第三十八話 戦いのその後
――数日後。
龍鈴の先導で、ライトとガルプは険しい山道を越えていく。
「まずは私たち龍族の現状を把握してもらいます」
道の先に見えたのは、龍族が暮らしていた集落――かつてライトたちが攻め込んだ火山の一角だった。
だが、そこに広がっていたのは無残な光景。地面は抉られて、炭のように焼け焦げている。そして、そこかしこに残された龍族の亡骸――。
小さな肩を震わせ、ガルプが呟く。
「……ここで……兄ちゃんも……みんなも……」
大粒の涙が頬を伝う。
気丈に振る舞おうとしながらも、龍鈴が小さく呼ぶ。
「……ガルプ」
周囲の龍たちが悲嘆に暮れ、ざわめきが広がる。
「どうしてこんな事に……」
「人間にここまでやられるなんて……」
惨状と龍族の声に、ライトの胸に罪悪感が刺さる。
「これが……俺たちが必死になって、犠牲まで出してやった“結果″なのか……」
――その時。
鋭い視線がライトを射抜いた。
冷ややかな声が飛ぶ。
「……姫様。なんのつもりで人間をここへ連れてきたのです?」
「姫様が、人間をかくまっている噂は聞いております。この様な所に連れてきて……」
言葉を失うライト。
代わって、龍鈴が一歩進み、はっきりと声を響かせる。
「皆さん、聞いてください。人間を憎んではいけません。
その憎しみはいつか自らを滅ぼします。
この者も先の戦いで家族の様に過ごしてきた友を亡くしました。あなた方と同じ、戦いの被害者なのです。憎むべきは戦いそのものです」
龍鈴の言葉に、誰一人として反論の声はあがらなかった。
ざわついていた周囲が静まり、龍族たちは戸惑いと驚きを混じらせながらも、姫の言葉に耳を傾けていた。
「それにライトは龍の血を引いているかもしれません。
人間でありながら龍の力を持ち、魔素疎通さえ理解できる。こんな存在は歴史上いません。……これは私たちにとって救世主となり得る存在です」
その凛とした姿に、ライトが小さく息を呑む。
「すごいな、お前は……」
龍鈴は視線を前へ向けたまま、小声でライトに伝える。
「今まさに、魔族と人間を和解させようとしているのです。同族くらいは説得できなくてどうしますか」
――未来を真っ直ぐに見据える横顔が、ライトには眩しく映った。
ゴウッ――突風。
空から黒い影が舞い降り、砂埃を巻き上げて地面に着地する。
ギロッ――まず捉えたのはライト。圧倒的な威圧感に、思わず胸が詰まる。(……こいつ……! 黒い龍……!)
だが次の瞬間、その影――リュウガはライトを完全に無視し、片膝をついて龍鈴の前に跪いた。
「……龍鈴様。ただいま戻りました」
低く冷徹な声に、龍鈴が短く応じる。
「おかえりなさい、リュウガ。……状況は?」
報告は簡潔だった。
「西の地からの兵が動いております。おそらく白虎軍。数十規模、小隊。足は速く、こちらを狙っている可能性が高い」
ざわつく龍族。
龍鈴は頷き、労う。
「……わかりました。ご苦労さま」
即座に忠誠を示す声が続く。
「龍鈴様の御身に危険が迫るのならば、私が全てを討ち払います」
龍鈴はふと横を見て、紹介の言葉を口にする。
「頼もしいわ、リュウガ。でもね、私はなるべく穏便に済ませたいの。それとね……紹介したい人がいるの」
しかし、返ってきたのは冷淡な拒絶だった。
「龍鈴様が何を考えておられるかは察しています。ですが……人間に興味はありませんので、結構です」
その物言いに、ライトが言葉を返す。
「随分な物言いじゃねえか!お前リュウガって言うんだな。あの時の決着ここで付けても良いんだぜ?」
鼻で笑う気配が返る。
「勘違いするな、死に損ないが! 魔素疎通が出来る人間というだけで龍鈴様に命を拾ってもらっただけだろうが!」
ライトの目が据わる。
「やんのか?おい!」
挑発を受け、闇がうねる。
「望むところだ。半端人間」
緊張を断ち切るように、龍鈴が叱りつけた。
「やめなさい! 過去に色々とあったのはわかりますが、今は共に歩む仲間です」
ライトが眉をひそめ、龍鈴を睨む。
「こいつが仲間だと? ふざけんなよ!」
激昂しかけたリュウガの気配が爆ぜる。
「貴様、龍鈴様に向かってなんて口をっ!」
黒き剣気が滲み、空気が震えた。
「やれるもんならやってみろよ!」
ライトの手に光が集まり、光が剣の形を取り始める。
