってくれ。必要なものがあれば、遠慮はいらない」
ライトの言葉に、アヤは安堵したように息を吐いた。
その隣で、グレンダが腕を組み、低く呟く。
「……さて。ここからが本題だな」
やがて、魔族殲滅軍の兵士たちは龍の巣窟の一角へと案内された。
しかし、全員が納得しているわけではない。不満と恐怖が、あちこちで燻っていた。
「魔族を頼るなんて……正気じゃねぇ」
「油断してたら、寝首をかかれるぞ」
疑念の声が重なり、拠点の空気は重く沈む。
包帯を巻かれていた兵士の一人が、意を決したように口を開いた。
「……でも、俺は見た。暴走したカゲロウ様を止めたのは――龍族だった」
ざわめきが広がる。
「しかも……カゲロウ様が暴走したのは、総帥の《祝福の刻印》の影響だって話だろ……」
「確かに……前から様子はおかしかった……」
すぐに、反発の声が飛んだ。
「おい! まさか総帥を疑うつもりか!?」
だが、迷いを帯びた声は止まらない。
「……事実だろ。カゲロウ様は“魔導生物”になった。
あのまま暴走してたら……俺たち、怪我じゃ済まなかった……」
重苦しい沈黙が落ちた。
兵士たちの胸の中で、絶対だった“信仰”と、否定できない“現実”が激しく衝突していた。
「総帥を疑うなんて、裏切りだ!」
「……だが、カゲロウ様は――」
その時、低く重い声が場を切り裂いた。
「……いい加減にしろ」
一瞬で、拠点が静まり返る。
全員の視線が、腕を組んで立つグレンダへと集まった。
「見ただろ。あの化け物じみた姿を。
カゲロウは《祝福の刻印》に呑まれて、自我を失って暴れたんだ」
兵士たちの顔に、苦い影が走る。
「総帥が神の力を与えただぁ? 笑わせんな。
……あたしは見た。研究室で行われてた人体実験をな」
一同が息を呑む。
「あの《祝福の刻印》はスキルなんかじゃねぇ。
人体を改造し、無理やり魔素を埋め込む実験だ。
制御できなきゃ……魔導生物に成り果てる」
アヤも前へ出て、静かに補足した。
「魔導生物の扱い……あなたたちも見てきたはずよ。
訓練所で模擬戦の相手にされていた、あの異形たち……
――元は、人間だったの」
「……そんな……嘘だ……」
兵士の声は震え、首を振る。
「でも……刻印を受けたあと、行方知れずになった奴もいた……」
恐怖が、じわじわと広がっていく。
「……俺たちは、一体、何を信じればいいんだ……」
その一言で、空気は完全に凍りついた。
“憎むべき存在”に救われたという現実。
そして――“信じてきた存在”に裏切られていたかもしれないという疑念。
拠点を満たす空気は、
総帥への揺るぎない信仰と、否定できぬ事実の狭間で――
重く、苦しく、静かに揺れ動いていた。
⸻
ーー夜・龍の巣窟拠点の外れ
夜風が荒野を渡り、乾いた砂を撫でていく。
その中を、ユージはひとり、足を引きずりながら拠点の外れへと歩いていた。
背後で、砂を踏む足音が重なる。
「……寝れないのか?」
振り返ると、ライトが立っていた。
ユージは苦笑し、わずかに肩をすくめる。
「お前は……もう動けるのか?」
「おう。俺はタフだからな」
軽く言ってみせるライトに、ユージは鼻で笑った。
「……昔から変わらないな。
《自動回復》のスキルは伊達じゃないな」
「へへっ……それがな。これは《スキル》じゃなかったらしい。龍族の回復力だそうだ」
「……マジかよ」
久しぶりに交わす、他愛のない言葉。
その間には、懐かしさと、ほんの少しの照れくささが漂っていた。
ライトは夜空を見上げ、星を眺めながらぽつりと呟く。
「……こうしてまた、ユージと話せるなんてな。
俺は正直、嬉しい」
ユージはしばらく黙り込み、やがて視線を落とした。
「……俺は、素直に喜べなかった」
ライトは何も言わず、続きを待つ。
「お前が生きてるかもって思った時……自分の決心が揺らぐ気がしたんだ」
ユージの声は低く、どこか自嘲を帯びていた。
「ノイスを目の前で失ったあの時から、俺は復讐を誓った。
魔族を殲滅することだけを考えてきた……
魔族の味方をするライトなんて認めたくなかった……」
「……」
ライトは、そっとユージの肩を叩いた。
「まあ、こうして話せてるんだから、もういいじゃねぇか」
「いってぇ!触るなよ! 俺は怪我人だぞ!」
「へへっ、わりぃ、わりぃ」
思わず二人の間に笑いが零れる。
「でも……この感じ。懐かしい」
「ああ……」
だが、その笑いの余韻の奥で、
二人の脳裏には同じ人物の姿が浮かんでいた。
もう、ここにはいない――ノイスの姿が。
しばらくの沈黙のあと、ライトが口を開いた。
「……龍討伐に向かった時の野営でな」
ライトが夜空を見たまま、静かに語り始める。
「こうして夜、ノイスと二人で話したことがある」
ユージは、少し驚いたように視線を向けた。
「あいつ、ずっと日記の翻訳をしてただろ?
