第三十五話 戦いの結末
簡単ではありますが、キャラクターのイメージを画像生成で載せています。
ノイスの最大魔法――
《ファイヤー・ランス -グングニル-》が黒い龍へと放たれた。
灼熱の槍が一直線に伸び、身動きの取れない黒い龍の胸をまさに貫かんとした――その瞬間。
「グオオオオオオオオオッッ!!」
闇を裂く咆哮とともに、影が一直線に飛び込んだ。
黒い龍の前へ躍り出たのは――一体の龍型。
――ズガァァァァァァァァンッッ!!
炎槍が龍型の胸を容赦なく貫き、
灼熱が鱗を溶かし、肉を焦がしながら噴き出す。
龍型はそれでも一歩も退かず、黒い龍を庇うように立ち塞がった。
「そんな……バカな!」
ユージの声が震える。
「黒い龍を……庇った、だと……?」
ライトも言葉を失った。
炎槍に胸を貫かれ、燃え盛りながらも――
龍型は 確かに 自ら黒い龍の前へ飛び込んだのだ。
燃え上がる炎に包まれながら、龍型はノイスを鋭く睨みつける。
次の瞬間――その巨体が地を蹴った。
「くそっ! まだ動けるってのか! やらせるか!!」
ユージが影を伸ばし、拘束しようとする。
だが、わずかに届かない。
「……そんなっ!」
「ノイスッ!! 逃げろ!!!」
ライトの叫びが戦場に響き渡った。
だが――ノイスはその場から動かない。
「……だ、だめだ……魔法の反動で……足に力が入らない……!」
足元が地面に縫い付けられたように一歩も動けなかった。
迫り来る炎の巨体。
逃げられないノイス。
叫ぶライト。
届かないと知りながらも影を伸ばすユージ。
「「ノイスッ!!!!!」」
二人の絶叫が、裂けるように戦場へ響き渡った。
――バッ!!
炎に包まれた巨体が、一瞬でノイスの目前に迫る。
「……っ!」
――ズシャァッ!!!
燃え盛る龍型の爪が振り下ろされ、
鋭い軌跡が無防備なノイスの身体を深々と抉った。
鮮血が、弾けるように宙へ散った。
⸻
――カシャンッ。
遠く離れたゲトラムの宿。
アリスの持っていたティーカップの持ち手が割れ、床へと落下した。
粉々に砕けた陶片が床に散らばる。
「大丈夫か? アリス」
グレンダが驚いて駆け寄る。
「お気に入りのカップなのに、割れちゃったのね」
アヤがしゃがみ込み、破片をそっと拾い集めながら眉を寄せた。
アリスは砕けたカップを見下ろし、指先を震わせる。
胸の奥で、冷たいものがざわりと蠢いた。
「……すごく……嫌な予感がするの」
ぎゅっと胸を押さえ、唇がかすかに震える。
「ノイス……どうか、無事でいて……」
――龍型の巣窟。
ライトの瞳が大きく見開かれた。
「ッ…………!」
世界の音が、一瞬で消えた。
耳鳴りすら聞こえない。
胸の奥で、何かが音を立てて崩れ落ちた気がした。
「……ノイス。おい!! ノイス!!!」
ライトは駆け寄り、血に濡れた彼の体を抱き起こす。
「しっかりしろ!! なあ、ノイス!!」
ノイスは苦しげに口元を吊り上げた。
「えへへ……どじっちゃった、ね……」
「どうして……なんで、こんな……! 喋るな!!マルクさん呼んでくる!!」
ユージが振り返り、走り出す。焦燥で足がもつれるほどの勢いで。
ライトは震える手でノイスの体を支えた。
「ノイス!! なあ!こんなとこで終わりじゃねぇだろ!!」
「あはは……ご、ごめん。僕、どうやら……ここまで、みたい……」
ライトの視界が滲む。
涙が勝手に溢れ、止まらなかった。
「頼む……頼むから……そんなこと言わないでくれ……っ!」
ノイスは弱く首を振る。
「僕は……二人と過ごせて……すごく幸せだったんだ。施設にいた時も……旅をしていた時も……」
「やめろよ!!まだ旅を続けるんだよ! ここで終わってたまるかよ!!」
「ライト……ユージ……二人は……長生きしてね……。本当は僕も……もっと一緒にいたかったな。
……怖いよ……死んじゃうの……」
震える指で、ノイスは胸元から星形の魔石を取り出した。
その石は、アリスの魔素の温もりを帯び、かすかに淡く輝いている。
「……アリスちゃん……ごめん……約束……守れそうに……ないや……」
その指先から力が抜け、
星形の魔石は――コトン、と地面に転がった。
ノイスの体が、静かに、ライトの腕の中で沈んでいく。
「ノイス……? おい……ノイス!!
