第七十三話 和解
影の刃が腹部を貫き、ライトはそのまま地へ突っ伏した。
「ふははははは! 俺の勝ちだ……」
勝ち誇る笑い声が、荒野に響いた。
「……な、なんてことを……!」
アヤが息を呑み、
「ユージの奴、騙し討ちみてぇな真似しやがって……!」
グレンダが歯噛みする。
血を吐きながら、ライトはなんとか膝をついた。
「……くっ……くそ……」
「まだ息があるのかァ!? しぶといな、龍型はァ!!」
影が蠢き、再び鋭利な刃へと姿を変えて迫る。
「……ぐ、ぐ……《光の盾》ッ!」
咄嗟に展開された光の壁が直撃を受け止める。
だが衝撃を殺しきれず、轟音と共にライトの身体は弾き飛ばされた。
「おいおいおい!まだ抵抗するのか……?
ライトはあの時……龍型討伐の時に死んだんだ!
生きてちゃダメなんだよおぉ!!」
影が四方から襲いかかる。
「……ぐ、ぐはっ……やべぇ」
《光の盾》を構えるも、攻撃の数が多すぎる。
影が掠め、突き、裂き――血が飛んだ。
「ふははははは! 最高の気分だ!!
何が共存だ!何が平和だ!!
魔族がそんなことを口にするなァ!!」
カゲロウの攻撃は緩まるどころか激しさを増していく。
「ここで倒れるわけにはいかねぇ。
俺を信じてくれた仲間たちがいるからな……」
「……仲間だと……?
俺がひとり孤独に苦しんでいた時に、お前は仲間だなんだとノイスを殺した魔族たちと楽しく過ごしていたっていうのか……?」
影の攻撃がさらに強まる。
「お前は孤独なんかじゃねぇ……
アヤたちがいるだろうが!!」
「俺の何がわかる!! 黙れ!!!」
影がライトを吹き飛ばした。
グレンダが身を乗り出す。
「おい!やべぇぞ! このままだとライトがやられちまう!」
アヤが涙を流しながら、叫ぶ。
「ユージ!!お願い!やめて!!」
カゲロウが口角を上げる。
「ふっ、バカな女どもだ!!
魔族に肩いれするとは……処罰対象だ!
帰ったら、拘束して二度と外に出れないようにしてやる!」
「黙って聞いてれば……ごちゃごちゃと……
いつからそんなお喋りになったんだ!ユージ!!」
その咆哮に応じるように、《光の盾》が形を変える。
盾は球体となり、ライトの全身を包み込んだ。
影の攻撃はその球体に阻まれる。
「……これは、龍鈴の真似だ。へへっ……出来るもんだな……」
「そんなもの! 時間稼ぎにもならんぞ!
球ごと握りつぶしてやる!」
影が巨大な“手”へと変じ、光の球体を鷲掴みにする。
地鳴りのような圧迫が内側へと押し寄せ、球体が軋みを上げた。
それでも――ライトは笑った。
苦痛に顔を歪めながら、それでも確かに。
「……さすがユージだぜ。こっちが対策しても、すぐ対応してくる。
そんなお前に……俺は何度も助けられた」
「……何を、今さら……!」
圧迫が強まる中、ライトの声だけが、はっきりと響く。
「覚えてるか?
俺たちがまだ子供の頃……三人で無茶して森の奥まで行って、魔族に囲まれた時のことを……」
一瞬、影の締め付けが鈍る。
「ノイスなんてワンワン泣いちまって……俺もどうしていいかわからず動けなかった。
けどユージだけは違った」
光の球体が、わずかに輝きを増す。
「状況を見て、的確に指示を出して……
絶望的な場面でも、あの時のお前は――俺たちを導いてくれたんだ」
「うるさい!! だから、なんだと言うのだ!!」
怒鳴り返されても、ライトは怯まない。
「……だからこそだ!!
今みたいに周りが見えなくなってるなんて、お前らしくねぇんだよ!!」
言葉に呼応するように、光の球体が強く脈動し、
カゲロウの影を押し返す。
「ユージ!!
お前は今――自分を見失ってる!!」
球体の内側で、ライトは再び《光の剣》を構えた。
「本当のユージは――
金にうるさくて、ちょっとカッコつけで……
それでも優しくて、仲間思いで、誰よりも頼りになる奴なんだ!」
剣先から迸る光が、空気を震わせる。
「だが今のお前は……
復讐に囚われて、そばで泣いてるアヤの涙にすら気付かない……
――ただの、バカ野郎だ!!」
光が炸裂する。
一閃。
轟音と共に影が弾け、
カゲロウの身体は荒野へと叩きつけられた。
「《光の剣》――最大出力!!
うおおおおおお!!もっとよく周りを見てみろよ!!
大事にしなきゃいけねぇもんが沢山あるだろうが!」
ライトの膨れ上がった光がカゲロウの影を照らし、消し去っていく。
「ぐわああああ!! 俺の影が……光に消されていく……」
――ズドォン!
光の中で鈍い音が響き、カゲロウは地面を転がっていく。
吹き飛ばされた先で、カゲロウは荒く息をつきながら倒れていた。
その視界の端に――涙をこぼし、必死に立つアヤの姿が映る。
「……ユージ。もう、やめて……。復讐なんて……終わりにしよ」
地に伏したまま、力の入らない声が返る。
「……ア、アヤ。何故お前がそんなことを言う?
お前も……魔族に故郷を滅ぼされて……
憎んでいたはずだ……俺と、同じはずだろ……?」
震える問いかけに、アヤは唇を噛みしめた。
「……確かに、そうだった。
私も魔族が憎くて、憎くて……仕方なかった」
一歩、彼に近づき、声を張る。
「でも……復讐に囚われていたら、先には進めないの!」
「……魔族のいない世界を作るまでは……
俺に“先”なんて……ない……」
その言葉を聞いた瞬間、アヤは膝をつき、彼の身体を強く抱きしめた。
「そんなこと言わないで……!
