第四十三話 聖剣の灯火
ルイは腕を組み、真剣な眼差しで呟いた。
「“聖剣の灯火”……連盟の監視をすり抜け、長年存在していたとは信じがたいが……確かに日記が本物なら、その可能性は高い」
シルヴィが小さく頷く。
「王都には古い抜け道や、今は使われていない地下施設がいくつもあります。そのどこかに潜伏している……そう考えるのが自然でしょうね」
レオンがすぐに提案を口にする。
「ならば兵を動かし、片っ端から捜索すれば――」
しかし、ルイは首を振った。
「駄目だ。兵を動かせば目立ちすぎる。王にも、魔族殲滅軍にも気付かれる」
その声はいつになく鋭く、レオンもシルヴィも口を閉ざした。
「……この件は、内密に進める。私と――信頼できる少数だけで動くしかない」
王子の言葉は、静かでありながら、決意に満ちていた。
⸻
――数日後。
ライトとバッテンは、ルイが手配してくれた王都の一角の隠れ家に身を潜めていた。
夜が更けた頃、扉がノックされる。
現れたのはルイ――その横には、深いフードを被った人物。
「あなたが……ライトさん、ですね?」
落ち着いた声。しかし、その正体は布に覆われている。
「……! 誰だ?」
「私は“聖剣の灯火”の者です。ヘレン様の遺志を継ぐ組織へ――あなたをお連れします」
「聖剣の灯火……存在していたのか……!」
ライトが呟く。
ルイが静かに頷いた。
「ああ、私に出来るのはここまでだ。何かあればいつでも頼ってくれ」
「ルイーゼ……。本当に助かった。またな!」
ライトは覚悟を決め、その人物に続いた。
⸻
地下への扉が閉じると、ひんやりとした空気と、灯火のゆらぎだけが漂う薄暗い空間が広がっていた。
フードの人物が中心のテーブルの前に立ち、ゆっくりとフードを外す。
歳を重ねた、しかしどこか威厳を感じさせる女性。
「……よく来てくださいました」
「私はナタリア。かつて“聖剣の姫”ヘレン様に仕えていた侍女です」
「なっ……! お前が、日記にあった……!」
ナタリアは静かに頷いた。
「日記を読まれたのですね……」
ライトはノイスが残してくれた日記を机に置いた。
ナタリアはその表紙を指先でそっと撫で、目を細める。
「懐かしい……まさか、この日記から想いが繋がる日が来るとは。
……ヘレン様。あなたの願いは、まだ生きておりますよ」
ライトは胸の奥が熱くなるのを感じながら、はっきりと言った。
「俺はその日記を翻訳した仲間の意志を継いでここに来た」
ライトの姿に周囲で見守っていた“灯火”のメンバーがざわめく。
「人間でありながら魔族の声を聞けるという少年……」
「龍の血を引く“橋渡し”の存在……間違いない」
ナタリアは彼らを静かに制し、ライトから目を逸らさずに告げた。
「……ライトさん。あなたにお伝えしなければならないことがあります」
薄暗い部屋に、息を飲む気配が満ちる。
ナタリアはひとつ深呼吸をし、重い真実を口にするために口を開いた――。
「……ヘレン様と――黒龍様の話です」
「ヘレンと黒龍……っ!」
ライトが思わず息を呑む。
ナタリアはそっと目を閉じ、深く息を吐いた。
「今から話すことは、誰にも語ってはならないと言われていた事です。けれど、あなたがここへたどり着いた……これは、話すべき時が来たということでしょう」
蝋燭の光が揺れ、ナタリアの横顔に陰影を落とす。
「ヘレン様は、魔族領に近い国境付近を治める高貴な家に生まれました。しかし“聖剣”のスキルを得てからは、その身を顧みず自ら前線に立ち続けたのです。
聖剣のスキル――《光の剣》。
その光を身に宿し、幾多の魔族を退け、襲われた村や街をいくつも救ってこられた。やがて人々は、ヘレン様を“聖剣の姫”と呼ぶようになったのです」
ナタリアの瞳が遠くを見る。
「そしてある日、運命の出会いが訪れます。
――黒龍様です」
その名前に部屋の空気が震えた。
「二人は戦場で相まみえ、激しくぶつかり合いました。力は互角。決着はつかず……最後は体力で勝る黒龍様に押し切られ、ヘレン様は膝をつかれたのです」
ライトは息を飲む。