返事しろよ……なあ……!」
返ってこない。
次の瞬間――
「うあああああああああああああああ!!!!!
ノイイイイイイイイスッッ!!!!!!」
ライトの絶叫が、火山の大地に響き渡った。
その声は、悲鳴とも咆哮ともつかない、魂を引き裂くような声だった。
そこへ――
ユージがマルクを伴って駆け込んできた。
「ノイス……! ノイスは……どうなんだ……!?」
荒い息のまま問いかけるユージに、
ライトは震える唇で、ゆっくりと首を横に振るしかなかった。
「……嘘だ……だろ……?
なぁ、ノイス……なぁっ……!」
ユージの膝が崩れ落ちるように地面につく。
マルクは無言でノイスの胸に手を当て、
短く祈りを捧げたあと、悲痛な表情で首を振った。
「……すみません。もう……手の施しようがありません」
その声は、戦場のざわめきの中でも不気味なほど澄んで聞こえた。
ライトの視界に映るのは――
泣き虫で、優しくて、いつも皆を気遣っていたノイスが、力なく横たわる姿。
胸の奥で蓋が外れ、
三人で笑った日々、旅の道中の会話、
ノイスの楽しそうな声が、次々に押し寄せてきた。
「……俺が……龍型の討伐に行こうなんて……言わなきゃよかったんだ……!」
声が震え、喉の奥から嗚咽が漏れる。
「俺が……俺がもっと強ければ……!!」
後悔と悔しさ、そして取り返しのつかない喪失の痛みが、
胸を、心を、容赦なく締めつける。
ライトの涙が落ちるたび、
ノイスの頬の血が静かに滲んでいった。
黒い龍は、燃え落ちた龍型の亡骸を――
まるで守るように、その大きな腕で抱き寄せた。
そして、ゆっくりと、静かに翼を広げる。
――バサァァ……
漆黒の翼が空気を裂き、
黒い龍は亡骸を抱えたまま、戦場の闇へと消えていった。
「……待てよ……」
震える声。
胸の奥に押し込めていた何かが、軋むように揺れた。
「逃がしてたまるかよ……。ノイスを……ノイスを殺しておいて……ッ!!」
怒りが爆ぜる。
「絶ッッ対に……逃さねぇぞオオオオオ!!!」
次の瞬間――
ライトの背中から、破裂する衝撃が走った。
――バシュゥゥゥッ!!!
眩い光が噴き上がり、肩甲骨を突き破るようにして、
《光の翼》が展開される。
羽根はまばゆい光を滴らせ、
振るたびに白い羽片が戦場へと舞い散った。
暗い大地が、一瞬で昼のように照らし出される。
「ラ、ライト……それは一体……?」
ユージが声もなく見上げる。
振り返ったライトの瞳は、涙で濡れ、怒りで燃えていた。
「待てって言ってんだろオオオオオッ!!!」
咆哮と共に、《光の翼》が空気を爆ぜさせた。
ライトの身体は、矢のように天へと舞い上がる。
ライトは一瞬で黒い龍に追いつき、
怒りのまま《光の剣》を振り下ろした。
――ガキィィィィィィンッ!!
闇の剣との激突。
炸裂する閃光と衝撃波が空を裂き、山々へと轟く。
「ノイスを……よくも……ノイスをォォォォッ!!!」
光が縦横に奔り、ライトの剣が滅茶苦茶な連撃を叩き込む。斬りつけるたび、閃光が弾け、空気そのものが震えた。
黒い龍はなおも龍型の亡骸を抱えたまま、闇の剣で応戦する。
「お前が……! お前がァァァァッ!!!」
叫びと共に放たれた光刃が黒い龍の腕を裂き、
抱えていた亡骸が、くるくると渦を描きながら落下していく。
地上では、ユージがその光景を呆然と見上げた。
「どうなってるんだ……ライトが空を飛んで黒い龍とやりあってる……《光の翼》が生えるなんて、ライトのスキルから逸脱してないか……」
空では、亡骸を落とされた黒い龍が咆哮した。
「グウォオオオオオッ!!」
闇の剣が黒炎をまとい、空気を切り裂いて迫る。
殺意が、稲妻のように空を走った。
――ズガァァァァァンッ!!
