第六十話 衝突する三つの死闘
リュウガの怒りを宿した《闇の剣》が唸りを上げ、
稲妻のような軌跡を描いて白虎へ振り下ろされる。
だが――白虎は鼻で笑い、拳を突き上げた。
雷鳴のような衝撃音が炸裂し、黒刃と拳がぶつかり合う。
「ぐっ……!」
リュウガは怯まず一気に踏み込み、
二閃、三閃と怒涛の連撃を叩き込んだ。
しかし――白虎はその全てを拳だけで受け止める。
「いきなりだな……青龍の腰巾着。
自慢の《闇の剣》とやらはその程度か?」
挑発的な声音に、リュウガが叫ぶ。
「黙れぇッ!!」
剣と拳が幾度も激しく打ち合い、
轟音が広がり、塔全体が震える。
だが、明らかに押しているのは白虎。
「龍族の出来損ないよ。
その程度の力で――青龍の仇が取れると思うな」
白虎の体躯はまったく揺らがず、
リュウガの黒き刃は届いていない。
「桁違いの強さだ。リュウガがやべぇ! 俺も一緒に――!」
ライトが援護に走り出した瞬間、
背筋を切り裂くような殺気が走った。
「白虎様の戦いの邪魔は……許しませんわ」
ジャスミナがふわりと舞い降りた。
その軌道に沿って、まるで刃のような爪が閃いた。
「くそっ!」
ライトは咄嗟に《光の盾》を展開し、
火花を散らしながら衝撃を受け止める。
しかし足を止められ、白虎のもとへ近づく道は塞がれた。
ニャルカが尻尾を高く立て、跳ねるように白虎へ声を投げる。
「ねぇねぇ、白虎様ぁ! あの魔王の娘……やっちゃっていいかにゃ〜?」
白虎はリュウガの猛攻を片手で捌きながら、余裕の笑みで短く答えた。
「……勝手にしろ」
「やったにゃ! こいつ、前から気に入らなかったにゃ。
ズタボロにしてあげるにゃ!!」
獣じみた叫びとともに、ニャルカが床を踏み砕きながら龍鈴へと飛びかかる。
龍鈴は両手を胸の前で突き出し、首を振る。
「私に……戦う意思はありません!」
その言葉がかえって火に油を注いだ。
「はあ?何それ? いつまでお姫様気分なんだにゃ。そーゆー態度が……1番ムカつくのにゃ!!」
ニャルカの爪が閃き、龍鈴の胸元へ迫る――
だが、その一撃は光の膜に阻まれた。
――パァンッッ!
火花が散り、空気が震える。
「龍鈴――大丈夫か!」
ライトが反射的に飛び込み、《光の盾》を展開。
眩い盾が龍鈴を覆い、ニャルカの爪を弾き飛ばした。
「ちっ……邪魔するにゃ!人間!」
跳ね返ったニャルカが床を叩いて態勢を立て直す。
「龍鈴様を……守れ! ライト!!
白虎は――俺が討つ!!」
リュウガの叫びが広間に響き渡り、
《闇の剣》を構えて白虎へ突進する。
「俺を討つとは……大きく出たな。小僧」
白虎の雷を纏った拳と、リュウガの闇の刃が激突し――
雷鳴のような衝撃が広間全体を揺らした。
石を砕くような轟音が広間に響き渡った。
床石が衝撃に耐えきれず、次々と割れて飛び散る。
「はぁぁぁああああっ!!」
怒りと覚悟を乗せたリュウガの剣閃が乱れ撃ちとなって白虎へ迫る。
影が伸び、闇が唸りを上げる。しかし――
「ふん、その程度か!!」
白虎はまるで遊戯の相手でもするかのように、
雷を纏う拳で全てを受け止めていた。
刃を拳が弾くたびに、雷光が弾けて逆流し、
衝撃がリュウガの腕を焼くように痺れさせる。
「くっ……!!」
全力で振るう刃が、まるで山を叩いているかのようにまったく通じない。
「《闇の剣》……悪くはない。魔族にしては珍しい力だな」
低く笑った次の瞬間――
白虎の拳が、雷鳴と共にリュウガの腹をえぐり抜いた。
「がッ……!!」
鈍い衝撃音とともに、リュウガの身体が地を滑りながら吹き飛ぶ。
膝をつき、息を荒げながらも必死に立ち上がる。
握る《闇の剣》が微かに震え、手から血が滴り落ちた。
白虎は余裕の笑みを見せ、拳に雷を集めながら言い放つ。
「どうした? もっと吠えて俺を楽しませろ。
まさか……これで終わりか?」
血を吐きながら、リュウガは睨み返す。
「……ほざけ」
⸻
尻尾を揺らしながら、ニャルカが挑発するように舌を出した。
「にゃあ!もう! 何もかも腹立つにゃ。人間ごときに守られにゃがって……龍族のくせに!」
龍鈴は息を整え、震えを押し殺して叫ぶ。
「私は……無駄な争いをしたくないだけなのです!」
しかし、その訴えに返ってきたのは、怒りの声だった。
「まーだそんなこと言ってんにゃ?