「ですが――黒龍様は止めを刺さず、倒れたヘレン様に手を差し伸べられたのです」
ナタリアはゆっくりと語り続ける。
「それから幾度となく、二人は戦場で相まみえました。
ヘレン様の《光の剣》と、黒龍様の鋭い爪――交錯する軌跡が火花を散らし、互いの力を確かめ合うようにぶつかり続けました。
打ち合う衝撃、踏み込む呼吸、見つめ返す瞳の光。
そのすべてが“会話”となり、言葉も通じぬはずの二人は、やがて心を通わせていったのです。
気づけばすでに……二人は互いに惹かれ始めていました」
「……言葉も交わせないのに、人間と魔族が……」
「ええ。それでも心は確かに通い合っていました」
ナタリアの声は、温かい追憶に満ちていた。
「やがてヘレン様は魔族を敵ではなく“同じ生命″としてみるようになりました。そして、悟られたのです。
魔族を倒し続けても平和は訪れない……理解し、共に歩むしかない、と」
「龍鈴の言葉に近いな……」
「ですが、その考えを理解する者は当時ほとんどおりませんでした。それでもヘレン様は諦めませんでした。
“共存こそが唯一の平和だ”と、最後まで信じ続けていたのです」
ナタリアは深く息を吸い――静かに告げた。
「――そして、その信念は奇跡となって形を残しました。
ヘレン様は黒龍様との間に……二人の子をもうけられたのです」
ライトは息を呑む。胸が熱く痛む。
「両陣営を説得するため、兄は黒龍様とともに魔族の地へ。弟はヘレン様とともに人間の地へ。
しかしヘレン様の“共存”の思想は受け入れられず……洗脳された反逆者として指名手配されました」
言葉を継ぐナタリアの声が震える。
「追手が迫る中、ヘレン様は……我が子まで巻き込むことを恐れ……その子を施設へ託したのです。
いつか人と魔族の争いを終わらせる希望の光となるように。その子に――“ライト”という名を与えて」
ライトはしばらく動けなかった。
「……やっぱり、そうだったのか」
ナタリアが驚いたように目を瞬かせる。
「……驚かないのですね?」
「龍の鱗が出始めた時から……俺はもう普通の人間じゃねぇんだろうな、ってなんとなく気づいてた。だけど……」
ライトは拳をゆっくり握りしめた。
「“ライト”って名前……ヘレンが……いや、母さんがつけてくれたんだな。 希望の光……か」
胸の奥がじんと熱くなる。
「俺はずっと……何のために生きてるのか、どうしたらいいのかって考えてた。でも今ははっきりわかる」
顔を上げるライトの瞳が、炎のように力を宿す。
「俺の存在そのものが――人間と魔族が共に生きていける証なんだ」
ナタリアは静かに息を呑んだ。
「……その覚悟を、持たれるのですね」
ライトは迷いなく頷く。
「……ああ。母さんと父さんの願いも、ノイスの夢も、龍鈴の信念も……全部、俺が背負う。俺が――“光”になる」
ナタリアの目に涙が滲む。
「ああ、ヘレン様……あなたのお子は、ここまで立派に……」
仲間の一人が熱に浮かされたように声を上げる。
「救世主だ……! まさに“聖剣の姫”が遺した希望が、ここに……!」
ざわめきが広がり、薄暗い部屋の空気は一気に熱を帯びていった。
ナタリアはライトの前に跪き、深く頭を下げる。
「……ライトさん。いいえ、ライト様。私達“聖剣の灯火”は、あなたのために――そしてあなたの理想のために存在します。どうか……私達をお使いください」
まだ残る熱気の中、仲間達の声が飛ぶ。
「ついに動き出す日が来た……!」
「これで……人と魔族の未来が……!」
ライトは拳を握り、ゆっくりと皆を見渡した。
「……ノイスが“夢物語”って言ってたこと……あれは夢なんかじゃねぇ。みんなが本当は願ってたことなんだ」
ざわつきは止み、視線が一斉にライトへ向けられた。
ライトは、人魔革命団の理念、龍鈴の信念、リュウガの存在、そして魔族の現状を語っていく。
ナタリアは深刻な面持ちで耳を傾けた。
「……魔族はそのような状況に……。その“リュウガ様”という方は……」
ライトは苦く笑う。
「……さっきの話を聞く限りだと、リュウガは俺の“兄貴”なんだな」
「な、なんということでしょう……!
