第三十九話 西の魔王の刺客
簡単ではありますが、キャラクターのイメージを画像生成で載せています。
低く落ち着いた声が、戦場に響いた。
白虎軍大将――ドサイ将軍。白虎軍の中でも名の知れた猛将の一人だ。
「ドサイ……!」
リュウガが低く唸り、ライトも剣を構えながら目を細める。
「でかいな……!」
巨躯のサイ獣人は、ただ龍鈴を真っ直ぐに見据えていた。
龍鈴が一歩前に出る。
「何故、こんな戦いを仕掛けるのです」
「俺たちは白虎様の命で来た。裏切り者の龍族を消すようにな」
ドサイの声は岩のように重かった。
「裏切り者は貴様らだ。小汚い獣族が!」
リュウガが吐き捨てるように言うが、龍鈴がすぐに制した。
「リュウガ、少し黙りなさい。
私たちは戦いを……殺し合いを望みません。どうか、お引き取り頂けないでしょうか?」
「ははっ。何を言うかと思えば……」
ドサイが軽く笑うと、背後の獣族兵たちも嗤い出す。
「ハハハハハ! 魔王の娘が命乞いだと! 情けねえ!笑えるな!」
「……貴様ら!」
リュウガが怒りを露わにし、《闇の剣》を構えようとするが、龍鈴が叫んで止める。
「だめです! リュウガ!」
ドサイはノソノソとゆっくり歩き、龍鈴の目の前でぴたりと立ち止まった。
その巨体はただ立っているだけで、岩壁のような圧力を放つ。
拳が届く距離。
風向きさえ変われば殴りかかってくる――そんな張りつめた空気。
それでも龍鈴は一歩も退かず、視線を逸らさない。
「……このまま戦えば、白虎軍の皆さんも無事では済みません。同じ魔族同士で傷つけ合うのは、とても悲しいことです」
ドサイは鼻を鳴らし、低く笑った。
「ハッ、随分甘ぇこと言うじゃねぇか。
こっちは遊びで来たわけじゃねぇんだよ。
いくら消耗してるとはいえ、龍族相手に無傷で済むなんざ、最初から思っちゃいねぇさ」
「その覚悟、その想い……
何故それを、みんなで共に平和に生きるために使おうと思えないのですか。ドサイ将軍も仲間や部下が傷付き、倒れていく姿には見たくないはずです」
ゆっくりと、重い動作で後ろを振り返るドサイ。
その視線の先には――
すでにリュウガの手によって倒れ伏した、
数体の白虎軍の獣族兵たちが横たわっていた。
土の上に散った血と、微動だにしない仲間たちの姿を見たドサイの表情が、わずかに強張る。
「分かったようなことを言ってくれるな……
怪我をしたくないなら、退けってか?舐めてんのか!」
そう言ってドサイは巨大な拳を振りかぶり――
龍鈴の目の前でピタリと止めた。
拳風が頬を鋭くかすめる。それでも龍鈴は一歩も退かず、瞬きすらしない。
「随分と度胸のある姫さんだな……。いいだろう。
俺を納得させるだけの“何か”を示してみせろ」
張りつめた空気の中、別の場所で怒気が爆ぜた。
「……もう許さん」
リュウガが剣を強く握りしめる。黒い魔素がわずかに揺れた。
「なら俺がやる!」
ライトが一歩前へ踏み出す。
その顔には、恐れではなく闘志の笑み。
「お前、ドサイって言ったか? ――タイマンでケリつけようぜ!」
ドサイの目が鋭く細められ、獣の本能めいた光を宿す。
「人間……か?
