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第四十一話 変わってしまった街

簡単ではありますが、キャラクターのイメージを画像生成で載せています。

――険しい山道を越え、荒野を抜ける。

ゲトラムの街並みはまだ遠い。バッテンの背に乗ったライトの影は、夕日を背に長く伸びていた。


「なぁ、ライト」

「なんだよ」


「……お前、魔族になっちまったのか?」

バッテンは遠慮がちに問いかける。


ライトは腕に浮かぶ黒い鱗を見つめ、吐き捨てるように言った。

「……俺にもよくわかんねぇ。龍鈴は“龍族の血が流れてる”って言ってたけどな」


「龍族……それでその鱗が……」

バッテンは複雑そうに息をのむ。

「ライトの親は何か知らないのか?」


ライトは少しだけ目を伏せた。

「……俺に親はいない。物心ついたときから施設なんだ。

だから――ユージとノイス、施設のみんなが家族みてぇなもんなんだ」


その声は、風に溶けて消えていくほど小さかった。


バッテンはしばらく何も言わず、ただ荒野を駆け続けた。

やがて、静かに言う。


「……ユージに、会えるといいな」


ライトは空を見上げ、強く唇を噛む。

「……ああ。あいつが無事かどうか……確かめたい。

会いてぇな……ユージに」


バッテンは一瞬だけ黙り、そして優しく笑った。

「きっと無事さ!」


「ありがとな、バッテン」


乾いた風が吹き、ライトのフードが揺れる。

布の下、隠しきれない黒い鱗が光を反射した。


「……この姿見られたら、魔族だと思われるのかな」

少し俯くライト。

「まあ、その時はライト乗っけて走って逃げるさ」

「……頼もしいな。相棒」

「へへっ、そう呼ばれると悪い気はしねぇな!」


二人は笑い合う。だがその目は、張り詰めたままだった。

その先に待つものが――希望か、絶望か。

まだ誰ひとり知らない。



――ゲトラム。

かつてライトたちが“安息”を過ごした街。


しかし今、ライトとバッテンの目に映るのは記憶とはまるで違う光景だった。


道の両脇には赤黒い旗が立ち並び、その中央には禍々しい「魔族殲滅軍」の紋章。

建物の壁にはびっしりと張り紙。


――《魔族を許すな》

――《魔族に協力する者は同罪》

――《殲滅軍に志願せよ》


「……なんだよ、これ……」

ライトは街の異様な張り紙と鉄柵を見渡し、思わず呟いた。


そして街の入口へさらに一歩踏み込んだ瞬間――。


「そこのお前!!」

怒号が飛んだ。


警備兵が槍をこちらへ向け、敵を見るような目つきでにじり寄ってくる。


「……なんだ?」

ライトは冷静を装いつつ、心臓が跳ね上がるのを押し殺した。

「魔族は街には入れられん!!」


怒鳴りながら、兵士はバッテンを指差す。


(俺のことかと思ったぜ……)

ライトは胸をなでおろしつつ、ゆっくり返す。


「ああ……パキラのことか」

「当たり前だろうが! 魔族を街に入れるわけないだろ!!」


ライトは小声で呟く。

「バッテンが何したって言うんだよ……」


するとバッテンが、そっとライトの腕に触れた。


「いいんだ……ライト。人間にとって魔族とはそういうもんなのさ」


「……バッテン」


「そこに檻がある。魔族共はぜんぶ、あそこに入れろ!!」

兵士が顎で入口横の建物を指す。


牢屋のような鉄檻の中には、すでに何体ものパキラや魔族が押し込められていた。

「出してくれ……」「怖いよ……」

頭に直接響く魔族たちの声に、ライトの拳が静かに震える。


「……こんな扱い、あるかよ……お前らいい加減に――」

思わず言い返そうとした瞬間、バッテンが割って入る。

「ライト!! 今は我慢だ!」

必死の声で言い聞かせる。

「でもよ!」


「……ユージが気になるんだろ?」


バッテンのその一言で――ライトの喉が詰まった。


「すまん。バッテン……すぐ迎えに来るからな」

小さく、誰にも聞こえないように呟く。


「へへ、分かってるさ。行ってこい、ライト」


ライトは唇を噛みしめながら、バッテンをそっと檻へ押し込んだ。


――ガチャン。


重い鉄扉が閉じる音が、やけに大きく街に響いた。


その境界を一歩越えた瞬間――

ライトの肌が、ひりついた。


(……空気が、違う)