ヘレン様と黒龍様が残された“奇跡”が……今こうして“人魔革命団”として再び交わろうとしているのです!」
ライトは小さく息を吐き、誰にも聞こえないほどの声で呟く。
「……あいつは、共存なんざ全然望んじゃいねぇんだけどな……」
ナタリアは感情を整え、改めてライトを見つめた。
「私達“聖剣の灯火”は、争いを止める団体。その理念は……人魔革命団と同じです」
「龍鈴の言う“戦いのない世界”を実現するには、人間側にも知ってもらう必要がある。そのためには……協力者が要る」
ライトは“聖剣の灯火″のメンバーを見渡す。
ナタリアは胸に手を当てる。
「そのために、私達を頼ってくださったのですね……」
「……ああ」
ナタリアは深く頷いた。
「わかりました。ライト様。これより“聖剣の灯火”は“人魔革命団”の一部として動きます。理想を、言葉に……噂に……祈りに変えて。必ず広めてみせましょう」
ライトは満足げに笑った。
「これからよろしく頼む!俺はこのことを早く龍鈴に伝えねぇと」
そう言って、ライトはバッテンと共に、仲間達の元へ戻っていった。
⸻
――フルーレ王国・王都の一室。
朝陽が差し込みはじめた静かな部屋で、ひとりの青年が新聞を広げた。
見出しには大きく――
『その名も人魔革命団 人間と魔族の共存を掲げる新勢力 魔族との争いに終止符を打つか』
「……ついに動き出したか」
紙面を追う指が止まり、彼――ルイの口元に微かな笑みが浮かぶ。
「ライト……君だな。どこにいても、君は世界に“希望”を灯す」
その呟きに気づいたのか、背後からレオンが問いかける。
「ルイ様、何か……?」
「いや、なんでもない。ただ……思ったんだ。この時代に本当に必要なのは、剣でも槍でも盾でもない。
“光”だよ。闇を払い、誰かを導く光……」
そっと視線が窓の外へ向けられ、青空に吸い込まれるようだった。
静かにシルヴィが近づき、彼の横顔を見つめる。
「はい。ルイ様」
朝陽に照らされたその横顔には、
王としての威厳ではなく――
一人の友としてライトを誇りに思う、優しい表情が浮かんでいた。
⸻
ーーゲトラム・魔族殲滅軍の駐屯地。
薄暗い作戦室の中央で、仮面の男カゲロウが一枚の新聞を睨みつけていた。
紙面には太い文字で――
『その名も人魔革命団 人間と魔族の共存を掲げる新勢力 戦いに終止符を打つか』
「……人魔革命団、だと? 人間と魔族の共存? くだらない幻想だ!」
バリッ、と新聞が握り潰される。
仮面越しでもわかるほどの殺気が室内を満たした。
「だが……先日現れた“ライトの偽物”の龍型。
そして、この“共存”などというフザけた動き……」
カゲロウの声は低く、空気を押し潰すほど冷たかった。
「偶然で片付くはずがない。――裏で、何かが起きている」
握りしめた拳が、ギリ、と音を立てる。
しばし沈黙し、仮面の奥で何かを決めたように目を細めた。
「……よし。こちらから動くしかないな」
彼は鋭く呼びかける。
「アヤ!」
控えていた影がすぐに駆け寄る。
「カゲロウ様、何か御用でしょうか?」
「総帥に伝えろ。
――俺はもう一度、“龍型の巣”へ向かうと」
その声は、怒りではなく“確信”を帯びていた。
「ライトの名を汚した奴らを……必ず暴き出す」
仮面の奥で、憎悪の炎がゆらりと揺れた。
それはかつて友を失い、心を焼かれた男の――消えない執念の光だった。
⸻
ーー龍族の集落・人魔革命団の拠点。
バッテンに跨ったライトが、人魔革命団の拠点に戻ってきた。
「おーい! 戻ったぞー!」
その声を聞いた瞬間――
龍鈴が羽音も立てずに走り寄ってきた。
「……ライ、ト……!」
ほとんど反射のように、龍鈴はライトの胸に飛び込んだ。
「本当に……本当に心配したんです……!
