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第七話 ユージの憂鬱

ユージは、憂鬱だった。


一緒に育ち、三人で冒険者になり――そして、依頼を達成し、名も広まってきた。


ダメージをものともしない回復持ちの剣士・ライト。

折れた剣すら“回復”させ、《光の剣》で上位魔族の人狼をも倒した。

《ファイヤーボール:レイン》で沼一帯のベルゼバエを落としきった魔法使い・ノイス。

そして――金の管理、依頼書の選定、宿や飲食の支払いをする“俺“。


「なにこれ! 俺って二人の保護者みたいだな!」


薄々わかっていた。二人は“特別”だ。


ユージのスキルは《状態異常付与》。珍しくもない。強いとも言い切れない。

リック村では小回りの利く便利さで二人に劣らなかったが、強い魔族相手では通りが悪い。異常状態の耐性があったり、硬い皮膚でそもそも刃が取らなかったりと上手くスキルを活かせない。


集会所でも、噂になるのは主に二人。俺は“おまけ”。

(このまま置いていかれるのか……)


「二人には“ユージはすごい”って言われるけど、それが余計虚しくなるな……」


思わず口に出た独り言に、苦笑いが漏れる。


「いや……違うな。 強くなって実力で二人に並べばいい。落ち込んでる暇はない! 集会所に行けば、何か掴めるかもしれない」


ユージは二人に悟られないよう、ふらりと集会所へ向かった。


「おう! 活躍してるみてぇだな! ……って今日は世話役だけか、なんてな!」

(ムカッ)

いつもの軽口が、今日はやたら刺さる。


「今日の俺は機嫌が悪い。さっさと失せな」


軽口を叩く冒険者を睨みつけるユージ。


「おお、怖い怖い。俺に手を出すと“二人が黙ってねーぞ”ってか?」


カチン。

ユージは一歩で背後へ回り、ダガーの切っ先を喉元へ。


「不愉快だ。喋るな」


「じょ、冗談だって! マジになんなよ!」


そこへ――


「そこまでですよ。冒険者同士の争いは好ましくありませんねぇ」


気づけば、管理人デンケルが背後にいた。気配も音も、ない。

ユージ「……っ」

ユージは何故か体を動かせない。そして、手のダガーはデンケルに回収された。


「デンケルさん。助かったよ……」


「あなたもあまりからかうもんじゃありませんよ」

デンケルの威圧で大人しくなる冒険者。


「……いつから背後にいた!」

デンケルを睨みつけるユージ。


「はぁ……威勢が良いのはいいのですが……喧嘩を売る相手の実力もわからぬとは、なんとも」


「質問に答えろ! 何をしたっ!!」


再び構えを取るも、デンケルは相手にしない。


「残念です。あなたはもっと冷静な人だと思っていたのですが……期待してたんですけど、見当違いでした」

相手にされず、デンケルはその場を去る。


残ったのは、周囲の“哀れみ混じりの視線”。

ユージは耐えきれず、外へ飛び出した。


――人気のない路地。

ユージはダガーを素振りする。ただ、無心に。


「くそっ、くそっ!」


――なんだあの硬直。スキルか?

《状態異常付与》に近い。だが、俺は触れていないのに止められた。

しかも、気づかれず背後にまわられた。何のスキルだ?高速移動?瞬間移動?気配遮断とか?


「……悔しいが、スキルすらわからない俺じゃデンケルには勝てねえ」


「フッフ、いい分析です」


木陰から、デンケル。


「い、いつの間に……!どうなってやがる……」


「それよりもあなた……随分と焦っている様ですね?」


「……あんたには関係ないだろ」

バツが悪そうにユージは答える。

 

「関係あるんですよ。また揉め事を起こされても困るので。私は集会所の治安を守る使命があります」


「それが、あんたの仕事か?」


「フッフ。 興味、ありますか?」


「いや、特には」


「集会所には揉め事はつきものなんですよ。依頼の取り合い、手柄の横取り、新人いびり――そこで仲裁に入るのが私の仕事です」


「ご苦労なこった。……俺は特訓を続ける」

再びダガーを構えるユージ。


「このままだと、あなたは二人に置いていかれますよ。お一人で集会所に来たのは、何か掴みに来たのでしょう?」


「……なんでわかる。それがスキルか?」


「見れば、わかります。――何かを変えたいのなら、私の仕事を少し手伝いませんか?」


デンケルのことは気に入らなかったが、強さは本物。そしてスキルも気になる。ユージは短く息を吐いた。


「まあ……少しなら」

ユージは言われるがままデンケルについて行った。

 

