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第七十話 殲滅命令

ーー魔族殲滅軍・本部


白い壁と軍旗に囲まれた広間で、魔族殲滅軍の幹部たちが静かに整列していた。

広間を満たす沈黙は、張り詰めた糸のように細く、鋭い。


その最奥。

白を基調とした衣装に身を包んだ男が、一歩前へと出る。


穏やかな微笑みを湛えたまま、静かに声を響かせた。


「皆さん……今、我々“人間”に迫っている最大の脅威が何か。お分かりでしょうか?」


誰も答えない。

答える必要などないと、全員が理解している。


わずかな間を置き、男は言った。


「――人魔革命団です」


その名が落ちた瞬間、

広間の空気が目に見えて硬直した。


幹部の中心にいる仮面の男の肩が、わずかに跳ねる。

濃い影を纏う――カゲロウだった。


「彼らは、喋る魔族を筆頭に、人間と魔族の共存を謳っています。

ですが……それは、耳障りの良い欺瞞にすぎません」


声は柔らかく、諭すようでありながら、

その言葉は確実に人々の記憶を掘り起こしていく。


「彼らは人間の領地へ踏み込み、秩序を乱し、

社会を内側から崩そうとしている。

……なんと、悍ましいことでしょう」


誰かが唾を飲み込む音がした。


「忘れてはなりません。

我々が、どれほど魔族に苦しめられてきたかを」


淡々と語られる言葉が、

恐怖と怒りを同時に呼び覚ます。


「奪われた命。流された血。

魔族とは――その気まぐれ一つで、人を殺す非常に危険な存在なのです」


広間の空気が、確実に“敵”を定義していく。


「……だからこそ、野放しにはできません。

人類の未来のために――殲滅すべきなのです」


男の視線が、ゆっくりと広間をなぞり――

一人の青年の前で止まった。


「どうですか?体調はいかがですか?カゲロウ君」


突然名指しされた形になり、

カゲロウは堂々と一歩前へ出た。


「……問題ありません」


歩み寄った男が、その肩に静かに手を置いた。

慈愛に満ちた仕草だった。


「実に素晴らしい!

あなたは《祝福の刻印》を、さらに深く受け入れ、

その意志の強さで耐え抜いてみせました」


満足げに頷く。


「これほどの祝福を受け止められた者は、史上初です」


声が広間に反響する。


「皆さん。

彼の勇気と功績に、盛大な拍手を」


拍手が起こった。

最初はまばらだったそれは、すぐに波のように広がり、

熱を帯びた視線が青年に集中する。


その肩に置かれた手は、離れない。


「そして、今回の人魔革命団拠点への侵攻――

そして殲滅任務を、是非ともあなたに任せたい」


広間が、再び静まる。


「前回の龍型の生捕り。

あの成果は、我々にとって計り知れない価値がありました」


カゲロウは視線を落とし、短く答える。


「……光栄です。

命じられれば、必ず果たします」


満足げな笑みが、さらに深まる。


「あなたの手腕と、“祝福”の力があれば、

悪しき人魔革命団の殲滅も容易なはずです。

皆さんも、彼を支えてあげてください」


幹部たちが静かに頷く。


――だが、その中で。


カゲロウの秘書として参加するアヤだけが、明らかに表情を強張らせていた。


これ以上、彼に無理をさせるわけにはいかない。

胸の奥で、その想いが強く脈打つ。


全てが総帥の思惑通りに事が進んでいる――

そう理解した瞬間、背筋に冷たいものが走った。


(……絶対に、あの頃のユージを取り戻す)


どれほど深く刻まれようと、どれほど力に呑まれようと。


彼は“カゲロウ”なんかではない。

あの暗い影の奥にいるのは、間違いなく“ユージ”だ。


(絶対に総帥の思い通りになんかさせないんだから)