光と闇の衝撃波が空中でぶつかり合い、
遠くの火山の斜面さえ振動するほどの凄まじい爆音が響き渡る。
「……っくそ……っ! 負けるかよッ!!」
吹き飛ばされながらも、ライトは空の中で無理矢理体勢を立て直した。《光の翼》はまだ扱い慣れていない。
黒い龍が上空から冷たく見下ろす。
「……その余裕ぶった顔がよ……ムカつくんだよ!!!」
怒号と共に、ライトの《光の剣》がさらに輝きを増した。
まばゆい光が波紋のように広がり、夜空を白く染める。
呼応するように――
黒い龍の闇の剣も禍々しい闇光が迸る。
光と闇。
極限まで膨れ上がった二つの力が、空の中心で激突するたび、空気が悲鳴を上げ、世界そのものが軋むように震えた。
「ノイスの死を……絶対に無駄になんかしねぇ!ここで――お前を倒すッ!!!」
ライトの叫びは怒りと悲しみ、そして覚悟を一つにした咆哮だった。
その刹那――。
「なぜ……邪魔をする」
「っ!? 今の……なんだ……声……?」
ライトの眉が跳ね上がる。戦闘の最中、頭の中に直接、誰かの声が響いてきた。
「何も知らぬ……愚かな人間よ……」
「……愚かな人間、だと……?」
耳ではなく、脳の奥に響く不快な共鳴。
(なんだ……この頭に直接響いてくる感じは……?)
「お前……!? 魔素疎通が出来るのか?」
「意味わかんねえけど、どんな手品使ってやがる!!」
ライトの頭に響いてくる言葉は、黒い龍から発せられているように感じる。
光と闇の剣がぶつかり合い、火花が爆ぜた。
「魔素疎通が出来るおかしな人間よ。 侵略してきたのは貴様らだろう!!!」
剣と剣がぶつかるたび、雷鳴のような衝撃が空を裂く。
「ふざけるな! 魔素の塊の力で人間を襲い、仕掛けてきたのはお前だろ!!」
ガンンッ!!
「何もわかっていないのだな。自分たちが利用され、踊らされているとも知らずに……」
ガキィィィィンッ!!
「踊らされてるだあ? 何言ってやがる!! ノイスはもう戻ってこねぇ!!!」
ガンンッ!!
「お前たちが攻めてこなければ、ドランは死なずに済んだのだ!! この侵略者共め!!!」
ガキィィィィンッ!!
「くそっ! あいつの声が頭に直接響いて……」
頭に直接響く声が気持ち悪い。
黒い龍は翼を広げ、闇の剣を突き立てる。
「下等な人間が!」
「やべぇ!」
ライトは急制動のように翼を振るうが、空中戦にはまだ慣れていない。回避の動きがわずかに遅れた。
――ズガァァァッ!!!
「っ……ぐぅあああああっ!!」
闇の剣がライトの胸当へ突き刺さった。
鋭い衝撃が肋骨をへし折るように胸を貫き、肺から一気に空気が奪われる。
息ができない。
視界が白く弾け、世界が遠のく。
胸に焼けた鉄を流し込まれたような激痛が走った。
(……これで終わりなんか……?)
闇の剣は胸当を容易く割り、ライトの心臓へ真っ直ぐ迫る――。
――ギィィンッ!!
……だが、その刃は、体に触れる直前で止まった。
「は……?」
胸当の内部で、何か硬いものが闇の刃を受け止めていた。
黒く焦げた破片――それは、以前グレンダが手渡してくれた“鎧の破片”だった。
「こ、これは……!」
闇の剣を押し返すように、破片が鈍く光を放つ。
ほんの数ミリでも刃が進んでいたら、確実に心臓を貫かれていた。
黒い龍が目を細める。
「何か仕込んでいたのか……運のいい奴め!」
闇の剣を強引に引き抜き、黒い龍は距離を取る。
ライトは胸を押さえ、荒い息を吐きながら、震える声で呟いた。
「……グレンダ……助かった……」
胸にはまだ痛みが残っていた。
だが――“生きている”という感覚が、遅れて胸を熱くする。
「この戦い……長引けば不利だ! これで終わらせる!!」
ライトは歯を食いしばり、《光の剣》を天に掲げた。
「《光の剣•最大出力》!!!」
かつてサイクロプス戦で見せた、あの巨剣。
光の奔流が再び具現化し、天空を貫く刃となる。
「何かと思えば……ただ無駄に力を放出させている。 芸のない技だ。力とはこう使う!くたばれ!!!」
ライトとは逆に闇のオーラが収縮し、一本の細剣へと変化する。
その刃は黒い稲妻のように鋭く研ぎ澄まされていた。
「くらええええええッ!!!」
《光の剣》が太陽のごとく輝き、大地を照らす。
「くたばれぇ!! 人間!!」
黒い龍の闇の剣が閃光を切り裂き、黒雷の奔流が走る。
その刃先は、すべてを貫く一点へと研ぎ澄まされていた。
ゴォォォォォォォォォォォッッッ!!