通りを歩く人々の視線は硬く、こわばり、

まるで“見えない敵”から身を守るように周囲を警戒している。

ざわつく声の向こう、広場から怒鳴り声に近い演説が響き渡ってきた。


「龍型討伐は失敗した! 英雄ですら敵わなかった!!」

「だからこそ、我ら魔族殲滅軍が必要なのだ!!」

「魔族殲滅軍の総帥こそ“神の祝福”を受けし方! その刻印に従えば、魔族は必ず滅ぼせる!!」

叫び声に呼応するように、群衆が熱狂した。


「魔族を滅ぼせぇ!!」

「殲滅軍こそ真の希望だ!!」

「怖い……魔族は全部殺さないと……!」


ライトは拳を強く握りしめる。


(ここ……本当に俺が暮らしてたゲトラムかよ……)


ユージとノイスと宿から歩いて通った集会所への道。

グレンダと防具を選びにきた防具屋。

すべてが色を失い、

今は――憎悪と恐怖に塗りつぶされていた。


胸の奥で、何かがきしむように痛んだ。

(なんでこんな事に……ユージはゲトラムにいるのか?)


まず、向かったのは集会所。

グレンダとも待ち合わせたこともある、懐かしい場所。


以前の活気は陰を潜め、今の集会所は、どこか刺々しく、殺気めいた空気が漂っている。

受付嬢が無機質な表情で書類を捌きながら、

こちらに視線だけを向けた。


「……いらっしゃいませ。依頼の受付ですか?」


「いや……探してる奴がいるんだ。

 ユージって冒険者を知っているか?」


受付嬢のペンがピタリと止まる。


「探している……?

 それは、ご依頼という形でよろしいでしょうか?」


「いや……依頼というか、その……」


言葉がうまく喉を通らない。

焦る気持ちが、舌を重くする。


そんなライトの声に、

すぐ近くのテーブルで酒を飲んでいた男が反応した。


「ユージ? ああ……“影使い”のことか」


「ユージを知ってるのか!? 生きてるのか!? 今はどこに――!」


声を荒げたライトに、別の冒険者が答える。


「なんだ、探してるくせに知らねえのか? 龍型討伐の数少ない生き残りだぞ? ただ……もう集会所にはこねぇがな。冒険者は辞めちまったからな」


「……冒険者を……辞めたのか?」


龍族との戦闘でユージは重傷を負っていた。

もしかしたら、冒険者を続けていくことさえ難しいのかもしれない。

いや、そうでなかったとしても――あの惨状を目の当たりにしたのなら、冒険者という生き方に嫌気が差してしまってもおかしくなかった。


けれど、生きている。

その事実だけで、胸の奥がじんわりと熱くなる。


冒険者の一人が怪訝な目でライトを見た。


「お前、影使いの知り合いなのか?」


「そりゃ……」


そこまで言ったとたん、喉の奥で言葉がつまった。


ユージに“人魔革命団”の話なんてすれば――

きっと、また戦場に戻ってくる。

重傷を負って冒険者を辞めたというのに、

あいつは自分の命を惜しまず突っ走る。

……そういう奴だ。


ユージは、このまま静かに暮らしていった方がいい。

魔族城の報酬もユージが受け取ってるから、お金にも困らないだろう。

無理をしない方が――きっと幸せだ。

もうこれ以上、ユージが傷付く姿なんて見たくない。


……それでも会いたかった。

また話したい。声を聞きたい。

生きてるなら、この目で確かめたい。


相反する思いが胸の中でぶつかり合い、

答えは見つからないまま、ライトは目を伏せた。


「……なんでもない」

 