アヤは心の奥で、固く誓っていた。


「では、準備を。

後方支援は万全です。速やかに出立してください」


「……承知しました」


誇らしげな声。

使命に燃える戦士の声。


だが、その背中は――

誰にも気づかれぬほど、かすかに震えていた。


今にも暴走しそうな“力”を抑え込むので、精一杯であった。

すでに限界が近い。

それを悟っているのは、他ならぬ本人――カゲロウだけだった。


内側から溢れ出そうとする破壊衝動。

理性を削り、感情を喰らい、身体を蝕む力。


それでも彼は、微動だにせず立っている。

使命を果たす戦士として――

内側で軋む痛みも、溢れそうな狂気もすべて押し殺し、

苦痛の表情を一切表に出さぬ、完璧な仮面を被ったまま。


そして――

広間を満たす、拍手の音。


それは本来、祝福のはずだった。

使命を与えられた英雄を讃える、喝采のはずだった。


だが、アヤの耳には違って聞こえた。


それは――

死地へと歩み出すユージの背後から、

気配を殺した死神が、ゆっくりと距離を詰めてくる足音。


逃げ場を塞ぎ、戻る道を断ち、

“役目”という名の檻へ追い込む、冷たい音だった。


アヤは唇を噛みしめる。


――もうこれ以上、ユージを失わせるわけにはいかない。総帥の目の届かないこの侵攻任務がきっと最後のチャンス。

拍手の渦中にいる彼の背を見つめながら、

彼女の胸に、静かで決定的な覚悟が灯っていた。



ーー魔族殲滅軍・訓練場


任務を言い渡された広間を後にし、アヤは早足で廊下を進んでいた。

向かった先は、訓練場の片隅。壁にもたれ、汗を拭っているグレンダの姿があった。


「……グレンダ! ユージが、総帥から直接命令を受けたわ」


低く切り出された声に、グレンダは眉をひそめる。


「命令? 何だってんだ」


「……人魔革命団の拠点への侵攻と殲滅。軍を率いて、すぐに出発するそうよ」


その言葉に、グレンダは手にしていたタオルを放り投げた。

床に落ちる音が、妙に大きく響く。


「やっぱりそうなっちまうか。それで、ユージは平気なのか?」


問いかける声には、苛立ちと心配が入り混じっていた。


「何とか自分を保ってはいる。でも……正直、限界は近いと思う」

アヤは拳を握りしめ、視線を伏せる。


「だから、私も同行するつもり。……ユージを、放ってはおけない」


「……あたしも行くぜ」


間を置かず、グレンダは言い切った。


「けど、人魔革命団ってことは……ライトとユージが直接ぶつかるんだろ?

あの二人が敵同士で戦うなんて……どうにかならねぇのかよ!」


アヤは悔しそうに首を横に振った。


「私だって、何度も説得したわ……でも、今のユージは、もう聞く耳を持ってくれない」


言葉のあとに、重苦しい沈黙が落ちた。

訓練場に残る熱気だけが、二人の間を満たしている。


やがて、アヤは周囲を確かめるように視線を巡らせ、ふと口を開いた。


「……それとね。アリスがいないの」


「……あ?」


「アリスの部屋にも、広間にも、ここにも。あの日以来……どこにも姿を見せていないの」


グレンダは顔をしかめる。


「……あいつ、どこ行ったんだ?」


「軍に確認したら、休暇を取っているとだけ言われたわ」


「……あんなもん見せられたんだ。ショックで休んでるのかもしれないな」

周りを確認して小声で呟くグレンダ。


「……そうなら、いいのだけど」


アヤの声が、わずかに揺れる。


「でも……アリスが、そんな理由だけで黙って姿を消すかしら」


言いようのない不安が、胸の奥に重く沈んだ。


だが――

立ち止まっている時間は、もう残されていない。


二人は互いに視線を交わし、無言で頷く。


それぞれの覚悟を胸に刻み、

ユージが率いる――人魔革命団殲滅の戦場へと、歩み出していった。



ーー魔族占領地の手前――連盟の秘密施設(前線集結地)

 

魔族殲滅軍の旗が翻り、朝靄を切り裂くように太鼓の音が鳴り響いた。

鋭い金属音、兵たちの掛け声、整列する足音――

出陣の気配が、本部全体を満たしていく。


その先頭に立つのは、カゲロウ。

背筋を正し、誇らしげに歩みを進めるその姿は、誰の目にも英雄そのものだった。


だが――

その内側では、破壊衝動、溢れ出そうとする力を抑え込むだけで、意識の大半が削られていた。


アヤとグレンダは、その背中を追う。

胸に去来するのは、力に蝕まれつつあるカゲロウの不安定な姿と、

人魔革命団との避けられぬ衝突を前にした、重く逃げ場のない覚悟であった。


そして――

その隊列の中に、アリスの姿はなかった。

彼女が何を選び、どこへ向かおうとしているのか。

二人はまだ知らない。



ーー人魔革命団・拠点。


ベラニカでの一件から、ライトたちは束の間の平穏を過ごしていた。

だが、その空は厚い雲に覆われ、どこか不穏な気配を孕んでいる。


雲間を裂くように、一匹の龍が大きく旋回していた。

やがて翼をたたみ、拠点の広場へと降下する。


――ドンッ。


土煙の中から姿を現したのは、偵察に出ていた龍兵のひとりだった。


「……報告いたします!

