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第七十五話 ユージ暴走の理由

龍鈴は一度、深く息を吸い込んだ。


そして――

魔導生物となったユージの正面へと歩み出る。


両の掌を胸の前で合わせ、ゆっくりと前へ翳した瞬間、

彼女の全身を包むように、翠色のバリアが展開された。


次いで、その手が――

暴れ狂う魔導生物の腹部へ、静かに触れる。


「グガアアアアア!!」


苦悶と怒りを混ぜた咆哮。

魔導生物は振り払おうと暴れ、影を纏った腕を叩きつける。


だが――


ガァンッ!


バリアがその腕は弾き、火花が激しく散った。


「やるな……! あの龍型……ユージの攻撃を止めやがったぞ!」


思わず声を荒らげるグレンダ。


しかし、ライトは歯を食いしばったまま首を振る。

「いや……あれじゃ……一時凌ぎにしかならねぇ……」


「グワァグワワア!!」

魔導生物は怒り狂い、影の刃を龍鈴へ向ける。


ズガンッ!

ズガァンッ!

ギィンッ!


何度も叩きつけられる斬撃。

翠色のバリアに、蜘蛛の巣のような亀裂が走った。


「龍鈴ッ!!」


叫ぶライト。

だが、体は動かない。


そして――


バリン、と音を立てて、バリアが砕け散った。

影の刃が龍鈴の身体を捉える。


ズシャッ!

ズシャッ!

ズシャァッ!


血が散り、彼女の身体に幾筋もの裂傷が刻まれていく。


それでも――

龍鈴は、一歩も退かなかった。


微動だにせず、両の手を翳し続ける。


「ねえ?ライト!……あの子は何をしているの?

任せて大丈夫なの?」

アヤの声が、震えながら漏れる。


「……今は、龍鈴を信じて待つしかねぇ」

そう答えながらも、ライトは彼女の姿を直視できず、拳を強く握り締めた。

(龍鈴……何しようってんだよ……)

その時だった。


「おい……見ろよ……!」


グレンダの声に、二人の視線が集まる。


魔導生物と化したユージの全身が――

淡く、光を帯び始めていた。


「……どうなってんだ……!?」


やがてその光は、龍鈴の手が触れている場所へと引き寄せられていく。

まるで、吸い上げられるように。


「……もう……苦しまなくて良いのですよ……」

龍鈴の、静かな声。

 

「グワァグアアアアア!!」

影が斧、槍、鎖になり、龍鈴に襲いかかる。


――グシャッ!

 

「……っ!」

しかし、光は次第に凝縮され、

結晶のような物質へと形を変えていく。


「……あれは……魔昌核……!?」


ライトが息を呑む。


――それは、かつて西の魔族たちが使用した“魔昌核″そのものだった。


そして、龍鈴の胸元からも、淡く輝く核が浮かび上がった。


「グウウオオオオオオ!!」


断末魔のような咆哮。


魔導生物の胸元から、

魔昌核が引き抜かれていく。


「な、何が……起きてるの……!?」

アヤの声は、理解を拒むように震えていた。

 

「グワァァァワア……」

魔昌核を失った魔導生物は、

急激に力を失い、影は消え去る。


そしてその姿は――

歪んだ異形から、元のユージの姿へと戻っていった。


荒野を包む、沈黙。


「……ユージ……」

涙で滲む視界の中、アヤが必死に名を呼ぶ。

「……本当に……戻ったの……?」


その声に、応えるように――

ユージの胸が、微かに上下した。


「……どんな魔法だよ……ちくしょう……」

グレンダが、乱暴に言い捨てる。

 

「……すげぇじゃねぇか……あいつ……」

その目尻は、確かに濡れていた。


「龍鈴……! ユージ……!」

安堵の声を漏らしながら、ライトは血に濡れた腹部を押さえ、必死に立ち上がろうとした。

 

視線の先で、龍鈴は膝をついたまま荒く息をついている。それでもなお、両手はユージへと翳されたままだった。


「……なんとか……うまくいきました……」


弱々しくも、確かな安堵を含んだ微笑み。

その姿に、誰もが胸を締め付けられる。


「ユージ!!」

アヤはすぐにユージのもとへ駆け寄る。

 