私はユージに救われたの……!」
嗚咽混じりの声が、荒野に落ちる。
「復讐しかなかった私を……前に進ませてくれたのは、ユージなの!
だから今度は……今度は、私の番なの!」
「……それは、俺が天狗を倒したから……だろ……?」
かすれる問いに、アヤは首を振った。
「違う……。
ユージは、復讐しかなかった私の“心”を埋めてくれたの」
顔を上げ、涙をこらえながら続ける。
「不器用で、カッコつけで……
でも優しくて、頼りになって……
――そんなユージが、私は好きなの!」
その言葉に、カゲロウの瞳が大きく見開かれた。
胸の奥に溜め込んでいた何かが、今にも溢れ出しそうになる。
そこへ、血に濡れた身体を引きずりながら、ライトが歩み寄った。
「……アヤだけじゃねぇ。俺だって、同じだ」
《光の剣》を下ろし、真っ直ぐに見据える。
「ユージ。お前は俺の大事な家族だ。
復讐に縛られてる姿なんて……見ていたくねぇよ」
少し離れた場所から、グレンダがぶっきらぼうに吐き捨てる。
「お前のことは好かねえけどな。
……それでも、アヤにはお前しかいないんだ。
あんま、心配かけんな」
三人の言葉が、重なり合い――
カゲロウを覆っていた闇を、少しずつ削り取っていく。
「俺は……俺は……っ」
影を纏っていた腕が震え、力なく地面に落ちた。
歪んでいた表情が崩れ、頬を伝って涙が零れ落ちる。
「……どうしていいか、わかんなかったんだ……」
嗚咽を噛み殺しながら、言葉を紡ぐ。
「ノイスも……ライトも……
大事な仲間が、いなくなって……」
拳を握りしめ、声を絞り出す。
「復讐に振り切った俺には……
ライトが生きてるなんて……認められなかった……!」
涙が止まらない。
「偽物じゃないって……本当は、わかってた……
でも……ライトが生きてて……
しかも、魔族との共存を望んでるなんて……
それを認めたら……もう俺は……俺でなくなる……!」
ライトはゆっくりと歩み寄り、静かに言った。
「大丈夫だ、ユージ。
お前は――お前だ」
その瞳を逸らさず、続ける。
「まだ間に合う。
……なあ、昔みたいにさ。
くだらねぇことで笑ったり、
ちょっとしたことで喧嘩したり……
そんな風に、戻れねぇか? 俺たち……」
ユージの瞳から、また一筋、涙が落ちる。
「……俺だって……本当は、そうしたかった……
ライトと……もっと話したかったし……
また……笑い合いたかった……」
ライトは、静かに頷いた。
「なら――もう一度、やり直せばいい。
俺たちはまだ……仲間なんだから」
「……ありがとう、ライト。
アヤ、グレンダ……迷惑かけて……すまなかった」
「っけ……今さら何言ってんだよ」
グレンダは荒っぽく涙を拭う。
アヤは涙に濡れた瞳で、そっと手を差し出す。
「……ユージ。もう……一緒に、帰ろう」
その手を――ユージが、握ろうとした。
その瞬間。
――ドクンッ!!
心臓を直接掴まれたかのような、異様な鼓動。
「ぐわああああああああああっ!!」
全身に刻まれた刻印が、禍々しい黒に染まり、激しく脈打つ。
ユージの身体が大きく仰け反り、痙攣する。
希望を掴めそうになったその刹那――
その膨大な力は憎悪が薄まった彼を侵蝕し始めた。
「おい……どうなってんだ!! ユージ!!」
ライトの叫びが荒野に響いた。
「ま、まさか……!」
異変を察したグレンダが、息を呑む。
「もしかして魔導生物になりかけてる!!
だめ……ユージ!! 呑まれてはだめよ!!」
「ぐがああああああああああ!!
俺は……俺はああああああ!」
アヤの必死の叫びも、もはや届かなかった。
カゲロウの身体が、内側から裂けるように膨張する。
骨が軋み、皮膚が引き伸ばされ、黒く歪んだ瘴気が噴き出した。
「……なんだよ……これは……!!」
ライトの喉から、呆然とした声が零れる。
かつて“仲間”だった姿は、瞬く間に失われていく。
腕は異様に肥大し、背は盛り上がり、関節は人の構造を捨てていった。
それはもはや――人でも、戦士でもない。
「おい!お前ら!! 下がれぇ!!」
グレンダの怒号が飛ぶ。
だが、突然の光景に魔族殲滅軍の兵士たちは理解が追いつかず、混乱の中で立ち尽くしていた。
「これが……これが総帥の《祝福の刻印》の正体なの!」
アヤの声は震え、恐怖と絶望に染まっている。
「力が制御できなくなれば……魔導生物になってしまうの!
魔導生物になってしまったら……敵味方なんて関係なく暴れるわ! みんな、逃げ――」
その言葉をかき消すように。
「グガアアアアウオオオオオ!!」
耳を引き裂くような咆哮が、荒野を震わせた。
巨体が暴れ出す。
振り回された腕が、兵士たちをまとめて薙ぎ払った。
「うわああああああっ!!」
悲鳴が連鎖し、隊列は一瞬で崩壊する。
人が、人形のように宙を舞い、地面に叩きつけられていった。
「グワァグワワアアア!!」
そこにユージの面影はなく、ただ暴れる化け物へと成り代わっていた。