ゲトラム方面より、人間の軍勢がこちらへ向かって進軍中です!」


その一言で、広場の空気が一変する。

集まっていた団員たちの間に、ざわめきが走った。


「ゲトラム方面ってことは……まさか、魔族殲滅軍か!」


思わず声を荒げたライトに、龍鈴は静かに視線を落とす。

状況を整理するように、落ち着いた声で言葉を紡いだ。


「……そうかもしれません。

こちらはまだリュウガの傷も癒えていませんし、先の戦いで負傷した兵も多い。

それに――ドサイ将軍も西の地へ戻りました。

……本当に、嫌なタイミングですね」


重苦しい沈黙が、広場を包み込んだ。


「……あいつら、また龍鈴を攫いに来るつもりか?」

バッテンが歩み出る。


低く唸るような声に、ライトは首を横に振る。


「……目的はわからねぇ。

だが、魔族殲滅軍は――俺たちの理想にとって、避けて通れない相手だ」


その言葉に、龍鈴は小さく頷いた。


「ええ……その通りです。

できることなら、話し合いで解決したいのですが……」


団員たちの視線が、自然と二人へ集まっていく。

この場にいる誰もが、ライトと龍鈴の判断を待っていた。


「……龍鈴。

話し合いで済めば一番いい。けど、相手は魔族殲滅軍だ。

……龍鈴に酷いことをした連中だ。素直に耳を傾けるとは思えねぇ」


かつて囚われ、傷ついていた龍鈴の姿が脳裏をよぎり、

ライトは無意識のうちに拳を握りしめていた。


だが――

龍鈴はその言葉を否定することなく、静かに受け止める。


「……それでも、私は信じたいのです。

人間と魔族が、手を取り合える未来を」


その瞳を真正面から受け止め、ライトは小さく息を吐いた。


「……ああ、そうだったな。悪ぃ、少し焦っちまった。

時間はかかるかもしれねぇけど……きっと、龍鈴の想いは魔族殲滅軍にも伝わるはずだ」


二人は自然と顔を見合わせ、わずかに微笑みを交わす。


「……ライト。

いつも無理をさせてしまって、ごめんなさい。私の我儘ばかりで……」


「気にすんな!

龍鈴の願いは、俺たちみんなの願いだ!」


その真っ直ぐな声に、周囲の団員たちの表情にも、わずかな力が宿る。


「おうおう!

こんな時に見つめ合ってんじゃねぇよ、まったく!」

バッテンがライトと龍鈴を茶化して、かすかな笑いが広がった。


だが――

その空気の奥底には、確実に迫り来る戦の足音が、静かに忍び寄っていた。

 

団員たちが慌ただしく戦支度を始める中、ライトはひとり、広場の中央に立ち尽くしていた。


やがて、決意を固めたように顔を上げると、龍鈴の前へと歩み出た。


「……なあ龍鈴。このまま準備して待ち構えていたら、また乱戦になっちまうんじゃないか?

魔族殲滅軍は……魔族に対して、異常なほどの執念を抱いてる」


その言葉に、龍鈴は一瞬目を伏せ、静かに頷く。


「……そうですね。刺激するようなことは、できるだけ避けたほうがよいかもしれません」


ライトは拳を握りしめ、迷いのない眼差しで続けた。


「だから――俺がひとりで先行する。

今はこんな姿だけど……気持ちは人間だ。

俺ひとりで、魔族殲滅軍を待ち受ける。まずは、そこで話し合ってみる」


その一言に、広場の空気が凍りついた。


「なっ……お前ひとりで!?正気かよ!」

思わず上がったバッテンの叫びをよそに、龍鈴はライトをじっと見つめていた。

その瞳には、明らかな動揺が宿っている。


「……危険すぎます。

もし敵とみなされて、一斉に襲いかかられたら……」


心配を隠そうともせずに重ねられた言葉に、ライトは苦笑しながら肩をすくめた。


「心配してくれてありがとな。

でも……言葉が通じるのは、俺しかいねぇ。

人魔革命団は敵じゃない。共存こそが平和への道――

それを、俺がちゃんと伝えるんだ」


静かな決意が、広場を支配する。

団員たちは誰ひとりとして口を挟めず、その背中を見つめるしかなかった。


やがて龍鈴は、小さく息を吐き、ゆっくりと頷く。


「……そこまで言うのなら、お任せします。

ただし――兵は距離を置いて待機させます。

少しでも無理だと感じたら、必ず引き返してください」


「……ああ、わかった」


「必ずですよ。私たちには……ライトが必要なんです。

絶対に、無茶はしないでください」


その瞳に宿る切実な熱に、ライトは一瞬だけ言葉を失った。


そこへ、場の空気を壊すようにバッテンが割り込む。


「おいおい。

『私たち』じゃなくて……『私には』、じゃないのか?龍鈴様?」


「ま、まっ……!!

そ、それも……そうですけれど……!」


みるみるうちに頬を赤く染める龍鈴。

その様子に、張り詰めていた空気がわずかに和らぐ。


ライトは思わず笑い、肩をすくめた。


「へへっ。

なら龍鈴のためにも……絶対にやられたりなんかしねぇよ!」


仲間たちの視線を背中に受けながら、ライトは前を向く。


迫り来る魔族殲滅軍を迎えるため――

ただひとり、戦場へと飛び出した。

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