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第六十八話 隠密

最近の魔族殲滅軍のやり方に、静かな疑問を抱く者たちがいた。

グレンダ、アヤ、そしてアリス――三人とも、その違和感を見過ごせずにいた。


三人は、馴染みのカフェの一席で、いつもとは違う重苦しい空気に包まれていた。

そして、その沈黙を破ったのは、アヤだった。


「……最近、ユージの様子が明らかにおかしいの。

総帥の《祝福の刻印》をまた受けたみたいで……

……あれは一体なんなの?」


声は低く、しかし確かな不安を孕んでいた。


隣にいたアリスが周りを気にして視線を伏せる。

「……それは私も、ずっと引っかかってた。

人に“スキルを与えるスキル”なんて、普通じゃない……

それに……副作用まであるなんて」


最後の言葉は、ほとんど囁きだった。


腕を組んでいたグレンダが、椅子にもたれかかる。

「ユージはあの一件からどっか危なっかしかったけどよ。

《祝福の刻印》を受けてからはまるで別人だぜ。

総帥に関しては……あたしも最初から怪しいと思ってた」


二人は、無言で頷き合った。


しばしの沈黙の後、アヤが静かにティーカップを置く。

「……私、施設に忍び込んで調べてみようと思う。

忍者っていうのはもともとそういうのが専門だから」


ケーキを口に運ぶアリスの手が止まる。

「でもそれって……組織を裏切る、ってこと?」


一瞬の間。


「……そうなるわね」

迷いのない答えだった。


グレンダはティーカップを掴み、一気に飲み干した。

「いいじゃねえか! 今の殲滅軍に、未練もねえしな」


アヤが辺りを見渡し身を屈める。

「……ちょっと、もう少し静かに話しなさいよ」


「わりぃわりぃ」

グレンダは左手を顔の前で立てた。


「それで、二人はどうするの?」

アヤが二人の顔を覗き込む。


「もちろん付いてくぜ。

あたしも知りたいし、アヤひとりじゃ心配だからな」

アヤの肩に手を置くグレンダ。

 

アリスは目の前にある食べかけのケーキに目を落とし、ゆっくりと顔を上げた。

「……私も行く。

何かがある……そんな気がする」


アヤはわずかに微笑み、その瞳は鋭く施設の研究棟ある方角を見据えた。


「ありがとね。二人とも……

ユージが《祝福の刻印》を最初に受ける時……

施設の奥にある研究棟に連れて行かれたの」


真剣な眼差しで二人を見つめる。


「……そこに行けば、何かわかるはず」


三人は互いに視線を交わし、夜に備える決意を固めた。



ーーその夜


魔族殲滅軍本部、その最奥。

月明かりすら届かぬ裏路地を抜け、堅牢な石壁に囲まれた研究施設へと忍び寄る。


先頭を行くアヤが、身を低くして耳を澄ませた。


「……巡回兵が三人。

今の配置なら、すぐ抜けられる」


「手際がいいな」

背後から、グレンダが小声で笑う。


アリスは不安げに周囲を見回し、声を潜めた。

「もし……見つかったら?」


「見つからなければいいわ」

短く言い切り、アヤは闇に溶けるように前へ進む。


冷たい夜気の中、警備を掻い潜り、さらに奥へと進んでいく。

「見つかりにくいルートで行くわよ」

アヤは施設の天井裏や細い通路を駆使して進む。

 

「……グレちゃん。届かない」

アリスが手を伸ばすも壁を登ることができない。

「ほら、掴まれよ」

グレンダが上から引き上げる。


三人は施設の奥――研究棟の“地下入口”まで辿り着いていた。だがそこには警備兵が常駐しており、正面からは入れない。

アヤが後ろを振り返る。

「やましいことがあるのか、あそこは厳重ね。

でも、入るにはあそこを通るしかないわ」


「ぶっとばすか?」

グレンダが斧に手を伸ばそうとする。

 

「騒ぎになったらどうするのよ!」

すぐにアヤがその手を止める。


「……任せて……」

アリスは唇にフルートを当て、息だけで小さな音を鳴らす。

「《ウインド・キャット》……」

風魔法がするりと通路を抜け、壁の額縁をわずかに押した。


――ガタンッ!