ライトも体を引きずるようにして、龍鈴のそばへと近づいた。


「……ユージの中から、魔昌核が現れた。

いったい……どうなっているんだ……?」


問いかけに、龍鈴は一度深く息を吐き、静かに答えた。


「……彼の中に感じたのです。父の……

いえ、正確には――私自身の魔素を」


「……ユージの中に、龍鈴の魔素が……?」


「はい。

以前、切り取られた私の一部から魔素を抽出し、

それをユージさんの体内に埋め込んだのでしょう。

人間に龍族の魔素を移植するなど……無茶苦茶です」


「……龍鈴が捕まっていた、あの時の……」


「ええ。

私の魔素は、魔王・黄龍の魔素と同質のものです。

それを人間の肉体で受け止めるなど……自殺行為に等しい。

……よく、ここまでもったものです」


「……だから魔素を抑えきれず、魔導生物に……」


龍鈴は、小さく頷いた。


「拠点でライトを待っていた時、私は魔昌核の反応を感じました。

最初は、ニャルカさんたちが近くに来たのかと思ったのですが……」


一度、言葉を切る。


「……どこか、違っていたのです。

何か嫌な予感がしてしまって……」


わずかに視線を伏せ、龍鈴は申し訳なさそうに微笑んだ。


「今回の件は、ライトにすべて任せるつもりでした。

でも……どうしても、じっとしていられなくて……」


「……いいんだ」


ライトは首を振り、力なく笑う。

「来てくれて……本当にありがとう……」


「来てみたら、ユージさんが魔昌核の力を制御できずに暴走しているように見えました。

だから……ニャルカさんたちと同じように、

魔昌核として吸収できるのではないかと……」


一瞬だけ、胸元を押さえる。

息を整えるようにして、静かに続けた。


「……結果的に、うまくいって……本当に、良かったです」


その言葉を聞いた瞬間――

ライトは衝動に突き動かされるように、一歩踏み出した。


そして、迷いなく龍鈴を強く抱きしめる。


「……無事で良かった……龍鈴」


震える声で、噛みしめるように続けた。


「それに……ユージを救ってくれて、本当にありがとう。

あいつは……俺の、大事な友達なんだ」


突然の抱擁に、龍鈴は一瞬、目を見開いた。

だがすぐに、その表情は和らぎ――

そっと微笑みながら、静かにその胸に身を委ねた。


少し離れた場所で、その光景を見ていたグレンダは、無意識のうちに拳を握りしめていた。


「……ったく。そういうことかよ」

胸の奥に、ちくりとした痛みが走る。

龍鈴を抱きしめるライトの表情は――自分に向けられるものとは、どこか違って見えた。


「……クソッ。今は、そんなこと考えてる場合じゃねぇのにな……」

小さく吐き捨て、一度だけ空を仰ぐ。


胸の奥に残る感情を押し込めるように深く息を吸い込み、ぐっと表情を引き締めると、ゆっくりと皆のもとへ歩み寄っていった。


一方、アヤはユージを抱きかかえていた。

その身体は力なく、浅い呼吸を繰り返すのがやっとの様子だった。


「……ユージ……」


震える声で名を呼びながら、アヤは膝をつき、そっと彼の頬に手を伸ばした。


「ねえ……聞こえるでしょ? 私よ……アヤよ……」


必死の呼びかけにも、ユージの瞳は閉じられたまま。

声は次第に掠れ、堪えきれず落ちた涙が、彼の頬を静かに濡らした。


「お願いだから……目を開けて……!」


その時だった。


「……う、うぐ……」

かすかな声が漏れ、閉じられていた瞼が微かに震える。

 

「ユージ!!」

涙混じりの叫びが荒野に響いた。


「……ぐっ……俺は……一体……」


ぼんやりと周囲を見渡し、困惑した表情でアヤを見る。


「……もういいの。もう、戦わなくていいの……」

泣き笑いのような顔で、アヤは彼の手を強く握りしめた。


「ユージ……」

傍に立つライトが、安堵の息とともに名を呼ぶ。


「……ライト……俺は……」

 

「何も言わなくていい。無事で良かった」

肩に手を置き、心からの笑みを向ける。


「まったく……ユージもしぶといな」

苦笑混じりの声を漏らすグレンダ。その声音には、確かな温もりがあった。


ユージは二人を見回し、やがてアヤへと視線を戻す。

「……アヤ。これは……何があったんだ?」


一瞬言い淀みながらも、アヤは真っ直ぐ彼を見つめ返した。

「……ユージは“魔導生物″になって、暴走していたの」


ユージは驚いた顔をするが、ただ静かに耳を傾けていた。


「総帥の《祝福の刻印》は、神の力でもスキルでもなかった……人体実験で、他人の魔素を何らかの形で体に注入して、無理やり力を与える……そんなものだったの」


悔しさを噛み殺すように、拳を握りしめる。


「その力に耐えられなかったり、制御できなければ……自我を失って暴走する。そうして生まれたのが――“魔導生物”よ」


「おい!待てよ……魔導生物って……前に連盟の試験で使われてた……あれのことか?」

愕然とした声で、ライトが割り込む。


「ああ……あれは、魔族殲滅軍の人体実験で制御できずに作られてしまった、元人間だ」

グレンダはバツの悪そうな顔をする。

 

