第四十五話 暴走する力
魔昌核を取り込んだ瞬間――
モウガの体は異形へと変貌した。
「モガァァァァアアアアアア!!」
咆哮とともに肉体が膨張し、筋肉が裂けるほど肥大化していく。
ライトが叫ぶ。
「おい! 魔素の塊はお前が回収したんじゃないのか!」
隣で見つめていたリュウガは、険しい表情で答えた。
「あれは魔素の塊と言う名ではない。“魔昌核″だ。魔王・黄龍様の圧倒的な魔素を結晶化したものだ。
魔素は魔族のエネルギー源……あれ一つで何体もの魔族が“一生分の力”を得られる」
ライトが息を呑む。
「そんなヤベぇもん……なんであいつらが持ってるんだよ!」
「白虎のクソ野郎が独占したのだ。黄龍様亡き後にな……」
リュウガの声は怒りを押し殺していた。
「そして、魔昌核を悪用して人間の領地を荒らした。白虎自身の手を汚さずにな。その回収のために俺たち龍族は動いていた……だが、それすら白虎の策。結果、人間からの攻撃を受けることになった」
ライトは龍討伐の惨劇を思い返し、拳を握りしめた。
「……そういや、龍鈴もそう言ってたな」
「そんなことより――まずいぞ」
リュウガの言葉と同時に、異形となったモウガが咆哮を上げた。
「モオゴオオオオッ!!」
暴風のような勢いで大地を蹴り、一直線にドサイへ突進する。
「モウガのやつ! ぐっ……うおおおッ!!」
ドサイが正面から受け止めようとするが、あまりの力の差にドサイは宙を舞った。
モウガの角で打ち上げられたのだ。
地面を抉りながら転がり、土煙を巻き上げて止まる。
「ドサイ将軍っ!!」
部下たちの悲痛な叫びが戦場に響いた。
異形となったモウガは、獣そのものの瞳で天に向かって吠える。
「モグウゥゥアアアアアアア!!」
「……くっ、正気を失ってやがる……! それにしてもなんて力だ……!」
ドサイは膝をつきながら、歯を食いしばって立ち上がる。
その場の空気が、圧力で潰されるように重く沈んだ。
モウガの咆哮が、大地を震わせる。
「グガァァァァァ!!」
あまりに異様なモウガの姿に白虎軍の獣族たちは怯んでいたが、やがて一体の獣族が叫びを上げた。
「今だ! モウガ将軍に続けェェ!!」
「「「ウオオオオオオ!!!」」」
鬨の声を上げ、白虎軍が一斉に突撃してくる。
停滞していた戦場は再び――地獄のような渦へと飲まれた。
ライトが歯噛みした。
「チッ……やっぱりこうなっちまうのかよ!」
リュウガが《闇の剣》を構える。
「構わん。斬り伏せるのみだ……!」
ドサイは苦悶の表情で巨体を踏ん張った。
「……クソッ、戦いは止められないのか!!」
混乱に包まれた戦場で、ベラニカ兵も構えを取り直す。
「魔族たちが動き出したぞ! 全軍、迎撃準備!」
ベラニカの指揮官が怒号を飛ばした。
《光の翼》を広げたライトが叫ぶ。
「人魔革命団、行くぞ!! 絶対にここで止めるんだ!!」
その号令に応じるように、
龍族の咆哮、獣族たちの雄叫び、人間の怒声――
三者入り乱れた地獄の戦場が動き始めた。
白虎軍の獣族たちが雄叫びを上げ、突撃する。
「構えろ、迎え撃て!!」
「うおおおおッ!!」
矢の雨が空を覆い、魔法の閃光が戦場を照らす。
リュウガが低く呟いた。
「……フン、問答無用だな」
振り抜かれた《闇の剣》が飛来する矢を粉砕する。
さらに、そのまま迫り来る獣族をまとめて薙ぎ払った。
ライトは必死に叫ぶ。
「おい!ベラニカのみんな!落ち着いてくれ!
俺達は――!」
だが返るのは敵意のみ。
「黙れ! 魔族と共にいる時点で信用出来るものか!」
「うおおおおッ!!」
「くそ! 乱戦になれば被害が増える……ベラニカ兵は俺が何としても止める!リュウガは西の獣族たちを頼む!」
「俺に指図するな!」
と言いつつも、リュウガは獣族の中心へと踏み入れていく。
戦場は瞬く間に混沌へ沈んでいった。
――その中心で。
「ンモモオオオッ!!」
モウガとドサイは死闘を繰り広げていた。
暴走したモウガが咆哮を上げ、振り下ろされる巨腕。
大地が爆ぜ、土煙が舞い上がる。
「ぐっ……!」
ドサイは後方へ大きく跳び退り、辛うじて回避した。
「力が桁違いに跳ね上がってやがる……!
