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第六十一話 青龍の言葉

三者の戦闘はさらに過激さを増していた。


ジャスミナは妖艶に唇を吊り上げる。

「ふふ……その粗野な剣筋では、一生当たりません」


ライトは血の滲んだ頬を拭いもせず、ニッと笑った。

「そうかい……試してみなきゃわかんねえだろ!」


シャッ! シャッ! シャッ!


爪の残光が幾条もの光線となって走り、視界を覆う。


「チッ……!また避けやがった!」


《光の剣》は空を斬るばかり。

手応えの無さに、汗が頬を伝った。


ジャスミナは余裕のまま横合いを駆け抜け、冷たく囁く。

「力任せ……実に“人間らしい”愚行ですわね」


鋭い爪に体中が裂かれ、傷だらけだった。

――赤い血が《光の剣》に滴る。


「……へへっ、久々に“人間扱い”されて嬉しいぜ!」

息を荒げながらも、ライトは不敵に笑い、構えを取り直す。


ジャスミナは細めた瞳で彼を愉しむように見た。

「……ふふ。傷が増えても口数は減りませんのね。

半分龍族というのは厄介ですね」


ジャスミナはライトに向けて駆け出し、その胸元へ爪を鋭く突き立てる――。


「――《光の盾》!!」


「ピンチになったら、また盾ですか?

防いでるだけでは勝てませんよ!」

ジャスミナが嘲笑う。

「そんなこた言われなくてもわかってんだよ!」


ガギィィンッ!!


ライトの盾が火花あげながら、衝撃を受け止めた。

しかし、ライトは《光の盾》を出したのは左手。

右手にも光を纏わせていた。

 

「うりゃああっ!!《光の剣》ッ!!」

そして、防いだ勢いのまま、右手の《光の剣》を横薙ぎに振り抜く!


シュッ!


避けきれず、刃がジャスミナの太ももを裂き、赤い血が滴る。


「……っ」


ジャスミナの表情が一瞬だけ揺らぐ。


ライトは息を吐きながら吐き捨てるように言う。

「へへっ、盾でも剣でもダメなら――両方だ!」


左手に《光の盾》、右手に《光の剣》を構え直すライト。

その姿に、ジャスミナはわずかに眉を上げた。


裂けた太ももに指を滑らせ、滴る自らの血をゆっくり舐め取る。


そして妖しく微笑む。


「……少し、侮り過ぎましたか」



白虎の拳が唸りを上げ、リュウガの身体が弾丸のように吹き飛んだ。

――ガシャァンッ!!


