第五十二話 魔族殲滅軍
ーーゲトラム郊外・聖剣の灯火の隠れ家。
ライトはいったんゲトラムから大きく距離を取り、追手の気配を完全に振り切ってから、郊外にある聖剣の灯火の隠れ家へ身を潜めていた。
揺れるランプの薄明かりの下、龍鈴は治療台に横たえられていた。
金色の鱗に刻まれた無数の傷跡はまだ生々しく、仲間たちは息を呑む。
「……よくぞ連れ戻してくれました。ライト様。
この方が龍鈴様なのですね」
痛々しい傷跡を見て、目を伏せる聖剣の灯火のメンバーたち。
「総帥直轄の地下牢……やはりそこは魔族たちの解剖や実験に使われていたのですね。なんて酷い事を……」
ライトは拳を握り締め、悔しさに歯を食いしばった。
龍鈴たち魔族は声を持たない。
だがその魔素で、確かにライトへ想いを訴えていた。
「……龍族の再生力があるから平気だってさ。
それと……匿ってくれてありがとう、って言ってる」
「すごい……龍鈴様の気持ちが本当にわかるのですね。
これがおっしゃっていた“魔素疎通”……ライト様のお力……」
「みんなの言葉も、ちゃんと龍鈴に伝えるから。
伝えたいことがあれば言ってくれ」
短い静寂の後、ナタリアが息を整え、問いかけた。
「……それで、ライトさん。これからどうされるおつもりですか?」
ライトはゆっくり息を吸い、吐き出す。
「……明日、会わなきゃならない奴らがいる」
「あ、明日ですか?危険です! 今、ゲトラムでは龍型が消えたと大騒ぎになっています。それに、罠の可能性はありませんか?」
ナタリアは不安そうにライトを見つめた。
「ああ……わかってる。けど――グレンダは俺を信じてくれたんだ。魔族殲滅軍の中にいながら、逃げ道を作ってくれた。約束を破るなんてありえねえ」
「……ライト様が決心されたのであれば何も言いません。その間、龍鈴様は命に変えてもお守りします」
「いつもありがとな、ナタリア」
お礼を言うライトに、ナタリアは深く頭を下げた。
「ライト様もお疲れでしょう。ゆっくりおやすみください。こちらで見張りはしております」
ライトは龍鈴の頭にそっと撫でた。
震える彼女の指が、ライトの手を弱く握り返す。
静かな決意を胸に、ライトは用意された寝床で眠りについた。
⸻
ーーゲトラム郊外・荒野。
約束の時間。
静かな風の中、ライトは尻尾が隠れるほどの大きな布で身を包み、ひとり立っていた。
やがて――
砂煙を巻き上げ、三つの影が近づいてくる。
グレンダ、アヤ、アリス。
魔族殲滅軍の装備に身を包んだ三人は、互いに異なる色の眼差しをライトへ向けていた。
「おう……ライト。ほんとに……来てくれたんだな」
グレンダが安堵した表情で見つめる。
「ああ、約束は守るさ」
一歩、アヤが踏み出し、鋭い視線を突き刺す。
「じゃあ――早速、説明しなさい!
なんで龍型なんかと一緒にいるのよ!」
アリスはフルートを構え、氷のような声を落とした。
「……返答次第じゃ、ここで消えてもらう。
それが“任務”だから……」
張り詰めた空気が荒野を締め付ける。
ライトは深く息を吸い、拳を握った。
「……俺は人魔革命団と共にいる。
理由はただ一つ……“この世界から争いをなくしたい”からだ」
「なにそれ! 綺麗事ばっかり!!
魔族にどれだけ仲間を殺されてきたと思ってるの!?
ノイスの事だって何も思わないわけ!」
「……ノイスを殺した龍型に肩入れした時点で、お前は敵」
アヤとアリスは敵意剥き出しでライトに言葉をぶつける。
二人の怒りは正しい。
ライトは逃げずにその言葉を受け止め、静かに続けた。
「……ノイスは確かに死んだ。でも龍族には龍族の事情があった。
どっちか片方だけが悪いんじゃねぇ……人間も魔族も、憎しみを積み重ねてきたこの世界が、そうさせたんだ!」
グレンダが眉を寄せ、吐き捨てるように言う。
「全く意味わかんねぇよ。
まるで魔族のことがわかるみたいじゃねーか」
少し溜めてからライトは話を始める。
「……実は俺、人間と龍族の混血だったんだ。
でもそれは、龍型討伐の後、龍族に助けられて初めて知ったんだ。黙ってた訳じゃねぇ」
「混血ですって?」
「そんな……人間と魔族が……」
アヤとアリスが聞き返すが、ライトはそのまま続ける。
「そして、魔族特有の“魔素疎通”がわかるようになったんだ。それで、魔族の声が聞こえるし、会話だってできる」
「……それを信じろっていうの?」
アヤが疑いの目を向ける。
「ああ、俺は人間とも魔族とも話せるんだ!