……あんたのせいで魔族同士が争い、傷付いてるのに、自分だけは手を汚さず、
『私は戦いなんて怖くて出来ません! みんな! 私のために争わないで〜』だにゃんて。
そーゆーお姫様タイプが一番嫌いだにゃ!」
龍鈴の瞳が揺れる。
「……そ、そんな事は!」
ニャルカは鋭く笑った。
「その反応……図星にゃ。
争いたくにゃいとか言って周りを巻き込んで、自分だけ楽しようとしてるにゃ!」
ニャルカの目つきが鋭く変わり、影が跳ねるように龍鈴へ飛びかかる。
「龍鈴っ!!」
ライトが振り返った瞬間――耳元で甘い声が囁いた。
「よそ見をしていて、いいのかしら?」
ジャスミナが艶やかな笑みを浮かべ、鋭い爪を振り下ろしてくる。
ライトは反射的に盾を構えた。
――ガキィンッ!!
火花が散り、盾が大きく弾かれる。
「くそっ……速ぇ!」
防御だけで精一杯で、援護に走る余裕がない。
一方、龍鈴はニャルカの連撃を展開したバリアでなんとか受け止めていた。
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
爪が突き刺さるたび、バリアに深いひびが走る。
「……このままでは……いずれ!」
押し込まれながらも龍鈴は必死に耐える。
「にゃははは! よわよわの癖に……こんなとこまで来ちゃって…… ねえねえ? どんな気持ち?」
ニャルカがケタケタ笑い、さらに爪を振り下ろす。
「どうせその下品な身体で単細胞のドサイに色目使って、仲間に引き入れたにゃ!不潔にゃ!」
「そんなことはしていません!
それに……ドサイ将軍はそんなお人ではありません!」
「はてどうかにゃ? 体が大きいだけで弱くてすけべな最悪の獣人にゃ! まあもう死んだからどうでもいいけどにゃ!」
「誇り高きドサイ将軍に対して……なんたる侮辱ですか! 今すぐに訂正してください!」
「にゃははは! 怒ったかにゃ?
でも――これで終わりにゃ!」
――ガキィィン!!
大きな衝撃とともにバリアが悲鳴を上げ――
パリィン!
ついに弾け散った。
「にゃはははは! もらったにゃ!!」
歓喜の叫びとともに鋭い爪が振り下ろされる――が。
パンッ!!
鈍い衝撃音とともに、その爪は弾かれた。
龍鈴は冷静に構えたまま、小さく息を吐く。
「……あまり戦いたくないのですが、仕方ありませんね。
あなたにはどうやら“教育”が必要なようです」
両手両足に小さなバリアを展開し、ニャルカの鋭い一撃をバリアで包んだ手で受け止めていたのだ。
火花が散り、ニャルカは驚いたように跳び退く。
「にゃ、にゃんだ!それは!?
まさか今まで手を抜いてたにゃ?