おいモウガ! もうやめるんだ! これ以上、魔昌核の力を使ったら――もう二度と元には戻れねぇぞ!!」
返事の代わりに、さらに狂暴な拳が飛ぶ。
「グルルルル……モガアアッ!!」
理性の欠片もない瞳。
そこにはもう、かつての戦友を映す光はなかった。
ドサイは歯を食いしばり、吼える。
「こ……これが……白虎様の望む事なのか!!!」
その瞬間――
脳裏に、モウガと共に歩んだ日々が鮮烈に蘇った。
⸻
――ガァンッ!!
砂煙が立ち込める闘技場。
若き日のドサイとモウガが、拳と拳をぶつけ合っていた。
額には汗が滲み、呼吸も荒い。
だが――互いの口元には、確かな笑みが浮かんでいた。
「ハァッ、ハァッ……どうした、ドサイ! もう限界かぁッ!?」
「はっ、バカ言え……! てめぇこそ、足が止まってんじゃねぇか!」
重い拳がぶつかるたび、骨が軋む音が響く。
それでも二人はお互い引かず、一撃ごとに歓声を浴びていた。観戦していた仲間たちの声が飛ぶ。
「やっぱりあの二人は別格だな!」
「互いを高め合って……将軍にふさわしいのはどっちだ!?」
モウガは拳を振り抜きながら、楽しげに笑う。
「こうして特訓してるとよ……いつかこの力を存分に振るう日が来るんじゃねぇかって、ワクワクするぜ!」
拳を受け止めながらも、ドサイは落ち着いた声で呟く。
「そんな日なんざ……来ない方がいいのかもしれないぞ」
「何を言ってやがる! 俺たちは戦士として生まれたんだ。いつか戦場に、自分の死に場所を見つける……それが誇りだろ!」
モウガは勢いのままドサイへ突っ込んだ。
「――隙あり!」
その勢いを利用して、ドサイはモウガの体勢を崩す。
「ぐわっ!」
ドサイが軽く拳を引き、顎へ寸止めする。
「熱くなると前のめりになる。悪い癖だ」
倒れたモウガは悔しそうにしながらもドサイに微笑んだ。
「計ったな、ドサイ! しかし、これで300戦中……150勝150敗、か」
⸻
――鮮やかな記憶は、
今まさに暴走し、狂獣と化したモウガの姿と重なっていく。
ドサイは血を滴らせた拳を握りしめ、叫んだ。
「なあ?お前が選んだ“死に場所”はここなのか!! そんな石ころ一つに心まで乗っ取られるほど……お前は弱かったのか、モウガ!!」
暴走した獣のように、モウガが咆哮を上げた。
「グウアアアアアッ!!」
両者の巨拳が激突し、地響きのような轟音が戦場に鳴り響く。
「モグァルァァァァァ!!」
「ぐぬぅぅぅッ!!」
雷鳴のごとき衝撃が何度も走り、周囲の兵士たちは思わず後ずさった。
血反吐を吐きながらも――
ドサイは一歩も退かず、真正面から拳を振り抜く。
「……お前の最後が、こんなんでいいわけないだろ!!
モウガァァァァァ!!」
その叫びに、モウガの瞳がかすかに揺れた。
「……ドサイ……オレハ……マケナイッ!!」
確かに、ほんの一瞬だけ“仲間の声”に反応した。
だがすぐに、狂気がその光を飲み込む。
「モオオグアアアア!!!」
その突進を――
ドサイはまるで昔をなぞるように、低く沈んだ構えで迎える。
「――隙ありッ!!」
暴走する勢いを受け流し、巨体を地面に叩きつける。
土煙が爆ぜ上がり、戦場が震えた。
続いて放たれた渾身の拳が――
――バキィィィィンッ!!
モウガの胸に埋まっていた魔昌核を砕き、
禍々しい魔素が四散して空へ消えていく。
「グ、グオオオオォォォ!」
魔昌核を失ったモウガの身体から、一気に力が抜け落ちた。肥大化した体は萎んでいく。
そのまま大地に倒れ込み、二体の荒い呼吸だけが震えて響く。
「熱くなると前のめりになる……悪い癖だ」
拳を強く握りしめたまま、ドサイは苦く呟いた。
⸻
モウガとドサイの拳がぶつかり合っていたその頃――
リュウガもまた、戦場の渦中にいた。
「……っ! あれが……龍族のリュウガだ!!」
「囲め! 絶対に討ち取れぇ!!」
白虎軍の獣族兵たちが怒号と共に突撃してくる。
リュウガは眉一つ動かさず、《闇の剣》をひと振りした。
――ズバァァァッ!!
黒い剣閃が奔り、突撃してきた兵がまとめて吹き飛ぶ。
「ぐあああっ!」
「つ、強すぎる……!」
「雑魚が群れたところで、この俺を止められるものか!」
《闇の剣》を振るわれる度に黒い閃光が戦場を裂いた。
白虎軍の屍が次々と積み上がり、血煙が舞った。
それでもリュウガの足取りは乱れない。
むしろ瞳に宿る闇は、より深さを増していく。
「フン……所詮は汚い手しか使えぬ白虎の兵共、その程度か!」
その刹那――
――ズゥゥゥン……!ズゥゥゥン……!
