第六十五話 英雄との対峙
「……魔族共よ。ここで消えてもらうぞ」
戦場に響いた鋭い声。
炎を切り裂くように現れた男――エルディオ。
「……エ、エルディオ……」
ライトは思わず息を呑む。
指揮官が歓喜の声を上げた。
「頼もしいぞ!エルディオ!! あの邪魔してる奴を止めてくれ!」
指差す先には、龍人の姿――ライト。
エルディオの瞳が細められる。
「……龍型か」
低い呟きと同時に、ためらいなく剣が構えられた。
次の瞬間――閃光。
――バキィンッ!!
《光の盾》が、たった一撃で粉々に砕け散った。
「ぐわっ! 凄まじいパワーだ!」
だが、すぐに態勢を立て直す。
「エルディオ!! 俺だ!俺! ライトだ!」
だが、返ってきたのは冷徹な声。
「……ライト君!?なのか? いや、その姿は……。
どちらにしろ、道を開けてもらおう!」
怒涛の剣閃が容赦なく襲いかかる。
《光の盾》を生成し、防ぐも吹き飛ばされる。
「お、おい! 待ってくれ!」
地面を転がりながら必死に叫ぶが――
エルディオの瞳には、確信に満ちた疑念が宿っていた。
「邪魔立てするな!……龍型に取り込まれて、人の言葉を真似るようになったか」
「違うッ!! 俺は取り込まれてなんかいない!!」
火花が散り、剣と光が激突する。
エルディオの声が雷鳴のように響いた。
「何を言う……あの時、龍型に何人の命が奪われたと思っている!
あの龍型討伐の後に、どれほどの人々が恐怖に震えたか……!!」
「くっ……!」
牙を食いしばりながら受け止めるライト。
だが、押し込む力はあまりにも重い。
「こっちも全力出さなきゃ……受け止めることも出来ねぇッ!!」
叫びが戦場に響いた。
光の剣と盾、そして翼までも一気に展開する。
眩い閃光が爆ぜ、ライトは押し込まれた体勢から一気に巻き返した。
「君のような化け物が……“あの少年”だとでも言うのかッ!」
エルディオの怒号と共に、剣と《光の盾》が激突する。
激震が戦場を走り、土煙が舞い上がる。
「信じてくれ! エルディオ!」
「……なら答えろ!
君が本当にライト君だというなら――何故、魔族の味方をするッ!!」
押し込まれる剣圧を受けながら、ライトは喉が切れそうなほど声を張った。
「魔族の味方ってわけじゃねぇ!
俺は戦いを止めるため……人魔革命団にいるんだッ!!」
「……人魔革命団?
確か……人間と魔族の共存を唱える、あの……」
「ああ、そうだ!
魔族側にも事情がある! 悪い奴ばかりじゃねぇんだ!」
「……何故、そう言い切れる!!」
「俺は――魔族と人間の“混血”だ!
だから魔族の言葉もわかるんだ!!」
エルディオの瞳が大きく揺れる。
「……ッ!? そんな馬鹿な……魔族が言葉を用いるはずがない!」
「俺だって最初は知らなかった!
でもな――魔族にだって心や考えがあるんだよ!!」
叫びは裂帛の気合そのものだった。
「人間だって殺された! でも……龍族だって死んでる!
魔族も、人間も、龍族も……全部、悲しんで苦しんでる!」
光が爆ぜ、翼が強烈な風を巻き起こす。
「こんなこと……何度も何度も繰り返されてたまるかああああッ!!!!!」
爆発的な光の奔流がライトの背を押し、
逆にエルディオを押し返した。
「そうであれ! ここまで攻め込み、これだけの被害を出した魔族を――放ってはおけないッ!!」
怒気を帯びた叫びと共に、エルディオの剣が唸りを上げる。
「……向こうにも……事情があるんだ。
今はもう退いてるじゃねえか」
ライトの声は苦しげに震える。
「事情だと!?
それは――殺された人々、その家族が納得できるほどのものなのかっ!!」
轟音と共に、鋼の刃が振り下ろされた。
ライトは光の剣で受け止める――だが。
――ガギィィンッ!!
「ぐっ……ぐうわああっ……!」
圧倒的な力に弾き飛ばされ、
地面に叩きつけられたライトの視界がぐらりと歪む。
額から血が流れ、頬を伝う。
それでも、
ライトは折れた膝を無理やり押し立て、声を張り上げた。
「……ここで止めなきゃ……!また戦いが起こるんだ……!
ここで追い打ちした分、その憎しみは――必ず人間に返ってくる!
この連鎖は……どっかで止めなきゃいけねぇんだッ!!」
両足が震えながらも、ライトは《光の盾》を展開する。そのままエルディオに突進していく。
――バァンッ!!
眩い光の衝撃波が迸り、
逆にエルディオの巨体を後方へ吹き飛ばした。
砂煙が巻き上がり、戦場が揺れる。
「……この信念の重さ……本気のようだな」
エルディオは額から汗を垂らし、
苦しげに息をつきながらも剣を構える手は一切揺らがない。
ライトは血まみれの顔を上げ、
その瞳に揺るぎない意志を燃やして吠えた。
「だったら退いてくれ!!
