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第六十二話 魔昌核の力

ーー現代・白虎の塔、天頂の広間。


「……俺はもう――あの時の“出来損ない″じゃない!!」


床石を割り砕きながら、リュウガは白虎の踏み込みを力で跳ね返した。

のしかかる巨圧を押し戻し、その反動を利用して立ち上がる。


血に濡れた顔を上げ、《闇の剣》を構える瞳には、もう迷いはなかった。


白虎が眉をひそめる。

「ぬう……! まだこれほどの力を隠していたとは」


「うおおおおッ!!」


咆哮と共に、リュウガの《闇の剣》がさらに濃い漆黒を帯びた。

魔素が奔流となって噴き上がり、剣身は膨れ上がるように肥大化し、それが一気に凝縮して、細身の剣へと姿を変える。


「覚悟しろッ!!白虎!」


振り下ろされた斬撃を、白虎は辛うじて両腕で受け止めた。

「ぐぬ……!なんたる圧だ。

しかし、俺の相手をするには力不足だな」


「もっとだ!これだけでは――足りぬ!!」


リュウガの左手に、新たな闇が凝縮し――

もう一本の《闇の剣》が生成される。


「これが……俺の全力だァァ!!」


交差した双剣が爆ぜ、闇が竜のように走った。

白虎はその闇に押し出される。

その凶烈な気配に、白虎の口元が獰猛に歪む。


「クク……良いぞ。出来損ないよ……

ならば――その全力とやらを粉砕してやろう!」


そして、雷鳴と闇がぶつかり、広間の天井が震え落ちる。

リュウガは双剣を構え、一歩――いや、“跳ぶ”ように踏み込んだ。


その瞬間。

白虎の拳が雷光と共に振り下ろされる。


ガギィィィンッ!!


交差する二本の剣が拳を受け止め、

闇と雷が爆ぜ、火花が乱舞した。


「なにっ! 先程とはまるで別物……!!?」


白虎の足がわずかに滑り、石畳を削る。


リュウガは血の滲む口元で笑った。


「俺はもう……さっきまでの俺ではない!!

くらえぇぇぇッ!!」


双剣が連撃となってほとばしり、黒き斬撃が雨のように降り注ぐ。


ドガガガガガァァンッ!!


白虎は腕を交差させて防ぐが、

その圧力は巨躯すら後退させるほど凄まじかった。


「ぐっ……! この力……!!?」


「戦いは――ここからだ!!白虎!」


二本の闇が閃き、ついに白虎の腕に一本の赤い線が走る。


「ぬぅ……出来損ないの分際でこの俺に、傷を……!」


「次は――貴様の全身を斬り裂く!!」


雷と闇の激突が爆発を生み、

広間全体が崩壊しそうなほど震え上がった――。



ニャルカは荒い息を吐き、頬に残った龍鈴の拳の痕を乱暴に拭った。

「……チッ、にゃんで……なんでこんにゃ奴らに押されてるにゃ……!」


隣でジャスミナも裂けた太ももを押さえ、

妖艶な笑みの奥に隠しきれない焦りを滲ませる。


「……想定以上ですね。これ以上、時間をかけたくありません。あれを使いますよ」


二人が懐から取り出したのは、小さく黒く濁った結晶――魔昌核。


それを見た瞬間、ライトと龍鈴の表情が揺らぐ。


「……それは……!」

「まさか……!」


ニャルカが下卑た笑い声を上げた。

「にゃはは! こんにゃの使わなくても勝てるけど……見せてやるにゃ。私たちの“全力”を!」


ためらいもなく魔昌核を握り潰す。


バキィッ!!