魔素疎通ができる人間は初めて見たぞ。――面白い」
「ライト……! 戦ってはいけません!」
龍鈴が慌てて叫ぶ。しかしライトは肩越しに振り返り、いつもの調子で笑った。
「大丈夫だって。
これは模擬戦みたいなもんだ。戦争なんかじゃねぇ。
力を見せて、納得して退いてもらう……
――平和的だろ?」
龍鈴は言葉を失い、僅かに唇を噛む。
その横で、ドサイは獣じみた笑みを浮かべた。
「ハハハッ! 魔素疎通だけかと思ったら、口もよく回るじゃねぇか人間。
姫さんの言うことも一理あるしな……部下を無駄死にさせる気はねぇ。
――いいだろう。タイマンでやってやる。かかってこい!」
「ならば俺が――!」
リュウガが前に出ようとした瞬間、ライトが手を伸ばして制した。
「待てよ。先に喧嘩を買ったのは俺だろ?」
「バカめ……!」
リュウガの声に怒気が混じる。
「西の魔族の中でも、ドサイ将軍は名の通った猛将だ。
言っておくが――貴様ごときでは勝てぬぞ」
リュウガは鋭い目でライトを射抜く。
「やってみなきゃわかんねぇだろ!」
その軽口に、ドサイの闘気が爆ぜる。
「行くぞ、人間ッ!!」
――ドゴォッ!!
瞬間、地面が爆ぜるように砕け散った。
大気そのものを殴り飛ばすような衝撃波が、轟音を引き連れてライトへ襲いかかる。
「くっ……!! 《光の剣》ッ!」
――ガキィィィンッ!!
拳と剣が激突し、火花と閃光が四方に散る。
「す、すげぇ……!」
「人間が……あのドサイ将軍の拳を受け止めた……!?」
白虎軍の兵たちがどよめき、一歩身を引く。
ドサイは間髪入れず二撃、三撃と拳を叩き込む。
その一撃一撃が地響きとなり、空気が震える。
ライトは押し返され、足が地面を削り後方へとのけぞっていく。
「なんて重たさだ……! 力だけならリュウガ以上かもな……!」
重い拳が腕を痺れさせ、ライトの肌が裂け、頬にひびが走り血が飛び散る。
「……ライト!」
龍鈴の声に焦りが混じる。
「どうしたぁ! 威勢がいいのは口だけだったか、人間ッ!」
「ぐっ……!」
しかし――ひび割れた頬の皮膚が、じわり、と再生を始めた。
「負けて……たまるかよッ!」
再生した皮膚の下から、黒い光沢を帯びた“鱗”が浮かび上がる。
「あ、あいつ……!」
リュウガの瞳が大きく見開かれる。
「ライト……まさか龍族として、目覚め始めているというの?」
龍鈴が息を呑み、胸元に手を押し当てた。
ライトは口の端を上げ、血を拭いながら笑う。
「へへっ……なんだか力が溢れてくるぜ!」
防戦一方だったはずの《光の剣》が、今度は唸るように加速し、
まっすぐドサイへ斬りかかった。
だが――。
「軽いな!」
ドサイは振り下ろされた光の刃を、拳ひとつで受け止めた。火花が散り、空気が震える。
「くっ……かてぇな……! このままじゃ……!」
だが、剣と拳が激突するたびに、ライトの両腕にひびが走り、血が滲む。しかし裂けた皮膚はすぐに黒い龍鱗へと変わって再生していく。
「こいつ……本当に、人間か……?」
白虎軍の兵が息を呑む。
「人間に……鱗……?」
「いや、あれは龍族の鱗だ……!」
ライトが大きく息を吸い込み、背中の光が爆ぜた。
「――《光の翼》!!」
眩い光が翼の形を成し、風圧が砂煙を巻き上げる。
翼を広げたライトが空へと舞い上がり、そのまま一気に急降下。
剣閃がドサイの巨体を押し返し、地面を削りながら吹き飛ばした。
「すげぇ! あのドサイ将軍の巨体が……押されてる!?」
ドサイは地を滑りながらも、獣の笑みを浮かべて立ち上がる。
「ハハッ……口だけじゃねぇな、人間ッ!