石壁に叩きつけられた衝撃で、何かが彼の顔から転がり落ちる。


白虎の耳がわずかに動き、目が細まった。

「ほぅ……」


床を転がったのは――

リュウガが常に身につけていた“龍の仮面”だった。


白虎の口元が、残酷な笑みに歪む。


「あっはは!なるほどな……仮面で自らを偽っていたか。

魔族らしからぬその《闇の剣》は人間の血が混ざってるが故のものか……。

これは傑作だ! そして、その目元……まるで人間だな。

やはり“出来損ない”か」


「っ……!」

リュウガの胸に鋭い痛みが走る。

半端な自分を抱え、俯くしかなかった少年時代――。


その記憶の奥から、深く温かな声が蘇る。


『……リュウガ。この仮面を身に付けろ。

この仮面は、お前の眼を隠すものではなく――

誇りを守るための“証”としろ』


――青龍の声が頭をよぎる。


リュウガの拳が震え、歯を食いしばる。


「……青龍様……!」


白虎はそんな彼を見下ろし、雷光を纏う拳を掲げて嗤った。

「龍族にもなりきれん混血の分際で……

この俺に挑むとはな、この“出来損ない”が!」


稲妻の光が広間に映え、白虎の嗤い声が響く。


リュウガの瞳が怒りに燃える。

「お、俺を……“出来損ない″と……言うなッ!!!」


怒号が爆ぜ、空気が震えた――

その瞬間、リュウガの脳裏に過去の光景が鮮烈に流れ込んだ。



ーー龍の巣窟。


リュウガは物心ついた頃から青龍のもとで育てられていた。

青龍の実子というわけではない。青龍の古き友人から託された“養子″であった。


そして――龍族の中で彼は、あまりにも“異質”だった。


魔族は魔素量が一定を超えると、魔素の消費を抑えるため“人化″する。

だがそれは莫大な魔素と資質を持つ者だけが辿り着ける境地で、多くは一生届かない。


にもかかわらず――


リュウガは生まれながらに“龍人″の姿であった。


幼子にして人化した姿を持つ龍族など前例がなく、当初は大きな期待が寄せられた。


しかし現実は、残酷であった。


同年代の龍族と比べても力は弱く、人化している分、体格も小さい。

稽古に混じれば一瞬で打ち負け、気迫でも押し負ける。


期待は失望へ、失望は嘲笑へと変わり――

“出来損ない″という言葉が、日常のように彼へ向けられた。


そして、何より龍族たちが忌避したのは――


リュウガの“目”。


龍族特有の鋭い竜眼ではなく、人間に似た柔らかい丸い瞳。

それは誇り高い龍族にふさわしくないと断じる、決定的な烙印となった。



「おい、“出来損ない″!」


同年代の龍族たちが口々にそう呼ぶ。


「なんでお前みたいなのが、青龍様のそばに置いてもらえてるんだ?」

嘲りと敵意を混ぜた視線が、幼いリュウガを刺した。


「……」

何も言い返せないリュウガ。


「しかも、俺は聞いたぞ! その黒色の鱗……人間に騙されて殺された“マヌケの黒龍”の血筋だろ?」


リュウガは唇を噛むが、言い返す言葉が喉で詰まる。


別の龍族が吐き捨てる。

「おい!なんとか言ってみろよ!

龍人の姿で生まれた癖に弱いとか、おかしいだろ!」


「なんで出来損ないのお前が青龍様に目をかけてもらってるだ!変な目してるし、気持ちわりぃ!」


「マヌケの黒龍の血筋だ!きっと呪いかなんかだぞ!」

  

「マヌケの黒龍!マヌケの黒龍!」

笑い声が巣窟の壁で反響し、何度も何度もリュウガの耳に突き刺さる。


幼い心には、その一つひとつが刃のようだった。

痛みで胸の奥がぐしゃりと潰れていく。


リュウガはただ、俯くしかなかった。



ーー龍の巣窟、青龍の間。


巨大な龍の彫刻が並ぶ静謐な空間で、幼いリュウガはうつむいたまま、小さな拳を固く握っていた。

「……青龍様。どうして……どうして僕はみんなと違うんでしょうか……」


震える声は今にも潰れそうだった。

「龍人なのに弱いし……体も小さい。目も……こんなんだし……」


言葉にするほど胸が締め付けられる。

「僕は……本当に龍族なんでしょうか?

“マヌケの黒龍″の血を引いてるから……出来損ないなんでしょうか……?」


必死に涙をこらえる幼い横顔は、痛々しいほど弱々しい。


青龍はしばし黙し、静かにリュウガへ歩み寄った。

そして、その大きく温かな手を、そっと頭に置く。

「……リュウガ。お前は出来損ないなどではない」


低く穏やかな声。だがその奥には揺るぎない誇りがあった。

「そして、お前の父、黒龍も決して “マヌケ” などではない。人間との未来を信じ、誰よりも強く生きた誇り高い龍族だ」


リュウガの肩がピクリと震える。


青龍は続ける。

「龍人でありながら弱いのなら、鍛えればよい。

体が小さいのなら、その分だけ――大きな心を育てればよい」


「……僕は……強くなれるのかな……?」

 

青龍は微笑み、力強く頷いた。

「なれるとも。あの勇ましい黒龍の血を継ぐ子だ。努力すれば、必ず強くなれる。

――私が、稽古をつけてやろう」


その言葉は、幼いリュウガの胸に深く刻まれた。


その日から、リュウガの修行が始まった。


だが――

龍族としてはあまりに非力な彼は、青龍の稽古に何度挑もうと、ことごとく失敗した。


それでも。


倒れても、泣いても、血を流しても――

リュウガは決して諦めなかった。


青龍の言葉を信じていたからだ。



そして――ある日。


青龍との手合わせの最中のことだった。

リュウガの体から、突如として黒いオーラが噴き出した。


「……っ!?」


それは荒々しく渦を巻き、やがて一本の“剣”の形を成す。

黒い刃がリュウガの腕に吸い付くように現れ、空気がざわめいた。


青龍は驚愕に目を見開く。

「……これは……」


次の瞬間には、厳しい気配を宿して言った。

「――《スキル》……なのか」


青龍とリュウガの間に静寂が落ちる。


スキルとは、本来“人間”にのみ発現する能力。

龍族であるはずのリュウガに芽生えない力。

 

