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第五十七話 北魔王 玄武

玄武は、弱りかけた龍鈴の声を断ち切るように、冷ややかに告げた。

「お前が平和を望むのも、民を慈しむのも……“黄龍のクローン体”だからだ。

分体とは、そういうものだ」


淡々とした声なのに、その言葉は氷より鋭く胸を刺した。


「黄龍も酷なことをする。

自ら成せなかった理想を……お前という“複製”に背負わせたのだからな」


龍鈴の指先が震え、俯いたままかすれ声が漏れる。

「……では……私が父の意思を継ぎ、平和を望もうとしていたのも……

すべて“決められていた”こと……?」


玄武は答えず、ただ氷の瞳で彼女を見下ろす。

その沈黙こそが肯定のように思えて、龍鈴の胸はさらに沈んだ。


やがて玄武はわずかに顎を引き、話題を断ち切るように言った。

「……前置きはここまでだ。本題に移ろう。

“大体の話”は、西魔王のところの小娘から聞いておる。

――で? 何を語りに来た?」


氷刃のような視線が、龍鈴へと向けられる。

「……わ、私は……人魔革命団の団長として……

その……魔族と人間の争いを……止めたくて……」


玄武は静かに瞳を閉じる。

沈黙のあと、低い声が落ちた。


「それは……黄龍の理想を継いでいるからか?

――それとも、本当にお前自身の意志なのか」


「そ、それは……」


龍鈴の胸が沈んでいく。

自分自身の信念だと信じていたものが、

ただ“刷り込まれたプログラム”のように思えてくる。


言葉が震え、崩れていく。

「……私は……父の……複製……

わからない……私が平和を望むのは……本当に“私自身の意志”なのか……」

 


その瞬間。


氷の床を踏み鳴らす音とともに、ライトが一歩前へ飛び出した。

「勝手なこと言うなよ! 亀のおっさん!」


睨みつける玄武の威圧をものともせず、ライトはまっすぐに龍鈴を見据える。


「クローンだとか運命づけられたとか……そんなの、今さら関係ねぇ!」


龍鈴がはっと顔を上げる。


ライトは拳を強く握り、胸の奥底から言葉を叩きつけた。


「龍鈴は“龍鈴”だ! 黄龍の複製なんかじゃねぇ!

自分の足で立って、自分の意志で仲間を守って……

泣いて、笑って……俺たちと一緒に戦ってきたんだ!」


氷の空気がわずかに揺らいだ。


「平和を願ったのだって……龍鈴自身だろ?

そんな大事な気持ちを“決められてたから”なんて言わせねぇ!」


冷えきった氷の間に、ライトの声だけが確かな熱を帯びて響く。


その言葉は龍鈴の胸に沈んでいた絶望へ、小さな火を灯すようだった。


「ライト……わたし……」


龍鈴が震える声を漏らすと、ライトはさらに一歩踏み出した。


「父親がどうとか、分体がどうとか……それはたしかに“きっかけ”だったかもしれねぇ。

でも――そこから先を選んで歩いたのは、龍鈴自身だ。

その優しさも、その想いも……“決められたもの”なんかじゃねぇ。

俺はそう信じてる」


冷えた空気の中、ライトの言葉だけが確かに温度を持って響く。


龍鈴の瞳に、ゆっくりと光が戻り始めた。

凍りついていた表情の端が、かすかにほころぶ。


「……ありがとう、ライト」


胸にそっと手を当て、龍鈴は静かに息を整えた。


「……そうですね。私の意志は、父のものとは違います。

色んな方と関わり、助けてもらい……今は、私自身の意志で歩んでいます」


その声には、先ほどまでの迷いがなかった。


龍鈴は真っ直ぐに玄武を見据える。


「私はこの世界に変化を起こしたい。

魔族と人間が争わずに済む未来を……父とは違う形で、“私が”創りたいのです」


もう震えはなかった。

しなやかで、澄みきっていて――

氷の魔王さえ揺らすほど、確かな強さを帯びていた。

 