「誰かいるのか!」

警備兵は絵の落ちた方へと向かっていく。

「……今のうち」


素早く三人は駆け出す。

そして、グレンダが重々しい扉を開けた瞬間――

冷気のような空気が流れ込み、背筋を凍らせた。


中は、地下へ下る階段が長く続いており、消毒薬のような独特の匂いが鼻を突く。


「……ここからは隠れる場所がなさそうね。もう引き返せないわ。先に進みましょう」

アヤが先頭をきる。


地下へ進むと、人気はなく机の上には、ガラス容器に封じられた黒い結晶片が整然と並び、壁には釘で打ち付けられた紙束。


そこに記されていた文字に、アヤの目が止まる。


――《実験記録》。


素早く一枚を引き剥がし、目を走らせた。


「……これは……」

言葉が、喉で止まる。


  

実験体 No.41

対象:成人男性(農夫出身)

事前スキル:火魔法適正

処置内容:

既存スキルを基盤とし、改造スキル《水魔法適正》を注入。

結果

適合率:32%

拒絶反応を確認。

注入開始から約二分後、右腕より組織崩壊が始まり、全身へ波及。

肉体の一部が液状化。

生命維持不可能と判断し、処理。


備考:

属性反転型注入は不安定。今後の改良が必要。



実験体 No.42

対象:成人女性(軍出身)

事前スキル:筋力増強

処置内容:

改造スキル《風魔法適正》を注入。


結果:

適合率:78%

スキル定着を確認。

戦闘能力の向上は顕著。


副作用:

短期記憶障害。

過去の所属部隊・家族に関する記憶の欠落を確認。

本人の自覚はなし。


備考:

高適合例。

精神面の劣化は許容範囲と判断。



実験体 No.43

対象:成人男性(魔族殲滅軍兵士)

事前スキル:硬化

処置内容:

改造スキル《身体能力向上》を注入。


結果:

適合率:62%

肉体強度は向上したが、精神の不安定化を確認。


経過:

幻覚・被害妄想を訴え始め、制御不能。

拘束中に自傷行為を繰り返し、最終的に心停止。


備考:

忠誠心の高い兵士であっても精神耐性には個体差あり。

今後は洗脳工程の強化を検討。



実験体 No.44

対象:少女(孤児)

事前スキル:音魔法適正

処置内容:

オオカミ型魔族の魔素を注入。


結果:

適合率:80%

全体魔素量の増加を確認。

音魔法の出力が大幅に強化される。

 

経過:

強い魔素の影響で言語障害を確認。

過剰音圧により、被験体自身の聴覚器官に継続的損傷あり。


判断:

魔族殲滅軍の戦力として運用可能。

ただし、制御訓練および補助装備が必須。


処置:

聴覚保護用装備の作成を指示。

教育施設にて矯正・調教を実施。


備考:

身寄りがなく、命令への拒否反応は見られない。

精神的依存傾向あり。

 

 

実験体 No.45

対象:少年(孤児)

事前スキル:毒無効

処置内容:

改造スキル《状態異常付与》を注入。


結果:

適合率:測定不能。


経過:

注入直後より全身に急激な変異を確認。

骨格・筋組織・皮膚構造が再構築され、原型を留めず。

理性喪失。言語反応なし。


判断:

制御不能。

人間としての回復は不可能と判断。


処置:

対象を「魔導生物」と再分類。

隔離施設へ移送。


備考:

年齢による耐性差の検証が必要。

ただし、素体としての“伸びしろ”は高い。



アリスは書類を目にして、指先を震わせた。

声が、うまく形にならない。


「……なに、これ……どういうこと……?

“改造スキル”って……?」


紙面から目を離せず、喉がひくりと鳴る。


グレンダは奥歯を噛みしめ、乱暴に机を叩いた。

握った拳が白くなる。


「《祝福の刻印》は……総帥のスキルのはずだろ!?