地鳴りが戦場を揺らした。
土煙を割って、一際、巨大な獣人が姿を現す。
「……バ、バゾウ将軍だ!!」
獣族たちはその大きな体を見上げる。
分厚い皮膚、長大な牙、岩壁のような肩幅。
ゾウの獣人・バゾウが仁王立ちになり、リュウガを見下ろした。
「パオパオ……貴様がリュウガか。――“腰抜け青龍”の腰巾着」
その名を聞くだけで胸が焼ける。
リュウガは牙を噛みしめた。
「……今、何と言った?」
リュウガは睨みつけるが、バゾウはその長い鼻で笑い、さらに言葉を重ねる。
「聞こえなかったか? 腰抜け青龍の、その腰巾着だと言ったんだよ。チビ」
「……貴様ァ……ッ!!」
怒りに燃える瞳が紅く光り、
リュウガの周囲に黒い魔素が噴き出すように立ち上った。
「青龍様を侮辱する事は……絶対に許さんッ!!」
バゾウがあざ笑う。
「パオパオ!笑えるな。青龍は実力もないくせに“次期魔王”気取り。 だが結果は……どうだ?無惨に殺されただけじゃねぇか!」
「黙れッ!!」
《闇の剣》が唸りを上げ、怒りのままに振り下ろされた。
しかし――
――ドゴォォォン!!
バゾウはその一撃を巨腕で受け止め、大地が裂けた。
衝撃波で周囲の兵たちが吹き飛ぶ。
「流石だな。“次期東魔王候補”とまで呼ばれただけのことはある。だが、これでどうかな?」
不敵に笑い、バゾウは――魔昌核を取り出した。
「貴様まで……!」
結晶を胸へ突き立てる。
瞬間、禍々しい光が弾けた。
「パアアウォオオオオオオン!!!」
筋肉は破裂しそうなほど膨張し、硬い皮膚はさらに岩のように硬化。
赤黒い紋様が浮かび上がり、瞳から理性が消えた。
「くそっ、芸のない奴らめ……!」
暴走したバゾウが拳を振り下ろす。
大地が陥没し、爆風が巻き上がる。
「ぐっ……重い……ッ!」
リュウガは《闇の剣》で必死に受け流していたが、
一撃ごとに腕の骨が軋むほどの衝撃が走った。
「パオオオオォォォン!!」
長い鼻が鞭のように唸り、
丸太の腕が嵐のごとく振り下ろされる。
斬撃をいくら叩き込んでも――
硬化した皮膚が火花を散らし、刃を弾き返した。
「……チッ、効かぬか!」
「バウォォォォオン!!」
巨体が突進してくる。
避けきれず、リュウガの身体は吹き飛ばされ、地面を転がった。
――ズザザザザザッザ!
土を噛み、血を拭いながらゆっくりと立ち上がる。
その紅い瞳には、怒りと闘志が静かに燃え上がっていた。
「黄龍様の遺した“魔昌核”を……こんな使い方をするとは……。西の愚か者ども……絶対に許さん……!」
握りしめた《闇の剣》が、黒い脈動をはじめた。
周囲の魔素を吸い込み、刀身が細く鋭く――まるで“怨念”を凝縮するように変質していく。
「“魔昌核”は……土地の魔素が枯れ、生きていくことすら出来なくなった魔族たちのためにと、黄龍様が最後に残してくださった物だぞ……!」
リュウガの声が震え、怒りが爆ぜる。
「それを――貴様らはッ!!その温情を利用し、踏みにじったぁぁぁ!!到底、許されない!」
翼が一気に広がり、黒い風圧が周囲を薙ぐ。
リュウガはそのまま地を蹴り――一直線にバゾウへと突進した。
《闇の剣》が高く振りかぶられる。
「――これで終わりだァッ!!」
咆哮とともに踏み込むリュウガ。
対するバゾウも、獣の本能そのままに大地を割る勢いで最後の突進を放つ。
二体の魔族が凄絶な力をまとってぶつかり合う――。
――ズガァァァァァン!!
轟音が大地を割り、戦場全体を揺るがした。
――ドッシン!
土煙が吹き飛ばされる中――バゾウの巨体が、膝から崩れ落ちる。
膨張していた筋肉がみるみる萎み、赤黒い紋様が消えていく。その姿は、もはやただの“抜け殻”だった。
「フン……口だけの男だ」
荒い息を吐きながらも、リュウガは冷たく呟く。
そして――握っていた黒い刀身を下ろすと、もう片方の手を掲げた。
「……これは返してもらうぞ……!」
そこには、バゾウから抉り取った魔昌核が黒く脈動していた。
――同じ頃。
土煙の向こうでは、ドサイが血を流しながらも、
暴走したモウガを地に沈めていた。
二つの巨躯が倒れ伏し、
二つの決着が――まるで示し合わせたかのように、同時に訪れた。