“聖剣の姫ヘレン”について書かれた記録で……
人間と魔族の共存が綴られていた」
ユージは黙って耳を傾ける。
「それを翻訳して、読み終えたあと、ノイスが言ったんだ。
“人間と魔族が争わない世界が来たらいいな”って」
ライトの声は静かだったが、確かな熱を帯びていた。
「……その言葉のおかげで、俺は今ここにいる」
ユージは、力の入らない手をぎゅっと握りしめる。
「……そんな話……俺にはしてくれなかった」
悔しさと、寂しさが滲む声。
「……ユージは、あの頃から魔族を憎んでたからな。
ノイスも、言いにくかったんだと思う」
そこで、ライトは言葉を切った。
「いずれはユージにも話すと思ってたが……その後、すぐに逝っちまったからな……」
続きを言わず、夜の沈黙が二人を包む。
やがて、ユージが低く問いかけた。
「……これから、どうするつもりだ」
「ノイスの夢だった“人間と魔族の共存″――それを、この人魔革命団で実現させたい」
即答だった。
「……人間と魔族の間には、深い溝がある。
憎しみの連鎖も、簡単には断ち切れない」
ユージが低く釘を刺す。
「ああ。険しい道だってことくらい、わかってる」
それでも――
ライトは、視線を逸らさなかった。
「でも、目指さなきゃ――
絶対に、辿り着けねぇだろ」
ユージは思わず、短く息を吐いた。
「……なんか、お前……変わったな」
「そうか?」
「俺が憎しみに囚われて、ずっと足踏みしてた時も……
お前は、前だけを見て進んでたんだな」
その瞳には、悔しさと――
ほんのわずかな羨望が滲んでいた。
ライトは、すぐには答えなかった。
夜風に揺れる星を一度だけ見上げてから、静かに口を開く。
「なあ……もう一度、三人で歩き出さないか。
ノイスの分まで」
ユージは答えず、自分の手と、動かぬ足を見下ろした。
「……悪いけど、すぐには答えられない。
体も、元通り動くかわからないしな」
それでも――顔を上げる。
「だけど……お前には、協力したいと思ってる」
二人は言葉を交わすのをやめ、並んで夜空を仰いだ。
互いに抱える想いは違えど、再び肩を並べる日をどこかで信じながら。
背後から、わざとらしく足音を立てる気配がした。
「……もしかして、と思ってついてきたら。
ずいぶん男臭いことしてるじゃねぇの」
振り返ると、腕を組んだグレンダが呆れたように立っていた。
その隣では、アヤが少し困った顔で見ている。
「まったく……ユージも勝手に抜け出すんだから……」
どうやら二人は、ユージが拠点を離れたのに気づき、
それを追ったライトの後を、さらに追ってきたらしい。
しばし沈黙した後、アヤがぽつりと呟いた。
「でも本当に良かった……魔導生物になっちゃった時はもうダメかと思った……」
夜風に紛れるほど小さな声だった。
「心配させて悪かった……」
ユージが気まずそうに謝る。
グレンダがライトの肩に手を置く。
「しっかし、あの龍鈴ってのはすげーな。
魔導生物も戻せちまうのか?」
ライトは小さく首を横に振った。
「いや、ユージの体内には龍鈴の魔素が流れていたみたいなんだ……龍鈴が捕まった時に取り出されたんだろう」
悲惨な光景を思い出し、ライトの声はわずかに震えた。
アヤは眉をひそめ、思い当たる節を辿るように言った。
「……総帥の《祝福の刻印》はスキルじゃない。
魔素を取り出して、無理矢理他の人間に埋め込む人体実験なの」
言葉の端に、怒りが滲む。
「……まったく人間のやることじゃねぇな」
グレンダは吐き捨てるように言い、拳をぎゅっと握り締めた。
「《祝福の刻印》を受けた時、抑えきれないほどの力を手に入れた……
まさか、龍型の魔素を埋め込まれていたなんて……」
ユージは自分の手を見つめ、ぎゅっと力を込めて拳を握りしめた。
アヤは、静かに向き直る。
「もう同じことは……繰り返させない」
「……だな」
グレンダは歯を食いしばり、低く唸った。
「《祝福の刻印》……
結局、これ自体をどうにかしねぇとダメってことか」
ライトが確認するように呟いた。
「これ以上……人間を魔導生物にされて、たまるかよ」
グレンダの言葉には、怒りだけでなく、
覚悟に近い重みが込められていた。
夜の闇の中で、
それぞれが“戦うべき相手”を、改めて胸に刻んでいた。