砕けた核から濁流のような魔素が逆流し、

ニャルカの爪は鋭く伸び、前腕の筋肉が異様に膨れ上がった。


ジャスミナも同じように魔昌核を砕き、

長い爪が紫に輝き、背後に黒い羽根のような魔素が立ち上る。


「……ふふ……抗えぬほどの力。興奮しちゃいます――」


ライトが歯を噛みしめる。

「やべぇ……!魔昌核を取り込んだら、理性を失って暴走するぞ!」


龍鈴の瞳が悲痛に揺れる。

「ああ……父が遺した魔昌核を……こんな風に使うなんて……!」


ニャルカは鼻で笑った。

「にゃは、暴走? それはモウガやバゾウが未熟だっただけにゃ!私たちは違うにゃ!」


ジャスミナもうっとりした声で続ける。

「うふふ。そう……私達なら、この力を“制御できる”」


次の瞬間、二人の気配が完全に変わった。

余裕を漂わせていた戦いは消え、獰猛な殺気そのものが広間に満ちる。


ニャルカが咆哮とともに跳ねた。

「くらえにゃぁッ!!」


鋭く伸びた爪が龍鈴を襲う。

「……くぅっ!」

防ごうと両手をかざすも一撃でバリアを砕き、鮮血が飛ぶ。


ライトが叫ぶ。

「龍鈴! 大丈夫か!?」


しかし追撃が迫る。


「忘れてはいけませんわ、私もいますよ」

ジャスミナが一瞬で間合いを詰め、

爪がライトの《光の盾》を叩きつけ、ライトの足が石畳を滑る。


「速すぎて目で追えない……しかも、さっきよりも重え……!」


龍鈴は息を整えながら苦笑を漏らす。

「少々……まずい事になりました」


ライトも歯を食いしばる。

「さすがあの白虎の側近二人……そう簡単にはいかねぇか!」


ニャルカが嗤う。

「にゃははは! 守るだけで精一杯って顔にゃ!」


ジャスミナが優雅に手を振る。

「うふふ……では、一気に押し潰して差し上げます」


雷鳴のような連撃が襲いかかる。


「……このままじゃ押し切られるぞ!」

「……何とか、しなくては」

ライトは両手で大きな《光の盾》を生成し、攻撃を弾くもメキメキとヒビが入る。これでは長くは持たない。


「くそっ!あの魔昌核さえ……何とか出来れば……」

「……魔昌核は、父の魔素からできたもの……ならば……」


龍鈴の瞳に決意が灯った。


「ライト! 少しの間、二人の攻撃を引き受けられますか?」

「へへっ……無茶言いやがって……!あんま長くはもたねぇぞ!」


「……はい。必ず、何とかしてみせます」


ライトは《光の翼》を展開し、宙へ跳ぶ。

「《光の翼》ッ!」


ニャルカが鼻で笑う。

「諦めて、特攻に切り替えたかにゃ?それともただの馬鹿かにゃ?」


「へへっ、言ってろ!!俺が相手だ!」


ライトはジャスミナとニャルカに《光の翼》で接近し、《光の剣》でニャルカを弾き、《光の盾》でジャスミナを受け止める。


「甘いですわ!」


壁を蹴ったジャスミナが肩口を裂いた。


「ぐっ……!」


すかさずニャルカが巨腕を振り下ろし――


「トドメにゃぁっ!!」


ドガァァン!!


ライトの体が床に叩きつけられた。


「ライト!!」

龍鈴が叫ぶ。

「……大丈夫だ……龍鈴……」

ライトが血を拭いながら立ち上がった。

 

「しぶといやつにゃ!」


龍鈴から出る光にジャスミナが気付く。

「あ、あれは一体……?」

龍鈴の胸元に淡い光――核が浮かび上がる。


「ライト……時間を稼いでくれて、ありがとうございます。

……父の魔昌核。――返していただきます!!」


ジャスミナが目を見開く。

「なっ……体に馴染んだ魔昌核が……!?」


ニャルカも全身を見渡す。

「にゃにゃっ!? 吸い取られていくにゃ!」


轟音。

二人の体に溶け出した魔昌核が共鳴し――

抗う間もなく龍鈴の核へと吸い寄せられていく。


「にゃにゃにゃっ!?にゃ、にゃんでぇぇ!!」

「ありえない……魔素が吸い取られるなんて……!」


龍鈴は静かに言い放つ。

「魔昌核は父の魔素から成る結晶。魔素は本来、一つ。……より大きい魔素が在れば、吸い寄せられるのが道理」


ジャスミナが震える声で叫ぶ。

「ありえません!

魔王黄龍の娘というだけで、核を完全に再現できるはずが――!」


ニャルカも涙目で叫ぶ。

「そーだにゃ!本人でもないのに、そんな芸当できるわけ――!」


龍鈴は淡く微笑む。

「……言い忘れていましたね。私は黄龍の娘であって――正確にはそうではないのです。父の魔素から成る“クローン体”なのです。

あなたたちが乱用している魔昌核は……いわば、私の兄弟のようなものですよ」


「にゃにゃ!そ、そんにゃの反則にゃ!!」

「クローン体? 信じられ……ませんわ……!」

魔素が抜け落ちたニャルカとジャスミナは力なく床に膝をついた。

「――よくも好き勝手やってくれたな!」


龍鈴が頷く。

「ライトに合わせます!」


光と光が共鳴し、広間を震わせる。


「《光の剣――最大出力》ッ!!」

「浄化の拳――全解放ッ!!」

ライトと龍鈴の光が重なる。

 

「まずいにゃ!」

「ここまで……ですか……」

ニャルカ、ジャスミナはその場から動けない。

 

「龍――聖なる閃光ッ!!(ドラゴニック・ホーリー・フレア!!)」


爆裂する閃光が広間を覆い尽くし、

ニャルカとジャスミナの絶叫を呑み込んだ。


「ぐにゃにゃあぁぁぁぁ!!!」

「……白虎様……お許し……を……」


光が収まったとき、そこに立っていたのは――

肩で息をするライトと龍鈴、ただ二人だけだった。



白虎の雷光を纏った両拳と、リュウガの闇の二刀が幾度も火花を散らし、

天頂の広間に雷鳴のような轟音が轟き渡る。


「はあぁぁッ!!」


リュウガの咆哮と共に、《闇の剣》が十字に閃き、

巨躯の白虎を押し返した。


白虎は舌打ちし、雷光を纏った拳で石畳を砕く。


「チッ……出来損ないのくせに、よくもここまで……!」


「もう出来損ないとは言わせない!!