「なんだよそれ。怪しいな、お前」


受付嬢が眉をひそめる。

「一応、冒険者カードを確認してもよろしいでしょうか?」


ライトはいつもの癖で、すぐにカードを差し出した。


受付嬢の顔色が、一瞬で変わった。

「……っ!? こ、これ……すでに“死亡登録”されてます!」


「――は? 死亡登録?」


ざわつくギルド内。

冒険者たちが一斉に立ち上がる。


「おいおい! 死んだ奴のカードを使うとは、ふてぇ野郎だな!」


「顔も隠してるし、怪しいな!……正体見せろ!」


「やべっ、やっちまった……。やめろ、触るな!」


迫る手を反射的に避けた瞬間、

布の隙間から黒い鱗がチラリと覗いた。


「ひっ……! 腕に鱗が! こいつは魔族だ!!」


「ち、違う!! 俺は――!」


叫びは怒号にかき消される。


ギルド全体が瞬く間に地獄絵図になった。

椅子が倒れ、テーブルが散乱し、誰かが剣を抜く。

「魔族だ! 捕まえろ!!」

「助けて!殺される!!」


「クソッ……!」


ライトは机を蹴り飛ばし、押し寄せる男たちの間をすり抜ける。

――剣を抜く事はできない。

出した瞬間、完全に“敵”として扱われてしまう。


(だめだ……! ここで暴れたら……全部終わりだ!)


冒険者たちが入口を塞ぎ、じりじりと迫ってくる。


逃げ場が――ない。


冒険者がライトのフードを乱暴につかみ、腕を引き出す。

鱗が露わになった瞬間、場の空気が爆ぜた。


「見ろ! やっぱり魔族だ!!」

「人間に化けやがったのか!!」


怒号とともに群衆が一斉に押し寄せる。


「どけぇッ!!」


ライトは必死に人の波を突き破り、窓際へ走る。

――バリーンッ!

窓ガラスが砕け散り、ライトの身体は外へ転がり出た。


石畳に肩を打ちながらも、すぐに立ち上がる。

背後では冒険者たちが殺到する気配が迫ってくる。


「逃がすなぁッ!!」


追い詰めるように響く声に、ライトは歯を食いしばる。

「クソッ……どこに逃げりゃ……!」


走り抜けた先は、建物の裏手――

両側を壁に挟まれた、完全な袋小路だった。

「……仕方ねぇ! ――《光の翼》!!」


――バサァァァッ!!


背から噴き上がるように光が迸り、まばゆい翼が広がる。


「な、なんだあれは!!」

「あの翼……まずい! 龍型だ!!」

「龍型が仕返しに来たんだ!」

「ひいいっ! 殺される!!」

「逃げろぉぉぉ!!」


ゲトラムの街は一瞬にしてパニックの渦と化した。


「……バッテンがあぶねぇ!」


ライトの視線が街の入口――鉄檻につながれたバッテンへと向く。

《光の翼》が砂煙を巻き上げ、ライトは一直線に駆けた。

着地と同時に、《光の剣》を構える。


「き、貴様! 何をする気だ!」


「チクショウ……鍵なんか待ってられるか!!」


――バキィィィィィン!!


光の剣が鉄檻を一閃。

分厚い鉄は紙のように裂け、魔族たちが転がり出る。


「ライト! 派手にやらかしたな!」


「いいから行くぞ!!」


檻に閉じ込められていた魔族たちも、自由を得て一斉に逃げ出す。

冒険者と住民が入り乱れ、街はさらに混乱を極めた。

響く冒険者の怒号、逃げ惑う市民、きらめく光の残滓。

 

そして、ライトとバッテンは街の外れまで逃げ延びていた。

月明かりだけを頼りに、瓦礫の陰で身を潜める。

遠くでは、冒険者たちや魔族殲滅軍が捜索の声を張り上げている。


「……はぁ……はぁ……派手に暴れすぎだぜ、ライト」


「わかってる……けど、ああでもしなきゃお前は殺されてたかもしれねえ」


肩で息をしながら、ライトは背中の《光の翼》を抑え込むように消した。

「ゲトラムに戻るのはもう無理だ。正体を見られたからな」


「これからどうするんだ?」


「ノイスの残してくれた日記にあった“聖剣の灯火”になんとか接触してえ。けど、俺はこの街じゃもう目立ちすぎた。こうなると……協力者が必要だな」


拳を握り、ライトはうつむく。

浮かぶのは――ユージの顔。


(……こんな時ユージがいれば……)