青龍は視線を伏せ、確信するように呟いた。


「やはり……お前は、黒龍と“人間”の血を継ぐ者なのだな」

リュウガが生まれつき龍人だった理由。

弱さと嘲笑に晒され続けた理由。


――それは欠陥ではなく、“混血”ゆえの新たな可能性の証だった。


だが、まだ幼いリュウガにその意味を理解する術はなかった。


それからリュウガは《闇の剣》を使いこなすようになっていった。

黒いオーラは彼の体に馴染み、稽古を重ねる度に刃は鋭さを増していく。


当初は嘲笑していた同年代の龍族たちも――

いつしか、息を呑むしかなくなっていた。


《闇の剣》が唸りを上げるたびに大地が裂け、

龍人に相応しい威圧が全身から溢れ出した。


正面からリュウガに立ち合える者など、もはや一体もいなかった。


青龍は深い誇りを宿した目で言う。

「……見事だ、リュウガ。お前は本当に強くなった」


だが――。


リュウガはその強さを、決して誇れなかった。

なぜなら彼は、痛いほど理解してしまったからだ。


自分が力を得たのは、

“龍族としての才能”があったからではない。


“選ばれて龍人に進化した”わけでもない。


――ただ、人間の血を引くことで《スキル》に目覚めたからだ。

その異質さが、力の正体だった。


強くなった。確かに、誰よりも。


だがその強さは、“龍人としての誇り”などではなく、

人間に騙されて殺された黒龍が人間との子を成した。


その事実は、リュウガの胸を深い孤独で満たしていく。


誰より強くなったはずなのに。

誰より誇れるはずなのに――。


誇れる理由が、どこにもなかった。

残ったのは、深い孤独と、自分自身への消えない嫌悪だけだった。

 


ーーある夜、修行を終えた後。


焚き火の残り火が静かに揺れ、影が揺らめく中――

リュウガはひとり、拳を握りしめていた。


「……俺は、龍族なんかじゃない。龍族と人間の……ただの混血だ」

握り締めた拳が震える。


「それも……人間を信じて、そして裏切られて殺された……一族の恥と呼ばれた黒龍と、その人間の――中途半端な血を引いた混ざり物だ……」


絞り出すように呟き、視線を落とす。

そこに映るのは、龍族とは似ても似つかぬ“人間じみた目”。


「……リュウガ」


青龍がそっと近づき、彼の隣に腰を下ろした。

「黒龍は、私に並ぶほどの力を持っていた。

東魔王の座も、彼だったかもしれん」


「青龍様!ご冗談を!」

リュウガが慌てて顔を上げる。

 

「冗談などではない。黒龍は人間と魔族の架け橋になろうとしたのだ。ただその理想は“少し早すぎた″だけだ」


黒い鱗に目を落としながら、リュウガは答えた。

「そんなことを言われても……俺は、青龍様の子として生まれたかったです」

 

青龍は優しく笑った。

「何を言う。リュウガは立派な私の子だ。どこに出しても恥ずかしくない」

胸の奥が熱くなる。

 

「自分の生まれや見た目は気にするな。

どう生まれたかで生き方は決まらぬ。何をするかで決まるのだ」


リュウガは声を震わせた。

「青龍様……」

「混血であるが故、人間の様な目をしている。

だが――その目を恥じる必要はない」


リュウガは唇を噛む。


「……でも皆、俺を出来損ないだと言います。

この目は……混血の証です」


青龍はしばらく黙ってリュウガの横顔を見つめ――

やがて懐から、黒き龍の意匠が刻まれた面を取り出した。


松明の灯りを受けて、威厳ある影を落とす仮面。


「……ならば、これを身に付けよ」


静かだが揺るぎない声。


「お前が望むなら、この仮面は異質を隠し、

龍族の誇りを纏わせるだろう」


青龍の言葉は続いた。


「この仮面は、お前の眼を隠すものではなく――

誇りを守るための“証”としろ。

本当に大切なのは、この仮面の下で“何を想い”、どう“戦う”かだ」


リュウガは両手で仮面を受け取り、じっと見つめた。


これをつければ、異質な目を隠せる。

皆に嘲られることもない――そう思うと、胸の痛みが少し軽くなる気がした。


「……これをつけていれば……俺も、立派な龍族になれますか?」


青龍は穏やかに微笑み、静かに首を振った。


「仮面があろうとなかろうと、お前はもう立派な龍族だ。

ただ――いつか仮面に頼らずとも誰にも何も言わせぬほど、強くなれ。リュウガよ」


その言葉が、幼い心の深い傷にそっと触れた。


リュウガは震える指で仮面を顔にあてた。


視界が黒い影に包まれ――

揺れていた瞳はゆっくりと静まっていく。


その瞬間、

“弱さに怯える少年”は消え――


龍人リュウガとなっていた。

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