玄武はしばらく無言で二人を見つめ——

やがて、わずかに目を細めた。


「……なるほど。

黄龍の分体でありながら……もはや“黄龍の模造”ではない、というわけか」


氷の魔王の声に、確かな温度が宿る。


龍鈴は迷いなく頷いた。

「はい。私は父のクローンであろうと構いません。

それでも……この世界に平和が訪れるのなら」


小さく息を吸い、静かに続ける。


「父のやり方――互いを隔てて生きるだけでは、

根本的な解決にはならないと感じました。

互いを理解し、共に生きる道を探すこと……

それこそが、真の平和への第一歩だと信じています」


玄武の瞳が冷たく細まる。


「綺麗事だ。

魔族と人間は根本から異なる。

その差は必ず軋轢を生み、混ざり合うことは決してない。

……歴史がそれを証明している」


硬い声が氷壁を震わせた。


だがライトが一歩踏み出し、強く叫ぶ。


「今までがどうだったかなんて関係ねぇ!

俺が龍鈴の声を……人間にも届けるんだ!」


玄武の視線がわずかに揺らぐ。


「俺は人間でもあり、魔族とも通じ合える。

だったら……俺が橋渡しになれるはずだ!

そこから、話を始めればいい!」


しかし玄武は静かに首を振った。


「甘い考えだ。確かに君は異質で、前例のない存在だ。

だが——君一人が意思疎通できたところで、

積み重なってきた怨嗟が消えるわけではない。

世界は、それほど単純ではない」


氷の空気はさらに張り詰め……

呼吸さえ凍りつくほどだった。


だがその中で、龍鈴が静かに一歩、前へ出た。


「それでも……!」


その声音には、揺らぎが一切なかった。


「どれほど遠くても、険しくても。

私たちは訴え続けます。

“真の平和”のために……必ず、進み続けます!」


凍てつく玄武の圧を真正面から受け止めながら、

龍鈴の瞳は凛として輝いていた。

そこには黄龍の意志だけでなく——

龍鈴自身の、確かな意志が宿っている。


玄武はしばし沈黙し、深く低い声で告げた。


「……ならば、流れがどちらへ傾くか――その身で示してみよ」


静かに告げられた玄武の言葉に、龍鈴は思わず息を呑んだ。


「……それは、認めてくださるということですか?」


玄武は目を伏せ、ゆるやかに首を振る。


「認めるも何も、もとより“静観”する立場よ。

ただ――覚悟は十二分に伝わった。

やはり……黄龍の血を継ぐ者だ」


その言葉に、龍鈴は胸を張り、深々と頭を下げた。


「……玄武様。

お話を聞いていただき、心から感謝いたします!」


玄武は龍鈴を見据え、低く問いを重ねた。


「だが――これから先は生易しい道ではないぞ。

黄龍亡き後、魔族の情勢は再び揺らぎ始めている。

そこで一つ、問おう。……なぜ、お前は“黄龍の力”を行使せぬ?」


鋭い問いに、ライトとリュウガがはっと目を見開く。

龍鈴は一度、胸元に手を当て、静かに答えた。


「……私は、父のような“圧倒的な力による統制”は正しいとは思いません」


玄武の瞳がわずかに細まる。


「父が築いた抑止は確かに戦争を止めました。

けれど……その裏で、抑えつけられた魔族たちの憎しみは積み重なり、

その反動が……いま人間領への侵攻という形で噴き出しています」


その声は迷いなく、凛としていた。


「私は“支配”ではなく、“理解”が必要だと考えています。

だからこそ――龍族の力を捨て、

より対話がしやすいように龍人よりもさらに“人化”することを選びました」


玄武の瞳がわずかに揺れた。


龍鈴はまっすぐに続ける。


「力で押さえつけるのではなく、向き合い、語り合うことでこそ……

魔族と人間は歩み寄れると信じています。

それが、父とは違う……私自身の選んだ道なのです」


玄武の氷の瞳が細まり――

その奥に、かすかな温もりが宿る。


「この世界に新たな流れを起こすのは、

いつの時代も“若き者”だ。

……良い流れを生み出すこと、期待しておるぞ」


だが、その直後に玄武の声は再び冷たさを帯びた。


「しかし――龍族は黄龍の力もなければ、あの青龍すら討たれた。

……それでどう白虎に対抗するつもりだ?」


「……っ! 貴様がそれを言うのか!