「そ、そんな……!」

試験で戦った光景が脳裏をよぎり、ライトの表情が強張る。


「……そんな……。総帥がそんなことを……」

信じていた総帥の実態を知り、ユージは視線を落とした。


「ユージ……」


ふと、自分の両手を見つめ、低く呟く。

「……どうして俺は……元の姿に……?」


「……あの子が、ユージを戻してくれたの」


アヤの視線の先に、傷だらけで膝をつく龍鈴の姿があった。


「あいつは……俺が捕らえた龍型……」


「ああ、龍鈴って言うんだ……」

ライトが静かに補足する。


「……あの龍型が……俺を助けたっていうのか?

捕らえて……酷いことまでした、この俺を……」


声は震え、強がるように睨みつけた視線の奥で、

迷いと動揺が激しく揺れていた。


「どうしてだ……。

恨まれることはあっても……

助けられる理由なんて、どこにもないはずだっ!」


無理に声を荒らげたせいか、

ユージは胸を押さえ、苦しそうに息を詰まらせる。


「……龍鈴は、そういう奴なんだ」


「ありえない! 魔族が人間を……俺を助けるなんて……! じゃあ、今まで俺がやってきたことは一体……!」


憎悪と困惑、感謝と拒絶。

相反する感情が、ユージの胸を引き裂いていく。


「ユージ……魔族すべてを許せとは言わねぇ」

ライトは静かに言った。


「だがな、こうして人間に手を差し伸べようとする魔族がいる……それだけは、知っておいてくれ」


「……それでも、俺は……魔族が嫌いだ!憎い!」

さらに言葉を継ごうとした、その瞬間。


コツン、と軽い音。


「こら、ユージ!!」

アヤが、彼の頭を小突いた。


「助けてもらったんだから、ちゃんとお礼を言いなさい!」


「上官に向かって何を――」

「何が上官よ! みんなに迷惑かけて!

魔族にも助けられて!」

アヤはユージの言葉を遮る。


「それは……だな。でも――」

 

「“でも”じゃないの! 助けてもらって、お礼も言えないなんて――そんな小さい人間だったの!?」

ぽこぽことユージを叩くアヤ。


「お、おい! こいつ、怪我人に手ぇ上げたぞ!? なあ? なんとかしてくれ!」

慌てて助けを求めるユージに、グレンダが吹き出す。


「ははっ! アヤはやっぱ、そうじゃなくちゃな!」


「へへっ……だな。ユージ、ここは大人しく言うこと聞いといた方が身のためだぜ?」


「ほら、ユージ!」


「……あ、ありがとな……。で、でも勘違いするなよ! 魔族を認めたわけじゃないからな、俺は……!」


「はいはい。よく出来ました。もうそれで十分よ」


そのやり取りを見て、龍鈴は静かに微笑み、小さく会釈した。


「……今の、伝わってるのか? 言葉、わかるのか?」


「俺が“魔素疎通”で伝えてる」


「……魔素疎通?」


「魔族は人間の言葉をそのまま理解できない。だから魔素を介して、意思を伝えるんだ」


「……なんでお前、そんな事が出来るんだ?」


ライトは一瞬だけ視線を伏せ、そして真っ直ぐにユージを見据えた。


「……俺は、人間と龍族の混血なんだ。

この力も、この回復力も……龍の血を引いてるせいだ」


一瞬、言葉が落ちる。


「なっ……そんな大事なことを、今さら……!

……なんで、今まで黙ってたんだ!」


責めるというより、動揺がそのまま声になっていた。


「俺自身も、知らなかったんだよ」


ライトは小さく息を吐き、夜空から視線を戻す。


「龍鈴に命を助けられて……その時、初めてわかった。

自分の中に、龍の血が流れてるってことを」


しばしの沈黙。


ライトは、必要なことだけを選びながら、これまでの出来事を語った。

龍鈴と出会ったこと。

命を救われたこと。

そして――自分が何者なのかを知った、その瞬間のことを。


ユージは、黙ったまま最後まで聞いていた。

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