だから俺は、龍鈴たちと共に人魔革命団に入り、人間と魔族とが共存する平和な世界を実現させたいんだ」
「……龍鈴?あの捕まえられた龍型のことか」
「ああ、そうだ。あいつは魔族だけど、誰よりもこの世の平和を願っている」
「……そういうことか」
「グレンダ?」
「捕まった時……あの龍型は抵抗しなかった。
ただずっと、こっちを見てただけだった。なんで戦わねぇんだって思ったけど……」
グレンダはゆっくりライトを見る。
「……あいつきっと本気で“わかり合える”って信じてたんだな。だから……何されても、抵抗しなかったんだろう」
アリスが息を呑む。
ライトは頷き、続けた。
「……そうだ。龍鈴はあの状況になっても、人間を恨んじゃいねぇ。俺は龍鈴と共に、この世界を変えたいんだ。
これ以上無駄な争いは起こさせねえ。争いの中で誰かを失うのはもう嫌なんだ……」
「……でも、ノイスを殺した事には変わりない!」
「……ああ。だけどな、ノイスも願ってた。
“人間と魔族の争いが終わればいい”って。
仲良くできる世界を……夢見てた」
アリスの肩が震え、フルートを構える。
「……嘘をつかないで……」
「嘘じゃねえ。そしてノイスは俺に“聖剣の姫ヘレン″について書かれたナタリアの日記を残してくれた。ここには人間と魔族の共存の手掛かりが示されていた」
「……確かにノイスが図書館でずっと見ていた日記……」
「俺はノイスの残してくれた日記があるからここまで来れたんだ。ノイスが願った平和の意思を俺が引き継ぐんだ」
そして、ライトは懐から星形の魔石を取り出し、差し出した。
「……これ。ノイスは遠征の間、肌身離さずに大切に持っていた。これはアリスに返すよ」
アリスの指先が触れた瞬間、魔石はほんのり温かい光を灯す。懐かしくて優しい魔素――ノイスが込めた魔素が、優しく胸に流れ込んだ。
「……これ……ノイス、魔素を込めてたんだ……
…………ひっ……うう……ノイス……!」
アリスは魔石を胸に抱えたまましゃがみ込み、涙が地面を濡らした。
ライトはその姿を見つめ、そして――口を開く。
「……アヤ、グレンダ、アリス。
俺からも……聞きたい事がある」
その声に、三人の表情が一変する。
「……ユージの事だ」
荒野の空気が凍りつく。
「仮面を被って……“カゲロウ”と名乗ってた。
なあ……あいつに何があったんだ?」
三人は息を呑む。
アヤは唇を噛み、グレンダは拳を震わせ、アリスは涙に濡れた目でライトを見つめた。
「……ライト。あの頃のユージは……もういないの」
「……どういうことだ?」
アヤは、どこか遠くを見つめるように呟いた。
「ユージが遠征から帰ってきた“あの日”から……
全てが変わったのよ」
アヤはゆっくりと語り出した。
⸻
龍型討伐から数日後――。
仲間を失い、憔悴しきったユージは、魔族城討伐と遠征の報酬で買った小さな家で、まるで抜け殻のように眠るような日々を送っていた。
アヤはそんなユージを放っておけず、
心配のあまり同じ家に住み込み、食事や寝起きまで面倒を見続けていた。
言葉をかけても返事は薄く、目は虚ろ。それでもアヤは諦めなかった。毎日、明るくユージに話しかけ、料理を作り、夜は悪夢にうなされる度に優しく寄り添った。
そんな日々が積み重なるうちに――
ユージの瞳に、ほんのわずかな光が戻りはじめていた。
アヤの優しさが、ひび割れた彼の心を少しずつ埋めていったのだ。
しかし――
その温かな時間は、長くは続かなかった。
“魔族に深い恨みを持つ龍型討伐の生き残りがいる”
その噂を嗅ぎつけたひとりの男が、静かにユージの家へと歩み寄ってきた。
そして扉を叩き、ユージの目の前に姿を現す。
「……あなたが、ユージ君ですね?」
「……誰だ?」
ユージの瞳には、まだ消えない復讐の炎が揺れていた。
その目を見て、男の口元に不気味な笑みが浮かぶ。
「いい目をしています。
……心の底から魔族を憎む者の目だ」
「俺は今、機嫌が悪い。
殺されたくなけりゃ、とっとと消えろ」
扉を閉めようとするユージ。
だが男は余裕の笑みを崩さぬまま、静かに名乗った。
「失礼しました。私は“魔族殲滅軍”総帥。
魔族を――根絶やしにするための組織を率いています」
総帥の言葉に、ユージの眉がピクリと揺れる。
「……魔族を……根絶やしに?」
「ええ。あなたも欲しているでしょう……?