乗ってきたぜぇ!」
踏み込んだ瞬間――大地が再び砕け散った。
ドサイが、獣の突進そのままの速度でライトへ迫る。
「――この技を受けてみろッ!!」
拳が地面に叩きつけられ、
大地そのものが裂けるほどの衝撃波が一帯に走る。
ライトは咄嗟にその衝撃波を鱗で覆われた腕を前に出して防ぐが――
「ぐっ……!」
衝撃に弾き飛ばされ、空中へと吹き上げられる。
「将軍の本気が出たぞ!」
「終わったな、人間ッ!」
白虎軍の雄叫びが響く。
宙へ浮いたライトに、ドサイはすでに追いついていた。
その拳が唸りを上げて振り下ろされ――
――ドガァンッ!!
轟音とともにライトは地面へ叩きつけられ、
土煙が大きく爆ぜ上がった。
「……あっけねぇな」
ドサイが重く息を吐く。
「終わったか……」
リュウガは拳を握り、次は自分の番だと言わんばかりに肩を回す。
「そんな……ライト……」
龍鈴は口元を押さえ、目を伏せてしまった。
土煙の中は何も見えず、
戦場には“勝負はついた”という空気がゆっくりと広がっていく――。
だが、その土煙の奥から。
「まだ終わりじゃねぇぞ……!!
――《光の剣・最大出力》ッ!!」
バチィッ!!
眩い光が爆発的に膨れ上がり、
ライトは土煙を突き破って立ち上がった。
その手に握られた剣は、もはや“刃”とは呼べない巨大な光柱のように変質している。
さらに《光の翼》が広がり、衝撃で周囲に強烈な風圧が走った。
「行くぞ、ドサイィィッ!!」
《光の翼》が地面を抉り砕きながら、
ライトは一直線にドサイへ突進した。
――ガキィィィィンッ!!!
閃光と轟音が戦場を呑み込み、
ドサイは迎え撃つように拳で光刃を受け止めた。
だが――。
「ぐっ……!」
押しているのは、ライトの方だった。
巨体のドサイが、じり、じりと後退していく。
「な、将軍が……押されてるだと!?」
「嘘だろ、おい……!」
白虎軍が戦慄に声を失う。
「に、人間に、これほどの力が……!!」
ドサイが歯を食いしばり、全身の筋肉を鳴らして耐えるが、
《光の剣》の輝きはさらに膨れ上がり――。
――ドオォン!!!
爆発のように閃光が弾け、砂煙が激しく舞い上がった。
視界が白く染まり、誰も結果を見届けられない。
「将軍ッ!!」
「ライト!!」
叫びが飛び交う中――
砂煙が静かに晴れていく。
その中心に、光を放ちながら――
立っていたのは、ライトだった。
《光の翼》を大きく広げ、巨大な光刃を構えたまま、
ドサイを地面へと押し伏せている。
「……っ!? しょ、将軍が……!」
「に、人間ごときが……!」
白虎軍のざわめきが悲鳴にも似た声となって広がる。
ドサイは地に伏しながら、苦悶に歪んだ顔のまま――
その口元に、不敵な笑みを浮かべた。
「……ぐっ……ふ、ふはは……! やるじゃねぇか、人間の小僧……!」
ライトは息を整えながら、《光の剣》の出力を抑え、
その刃をドサイの喉元へと軽く突きつける。
「……もういいだろ」
「トドメを……刺さねぇのか……?」
ドサイの声はまだ闘気を帯びている。
ライトはニッと笑った。
「勝負はついただろ。俺はライトだ。
……またやろうぜ、ドサイ」
一瞬、戦場に静寂が落ちる。
その沈黙を破ったのは――
「ハッハハハハ……!!