俺が……青龍様の仇を取る!!」


燃え上がる闇の魔素が双剣に集い、黒い嵐のような連撃が白虎を襲う。


白虎は猛攻を凌ぎきれずに、その一閃が――ついに白虎の頬を掠めた。


赤い線が一筋、滴る。


「二度までも……この俺に傷を……

許さんぞ!出来損ないがあぁ!」


白虎の瞳が、氷のように冷えた。

雷を帯びた回し蹴りがリュウガの体を掠める。

「そう何度もやられてたまるか!!」

ギリギリのところで避けてはいるが、その圧が体を痺れさせる。

空気そのものが凍りつくような圧。

広間の空気が一斉に震え始める。


「ここまで押されたのは久しいぞ……

だが――遊びは終わりだ」


ドッ!!


白虎の掌に雷光が瞬時に凝縮される。


「なっ……!それは!」


「もう遅い!!

獣人八卦――雷掌ッ!!」


凄まじい轟音。

放たれた雷撃混じりの掌打が、

爆発のような衝撃と共にリュウガを飲み込んだ。


リュウガは二刀を交差して受け止めるが――


バチィィィィンッ!!!


受け止めたにも関わらず、全身に激痛と痺れが走り、

膝が石畳へ沈む。


「ぐっ……あ、がぁぁ……ッ!!」


胸元に黒く焦げた痕が広がり、息が詰まる。


白虎はゆっくりと歩み寄り、見下ろした。


「……なかなか楽しませてくれたが、これで終わりだ。

出来損ないよ……」


倒れ込むリュウガの頭上に、

再び雷を纏った掌が構えられる。


「ふはははは!無様なものだな。

青龍も、黒龍も……この“獣人八卦雷掌”で最後は葬られた」


「なっ……!」


「お前も同じ末路を辿れ!!」


リュウガの瞳が大きく揺らぐ。


「……黒龍……だと?何を勘違いしている……

黒龍は……人間に騙されて殺されたはずだ……!」


白虎の口元が歪む。


「ふははははははっ!

そうだ。そうだったな。――“そういうことにしておいた”のだ。その方が都合の良いからな!

哀れな黒龍よ……!」

白虎の指先に、殺意を帯びた雷光が収束した。


「な……に……?」

リュウガの声は震え、指先まで血の気が引いていく。


白虎はその様子を心底楽しむように、喉の奥で笑った。

「哀れな出来損ないよ。冥土の土産に教えてやろう」


雷光を纏う掌を、わざとゆっくりと下ろしながら語り始める。

「黒龍は“人間との共存”などという戯言を本気で信じていた。そして黄龍も、その考えに傾きつつあった」


白虎の黄金の瞳がぎらつく。


「だが、それでは魔族の誇りも、存亡も尽きる。

だから――私は魔族の過激派を集め、黒龍を呼び出したのだ」


雷が弾け、空気が震える。


「“人間との共存に興味がある”とな。

――するとどうだ? 愚かな黒龍は喜んで現れた!」


「そ、そんな……馬鹿な……!」

胸が締め上げられ、息が詰まる。


白虎の嗤い声が広間に木霊した。

「黒龍は最後まで語っていたぞ。

“人間を信じている”……とな」


リュウガの瞳が揺れる。


「そしてもう一つ――お前のこともだ」


「……俺の……こと?」


白虎は冷たく、残酷に嗤う。


「ふははっ! 哀れなものよ。自身の子の事を心配してたと思ったが人間との間に出来た子だったとはな!

青龍も同じだ。死の間際まで“リュウガ”の名を口にしておったわ」


雷光が掌に集まり始める。


「どちらも出来損ないの身を案じて、散った……!

なんと惨めで、滑稽な最期だろうな!」


「貴様ぁぁぁッ!!!!」

怒号が広間を裂き、《闇の剣》が黒雷のように震え上がる。


白虎は、愉悦に染まった声で絶叫した。

「さて、出来損ないは最後は誰の名を叫ぶ?

マヌケの黒龍か……能無しの青龍か……

はたまたそこのお姫様か……」

掌を合わせてリュウガに振り下ろす。

「――くたばれッ!!

獣人八卦・雷掌!!!!」


白虎の掌に凝縮された雷光が炸裂し、

巨大な雷撃の奔流がリュウガを呑み込まんと迫った。

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