そんにゃのあるなら最初から本気でやるにゃ!」
龍鈴は静かに首を横に振った。
「言ったはずです。私は戦いが好きではありません……
ですが、ライトとリュウガに迷惑はかけられません。
そして――少しお口の悪いニャルカさんには、“躾″が必要なようですね」
穏やかな声音のはずなのに、そこには明確な怒りが宿っていた。
その一言に、ニャルカの尻尾がぶわっと逆立つ。
「にゃー!! その余裕がムカつくにゃ!!」
瞳が細まり、牙がむき出しになる。
「絶対にズタボロにして、泣きながら命乞いさせてやるにゃ!!覚悟するにゃああああっ!!」
吠えるや否や、凄まじい勢いで龍鈴へ飛びかかった。
「へへっ、やるじゃねえか!龍鈴!」
ライトが龍鈴の健闘を見て笑みを浮かべた――その瞬間。
「よそ見はご法度と申し上げましたわ」
背後から絹を裂くような声。
振り返るより早く、ジャスミナの爪が閃光となって迫る。
「っ……! 《光の盾》!」
咄嗟に盾を展開。
ガキィィン――!
火花が散り、金属を叩くような衝撃が腕に響く。
「こんなに動き回られちゃ、反撃が出来ねぇ……!」
ジャスミナは受け止められると、まるで舞踏のステップのように軽やかに距離を取った。
「なるほど……光を纏う盾。噂どおり、見事な防御力ですね」
艶やかな微笑を浮かべたまま、影すら残さぬ速度で滑り込む。
ガンッ!!
「っ! さっきより……速度も威力も増してやがる!」
衝撃が腕を痺れさせ、ライトは思わず歯を食いしばる。
爪撃の鋭さと、しなやかさ。
全身が作り上げた流麗な“殺意”が、休む暇を与えない。
「防いでるだけじゃ埒があかねぇ……! 今度は――俺の番だ!!」
光がぼやけて剣へと収束し、刃が眩く輝く。
「《光の剣》ッ!!」
ジャスミナが踏み込んだ瞬間を狙い、ライトは鋭い一閃を繰り出した。
だが――
「……甘いですわ」
身体をひらりと反転させ、風のように躱すと、
すれ違いざまに爪がライトの脇腹をかすめる。
「ぐっ……! なにっ……!」
痛みとともに熱い血が滲む。
ライトの剣は虚空を切り裂くだけだった。
ジャスミナは一歩下がり、爪を見せびらかすように指を広げて構え直す。
「うふふ、防御を捨てましたか。
ですが、凄まじい光の奔流……厄介な武器ですね。
――ですが、当たらなければ意味がありませんわ」
その笑みは、美しくも残酷な刃。
ライトは怒りに燃える瞳で剣を握り直す。
「上等だぜ……! 当たるまで振り続けてやるぜ!!」
再び光が剣に集まり、空気が震え始めた。
⸻
《闇の剣》から黒い斬撃が放たれる。
「ふんッ!!」
凶悪な軌跡を描いて飛ぶ闇刃。
「飛び道具とは小癪な……!」
白虎は片腕で軽々と弾き飛ばした。
わずかに視線が逸れた――その一瞬。
「これならどうだッ!!」
影のように背後へ回り込み、渾身の一撃を振り下ろす。
「……青龍譲りの浅知恵か」
白虎の回し蹴りが唸りを上げて横殴りに薙ぎ払い、
斬撃と激突。
火花が散り、広間が震える。
「青龍様は……お前などに敗れる御方ではない!
卑怯な真似をしたに決まっている!!」
怒りを燃やすリュウガの叫びに、白虎は冷酷に嗤った。
「ククク……負け惜しみも大概にしろ。
事実を受け入れろ。――青龍は弱かった。ただそれだけだ」
「青龍様が、弱い……だと……?」
声が震え、瞳が燃え上がる。
白虎は容赦なく言い放った。
「そうだ。 “東魔王”の名に甘んじ、黄龍のご機嫌取りしか脳がない、哀れな男だった。誇りなど……欠片もない!」
「……なんだとぉぉぉ!!
青龍様を侮辱するなぁぁぁッッ!!!」
リュウガの《闇の剣》が黒雷を纏い、
怒涛の斬撃が雨のように降り注ぐ。
だが白虎は、拳ひとつで全てを受け流していった。
「吠えるな、子犬が……」
鋼鉄を砕く斬りも、岩を割る突きも――
遊び相手をなだめるかのように軽くさばかれていく。
「まだだッ!!」
斬撃と蹴りを織り交ぜ、竜巻のような猛攻へと加速する。
だが――。
「フンッ!軽いな。苦し紛れに出てきた……その蹴り。
まったくなっていない!貧弱過ぎるぞ!!」
白虎の蹴りが一閃。
次の瞬間、リュウガの剣が弾き飛ばされ、体勢が空中で崩れる。
「ぐっ……!」
体勢を立て直す間もなく、白虎が踏み込む。
「所詮は小物の青龍の影を追う小僧。
力も覚悟も……すべてが足りん」
――ドゴォッ!!