光と闇がぶつかり合い、世界が震える。
しかし、闇の凝縮された剣は《光の剣》を砕いていく。
「ふん! 軟弱な技だ……」
「このままじゃ……やられちまう! ノイス!力を貸してくれ!!!」
ライトの叫びが、爆音の中に溶けていく。
闇の剣に《光の剣》は砕かれていくが、ライトに届く寸前で闇の剣を押し返すように光が膨らんだ。
「こ、この力……押し切れないだと!!人間の分際で!!」
――ドォォォォォォォォォンッ!!!
頭の中に声が響く中、ライトは爆発で吹き飛ばされて意識を失った。
天地を裂く爆発。
光と闇の衝突が大地を抉り、戦場を閃光が呑み込んだ。
衝撃で火山が噴火し、地割れが起こる。
ライトと黒い龍の激しい戦闘の影響でエルディオたちも龍型の戦いも中断せざるを得なくなっていた。
「今だ!! 全員退け!! 意識のある者はついて来い!!これ以上の戦闘は不可能だ!!」
エルディオの怒号が戦場を震わせる。
冒険者と兵士たちは、轟音の中、エルディオの声を聞き、まだ意識のある者は撤退をし始める。だか、龍型がその退路を塞ぎ、背中を向ける冒険者たちを襲う。
だが――その中で、ユージだけが動けずにいた。
「待てよ! ノイスが……ライトもまだいるんだ!!!」
血に濡れた拳を握りしめ、声を張り上げる。
ノイスは力なく倒れていて、ライトは上空の激しいぶつかり合いで姿を見失った。
「諦めろ! この場にいても出来ることなどないぞ!命を無駄にする気か!!」
エルディオが叫び返す。
「それでもっ!!! 二人を置いていけるわけがないだろ!!!」
ユージの拳が震える。悔しさと無力感が入り混じる。
動かないノイスを前に立ちすくむユージ。
「二人がいないなら、俺は生きてたって……」
その時――腰の忍者袋が、手に触れかすかに触れた。
「……アヤ……」
涙と血で滲む視界の中に、アヤの笑顔が浮かぶ。
『帰ってくるの、待ってるから!』
その言葉が、胸の奥で鮮明に蘇る。
ユージは嗚咽を噛み殺しながら、忍者袋を開いた。
一番上に入っていたのは、撤退用の煙玉。
「チクショウ……チクショォォォ!!!!!」
ユージは煙玉を強く握り潰した。
ドワァァァァッ!!
瞬間、漆黒の煙が戦場に爆発的に広がる。
視界を覆い尽くす濃霧のような煙幕が龍型の動きを鈍らせ、退路を強引に切り開いた。
「すまねぇ……ライト……ノイス……」
パキラに跨るユージは、涙と血でろくに前も見えない中、顔に出来た大きな傷が痛む。
「許さなねぇぞ……!俺の一番大事なもん……奪いやがって……必ず仇を取りに戻ってくるからな!!!」
顔の傷をなぞりながら、ユージは震える声で誓う。
その瞳には、確かな怒りの炎が灯っていた。
「撤退するぞ! 決して振り向くな!!」
エルディオの声が響く。
その言葉に押されるように、生き残った者たち数人は次々とパキラに飛び乗った。
そして、闇の中を必死に走り抜けていく。
背後では、炎に照らされた火山が徐々に遠ざかり、
なおも竜の咆哮が夜空を震わせていた。
――こうして、辛うじて生き残った一行は、
焼け焦げた戦場を後にし、連盟の秘密施設を目指して走り続けた。