白虎に加担しておいて!!」

怒りを抑えきれず、リュウガが声を荒げる。


だが玄武は眉一つ動かさず返した。

「勘違いするな、若造。青龍の件――わしは関与しておらん」


「ふざけるな! 青龍様は“三人の魔王”に討たれたと聞いている!」


「……討ったのは白虎と、“魔族の過激派”だ」

静かでありながら、氷のように重い声だった。


「わしの統べる北の海。朱雀の南の孤島。白虎の西の地。

黄龍の在り方を快く思わぬ魔族どもが結託し、牙を剥いた。

青龍を討ったのは……あやつらよ」


龍鈴が小さく息を呑む。


「……過激派……? では朱雀様も……?」


「おそらく無関係だろう。

あやつは軽薄だが、無闇に刃を振るう性質ではない」


リュウガは歯を食いしばり、拳を震わせた。


「それでも……そんな無責任な話が通るか!

北魔王と呼ばれる存在なら……止めるのがお前の役目だろう!!」


玄武は穏やかに、しかし揺るぎなく瞼を伏せた。


「……わしは“統治者”ではない。

海は広大で、形も境界も定まらぬ。流れに住まう民を一つに束ねることなど、誰にもできぬ」


重い声が氷に染み込むように広がる。


「そもそも、東の地を統べる龍族こそが特殊なのだ。

龍族は希少にして強大。言葉も文化も一枚岩……

ゆえに“ひとつの地をひとつの種族が治める”という奇跡が成り立っている。」


玄武はわずかに首を振る。


「だが他の地は違う。

魔族は多種多様で、思想も生態もばらばら。

海・森・空……住まう環境すら違えば、同じ規律のもとにまとめ上げることなどできぬ」


静かに放たれる言葉は、逃げ場を許さない真実だった。


「……わかるか、若造。

“北魔王”と呼ばれようと、わしができるのは流れを見守ることだけだ」


あまりにも重い現実に、リュウガは言葉を失い、

ただ拳を握りしめるしかなかった。


その静寂を破るように、龍鈴が一歩前へ進む。


「……そうだったのですね。

しかし――私たちのやることは変わりません。

争いの虚しさを、魔族たちに。そして、白虎様にも伝えます。

そしてすべての魔族と人間にも……必ず届けます」


その声は静かで、凍てつくように澄んでいたが、

その奥には揺るぎない炎が宿っていた。


玄武はじっと龍鈴を見つめ、わずかに目を細める。


「そうか。

黄龍、青龍が失われたこの窮地に……

力を持った若き希望が三人。

何かが起きても、不思議ではない」


氷を揺らすような低い声音で続けた。


「わしは静観させてもらう。

だが――陰ながら、君たちに“流れ”が向くことを祈っておる」


玄武の言葉を胸に刻みながら、

ライト・リュウガ・龍鈴の三人は玄武の間を後にした。


氷の扉が静かに閉ざされる。


残された玄武は、ゆっくりと玉座にもたれかかり、

深い吐息をひとつ落とす。


「……黄龍よ。

分体などと侮っていたが――

あの娘は、もはや“ただの影”ではない。

お前の意思を……いや、それ以上のものを背負おうとしておる」


氷の面のように硬い表情の奥に、

ほんの一瞬だけ、柔らかな笑みが宿った。


「そして……時を同じくして現れた、

人間と魔族の混血が二人……」


静寂の研究室に、玄武の声が低く響き渡る。


「……さて。

この激流はどこへ行き着くのか――

見届けねばなるまいな」


揺らめく氷の灯火が、まるで新たな時代の胎動を告げるように

静かに脈打っていた。

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