ライト、気に入ったァ!!」
大地を揺らすほどの豪快な笑い声だった。
ドサイはゆっくりと立ち上がり、
その巨体は敗北ではなく、むしろ戦士として晴れやかな気配をまとっていた。
「しょ、将軍……」
兵たちがざわめく中、ドサイは拳を下ろした。
「命を粗末にするような戦は、もう御免だ。退けッ! 今回はここまでだ!」
その声に、白虎軍の動きが止まる。
龍鈴が静かに口を開いた。
「ドサイ将軍……あなたは争いを好まないように思います。
それでも、戦争をしなければならないのでしょうか?」
ドサイはわずかに視線をそらし、低い声で答えた。
「白虎様は……龍族も人間も滅ぼすおつもりだ。
それが最終的には、我ら獣族のためになる……
そう、お考えになっている」
龍鈴は静かに首を振る。
「その先にあるのは、平和ではありません。――地獄です。
人間が滅ぼされると知れば、全力で魔族を絶滅させに動くでしょう。そうなれば……いくら白虎軍とて、壊滅は免れません」
ドサイの表情がわずかに揺らぐ。
「人間なんて……と思っていたが、その人間に……俺は負けた。白虎様は……間違った方へ進んでいっているのかもしれないな……」
そこで龍鈴が、一歩、前へ踏み出した。
「今なら、まだ間に合います。
魔族と人間の全面戦争が始まれば……誰にも止められなくなります。
憎しみは際限なく広がり、すべてを失います。
西魔王・白虎がこのまま侵略を続ければ、
魔族側もまた逆に大きな被害を受けるでしょう。
だから――ドサイ将軍。一緒に、白虎を止めましょう。」
兵たちが騒然とした。
「何を言ってるんだ、魔王の娘は!」
「我々は人間になど負けん!」
ドサイはしばし黙し、そして兵たちを振り返る。
「いいだろう。これより俺はこの姫さんにつく。
だが――これは白虎軍を裏切るためじゃない。白虎様を正しい道へ戻すためだ。俺は白虎様の最近のやり方には少し思うところがあった。
……ついて来るかどうかは、お前たち自身で決めろ」
「将軍、裏切るのですか!?」「そんな馬鹿な……!」
顔を見合わせる兵士たち。
「……俺は白虎様のところへ戻る!」
「俺は将軍についていく。あんたがいる場所が俺のいる場所だ!」
「ドサイ将軍に惚れ込んでこの部隊に入ったんだ!」
軍勢が二つに割れ、戦場に新たな緊張が走る。
「龍鈴様……正気ですか? 西の地の獣族を龍族の国に招き入れるなんて……
こいつらは、あなたを殺そうとしてた奴らですよ!」
リュウガが怒鳴る。
「彼らもまた、誤解のもとで戦わされているのです。
それに今は戦力も欲しい。
何より、違う地の魔族同士がうまくやれる見本にもならなければなりません」
「甘い!!」
リュウガが一喝した瞬間、数人の兵が動いた。
「俺は……西へ戻る。白虎様に報告しなきゃ――!」
「待て。行かせはしない。
情報を漏らすくらいなら――この場で斬り捨てる!」
リュウガの《闇の剣》が黒い閃光を放つ。
「リュウガ、だめ!!」
龍鈴の悲痛な叫びより早く、眩い光がその間に割り込んだ。
――ガキィィィンッ!!
「やめろ、リュウガ!!」
《光の剣》と《闇の剣》がぶつかり合い、
激しい火花が散る。
リュウガの瞳が怒りで染まった。
「なぜ止める!?
こいつらを生かせば、いずれ牙を剥く!
白虎に情報が渡れば、面倒ごとでは済まぬぞ!!」
ライトは剣を押し返し、真っ直ぐに叫ぶ。
「だからって、ここで斬ったら――何も変わらねぇ!
まずはお互い“信じる”ところから始めるんだ!!」
「……貴様の甘さが皆を殺す!」
リュウガはライトにそう吐き捨てた。
「違いますっ!」
龍鈴の声が鋭く響く。
「ライトの優しさが、皆を生かすのです。
そして――龍族の国に獣族を招き入れるわけではありません」
「それは……どういうことだ?」
少し険悪な雰囲気でドサイが問う。
「これからは、龍族、獣族、そして人間も関係ありません。私たちは、互いに立場の違わぬ“対等な仲間”です」
龍鈴は静かに宣言した。
「これより私たちは――
人間と魔族の共存を掲げる“人魔革命団”として歩みます!」
風が吹き抜け、炎が揺らぐ。
その言葉は、戦場に新たな旗を掲げた。