魔族を滅ぼせるほどの、圧倒的な“力″を」
「……力……」
その単語を聞いた瞬間、
ユージの喉がかすかに鳴り、息が荒くなる。
総帥はその様子を観察しながら、さらに言葉を滑らせた。
「あなたの怒りも、あなたの憎しみも……復讐も。
その全てを注ぐ“正しい場所”を、私が与えましょう。
ユージ君……一緒に魔族を滅ぼしませんか?」
その甘い囁きに呼応するように、
ユージの瞳がギラリと濁った光を帯びる。
「……わかった。詳しく聞かせろ」
ユージは男を自宅へ招き入れた。
小さな家のリビングに座ると、アヤが心配そうにお茶を差し出す。
アヤも同席すると総帥は静かに語り出した。
「魔族殲滅軍とは、魔族根絶を掲げる“連盟直属”の部隊です。構成員の多くは――魔族に家族や故郷を奪われた者たち」
ユージは鼻で笑った。
「俺は群れる気はない。……勝手にやってろ」
だが総帥は、その拒絶に一切動じない。
「そうですか……。ユージ君は《影》のスキルを扱いますね?その《影》のスキルは確かに強力です。
しかし――龍型を相手にしてどうでしたか?……十分でしたか?」
「……何が言いたい?」
鋭い殺気を帯びて睨みつけるユージ。
総帥はその視線さえ心地よさそうに受け止め、ゆっくり口角を上げた。
「私のスキルは――《祝福の刻印》。
肉体に刻まれた限界を押し広げ、
スキルを強化、または新たなスキルを付与する」
ユージの瞳が揺れる。
「……新たな、スキル……だと?」
「ええ。世には、生まれつき力に恵まれない者がいる。
その者は魔族たちに対抗出来ずにただ奪われるのみ……
――不公平ではありませんか?」
総帥の声は落ち着いていたが、どこまでも底なしの闇を含んでいた。
「だから私は《祝福の刻印》で、人々の悲しみや憎しみを“力”に変える。魔族を倒すため――必要な力を」
アヤが息を呑んだ。
「そんなスキルが……本当に?」
総帥は表情を歪め、愉悦を含んだ声で続けた。
「はい……もちろん、代償はありますがね」
「代償……だと?」
「はい。過ぎた力は肉体を蝕みます。
しかし――力がなければ、何も守れない。
ただ奪われるだけです。
ユージ君は身をもって実感したはずでしょう?」
総帥の声が、暗闇の奥底へ誘うように静かに響く。
「……」
ユージの脳裏に、あの悲惨な光景が突き刺さる。
ライトとノイスが自分の目の前で奪われたあの日。
(あの時……もっと力があれば……!)
胸に焼き付いた悔恨が、再び燃え上がる。
総帥はその炎を見透かしたかのように、言葉を滑らせた。
「魔族殲滅軍に入隊いただければ――
私があなたに、魔族を滅ぼすための力を授けましょう。
“何も奪わせない力”を」
低く囁く。
「……力がなく、また失うおつもりです?
二度と味わいたくはないでしょう?」
ユージが一瞬、アヤへと視線を向けた。
短い沈黙。しかし、それは迷いではなかった。
過去を噛み締め、復讐を誓うための時間だった。
「……わかった。入隊する」
ユージは立ち上がり、暗い決意を宿した瞳で総帥を睨む。
「魔族を滅ぼせる力が手に入るなら……
俺は、自分の身体だってどうなったって構わない」
「ユージ……!そんなにすぐ決めちゃって、本当にいいの!?」
総帥はアヤをちらりと見ると、楽しげに口角を吊り上げた。
「心配なら……あなたも一緒に来ますか?彼女さん」
「っ……!か、彼女だなんて……!」
アヤは頬を赤くし視線を逸らす。
「俺は一度死んだ身だ……体をどんなに蝕まれようと魔族を滅ぼす力が欲しい」
ユージの瞳からは、迷いが完全に消えていた。
総帥は満足げに歩み寄り、ユージの肩へ手を置く。
「そう言っていただけると思いました」
「ユージ……」
アヤは不安に駆られながらも、まだ魔族殲滅軍の“本当の恐ろしさ”を知らなかった。
ただ、壊れかけたユージが少しでも前へ進めるのなら――と、どこかで軽く考えてしまった。
それが、後に取り返しのつかない選択になるとも知らずに。