――街外れ。男三人が何やら揉めている。

「まずは“揉め事の仲裁”ですよ」

デンケルは静かに男達の会話に聞き耳を立てる。

「……行かないのか?」

「しー! まずは状況を確認しましょう」


「お前! 何もしてない癖に、報酬三等分なんておかしいだろ!」

「最初にパーティ組む時に、山分けって約束だろ?」

「山分け? それはしっかり働いた奴が言うセリフだ!」


どうやら、報酬の取り分で喧嘩している様だ。そのうち掴み合いになる。

「いけませんねえ。冒険者同士がスキルを使って喧嘩したら怪我人が出るかもしれません。ちょっと行ってきてください」

背中を押され、前に出されるユージ。

「ちょ! おい!」


「何だ? お前は?こっちは取り組み中なんだ」


「えーと、まあ落ち着こうぜ。最初に山分けって決めたなら山分けにしないと駄目じゃないか?」

「こいつの肩持つのかよ!」

「部外者は黙ってろ!」

ユージに手を出そうとするが、ユージのダガーが首元に突き立てられる。

「ひっ!」


「嫌なら次から組まなきゃいいだろ? 今回は“最初の約束どおり”山分けにしろ」

「わ、わっかりました!」

退散する冒険者達。


「良いですね! 次行きましょう」


「きぃー! たっくんが他の女冒険者に取られた! 殺してやる!」

女冒険者が集会所で剣を抜いて喚いていた。

「おいおい! 落ち着けよ!そんな事しても何もならないぞ」

「はあ? こんなん落ち着いてられる訳ないでしょ!」

そこに一人の男が現れる。

「マリー! この間は違うパーティに誘われただけなんだ!俺が好きなのはお前だけだ!」

「たっくん……。勘違いしちゃってごめん……やっぱ好き!」抱き合う二人。


「……アホくさ」


――街から離れた道中

「あいつらが獲物を横取りしやがったんだ!」

「俺らはこの魔族討伐の依頼を受けたんだ!」

言い争う冒険者達。

「討伐依頼が出てるからって横取りはよくないな」

ユージが仲裁に入る。

「でも、横取りしないと達成出来ないだろ?」

「別の個体を探せ。 横取りは良くないからな」

――集会所

「俺らのパーティの魔法使いがあっちのパーティに取られたんだ!」

「パーティの移動は自由だ。 別に本人が良いなら問題ない!」


次々と冒険者達の揉め事を解決していくユージ。


「お見事です!」

デンケルは拍手していた。

 

「……意味あるのか? これ」


「では、次行きましょう」


半日、延々と“お悩み相談”。

「はあ、信じた俺がバカだった…… もう帰る!」

ため息をつくユージ。

「では、そろそろ“依頼”を受けるとしましょう」


「依頼? またお悩み相談か?」


「……素行の悪い冒険者の退治です」

空気が一変した。

「冒険者は戦闘に長けた人間です。 それは時に魔族よりも厄介になります。これは、そういった冒険者の拘束、もしくは暗殺になります」


「……暗殺だって?」


「要は“悪党退治”です。難しく考えないで良いですよ」


――アジト。

“冒険者上がりのチンピラ”が、報酬袋をあさって騒いでいる。

「……あいつらがターゲットか?」

「はい、そうです。 あの方達は依頼終わりの冒険者を襲い、報酬を奪ったり、依頼主に依頼を達成していないのに、嘘の報告をして報酬を貰ったりしています」

 

「思った通りのクソ野郎共だな」


「いるんですよ。冒険者になり、少し力を付けて勘違いする輩が……スキルも戦闘向きで中々手出し出来ません」


「そこで他の冒険者やあんたみたいなのが、相手するってわけか……」


「話が早くて助かります。それが裏の依頼書です」


「ひゃははは! 見たか?さっきの奴ら?」

「ああ! 弱い癖に俺らに逆らうからああなるんだ!」

報酬を片手に悪い笑みを浮かべる三人。

「真面目に依頼こなしてる冒険者は本当アホだぜ!」

冒険者達が話を始める。

「ユージさん。今回はあなたに任せますよ」

不服ではあるが、デンケルの言う事を聞くユージ。


ユージは気配を殺し、間合いを詰める。

ッカシン――小型クロスボウが囁く。


チクリ。

麻痺針がひとりの首筋に刺さる。――ドサァ。

その場で倒れる。


「……誰だ!?」

ユージは素早く冒険者の背後に回り込む。

「っち! 《竜巻剣》!」

しかし、風を纏う剣に押し返される。

「これじゃ……近付けない!」

「よくも不意打ちかましてくれたな……」

「風よ! 刃となって対象を切り裂け! 《ウィンドカッター》」もう一人の冒険者が魔法を唱える。風の刃が頬を掠める。流れる血。

「あ! こいつ知ってるぞ。最近調子乗ってる新人冒険者の一人だ。いつか懲らしめないといけないと思ってたんだ。他の二人も来てるのか?」

「……俺一人だ!」

「……くそ!まだ痺れるぜ……。こいつ麻痺のなんかを打ちやがった。」

「どうだ? 他に誰かいるか?」

「スキル《索敵》……。本当に一人だぜ?この近くには人の気配は全くない」

ユージは状況を整理していた。(風を纏う剣、風魔法使い、索敵の三人。三人相手でもやれるか? それよりもデンケルはどこに行ったんだ?索敵に引っかからないのはまさか逃げたのか……?)