これじゃ、まるで……!」


怒りを押し殺すように、紙束を睨みつける。


アヤは一度、深く息を吸った。

震えそうになる思考を必死に繋ぎ止めながら、記録を追っていく。


「……そうね。

“祝福”なんかじゃない……これは――」


言葉を選ぶように、一拍置いて。


「……人体実験よ。

スキルを、人為的に“体へ注入している”……」


三人の間に、鉛のような沈黙が落ちた。


グレンダが、低い声で呟く。


「……なぁ。この“魔導生物”って記載……

まさか、あの魔導生物のことじゃ……」


アヤは、ゆっくりと頷いた。

「……おそらく、そうよ」


アリスは唇を噛みしめ、視線を落としたまま、かすれた声を零す。

「……ずっと、おかしいって思ってた……

でも……魔導生物の正体が……元々は、人間……?」


アヤの喉が詰まる。

「なんて……なんて、酷いことを……」


その時――


「……た……すけ……」


かすかな、擦り切れた声が、奥から響いた。


三人は、同時に顔を上げる。


薄暗い廊下を進むと、鉄格子の向こうに、うずくまる人影があった。


しかし、それは人間の輪郭をかろうじて残した存在。

爛れた皮膚。

濁り切った瞳。

痙攣する手足。


その唇が、かすかに震えた。

音にならない息が漏れ――


「……た……すけて……」


アリスは息を呑み、次の瞬間、口元を押さえた。

「……ひ、ひどいっ……!」


グレンダは鉄格子に拳を叩きつける。

鈍い音が響き、怒りが滲む。

「ふざけやがって……!

人間を……こんな姿にしやがって……!」


アヤは、その光景から目を逸らさず、強張った表情のまま呟いた。

「……ユージ……

ユージも、このままじゃ……いずれ……」


言葉は、最後まで続かなかった。


重苦しい絶望が、

音もなく、三人の胸を押し潰していった。


――コツ……コツ……


かすかな足音が、廊下の奥から近づいてきた。


アヤは瞬時に身を低くし、唇に指を当てる。


「……しっ。まずいわね。見張りが来た」


グレンダが周囲を見回し、歯噛みする。


「どうすんだよ!入り口はひとつしかなかったぞ……!」


「一旦やり過ごすしかないわ」


短く言い切り、アヤはすぐ横の扉を押し開けた。


中は、倉庫のような場所だった。

天井まで積み上げられた木箱、埃の匂い。

薄暗い灯りの中で、アヤは息を殺しながら入口の隙間を覗く。

「特に異常はないな」

「まったく嫌な場所だ……早く戻ろう」

「この間も魔導生物が急に暴れましたからな……」

 

――コツ、コツ……。


足音が通り過ぎていく。


背後で、グレンダが小さく舌打ちする。


「……くそ。こんな気味の悪い場所、さっさと出たいぜ」


アリスも頷くが、その声はかすれていた。


「……う、うん……」


その時だった。

アリスの視線が、ふと棚の上で鈍く光るものに吸い寄せられる。


魔石――

いや、それよりも歪で、不揃いな結晶。

魔素を孕んだように、淡く脈打っている。


「……これは……」


「アリス!ぼやっとしてないで!

見張りが戻ってきたら終わりよ、早く!」


駆け寄ったアヤが、強くアリスの腕を掴む。


引き寄せられながらも、アリスは一瞬だけ、名残惜しそうにその結晶を振り返った。


(あの結晶はなんのための……もしかして……)

疑問を一旦胸に押し込み、アリスは視線を切る。


三人は影に身を潜めたまま倉庫から抜け、

巡回兵の視線を紙一重でかわしながら、扉へと滑り込んだ。


夜気が、肺に冷たく流れ込む。


――外だ。


ようやく施設を離れた三人は、足を止めることなく闇へと溶けていった。


背後で、研究施設の無機質な壁が、何も語らぬまま月光を跳ね返していた。

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