しかし、龍鈴の静かな一喝が場を鎮める。
「やめなさい、リュウガ!ライト! ましては惨劇があったこの場所で!」
周囲には、傷ついた龍、家族を失った龍――痛みがまだ生々しく残っている。
龍鈴は一歩下がり、言葉を落とす。
「二人がどれほど力を持とうとも、憎しみ合えば共に滅ぶだけです。私は、そんなことは絶対に許しません」
龍鈴の鋭い眼光に先に視線を外したのはライトだった。
「……ちっ、今は引いてやる」
リュウガもまた、刃を収める。
「……御意」
龍鈴が微笑う。
「それでいいのです」
剣気が霧散し、張り詰めた空気が緩む。周囲で固唾を飲んでいた龍族たちから、ほっと息が漏れた。
龍鈴は姿勢を正し、周囲を見回す。
「大丈夫です。ここでまた争いなんて絶対にさせませんから……では本題に入りましょう」
その声は、決意を帯びていた。
「西魔王の軍勢は、近くまで迫っています。白虎は父の意志を否定し、この地から龍族を消し去ろうとしています。ですが――私は逃げません」
すぐに反対の声が上がる。
「姫様……!」
「無謀です!ただでさえ人間の奇襲を受けて我らは数を減らし、戦う力も……」
龍鈴は真っ直ぐに言い切った。
「わかっています。ただここで逃げていては白虎の矛先は人間へと向かいます。そうなれば、平和の実現なんて夢のまた夢です」
ざわめく一同。その横顔を見つめ、ライトは胸の内で確信する。――本気だ。魔族と人間が手を取り合う世界を。
リュウガの声が割り込む。
「龍鈴様。理想を語るのは容易いですが、現実は違います。何卒、龍族復興の為に尽力下さい」
龍鈴は静かに首を振る。
「リュウガ、龍族はもちろん大事ですが、自分達だけ良ければ良いと言うのは間違っています。白虎にも侵略の愚かさを伝えてやめさせなければなりません」
リュウガの鋭い視線が突き刺さる。
「いい加減その甘さ捨てて下さい。あの白虎が話を聞くとは思えません! 姫様の判断次第で、我ら龍族は全滅します」
言葉を探す龍鈴。声が詰まる。
沈黙を破ったのは、ライトだった。
「おい!それは甘さなんかじゃねえぞ。誰よりも大きいもん背負ってるから妥協しねぇんだ」
苛立つ気配が返る。
「何も知らない部外者は黙っていろ。半端人間!」
ライトの周りに光が滲む。
「なんだと……?」
リュウガの周囲にも闇が揺らぎ、空気が再び張り詰め――
「し、失礼しますっ!!!」
血相を変えた若い龍族が駆け込んできた。
「びゃ、白虎軍が……! もうすぐ、こちらにっ!」
場が一気にざわつく。
リュウガはライトを一瞥だけして吐き捨てる。
「今は預けた。悪運の強い奴だ」
「っち……」
ライトが舌打ちする間に、リュウガは即断即決で命じた。
「すぐに向かう。非戦闘員は避難しろ。俺一人で片付ける」
黒き翼がはためき、彼は戦場へ飛び去った。
残されたライトが空を睨む。
「なんだよ!あいつ!!」
龍鈴が静かに庇う。
「リュウガも必死なのです。おじ様がいなくなった分を一人で背負おうとしているのです。許してあげて下さい。でもライトの言葉は嬉しかったです」
照れくさそうに、ライトが顔を背ける。
「……あ、いや、別に間違ってるって思っただけで……」
龍鈴は辺りを見回し、苦い現実を告げる。
「ですが、リュウガの言う通り白虎軍にまともに立ち向かえるのはリュウガだけなのです。どうしたものか……」
そこかしこに負傷した龍の姿。
ライトが拳を握った。
「だったら俺も行く」
龍鈴の目が見開かれる。
「っ……! 駄目です!あなたはまだ傷も癒えたばかり。それに魔族同士の争いに巻き込むわけには……」
ライトは首を振った。
「元々俺ら人間の勘違いで龍族を襲ったせいでもある。それに……俺は龍鈴の言う平和な世界が見たくなった」
震える吐息で、龍鈴が名を呼ぶ。
「……ライト……」
ライトは空を指した。
「それにリュウガに守られてるって状況も気に食わねえ。《光の翼》!!!」
光が爆ぜ、翼が広がる。
彼はそのまま夜空へ舞い上がり、リュウガの後を追った。
「二人だけに負担はかけれませんね」
そして、龍鈴もライトを追って戦場へ向かった。
――戦場。
リュウガは既に白虎軍の只中へ突っ込んでいた。
その陣形は、一つの影によって大きく切り裂かれてゆく。
「邪魔だ……!」
――ズバァァァァンッ!