雷を纏った膝蹴りがリュウガの腹を抉り、容赦なく吹き飛ばす。
石壁に叩きつけられ、轟音とともに石片が崩れ落ちた。
「おい!! リュウガ!大丈夫か!?」
ライトの叫びが広間に響き、空気が凍りつく。
ニャルカはそれを見て、尻尾を大きく振り、嘲りの笑みを浮かべた。
「にゃははっ! 見たかにゃ? あいつはもう終わりだにゃ。ざこざこ青龍の手下ごときが白虎様にかなうはずないにゃ!」
鋭い爪を振り上げ、獣のごとく龍鈴に飛びかかる。
龍鈴は悲しげに目を伏せ、しかし静かに言った。
「……あなた……本当に救いようのない子ですね」
小さく息を整え、両手両足のバリアでニャルカの爪撃を受け止める。
ガンッ! ガンッ!
連撃のたびに、光の膜が震えて軋む。
「にゃは! 割れろ、割れろ!
泣きながら命乞いする声が楽しみだにゃぁ!」
狂気を含んだ笑い声が広間を揺らす。
龍鈴は瞳を閉じ、次に開いた瞬間、強い光を宿していた。
「……私は争いは嫌いですが……」
深く息を吸い――
「全く戦えないというわけではありませんよ!」
両手両足の翠色の小さなバリアが光を増す。バリア内部に魔素が充満し、明るく光る綺麗な球体になる。
そして柔らかな光が、龍鈴全体を包み込む。
「にゃっ……!? にゃんだ、それ……?」
ニャルカは思わず後ずさる。
龍鈴は一歩、静かに踏み出した。
「あなたには……少し痛い目にあってもらう必要がありそうですね」
言葉と同時に――拳が閃く。
「舐めんなにゃぁぁっ!!」
獣の咆哮とともにニャルカが消えるほどの速度で迫る。
残像が幾重にも重なり、爪が閃光のように振り下ろされる。
キィンッ! ガガガガッ!!
だが、両手のバリアで爪を弾き返した。
龍鈴は静かに告げる。
「……加減できませんので、上手く避けてくださいね」
次の瞬間――光の拳が真っ直ぐ伸びる。
バシュッ!!
ニャルカの頬をかすめた光が爆ぜ、毛先を焦がす。
「にゃっ……!? この威力……!
今まで猫被ってたのかにゃ!?」
龍鈴は淡く微笑んだ。
「ふふ、猫のあなたにそれを言われるとは思いませんでした」
その余裕が火に油を注ぐ。
「む、ムカつくにゃあああッ!!
その下品な身体……バラバラにしてやるにゃああ!!」
尻尾をしならせ、間合いを一気に詰める。
「私が下品な身体付きというのなら……
ニャルカさんはとても上品な身体付きですね。凹凸がなく、とても慎ましやかで」
「キィーーーッ!! 言ってはいけないことを言ったにゃ!!」
――ガガガガガッ!!
嵐のような爪撃が降り注ぐ。
だがバリアが無傷のまま全てを受け流した。
「はぁぁッ!!」
龍鈴の拳が閃光となり、ニャルカの腹に突き刺さる。
ドゴォッ!!
「うにゃあぁっ!!?」
床を転げ回りながらも立ち上がるニャルカ。
その瞳は嫉妬と憎悪で燃えていた。
「……気に食わないにゃ……!
色目使って男に守られてきた癖に……
魔王の娘ってだけでその力……
努力もしてない癖に……
私がどれだけ苦労して白虎様のお側に立てるようになったか……
こんな理不尽、許せないにゃ……絶対に許せないにゃ!!」
龍鈴はその言葉をまっすぐ受け止め、そっと一歩踏み出した。
「……私はあなたを否定するつもりはありません」
そして静かに、しかし揺るぎなく言う。
「ですが――今のあなたは、間違っています」
翠色の瞳が、真っ直ぐにニャルカを射抜いていた。