もう……帰ってこないのではないかと……」
潤んだ瞳が、真っ直ぐにライトを見上げる。
「りゅ、龍鈴……っ、その……!」
突然すぎる抱擁に、ライトは顔を真っ赤にして固まった。
温かい体温と柔らかな重みが胸元に伝わってきて、心臓が跳ねる。
「……心配かけて悪かった。もう大丈夫だ」
どうしていいかわからず、ライトはそっと龍鈴の肩に手を添え、優しく距離をとる。
その瞬間、龍鈴はハッとしたように身を引き――
「……あっ、も、申し訳ありません……!
急に抱きついてしまって……嫌でしたよね……?」
声が震えており、耳の先まで赤い。
ライトは思わず目を逸らしながら、ぶっきらぼうに答えた。
「べ、別に……嫌とかじゃねぇよ……」
ほんのわずかの沈黙。
けれど、その沈黙がやけに甘いものに変わっていく。
「そ、それよりよ! 時間はかかったけど――収穫はあった。
人間の中にも、魔族との共存を望む奴らがいたんだ。
龍鈴の理想に……賛同してくれる仲間だ!」
「……人間の中にも……そんな方々が……!」
龍鈴の表情が一気に明るくなった。
瞳がきらきらと輝き、胸に手を当てながら言葉を続ける。
「嬉しい……! 本当に……嬉しいです……!
やっぱり間違っていなかった……!
ヘレン様の想いも……ノイスさんの願いも……
そしてあなたが紡いできた道も……全部、繋がっていたんですね……!」
その無垢な笑顔に、ライトは思わず視線をそらす。
「……いや。龍鈴の思いがあったからだよ。
俺は……ほんの少し手伝っただけだ」
その言葉に、龍鈴はそっと微笑んだ。
柔らかく、胸を温めるような笑顔だった。
「いいえ。あなたがいてくれたから、ここまで来られたのです」
二人の目が自然と合う。
照れくさいのに、離せない。
ほんの一瞬――けれど、確かに温かな何かが流れた。
――その時。
「姫様っ!! 大変です!!」
若い龍族が血の気の引いた顔で駆け込んできた。
「……どうかしましたか?」
「西魔王・白虎の軍勢が……! 人間の街をひとつ、滅ぼしたとの報せが……!」
空気が一瞬で凍りつく。
「そんな……!」
「……よりによって、こんなタイミングで……!」
「さらに白虎軍はそのまま南下し、人間の領を取り込む動きを見せています!」
ざわめく龍族たち。
龍鈴は震える拳を固く握りしめ、唇を強く噛んだ。
「……西魔王がついに動き出しました。もう猶予はありません。必ず――この進軍は止めなければなりません」
その瞳に宿るのは、悲しみでも恐れでもない。
覚悟と、強い意志だった。