だがすぐ、あの火山で血まみれになった友の姿が脳裏を刺す。


(ユージは重傷で冒険者も辞めた。

これ以上、あいつを巻き込むわけにはいかねぇ……)


思わず唇を噛む。

その瞬間、別の人物の姿が浮かぶ。


――フルーレ王国の王子、ルイーゼ。

かつて自分を「友」と呼んでくれた王子。


「……行くしかねぇな。フルーレ王国に」


「どこだ? そこ」


「場所は……わかんねえけどな。もう俺が頼れるのはルイーゼしかいねえ」


吹き抜ける風が、ライトの決意を押し出すように背を押した。

その瞳には――もう迷いはなかった。



――ゲトラム・魔族殲滅軍 駐屯地。


薄暗い室内。

仮面の男が椅子に深く腰掛け、静かに報告を待っていた。


「――本日の報告です! ゲトラムに“魔族”、龍型が侵入しました!

檻を破壊し、中にいた魔族を解放、そのまま逃走したとのことです!」


「……龍型だと?」

低く落ちた声に、室内の空気が一瞬で冷えた。


「まったく忌々しい……。簡単に侵入を許すとは――貴様ら、何をしていた!!」


バンッ!!


机が跳ね上がるほど強く叩きつけられ、報告兵が青ざめた。


「も、申し訳ありません! しかしその龍型は――“冒険者カード”を所持していたそうです!」


カゲロウの手が止まる。

「……冒険者カードだと?」


「は、はい! ですが……確認の結果、そのカードは“死亡扱い”になっている冒険者のもので……」


その瞬間、女秘書が怒りに声を荒らげた。

「ちょっと!あんた! 魔族が死んだ冒険者のカードなんか使うわけないでしょ!! カゲロウ様の前で、デタラメ言わないで!!」


「す、すみません! ですが報告には確かに――!」


仮面の男カゲロウの視線がゆっくりと兵士へ向けられる。

その声は低く、怒気を押し殺していた。


「……まあいい。どちらにせよ、龍型なら始末するだけだ。すぐに探し出せ」


「はっ!

ーーなお、その龍型が所持していたのは“ライト”という男の冒険者カードだったとのことです。報告は以上です!」


兵士が退出し、部屋に静寂が戻る。


すると女秘書が息を呑んで声を上げる。

「ライト……? もしかしてライトが戻ってきたの?ねぇ! ユージ!!」


その呼び名を聞いた瞬間――

仮面の男の空気が、凍りついた。


「……その名で呼ぶな、と言ったはずだ。アヤ」


「ご、ごめんなさい……カゲロウ様。……つい」


仮面の奥で、何かが軋むような音がした気がした。


「もし、ライトが生きているなら……真っ先に俺を頼るはずだ。街で暴れたりするはずがない」


拳が震えていく。


「報告にあったのは龍型。人間と魔族を見間違うはずがない。つまり――」


机の木材にヒビが走るほど強く握りしめた。


「――奴らは、ライトの冒険者カードを拾い、利用したということだ。

あの“巣窟”で……ライトの死体を漁って……!」


「カ、カゲロウ様……!」


次の瞬間、怒りが弾けた。


「許せない……ッ!!」


ドゴォォン!!


机が大きく凹み、周囲の影が渦のように立ち上る。

「この期に及んで……ライトの“名”まで汚すとは!!!

ノイスを殺し……ライトを奪い……その名すら弄ぶとは……!」


仮面の奥で、殺気が燃え上がる。


「――絶対に許さないぞ。

必ず見つけ出して俺がこの手で始末する。俺を……俺たちを愚弄した“そいつ”を……必ずだ!!」


アヤは震える手でカゲロウの肩に触れようとした。

だが、あまりの怒気に――触れた瞬間、その影に呑まれてしまいそうで、触れられなかった。


挿絵(By みてみん)

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