これ以上、被害を広げるなァッ!!」
その叫びは、戦場の喧騒を押し分けるほどに強く響き渡った。
「……私は今まで、魔族は人間を脅かす“悪″と信じ、疑いもしなかった。
君がいうことが正しいというのなら、私は根本的に間違っていたとでも言うのか……」
エルディオの瞳が揺れ、握る剣先がわずかに下がる。
「間違ってたわけじゃねぇ!
エルディオに救われて、エルディオに憧れてきた人間はいっぱいいる!
――俺だってその一人だ!」
「……ライト君……」
その名を呼ぶ声は、
かつて慕ってきた“少年”を確かめようとするように震えていた。
「魔族だって今、変わろうとしてるんだ!
本当の平和は、魔族を全滅させることなんかじゃない!
互いを理解して、共に歩むことなんだ!!」
戦場の轟音の中――
二人の声だけが、静寂を割くように鮮烈に響き合う。
「……君の言う平和は、ただの理想だ!」
「理想だと思うのなら、目指せばいい!
目指さなきゃ、一生そこには辿り着けねぇ!!」
ガキィィンッ!!
火花が散り、二人の剣が正面から激突する。
「……私とて今さら引けない!
そこまでの覚悟があるというのなら――証明してみろ!
その理想を実現できるほどの“力″があるのかを!」
「認めてもらえるのなら、いくらでも証明してやるさ!――俺は、絶対諦めねぇ!!」
ライトは地を蹴り、《光の翼》を大きく広げる。
閃光が爆ぜ、エルディオの大剣へと全力で飛び込んだ。
ガァンッ!!
光と鋼が衝突し、戦場の空気が震える。
「ほう……さすがにやるな!」
押し負けまいと地を踏み砕くエルディオ。
大剣に宿る圧が、目に見えるほど膨れ上がる。
「……こんな所で……終わらせられるかッ!!」
ライトは歯を食いしばり、《光の翼》を大きく広げ――さらに踏み込む。
「龍鈴と……そして、ノイスの夢を叶えるためにッ!!」
「……ノイス君の夢……」
その名が聞いた瞬間、エルディオの瞳がわずかに揺らいだ。
「くっ、力で私を押しのけるだと……!?」
「《光の剣》――最大出力ッ!!!」
ドォォォンッ!!
爆ぜた閃光が大剣を弾き飛ばし、
エルディオの巨体が地を抉りながら後方へ吹き飛ぶ。
――ズザザザザザッ
土煙が舞い上がり――
戦場すべてが息を呑むほどの静寂に包まれた。
「……あ、あのエルディオさんが……押し負けた……」
兵士たちの声が震える。
「はぁっ……はぁっ……!」
ライトは膝を折るほどの疲労に襲われながらも、
なお《光の剣》を握り締めていた。
刃は脈動し、今にも砕けそうなほどに揺らぎながらも、消えてはいない。
そして――。
「……見事だ、ライト君」
低く唸るような声。
土煙の向こうから、
膝をつきながらも大剣を支え、エルディオが立ち上がる。
血が頬を伝い落ちる。
だがその眼光は、鋼のように濁りなく輝いていた。
「だが、まだ……終わらん!」
エルディオは大剣を掲げる。
膨れ上がる筋肉、砕け散る石畳――圧倒的な覇気が戦場を揺らした。
「……っ! 全然効いちゃいねえってのか……」
ライトは思わず奥歯を噛み締める。
向けられた“本気”の圧は、もはや敵としてではなく――英雄としての威圧だった。
「君のその理想を“ただの夢”で終わらせぬというのなら――この私を超えてみせろ!!」
ズドォォォンッ!!
地響きと共に、エルディオの大剣が雷のような勢いで振り下ろされる。
「ぐ……ぬぅぅぅぅッ!!」
ライトは《光の剣》で受け止めた。
だが衝撃で膝が砕けそうになり、靴底が地面にめり込み、陥没する。
「どうした! その程度の覚悟か!!」
額に血管を浮かべたエルディオが、さらに力を乗せて押し込む。
「ち、違ぇ……! こんな所で……終わらせられるかッ!!」
ライトは全身の残りの魔素を解き放つ。
「ふうおおおおお!」
それでも《光の剣》がギィィ……と悲鳴を上げ、砕けそうになる。
ライトの体は、すでに限界を越えていた。
白虎たちとの激闘、過激派を逃がすための使用した高出力の《光の盾》。
もはや立っていること自体が奇跡に近い。
「……これでも膝を折らぬか……だが、次で終わりだ!」
エルディオの大剣に闘気が収束し、
大気が震えるほどの唸りを上げる。
「……や、やべぇ……これ以上はッ!」
視界が霞み、既に痛みも感じない。
立っているのか、あるいは足が地面に刺さっているのか。それすらも認識できない。
《光の剣》が揺らぎ、光が弱まっていく。
(もうだめだ……英雄エルディオ相手だ……
俺が押し勝てるわけがねぇ……)
体全体が軋む音を上げて、《光の剣》は薄くなり、形を失っていく。
(ここまでか……)
ライトは諦めて、手から力が抜けそうになっていた。