「何しに来たのかわからないが、ヒーローごっこか?ガキ? ここで殺してやるよ!」

風を纏う剣を大振りしてくる。

「隙だらけだな……」

ユージは麻痺を付与したダガーで相手の手首を浅く斬る。

「ふ、ふぎぃ!」

そして、麻痺した冒険者の背後を取り、盾にする。


「投降しろ」


「人質か……ああそうかい……《ウィンドカッター》!」

仲間に向けて魔法を撃つ。

「見境なしか!」

風魔法をギリギリで避け、小型クロスボウで麻痺の矢を撃ち込む。

「ちくしょう!」

その場で倒れる。


「まったく。どこまでもクソだな」

ユージが安心して、戦闘不能の二人を拘束しようとした瞬間。

その背後に大柄の男がいることに気付く。

ブォン、と大槌。

(まずい、間に合わない――)


「……《影縫い》」


大男の動きが、ピタリと止まった。


「……!?」


いつの間にか、デンケルがそこに立っていた。


「油断は禁物。ですが、悪党相手に最小限で加減――非常にグッドですよ」


「今のは……?あの勢いから大槌が止まるなんて……」


索敵持ちが叫ぶ。「ど、どこからだ! さっきまで全く気配を感じなかった!ありえない!!」


デンケルは微笑むだけだ。


「あなた達に気配を悟られるほど、落ちぶれていませんよ」


「……集会所管理人デンケル。またの名を“影の暗殺者”……」


「まだ、その名で呼ぶ人がいましたか」


――“影の暗殺者”。

初めて聞く渾名なのに、妙に“しっくり”くる響きだった。


「ユージさん! あなたは合格です」


「……ご、合格?」


「無闇に力を行使せず、スマートに仕留める。後継者に相応しい」


「後継者、だって?」


「話は後です。まずはこの者達を連れて行きましょう……《影操り》」

荒くれ者の冒険者は自ら歩いて、牢へ向かっていった。


――人気のない広場。

「色々聞きたい事があるが……まず後継者ってどう言うことだ?」

 

デンケルは静かに口を開く。


「《影のスキル》は、代々“後天的”に伝えられてきました」


「後天的に伝えられたスキルだって?」


「ええ。ただし“誰にでも”ではありません。スキル適性と――何より“人柄”が大事なのです」


「じゃあ一日、俺のスキル適性を見てた、ってわけか」


「違います」


即答。ユージは目を瞬いた。


「このスキルは危険です。盗み、潜入、誘拐、ストーカー行為そして――暗殺。

悪の手に渡れば、止められません。だから“信用できる人間”にのみ伝える」


「……確かにな。いくらでも悪用出来る」


「だから、今日はあなたの“人間性”を見ました。頭が切れる。面倒見が良い。悪党相手でも最小限で止めようとする。自分のスキルを、無闇に行使しなかった。――伝授するに値すると判断しました」


「そんな理由でいいのか?」


「一番大事です。もしあなたが悪事に使うなら――私はどこにいようとあなたを消します。伝授した可能性のある近しい人物も、全員」


一瞬で、ライトとノイスの顔がよぎり、背筋が冷えた。


「……肝に銘じるぜ。でも、俺にその《影のスキル》は扱えるもんなのか?」


「それは教えてみないとわかりません。しかし、私の元々のスキルは《状態異常付与》なんですよ。あなたと同じ」


「……マジかよ」


デンケルは指を立てる。


「影縫い=《金縛り》。影操り=《操り》。――“影を媒介とした状態異常”だとイメージすれば、あなたのスキルと地続きです」


「そんな簡単なもんなのか……?」


「自分のスキルの限界を決めつけているのは、あなた自身ですよ。ユージくん」


沈黙。

ユージは唇を結び、短く笑った。


「どうして、会ったばかりの俺に“影のスキル“を伝授してくれるんだ?」


「あなたを見てると、昔の自分を思い出すんですよ。パーティの中で置いていかれる……強い魔族と対峙する度に通用しなくなるスキルが……」


「デンケル……さん」


「私はそれで冒険者を引退し、ひょんなことからこのスキルを預かり、集会所の管理人をしています。ユージくんならこのスキルを魔族達にも有効に使えるはずです。どうですか?」


「……俺は“どうしても”強くなりたい。チャンスがあるなら、なんだってする」


「フッフ。影の試練は厳しい。人格すら変わるかもしれませんよ」


「それでも、やりきってやるさ! 師匠!!」

叫んだ瞬間、足元の影がわずかに膨らみ、ユージの足首へ冷たく絡みついた。

一拍遅れて離れる。心臓が、どくりと強く鳴った。

ユージの“影”の特訓が始まった――二人の背中に追い付き、肩を並べるために。

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