漆黒の剣閃が弧を描き、十数体の獣族兵をまとめて薙ぎ払う。
「ぐああああああっ!」
「あれは東魔王の懐刀のリュウガ……化け物だ……!」
殺気が奔流となって迸る。
後から到着したライトは、思わず唸った。
「あいつの強さだけは認めざるを得ないな……」
圧に怯んだ白虎軍の一部が、リュウガを避けて別動で殺到する。
「今の龍族は人間の襲撃を受けて、まともにやれるのはリュウガだけだ! このまま数でおすぞ!」
対峙したライトが踏み込み、短く告げる。
「ここは通さねーぞ」
嘲りが返る。
「に、人間だと?こんなところに……」
急で出てきたライトに驚く獣族兵たち。
「しかも今、魔素疎通をしたぞ……気色悪いやつめ。邪魔だ!どけ!!」
ライトは眉を寄せた。
「魔族の声……やっぱ聞こえんだな」
「変なやつだが、ただの人間だ。やっちまえ!」
「《光の剣》!!」
――バシュゥッ!
閃光の一閃が獣族兵を斬り伏せる。
「体が鈍ってるから、いいリハビリになるぜ」
次々と白虎軍が地に沈む。
上空から見下ろす龍鈴の目に映ったのは、
リュウガとライトによって支配された戦場だった。
二人が奮闘しているが、増えていく獣族兵の亡骸。
小さく漏れる、嘆き。
「ああ……どうしてこうなってしまうんでしょう」
その間にも、リュウガは淡々と獣族兵の首を跳ね飛ばしていく。
一方のライトはいつもの魔族討伐とは違う違和感を感じていた。
「痛い……助けてくれ」
「あいつらには勝てない……逃げろ!」
「殺さないでくれ!」
ライトの拳が震える。
「くそっ!戦ってても魔族の声が頭に入ってきやがる。これじゃまるで……」
剣を握る手が強ばり――次の一撃に躊躇いが生まれる。
「これじゃまるで、人と変わんねえじゃねえか……!」
《光の剣》は構えられたまま、軌を描けない。
「……ちくしょう……! 俺はどうすりゃいいんだよ!」
やがて、振るわれた刃は急所を外していた。
吠えるように、ライトが名を呼ぶ。
「こんな事で平和になんてなるのかよ!!!龍鈴!!」
その叫びに応えるように、澄んだ声が戦場を貫いた。
「私が目的なのでしょう」
戦場の中心に、龍鈴が舞い降りる。
金の髪を揺らし、敵の刃も恐れずに前へ――その姿に、戦場の空気が一瞬張り詰める。
焦りを滲ませ、リュウガが叫ぶ。
「龍鈴様……! なぜこんな前線にまでお出ましを……!」
獣族兵たちの視線が一斉に集まる。
「魔王の娘だ……! あいつを殺せば……!」
龍鈴の声は静かだった。
「私は話がしたいだけです。殺し合いは望みません」
その静謐が、喧騒を切り裂く。
一瞬、獣族兵たちの腕が止まった。
リュウガは《闇の剣》を構え直し、なお諫める。
「何を甘いことを……!奴らは敵です!あの白虎軍です。危険です!お下がり下さい!」
龍鈴は真っ直ぐに見上げた。
「敵などどこにもいません。同じ魔族同士ではないですか。どなたか代表してお話し致しませんか?」
ざわめきが静まり、ゆっくりと重い足音が前線に近づく。
角を生やした巨躯、堅牢な皮膚と鎧に覆われたサイの獣人――白虎軍大将、ドサイ将軍。
低く響く声が、戦場を満たす。
「……面白い姫だな。魔王の娘なだけある。しかし、今更何を話そうって言うんだ。戦場っていうのは、拳で語るもんさ」
――戦いの只中で、両者の緊張感が走った。




